第8話:願いの道標

 魔石商人を殺害してから数日後、一通の手紙が届けられた。

 アークは封を開封してから、露骨に嫌な顔をするヒースリアを連れて王都リヴェルアへ向かう。

 王都リヴェルアの高級宿に到着し、予め手紙で伝えられていた部屋の番号へと足を運ぶと広々とした空間が広がった。

 中央には長テーブルが置かれ窓はカーテンが閉め切ってある。椅子の数は十あり、ベッドの類はない。

 宿として機能しながら、ここは最初から秘密の会話をするための場所として設計されていることは一目瞭然だった。

 試しに壁を叩いてみるが、音はほとんどしなく防音の役割もしっかりしており、よほど大声で会話しない限りは西側にある部屋まで届くことはないだろう。

 一番奥の席に、十代中ごろにしか見えないオレンジ色の髪をした少年が可愛らしい顔立ちとは不釣り合いの怜悧な黒の瞳でアークとヒースリアを見る。


「お待ちしていました。アーク・レインドフ」

「一体、何用だ? 手紙をよこしてこさせるだなんて。依頼があるならお前が来いよ」

「半日も船旅するなんて面倒なので。手紙で来てもらいました」


 あっけからんと言われて、アークは軽くため息をつく。

 面倒だからという理由で呼び寄せられたとは思っていなかった。

 カサネが苦手なヒースリアは露骨に顔を顰め、今にもカサネへ切り殺しそうな不穏な空気も発している。


「で、なんだ?」

「始末屋に依頼します。とある人物の物語に乗っ取って、その人物を始末してください」

「……は?」

「ですから、とある人物を殺害してもらいたいのです」

「それはわかった。問題なのは、とある人物の物語に乗っ取ってという言葉だ」

「簡単にいえば、貴方に私が依頼をすることが、その人物にとって好ましい状況――言い方を変えれば、願っている状況なのです。罠があると知って、罠にはまる感じですかね」

「つまり罠があると知っていながら、お前はその罠へ飛び込む選択を選んだというわけか」

「その通りです」


 カサネが拍手したので、アークは怪訝な顔をする。


「どうしてだ? 策士ともあろうものが、他人の策に乗っかるのか」

「それが一番手っ取り早いからですよ。策に乗って踊らされる選択をする。当然向こうも、策に乗ってくれたと知ったうえで相手をする。そういうこれは、やり取りです」

「……はぁ」


 意味は理解したが、どうしてそのような面倒なことをするのかが理解できなかった。


「彼は、私たちが策に乗ってくれるように道しるべを作ってくれました。私はその道しるべへ貴方を乗せます。そして彼と、貴方が殺しあうのです」


 不敵な笑みを浮かべた。

 戦わず作戦を弄する策士が自ら戦場へ赴くかのような雰囲気が漂っている。


「最近、私は貴方に二つの依頼をしました。覚えていますか?」

「あぁ。ベルガ・オルクスト家の始末、それと魔石商人の始末だったな」

「そうです。では、魔石商人の話へ持っていきます。人族が、魔族の真似をして魔法とは似て非なる魔導を扱えるために、必要不可欠な『魔石』それの原材料は何だと思いますか」


 テーブルに魔石を置き、それを指ではじきアークの元まで送る。

 この話の流れから、アークはカサネが意図する意味を明確に読み取る。


「成程、か」

「そういうことです」


 ベルガ・オルクスト家、魔石商人に共通するもの――魔石を生み出すものが魔族であれば即ち『魔族』が根底でつながっている。ベルガ・オルクスト家は、魔物を使役するため魔族を捉えた。魔石商人は、魔族が生み出す魔石を扱っていた。


「人族が魔法を使うために研究した成果が、魔石です。魔石は魔族の血を特殊な方法で固めることによって生成されます。製造方法に興味があるのでしたらお教えしますが」

「別に興味はない」

「ですよね」


 カサネはわかっていたとばかりに苦笑する。


「私としては、何故その方法を貴方が知っているかの方が気になりますけどね」


 挑発するような態度でヒースリアが問う。温厚な会話はできないのかなとアークは思った。


「その程度の知識がなければ王子の側近なんて勤まりませんよ」


 不敵な態度で返すカサネが気に入らなかったのだろう、舌打ちがアークの耳にまで聞こえた。

 ヒースリアがカサネを嫌っているのは当然として、カサネの方も刺々しい態度を返すのは、彼を嫌っているからかと気付き内心ため息を漏らす。


「で、その二つの事件に魔族が共通していても、別段不自然なことではないんじゃないのか? 魔物を操ろうとする人族がいても不思議じゃないし、魔石商人にしたって魔族を秘密裏にとらえて魔石を作ればいいだけの話だ。共通というほど、共通ではない」

