第4話:策士カサネ・アザレア

 王都の中でも三本指に入る高級な宿で一泊したのち朝方船に乗って戻ろうと宿を出る。

 朝日が昇り始めたころの王都は、まだ閑散としており人気が少ない。

 船着き場へ向かおうと、一歩踏み出したところで足取りが止まる。

 朝日を受けて逆光となり色合いが沈んだオレンジ色の髪をした少年が現れたのだ。手には、紙袋をぶらさげている。


「何故ここにいる?」


 結果として助けた少年カサネ・アザレアだ。

 しかし、昨日とは異なり柔らかな雰囲気を一切纏っていない。冷静で、冷徹、そして怜悧な印象を与え、同一人物とは思えない変化だった。


「すごく猫を被っていたようだな。少年、何用?」

「レインドフ家当主、アーク・レインドフ。仕事の依頼をしたいと思いましてきました」


 作り笑顔をカサネは見せる。

 昨日のカサネ・アザレアは幻だったかのように、態度も、表情も、何もかもが異なっていた。


「始末屋だってことは、知っていたわけか。知っていて、昨日は何も言わずに帰ったのか?」

「えぇ。まぁ……昨日は、まさか始末屋と遭遇するとは思っていなかったので、様子見ですよ」

「成程ね」

「そういうことです。全く、始末屋ならまだしも執事は執事で――予想外でしたし」


 含みを持たせた言葉を向けてくるカサネに、ヒースリアは舌打ちをした。

 カサネの目的は何か――仕事中毒に何を依頼するのか、ヒースリアが問い詰めようとしたとき、此方に向かって走ってくる足音が聞こえた。

 気配を隠すわけでもなく、普通に走ってくる足音に三人は視線を向けて、カサネが固まった。


「何故、此処に来たのですか?」


 冷徹だった表情を一瞬で覆い隠して柔和な笑みを浮かべたカサネは、この場へ現れた誰にとっても予想外な青年へ問いかける。

 淡い茶髪には花をモチーフにした髪飾りをつけており、宝石の代わりか魔石が飾られている。白を基調とした服装は、優雅で一目でいいところのお坊ちゃんであることが見抜けた。

 ピンク色の澄んだ瞳が、カサネを不思議そうに見つめる。


「カサネが何処か行くのが見えたから、気になって。途中で逸れちゃったけど見つかって良かったよ」

「そうだったのですか。昨日、此方の方々へ助けてもらったのでそのお礼をと思いまして菓子折りを持ってきたのですよ」


 カサネが紙袋を青年は見せると、表情が明るくなった。


「そうだったんだ。カサネを助けてくれてありがとう」


 無邪気な表情でお礼を言われて、ヒースリアは毒気を抜かれる。

 カサネは腹に一物を抱え得体が知れないが、この青年からは純粋な裏表のない感情が伝わってくるのだ。


「……カサネ。お前は何者だ?」


 アークが視線を細めて問う。

 カサネが何者かは知らない、けれど現れた青年が何者であるかは知っていた。だからこそ、カサネの正体を知りたくなったのだ。


「私は、此方の第三王位継承者エレテリカに仕えるものですよ」


 アークの表情から、青年の正体がリヴェルア王国の第三王位継承者エレテリカ・イルト・デルフェニであることが知られたと読み取ったカサネは、隠すことなくエレテリカの名前を、そして自分のことを伝えた。


「なるほど、王子の側近というわけか」

「側近まで言わなかったのですけど、まぁそういうことです。王子、此方はアークとヒースリアです」

「カサネを助けてくれてありがとう」


 再び無垢な笑顔でお礼を言う姿は、カサネの言葉を微塵も疑っていない証拠だ。

 尤も、カサネも万が一エレテリカに見られた場合を考えて、ごまかせるように予め菓子折りを準備してついた嘘だからこそ信ぴょう性が高いというものだろう。


「王子。あまり城を開けていると他の人が心配しますから、戻ったほうがいいですよ。城まで送りたいところですが、私はこちらの方々と少しお話をしたいので、すみませんが一人で戻って頂けます?」

