第2話:戦闘狂の仕事

「自己管理すらまともに出来ない無能な主、ようやく見つけましたよ。船の上にいるとか、砂場で死体を探すような大変さをよくも私に味合わせてくれましたね」


 身構えたラディカルに予想外の罵倒が、ラディカルに対してではなく隣のアークに対して炸裂する。


「三日たたないと助けに来てくれないヒースが悪い」

「私の心象を悪くする心外なことを言わないでください。私は主の好きなようにさせてあげているだけですよ。しかし、私の登場を歓迎してくれないようなので、この場から離れますね」


 薄暗い視界の中でも、はっきりと映る銀色の髪が翻る。

 牢屋から背中を向けてヒースと呼ばれた人物は歩き出す。


「いやいや待って!」

「待つだけ時間の無駄です。これ以上私の有意義な時間を無駄なことに浪費させないでください」

「見捨てるな!」

「見捨てる? 元々、拾ったわけじゃないので見捨てるという概念は存在しませんね」

「意味若干違う気がするけどツッコミいれないからな! ヒース、俺が悪かった。助けてください、お願いします」


 お願いします、の言葉でようやく振り向き執事ヒースはアークの方を向いた。

 ラディカルは唖然と二人の会話を聞きながら、彼が執事でアークが表現していたのと寸分たがわないと理解した。


「では優しくて親切な私が寛大な心で主を牢屋から出してあげましょう」


 端正な顔立ちが微笑む笑顔なのに――どうしてこんなにも背筋が凍るのだろうかとラディカルは両腕をこする。

 ヒースは鍵束をくるくると指で回していたのをやめて鍵の一つを取り出す。


「ところでヒース。鍵はどうしたんだ?」

「その辺に転がっていたので持ってきただけです。ちゃんと頂きますねって許可は頂きましたよ」

「転がした、の間違いだろうが」

「揚げ足を取ろうとするのでしたら、鍵を海へ投げ捨てましょうか」

「ハイハイ。俺が悪かった」

「心がこもっていませんね。私の靴を舐める感じに低姿勢を見せてもらいたいものです」

「実際に舐めたら靴を履き捨てるだろ!」

「当たり前じゃないですか。どこの世界に主に靴を舐めてもらって喜ぶ変態がいるのですか、気持ち悪くて海から身を投げたくなります」

「ホント失礼だな」


 ラディカルは二人のやりとりをどこか遠い目で見ながら煩くて海賊が異変に気付くのではないだろうかとぼんやり考える。慌てる気力は会話を聞いているだけなのに疲れてしまいなかった。

 アークは牢屋の鍵を開けてもらい、手と手、足と足に枷がついた身体を器用に動かして外に出る。次いで、枷の鍵を外してもらい自由になった身体をほぐすようにストレッチを始めた。


