第3話:王都リヴェルア

 リヴェルア王国の王都リヴェルアで、始末屋アーク・レインドフは仕事をしない執事ヒースリア・ルミナスを探していた。

 近郊の街で仕事を喜々として終わらせたアークは、王都によってお土産でも買って帰るかと執事と寄り道したのだが、そこで執事と逸れてしまった。

 正しくは執事が、主と一緒に歩くなんてゴメンです、といった理由でわざと逸れたのだ。

 気が向いて執事のヒースリアが自分の元へ戻ってくる可能性も、王都が爆発する可能性よりかは高いが探したほうが確実だ。

 幸いヒースリアの整った顔立ちは目立つ。

 光加減では金髪に見える銀髪を緩くピンクのリボンで縛った人物が通らなかったかと街行く人に声をかければ、目撃談はたくさん出てきた。


「こういう時は憎たらしい美貌便利だよな」


 大通りから少し離れた場所を歩いていると、前方に数人の人が、誰かを囲むようにして立っている。

 周りを囲んでいる数人は身長が高く恰幅もいいため、囲まれている人物がどんな容姿なのかはわからないが、ヒースリアでないことだけは断言できた。

 ――まぁ、王都は治安がいいっていっても、ごろつきが零ってわけじゃないからな。

 恐らく貴族街にでも住む貴族が、人混みを避けるために裏路地を通ったところをカモがネギを背負ってきたと、狙われたのだろうとおおよその予想をつける。

 恫喝する声はどうでもいいし、恐喝されているだろう人物にも興味はないが、道をふさがれているのは面倒だった。

 この先でヒースリアを目撃したと情報を入手したばかりなのだ。

 遠回りをして目撃された場所からヒースリアが離れてしまっては振り出しに戻ってしまう。

 手っ取り早いのはごろつきを片づけて道を綺麗にすることだと決めたアークは、恫喝に忙しくて自分のことを気付いていない彼らの背後に回り、一人の首根っこをつかみ持ち上げる。

 身体が浮いたことに相手が気付いた時には遅い。そのまま、力任せに地面へ叩きつけて昏倒させる。

 突然の出来事に残りの数名が呆けながらアークへ視線を向けると、その瞬間拳が顔面に当たり倒れる。現状を理解したごろつきが攻撃しようとしてくるが、全ての攻撃が遅い。遅すぎて欠伸をしながらでも余裕で交わせる。

 だから、欠伸をしながら攻撃を受け止め、腕を掴んだ手で恰幅のいい男を投げ飛ばし壁に叩きつける。壁に叩きつけられた男は頭から地面へ落下する。ナイフを突き出してきた相手にはナイフの隙間をぬった蹴りを首に叩きつける。全員が昏倒して意識を失ったところで、恐喝されていた人物へ視線が向く。