「大丈夫というか、一人で戻れるよ」

「王子が一人でふらふらとするものではありませんよ。とはいえ、今回は私が一人にしてしまうのですが」

「大丈夫だって。それじゃあ俺は戻るね」

「えぇ、気を付けて」


 エレテリカは最後に、カサネを助けてくれた恩人へ礼をしてから去った。


「エレテリカ王子は、貴方と違って随分と純粋なようですね」


 ヒースリアが嫌味を込めて言ったのを、カサネは右から左へ流し返事をしない。ヒースリアの顔がひきつる。


「アーク・レインドフ。始末屋である貴方に、オルクスト家当主、ベルガ・オルクストの抹殺を依頼したいのですよ」

「街中で堂々と依頼するような内容じゃないな」


 そういいながら、アークの口元は楽しそうに笑っていた。


「噂に違わない仕事中毒っぷりですね。依頼は引き受けてもらえますか? 当然報酬はありますよ」

「勿論。報酬を頂けるのなら、依頼を断る必要はない」

「でしょうね。ベルガ・オルクストは元々目をつけていて近々、始末しようと思っていたのですよ。渡りに船ですかね、これは。それともう一つ、私も同行させて下さい」

「同行? 別に構わないけれど守ってくれという依頼は受けていない。殺されそうになっても見捨てるぞ」

「えぇ。構いません。多少なら私も戦えますから、自分の身程度は守れますよ」

「はっ、どこまで守れるのですかね」


 ヒースリアが挑発すると、カサネはうっすらと笑みを浮かべ冷淡な瞳を向ける。


「さぁ。無音に命を狙われない限りは、大丈夫だと思いますよ」

「――!」


 ヒースリアの表情が変わるのを見て、満足そうな笑みをカサネは浮かべた。


「まぁ、私のことは気にしなくていいということです」

「わかった。じゃあオルクスト家へ案内宜しく」


 早く仕事がしたいとウズウズしているアークを見ていると、脛を思いっきり蹴りたい心境になるヒースリアだった。


「あ、そうだ。ヒース、これ預かって」

「……手に持っていたら武器にしそうだからですか」


 渡されたガラス細工のお土産を仕方なくヒースリアは受け取る。ラッピングがされたそれをアークならば武器として扱い粉々に粉砕する未来が見える。だからこそ、仕事に熱中する前にヒースリアへ渡したのだ。

 カサネが案内して歩く場所は、貴族街の方向からは離れていた。


「貴族なのに貴族街には住んでいないのか?」

「えぇ。最近引っ越したのですよ、貴族街から郊外へ。郊外に住んで自然を味わいたいと本人は言っていますけれどもね。実際は、オルクスト家が貴族街に住めないからなのですよ」

「住めない理由は?」

「魔物をね、飼っているらしいのですよ」

「魔物!?」


 アークは驚きの声を出す。

 魔物は人族に害をなす獣であり、魔族が従えている存在だ。


「そうです。人族に扱うことは不可能な魔物を、飼っているのですよ。秘密裏に行っている以上、やましいことがあるのは明白です。故に、調べたところ王家にあだなそうとしていることが判明しました。元々、野心がある男でしたからね……。王子に害がある原因を放置しておくわけにはいきません。問題が発生する前に芽を摘もうと動いていたら、タイミングよく始末屋に出会えたというわけです」


 カサネの言葉には、王子以外の王家に関しては大した感情を抱いていないようにアークの耳には聞こえた。


「それはそれは」

「にしても、魔物を使役しようだなんて愚かしいことよく思いついたものですね」


 魔法を扱えず、魔石という道具があって初めて魔法とは似て非なる魔導を扱える人族が、魔族が使役する魔物を使役しようとは思いあがったことをするものだ、とヒースリアは冷笑する。


「扱えない物を扱おうとするものの末路等、目に見えているというのに」


 ヒースリアの視線が、始末屋に向く。

 魔物を使役しようとしなければ、カサネ・アザレアが始末屋アークへ依頼をすることはなかった。

 依頼がなされたことにより、オルクスト家の命運は決定した。

 それは領域を逸脱しようとした代償だ。


「実験で魔物を使役しようとしたのか――それとも」

「魔族を捉えて利用したのか、か?」


 カサネの言葉をアークが拾って続ける。


「えぇ。魔法を扱え、魔物を使役できる魔族を意のままに命じることができれば、魔物を操るのなど間接的ではありますが、簡単ですからね」

「魔族は魔法を扱える種族だが、絶対個数は少ないし貴族なら人を雇って数で押し切ることもできただろうからな」

「かつての大戦以降、魔族はその数を減らし続けていますからね」


 魔石の道具を扱わずとも、体内にある魔力を用いて魔法を行使できる種族が魔族で、魔族は総じて金の瞳を有しており、金の瞳は魔力の証といわれている。

 一方の人族は、魔力を体内に有していないため魔法を扱うことはできない。故に人族で金の瞳を持つものはいない。

 だから、魔力がこもった石――魔石を用いることで魔法とは似て非なる魔導を扱っている。

 種族の違いから魔族と人族は敵対関係にあり、数百年前に大規模な大戦が起きた。

 争いの結末は、人族の勝利で幕を閉じたと歴史書には記されている。

 以降、数百年前ほどの大戦は起きてはいないものも、あちらこちらで争いは勃発している。


「確かここ最近魔族が活発に人族を襲っているんだったな」

「えぇ。まぁ魔族を人族が襲うのは今に始まったことではありませんが――逆もしかりですけどね。と、話が逸れましたね、オルクスト家が魔族を捉えているのか、実験の果てに魔物を使役しているのかは定かではありませんが」