「さて、主行きましょうか」

「あぁ」

「あのー」


 ラディカルは遠慮がちに声をかける。


「すみませんが、俺も助けてはもらえないでしょうか」

「何故私が見ず知らずの赤の他人を助けなければならないのですか? そんな親切な真心を私が持ち合わせていると?」

「さっきお兄さんには親切って自称していたじゃないっすか!」

「え? なんのことですか?」


 真顔で首を傾げられる。確実に言葉を覚えているのにわかっていない振りをする態度だった。


「お願いしますよ……」

「ヒース。助けてやれよ」

「はぁ。まぁ主がそういうならいいですけど」


 渋々という表現しか似合わない動作で、ヒースはラディカルの牢屋と枷を解除した。


「有難うございます」

「ところで、彼は誰ですか?」


 ラディカルの礼を華麗に無視してアークへ問いかける。


「あぁ、彼はラディカル。こっちは俺のとこで執事をやっているヒースリアだ。俺はヒースって呼んでる」


 後半はラディカルへ向けて執事の名前がヒースリアであることを教える。


「執事のお兄さん、助かりました。有難うございます」


 再びラディカルはお礼を言った。


「どういたしまして。存分に感謝してください」


 憎たらしいほどの妖艶な笑みを浮かべるヒースリアにラディカルは、目線を反らした。

 ――ホント、なんでこんな性悪を執事にしているんすか。

 疑問は尽きない。


「で、主。どうするのですか?」

「腹が減った」

「あいにく持ち合わせはありません。死体でも貪ったらどうですか」

「美味しくなさそうだから嫌だ」

「今なら蛆をわいた死体を用意してきますけど」

「そういうのだけは喜々とするよな!」

「だって、主に蛆のわいた死体を食べさせるなんて、気持ちが昂るじゃないですか。ふふふ」

「コワイヨ!」

「あの、漫才していていいんすか? あんまり騒ぐと海賊に気付かれるっすよ」


 放置しておけば永遠と横道にそれた話題を続けていそうな二人に、ラディカルは弱気のツッコミを入れた。

 ずっと牢屋にいたところで意味がない。


「別に気付かれたところで問題はありませんが、そうですね。空腹はともかく、睡眠はとったようですから腑抜けにも道端で倒れて爆睡することはもうないでしょう?」


 ヒースリアが主へ視線を向けると、アークは頷く。

 腹は減っているが、仕事が終わった後に満腹になるまで食事を食べるのを想像すると、普段より美味しい飯にありつけそうだ。


「問題ないよ」


 ヒースリアから鍵束を奪い取って外への道を歩む。


「そうですか。では、私は悠遊と見物しますね」


 アークの後に続く。ラディカルはどうしようかと交互に眺めるが、やがて最後尾に続くことにした。


 外に出てラディカルが真っ先に目に入ったのは、血を流して倒れている海賊の一人だった。物陰に隠されており、未だ一人仲間が減ったことに海賊たちは気付いていないようだ。

 アークが敵に見つかるのも構わず甲板へ堂々と歩く。海賊が異変に気付いて襲い掛かってきたのを鍵束で殴り倒す。


「はぁ!?」


 鍵束を武器に海賊たちを殺戮していく異様な光景にラディカルは惚ける。

 ヒースリアから鍵束を奪ったときは何をするのだろうと疑問だったが、まさか武器にするとは全く予想していない。


「どういうことっすか」

「主は、その辺にあるものなんでも武器にしますよ」


 ラディカルの疑問にヒースリアが、宣言通り悠々と見物しながら答えた。


「マジっすか」

「マジです、ほらもう鍵束投げ捨てて木箱で戦っているじゃないですか」


 滑らかな指が差す方向へラディカルが視線を向けると、アークが木箱を片手に振り回していた。

 海賊に当たると木箱が砕け散り、木片を今度は武器に突き刺す。


「普通に戦おうよ!」


 甲板には海賊が武器としていた剣や斧、拳銃が散乱している。

 そっちを使った方が確実な威力であろうに、何故わざわざ殺傷能力の低そうなものを選択するのか全く理解できない。

 木片が使えなくなったら投げ捨てて、今度は荒縄を武器にして鞭を振るうかのように扱い海賊をなぎ倒す。

 口元に浮かべるのは狂気の笑み。

 それは――戦闘狂と呼ぶのにふさわしいぞっとする笑みだった。

 アークの戦いを前にして、ラディカルは自然と手が眼帯に触れる。


「おや古傷でも傷みましたか?」

「古傷じゃないっすよ」

「で、貴方はどうするのですか? ここで私と高みの見物を?」

「そうっすねぇ……俺が戦ったところで、どう足掻いても足手まといにしかならないっすよねーこれは」


 所持していた大ぶりのナイフ二本は、海賊に捕らえられたとき没収されてどこかにしまわれている。

 徒手空拳が全くできないわけではないが、本領は発揮できない。

 ましてや――戦闘狂のように、海賊を殺戮して回れる自信がなかった。

 返り血を花が一斉に開花したかのように浴びる姿は、殺戮の化身のよう。その様を見て、恐れを抱かないほうがおかしい。

 アークの独壇場に紛れたところで、意味がない。

 傍観に徹することが悔しいが正解だと、ラディカルは拳を握りしめながら判断する。

 楽しそうに笑い、殺戮を繰り広げるアークを見て、ラディカルから言葉が零れる。


「戦闘狂っすね」

「えぇ。戦闘狂ですよ、仕事中毒の戦闘狂。強い相手を見たら戦わずにはいられない根っからの馬鹿です」


 隣にいたヒースリアが淡々と答える。


「――救いようのないね」


 それは悲鳴にかき消された言葉。


「なぁ。執事の兄さん」

「執事と呼ばれると、海に突き落としたくなるくらい腹立たしいですね」

「事実だよね!?」

「事実は時として残酷です」

「執事が残酷ってどういうことっすか!」

「貴方のような脳みそが空っぽの人族には理解できないのですか、かわいそうです。頭を切り開いて蛆でも詰めてあげましょうか」

「死ぬわ! ってか今にも死にそうだったお兄さんにも執事とは思えないほど辛辣だったけど、ねぇそれ特技!?」

「趣味です」

「性質悪!」

「褒め言葉として受け取っときます」

「褒めてねぇから!」


 そこまで会話をしてから、これではまるでアーク執事ヒースリアが会話していたのを繰り返しているようだとため息をつく。

 戦場で呑気に、牢屋で呑気に会話ができてしまうほどこの二人は異質であると実感する。

 尤も、アークの殺戮を前にして動じていない自身も他人をとやかく言える立場にはない。


「辛辣でサディストな兄さん」

「温厚篤実な私に向って失礼ですね」

「温厚な人に失礼な性格だな、ホント!」

「いえいえ、私がこの口調で会話をしている間は温厚ですよ?」


 にっこりと笑う姿は、整った造形のせいで不気味さが伝わってきて言葉が詰まる。


「よお、何を話していたんだ?」

「ほわぁ!?」


 突然背後から声をかけられてラディカルは変な悲鳴を上げる。

 後ろを振り返ると、返り血で真っ赤に染まった戦闘狂アークが肩に扉を担ぎながら立っていた。

 ヒースリアと会話をしている間に、海賊をせん滅させたのだろう。既に悲鳴は聞こえなくなっていた。

 数多いた海賊を、無傷にも等しい状態で圧勝する戦闘狂を前に、ラディカルは苦笑いがこみ上げてくる。


「そんなに驚かれるとは思っていなかったんだな」

「ダメですよ、主。か弱い一般人に向かって突然現れたように気配が復活したら、心臓が寿命を迎えてしまいますって」

「悪い悪い」

「いや。俺そこまでか弱くないし、戦えるんすけど」

「主が来たことにも気づかずに、弱弱しい悲鳴を上げる人がか弱くないなら、か弱い人はどんな人なのでしょうね」


 わざとらしくヒースリアが首を傾げるので、腹だって武器を投げつけたくなったがあいにく手持ちの武器はまだ取り戻していないし、か弱いことは全力で否定するもアークの気配に気づかず驚いてしまったのは事実だ。