 身なりのいい少年だった。

 オレンジ色の鮮やかな髪に、黒の円らな瞳。身長はアークより頭一つ分くらい低い。白のファーがついた群青色のコートを羽織っている。


「――有難うございます」


 助けられたことに対してか、少年は目を見開いて驚いていたが、やがて笑顔を浮かべながら礼を言う。

 助けたくて助けたわけではないが、結果として助けたのは事実なのでどういたしましてと返事をする。


「おやおや、チンピラ風情に憂さ晴らしをする大人げない主をうっかり目撃してしまうなんて、私は不運ですね」


 聞きなれた罵声と共に、探していた執事が屋根から飛び降りてアークの後ろに着地した。ふわりと白のロングコートが躍る。


「まず屋根から飛び降りたことをツッコミのか、いつもと変わりない罵詈雑言を抗議するべきか悩むよ」

「下らないことに悩まなければいけないほど、主は脳みそが空っぽだったとは本日も嘆き悲しいですね」

「あぁもういいよ。ほら、そこの少年が驚いているぞ」


 アークは少年を呼び差す。


「主が天変地異の前触れで助けた少年ですね。少年趣味があったとは知りませんでした。少年も哀れに」

「俺の風評被害をこの場でまき散らすな、そんな趣味はない。そんな趣味はないからな、少年」


 万が一にでも少年が信じては困ると念を押す。


「念を押すことで信ぴょう性が出てきて気味悪いですね」

「お前は黙ってろ!」


 ヒースリアが見つかって良かったが、代わりに心労が増えるアークであった。


「ふふ。仲が宜しいのですね。私はカサネ・アザレアと申します。助けてくれたお礼に、喫茶店でお茶でも奢らせて下さい」

「いや、別にいいよ。ゴロツキが通行の妨げだっただけだし」


 そういえば、どうしてヒースリアが自分から姿を見せてくれたのだろうとアークは疑問に思ったが、どうせからかう為のわざとだ気づく。

 ゴロツキの叫び声が聞こえて興味半分で訪れたら、からかう対象がいたから降りてきただけだろうが、探し人が自分からやってきたのだから良しとすることにした。


「いえ、奢らせて下さい。そうじゃないと私の気持ちが収まりませんから」


 柔らかい笑顔を向けてくるカサネと名乗った少年の行為を無下にするのも悪いと、承諾する。


「わかった。じゃあお勧めの場所を頼む」

「ではお勧めの場所を案内しますね。良ければお二人の名前をお聞きしたいのですけれど」

「俺はアーク。こっちはヒースリア。俺のところで執事をしている」

「主に強制労働を強いられている執事です」

「……執事ヒースリアのいうことは大抵でたらめだから気にするなよ」

「楽しいことはわかりました」

「そうか」


 カサネがヒースリアの言葉を信じていなくて良かったとアークは安堵する。

 迷いない足取りでカサネが裏路地を歩いていくと、やがてこぢんまりとした喫茶店が目に入る。

 大通りの派手な喫茶店とは違い、あることすら気付かずにスルーしてしまいそうな場所だ。

 喫茶店の看板は控えめにぶら下がっているが、営業中なのか外からは薄暗くて判断に迷う。

 カサネが扉を開くと、鈴がなり来客を告げる。

 室内はカウンターがあるだけで、個別にテーブルは並べられていない。座席数も十席満たないだろう。

 客がいなくらんどうとしている中、マスターと思しき初老の男性がカウンター内に立ってグラスを磨いていた。


「いらっしゃい」

「お邪魔します。マスター、いつものを三人分。それからシフォンケーキも三人分お願いしますね」

「はいよ」


 カサネは常連客のようで、メニューも見ずに注文した。端っこの席へカサネが座ったので、アークとヒースリアも隣に座る。

 茶色のクッションが、木製の椅子の固さを柔らかくしてくれている。

 カウンター席は年期が入っているが、手入れはされており綺麗なのが保たれていた。


「此処は、静かでしかも紅茶とシフォンケーキが美味しくてお勧めの場所なんですよ」

「楽しみだよ」


 静かだというのはマスターに対して繁盛していないという意味で失礼になるのではと思ったアークは同意をしない。

 ヒースリアは興味深く建物を見渡す。喫茶店としては少々異質な雰囲気を感じる。素朴な飾り気のない装飾だが、寂しい感覚は抱かせない。

 程なくして紅茶とシフォンケーキが三人分出される。白のカップには、ガーベラが描かれている。

 アークはカップを手に取り、香りを堪能してから口に含む。


「本当だな、美味しい」

「でしょう?」

「あぁ」


 ヒースリアも、アークが飲んだのを確認してから紅茶に手を付ける。


「確かに普段、主が入れてくれる紅茶とは比べようもないほど美味しいですね」

「俺は料理人でも紅茶の専門家でもないから当たり前だろ」

「主も見習ってほしいものです」


 主にそもそも紅茶をいれさせるなよ、と内心でツッコミを入れながらアークはシフォンケーキを食べる。口の中でとろけるようなスポンジから、甘味がしみだしてくる。生クリームは甘さが控えめで、飽きない味付けだ。


「うん。シフォンケーキも美味しい」

「美味ですね。たまには人助けもいいものです」

「お前が助けたわけじゃないからな」


 よほどシフォンケーキが気に入ったのか、ヒースリアは手を休めずあっという間に完食する。


「貴方たちは不思議な主従関係ですね。主という言葉を聞かなければ、気心しれた友達という感じがします」

「友達とは大変嫌な言葉です。私と主は断じて友達という関係ではありませんので」


 心底嫌な表情でヒースリアは友達を拒絶する。

 ――同感だ。

 アークも友達だという表現は適切だと思わないし、友達だといわれたら否定する。


「そうですか。失礼。不思議だったもので」

「不思議なのは構いませんが、追及することは推奨しませんね」

「わかりました。言及はしないでおきましょう」

「それが利口な選択です」


 ヒースリア相手に、笑顔で受け流すカサネを見て、アークは不思議な感覚に囚われる。

 落ち着いた態度は十代中ごろの少年には見えず、ましてや先刻恐喝されていた少年と同一人物だとは思えなかったのだ。

 尤も、恫喝の声は聞こえたが少年の懇願は聞こえなかった。しかし囲まれて平然としていられたわけではなかっただろうと勝手に解釈をしていた。

 その解釈は間違いだったのかもしれないとアークは考えを改める。


「では、私たちは食べ終わったので失礼しますね」


 ヒースリアが椅子から立ち上がる。


「俺が食べ終わってないからちょっと待て」


 最後の一口を食べきってから、アークはカサネの方を向く。


「奢ってもらっていいんだよな?」

「えぇ。勿論です」

「わかった。ごちそうさま。じゃあそろそろ失礼するよ」

「助けて下さってありがとうございました」


 再度、カサネは頭を下げてお礼を言う。

 どういたしましてと軽く手を振ってからこぢんまりとした喫茶店を後にする。


「ヒース。お前、カサネに対して若干刺々しくなかったか?」

「なんというか、苦手でして」

「普通に大人しい少年だっただろ。第一、お前が苦手というなんて珍しいな」

「それはそうなのですか、なんだか腹に一物がありそうな――まぁ、私が直感で苦手だと思ったのですよ。私だって人ですからね、好き嫌いはあります」

「いや、お前嫌いな奴たくさんいるだろ。そして、徹底的に潰して二度と這い上がれないようにするのが得意だろうが。俺は苦手が珍しいっていったんだ。嫌いじゃなくて」

「……まぁ確かに、嫌いではなく苦手は珍しいという主の言葉は、間違いじゃありませんよ。嫌いは山ほどありますけれど、苦手だと思ったのはあの少年と――もう一人くらいなものですからね」

「もう一人? まだいたのか?」

「えぇ」

「ふーん。さて、リアトリスとカトレアにお土産を用意して、一泊してから帰るか」

「そうですね」

「買わないとリアトリスに何を言われるかわからない」


 レインドフ家にいるメイド二人のうち一人が、文句を言ってくる様子が幻覚のように見える。

 お土産を買わなければ、現実のものとなるだろう。


「この間、主のひき肉をお土産にしますっていったら断られたので、お土産は慎重に選んであげてください」

「俺だって断るよ!? 勝手にお土産にするなよ」

「まぁ主のひき肉作業とか面倒ですよね」

「自分で言ったんだろうが!」


 お土産はひき肉――ではなく、ガラス細工の置物を二つ購入した。

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