「いいえ。共通です。確かにその二つだけを切り取れば不自然ではない。そんなことをしている人族はそれこそ数多いるでしょうね。けれど、二人が、最近になってそのような行動を始めたとしたらどうでしょうか?」


 言葉の意味を理解してアークは笑う。戦闘狂の笑み。


「裏で糸を引いている存在がある」

「そういうことです。ベルガ・オルクストは確かに今の地位よりももっと上を高望みする人物でした。出世欲が強い、と表現しましょう。けれど小心者で、危ない橋は渡らない。安全じゃないと渡れない性格をしていました。上には上がりたいけど、危険を冒したくはない。なのに、魔物を使役するなどという危険を、魔族を捉えているからといって――安全が保障されているわけでもないのに、どうして実行できたのでしょうね。まるで、『安全』であると、誰かにそそのかされたように――」


 カサネが嘲笑う。ベルガ・オルクストを愚かだと、思っているのだろう。


「魔石商人は、元々魔石を扱っていましたが、私が目をつけるほど異様な量をさばいてはいませんでした。どこにでもいる普通の魔石商人です。私が気に留めることもないね」


 台詞の端々には自らの力に絶対の自信があるという態度が如実に示されている。


「けれど、魔石商人はここ最近急に、異様なほどの魔石を流通し始めた。中には、上質なものもあり普通では手に入れることすら難しい……いえ、普通は不可能な魔石を扱っていた。そんな魔石をどこで手に入れたのか。魔族を捉えるにしたって限界がありますしね。となると、誰かが意図的に多くの魔石を彼に流していたことになります」


 アークとヒースリアの脳裏に、魔石商人と取引をしていた白のローブを被った人物画浮かび上がる。


「白のローブ」

「えぇ。一つ教えておきますと、貴方たちに依頼したのは、二つですが実際はもっと多くの『異質』を流していますよ。だから――邪魔なんです」


 カサネがにっこりと笑った。年相応の笑みを浮かべれば、目の前にいるのは策士ではなくただの少年だという気分にさせられるが、それは決してなってはいけない気分だ。

 ただの少年だと読み間違えたが最後、取り込まれて終わる。


「白のローブを被った人物の名前はラケル。彼を始末して頂きたい」

「仕事の依頼なら誰だって殺すさ」

「それは、人族魔族関係なくですか?」

「当たり前だろ」


 何を不思議なことを言っているのだろうとアークは首を傾げる。


「――そうですか。なら言い方を変えましょう。魔族が依頼をして来たら、引き受けますか」

「当たり前だろ。一体何を言いたい?」

「いいえ。わかりました。アーク・レインドフ。貴方はつまるところ、誰かの敵ではあっても、誰の味方でもない。種族というものに興味すらない。魔族を殺そうが、人族を殺そうが、その感覚は同じであり異ならない」

「それこそ当たり前だろ。策士ともあろうお方が一体何を言っているんだ」


 不敵に笑うアークに、カサネは口元を歪めながら笑う。

 始末屋は人族や魔族に拘らない。

 それが、種族差別を嫌うからでもなく、魔族を好きだからでもなく、憐れんでいるからでもなく、平等を謳うわけでもなく、博愛主義者でもなく、ただ人族や魔族という種族に興味がなく、相手を認識する感覚が同じなのだ。

 全く持って、異常だ、とカサネは思うと同時に――だからこそ始末屋は便利だと再認識する。


「では、ラケルを始末してください」

「どこへ行けばいい?」

「ラケルはあなたの前に現れますよ。だから、動く必要は不要です。レインドフ家で――




 カサネ・アザレアに言われた通り、王都リヴェルアを後にしたアークは、レインドフ家でお茶を飲んでいた。


「何も言われた通りにする必要はないと思うのですが、いっそ王都でお茶でも飲んでいればいいじゃないですか」


 いわれた通りに動くアークに、ヒースリアはトレーを片手にため息をつく。

 自室で悠遊と椅子に座り足を組んでお茶を飲むアークの姿は、仕事中毒の最中としてみれば普通ではない行動だが、お茶を飲んで過ごしていてくださいと言われたのだから仕事中毒として普通とも見えて聊か不思議で笑いがこみ上げてきた。