「調べていないのかよ?」

「調べていませんね」

「おい」

「別にそこまで調べる必要はありません。オルクスト家が王子に害をなす存在だとわかれば別にそれでいいのですよ。潰せばいいだけですから」


 カサネが浮かべる冷徹な笑みは、ひどく冷めきっていた。太陽の光に当たることを許されない闇夜の湖が、彼の心には広がっている。


「それに研究の成果だったとしたら、殺した後で奪えばそれで問題ありません」

「王子の側近っていうよりも、悪の親玉みたいな感じだな」

「失礼ですね。敵を消すだけですよ。人を悪人の権化みたいな感じで言わないでくださいっと、つきましたここです」


 カサネが指を差した先は、郊外の人気がない場所に立つ広大な屋敷だった。

 厳重な門扉が立ち並び、外には警備員が三人待機している。アークたちの姿を見ても、微動だにせず、来訪客か侵入者から冷静に見極めて職務に忠実であろうとしている。


「厳重だなぁ」

「レインドフ家が大っぴらなだけな気もしますけど」

「ウチとどっちが広い?」

「レインドフ家でしょうね。悪銭だけは山のようにありますし」

「呑気な会話をしていないで行きますよ」

「はいよ」


 アークが門扉に近づくと、警備員の一人がやってきた。


「おはようございます」


 呑気に声をかけてから、一撃で昏倒させる。警備員が倒れる姿を他の警備員が気付くよりも早くアークは移動して、残り二人も昏倒させた。

 仕事はオルクスト家の当主ベルガ・オルクストの抹殺であり、警備員まで殺害する必要はない。勿論、必要とあれば彼らを血に染める。命を奪うことにためらいはない。

 門扉を開けて、中へ入る。庭園は空しいほどに何もなく一面土だった。殺風景な光景は貴族の庭園とは思えない。


「これは? 貴族の屋敷なのに、花がないとは……庭師がいないのですかね」


 ヒースリアは首を傾げる。レインドフ家にも現在庭師はいないが、メイドのカトレアが花好きなため庭園は見事なつくりになっている。

 別にオルクスト家に庭を着飾る費用がなくて放置しているというわけでもないだろう。


「魔物の実験に広々とした場所が必要だったから、花々を切り取って一面土にしたってことだと思いますよ」


 ヒースリアの疑問にカサネが答える。

 カサネに答えられることが気に入らないのか、露骨に嫌な顔をするがそれでも整った顔は崩れない。

 警備員に信頼を置いているのか、他の使用人と出会うことはなく、建物内部へと足を踏み入れる。


「主にあっさりやられる警備員に信頼を置くとは、愚かな警備意識ですこと」


 建物内部までがらんどうということはなく、使用人と出くわすたびに絵画や花台などで次々と昏倒させていった。手早く昏倒させるので、悲鳴が周囲に警戒させることもない。


「……噂には聞いていましたけれど、ほんとにその辺にあるものを武器にするのですね」


 階段を上がり、二階の東側最奥へと進んでいく。

 ひときわ重厚な扉を開けると、広々とした空間が広がる。そこは執務机以外には、殆ど家具がおかれていない部屋だった。

 しかし、寂しい空間ではない。

 ベルガ・オルクスト本人とその傍らには跪くように二対の魔物が存在していた。


「魔族はいないみたいですね。では、本当に――魔物を使役できるように?」


 ヒースリアは表情には出さずに驚く。

 ベルガ・オルクストは突然の来訪者に驚き、すぐに刺客だと判断したようだが魔物がいる安堵からか、不遜な態度は崩さなかった。


「いえ、違うようですよ。魔族をどこかで捉えて、無理やり魔物を使役しているようです」

「何故わかるのですか?」

「わかりますよ。あんな屈辱の顔をしていれば」


 後半を声高にカサネは断言する。幼い外見とは不釣り合いの歪んだ表情で。


「……私には魔物の顔なんてわかりませんけれど」

「俺もわからないな」


 人語を発さない魔物の、ましては人とは違う造形をした存在の機微になど気付けるわけもなかった。


「魔物に興味でもわいたら区別がつくようにでもなるんじゃないですか?」

「適当な受け答えだな」


 アークは笑う。カサネに答える気がないのは明白だったからだ。

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