「そういえば、朝からカトレアとリアトリスの姿が見えませんけど?」

「街に買い物へ行かせた」

「私は逃がしてくれないのですか、横暴です」

「お前は別にいいだろ」

「酷い草です」


 手を口持ちに当てて笑う。

 上品な動作だが、上品なのは動作だけだよなと思う。ヒースリアは、外見と丁寧に見せかけた言動と動作で内面を覆い隠しているに過ぎない。


「ラケル、か。楽しみだな」


 果たして、いつ襲撃してくるのかゴクリとお茶を飲みながら喉をならし気分が高揚してくる。

 強い相手であれば嬉しい。

 殺す相手が強ければ強いほど、アークは燃える。戦闘狂としての血が騒ぐのだ。

 そして、ラケルは弱くないと直感している。魔石商人と、ラケルが密会しているときに、視線が一瞬此方を向いたのは恐らく偶然ではない。

 何より、始末屋の前にのこのこと姿を現すくらいだから、実力に自信があるのだろう。

 そうでなければ、お茶を飲んで過ごしていたら現れてくれるなんて展開――策士が作戦を練ったところで起きない。ましてや、策士は、ラケルが考えた道に乗っかるといっていたのだ。


「――ん、主」


 主の顔を見たくないからと窓を眺めていたヒースリアが、アークへ声をかける。

 数杯目のお茶を、読書しながら飲んでいたアークは、栞を挟んで本をテーブルの上に置き、窓の方へ近づく。

 窓から見下ろす庭園の前に、白のローブを被った人物が立っていた。


「……ホントに来ましたね。お茶飲んでいたら」

「だな」


 お互いに笑った。



 白のローブを被った人物が見上げる視線の先は、アークの自室だった。空でも飛んで襲ってくるかと思ったが、そのようなことはなく、悠然と立ち尽くす様子に、庭園の前から動く気はないようだと判断し、アークとヒースリアは外に出る。

 アークが白のローブの人物と向かい合うように立った時、彼はローブを脱いだ。

 ローブから手を放すと風が舞い、空へと飛び立っていく。布は分解されたようにゆっくりと形を失いやがて空を舞った異物は消える。


「――ラケルか」

「えぇ」


 柔らかい声で、ラケルは頷く。線の細い男だった。赤のラインがワンポイントとして入ったワイシャツに、赤のネクタイと黒のベストを羽織っている。簡素だが、細身の身体にぴったりとした恰好は彼の儚さを引き立てている。夢か幻か、現実味を感じさせない白髪に、長い睫毛に彩られた瞳は――金色だった。


「驚きました。魔族だったとは」


 ヒースリアがてっきりラケルは人族だと勘違いしていた。

 しかし、金色の瞳は魔族の証。

 魔族は金色の瞳をもって生まれ、人族は金色以外の瞳をもって生まれる。


「魔族が関係しているとカサネが言っていた時から、可能性はあると思っていたよ」

「主の癖に生意気な」

「あのな……。ラケル、お前が用意した道とは何だ」

「簡単だ。僕が用意した道は、誰かが僕を殺すように始末屋へ依頼すること」

「なんだそりゃ」


 口元に浮かべる笑みは、戦闘狂のそれ。戦いを楽しみ。命のやり取りを楽しむ。狂った男。


「僕は、君を殺したかったからね。だから、余計な邪魔が入らないように、確固たる確実性をもって君と殺しあうために、いくつかの仕掛けを用意しただけのことさ。それに偶々リヴェルア王国第三王位継承者の側近であるカサネ・アザレアが乗っかってくれた」

「成程。最初からターゲットは、俺だったというわけか」

「そういうこと。君は――」


 ラケルはいったん言葉を区切り、空を見上げる。

 晴れ晴れとした、雲一つない青空は過去見ることがかなわなかった景色。

 今は存分に空を眺めて太陽の元を歩くことができる。

 けれど、一つの心残りが、晴天を濁らせる。



 晴れやかな満面の笑顔をラケルはアークへ向けた。

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