 ラディカルは周囲を見渡してから扉が武器として使用された痕跡のある室内へ入ると、大ぶりのナイフが無造作に転がっていた。

 自前の武器を発見したラディカルはそれを拾う。


「おお、此処に武器が転がっていたのか」


 背後からついてきた、扉を武器にしたアークが楽しそうにいった。

 大ぶりのナイフのほかに、少量の質がいい魔石、それと無数のナイフと拳銃が転がっている。


「相変わらず武器屋を開けるような武器ばかりですね」


 拳銃を手に取ったヒースリアは、アークが懐に隠している武器の多さにため息をつく。


「お兄さん、武器多すぎっすよ……なのに扉で戦うんすか」


 扉を開けたときに武器が転がっているのは目に入らなかったのだろうかと心底ラディカルは思う。


「ん? いや扉だって立派な武器だろ」

「扉職人は武器にされる前提で作ってないって」

「そうか? ドアノブとか持ちやすくて良かったぞ」

「それ、褒められても心境複雑だと思うっすよ」


 アークはテキパキと返り血を浴びた服の中に武器をしまっていくので、徐々に散乱していた数が減っていく。最後に魔石を無造作にポケットの中へ入れた。


「魔石の扱いだけ乱暴じゃないっすか!?」

「魔導を使うのは好きじゃないんで。一応持ち歩いてはいるけど使いたくない」

「はぁ……」

「魔石を鈍器になら使うけど」

「そんな使い方する人、聞いたことないっす!」


 魔石は宝石と紛う色とりどりの輝きを持つもので、魔石を扱うことで人族は魔導を行使することができる。

 そのため、魔道を扱うものにとって魔石の存在は生命線だ。

 丁重にこそ扱うが、鈍器にする話はついぞ聞いたことがない。

 つくづく意味がわからない戦闘狂だ、とラディカルは内心羨望にも似た感情を抱く。


「さて、俺は武器も戻ってきたことだし、退散するっす」


 そそくさと室内を後にして甲板に出る。甲板から手すりの上に乗る。眼下を見下ろせば一面海が広がり、陸の光景はない。


「ん? 眼帯君何をしているんだ? 落ちるぞ」

「そのつもりっすから」

「このまま船を運転すりゃ、街へ着くんだし、わざわざ海に身を投げる必要はないんじゃないか? 自殺志願者なら止めないけど」

「死ぬつもりはないっすよ。ただ、俺は海賊になりたいんだ。だから海から海へ、別の船を求めるだけっすよ」

「ふーん」

「それに――そこの腹黒執事と一緒にいると、命日が今日になりそうなんで。さよーなら」


 両手を広げて海へラディカルは身を投げる。バシャンと、海面と人が衝突した水しぶきが上がる。

 ラディカルは海の中、眼帯君と呼ばれた所以である眼帯の紐を外す。

 ――流石に、泳いで船を探すのは難しいし。



 海面から浮かんでこないラディカルを暫く眺めていたアークとヒースリアだが、ほどなくして海を眺めるのをやめる。


「失礼ですね。命日を今日にするならもうとっくに彼は命日を迎えていますよ」

「なら身投げ正解じゃん」

「……それもそうでしたね」

「同意すんなよ」

「さて、大型の船を動かすのは面倒ですし、私が乗ってきた船で戻りますか」

「そうだな。腹減った」


 アークは手で腹を抑える。


「では、屋敷に戻ったら三日分の料理を最後の晩餐として振る舞ってあげましょう」

「三日分も食べられないし、最後の晩餐ってなんだ! 俺はまだ死なないって」

「大丈夫です。私が満腹な主の腹が破裂する勢いで口に詰め込みますから」

「食べ物の無駄遣いはやめましょう」

「それもそうですね。食べ物に失礼でした。ごめんなさい」

「そこだけ素直になるなよ!」


 ヒースリアが乗ってきた船に移動すると、波の影響で不安定に揺れる。


「では主運転を願いします。私は日光浴をしながら眠りますから」

「転覆したって知らねぇぞ」

「転覆したら主を木片にして街まで泳ぎます」

「俺だけ水死体かよ」

「では、水死体になりたくなければ、安全運転でお願いします。御休みなさい」

「起きろよ」


 運転するつもりが皆無のヒースリアにしばらく文句を言ったが、やがて諦めて自分で運転しながら港へ戻った。

 そして最後の晩餐を拒否したアークは、帰宅後自分で料理を作る羽目になるのであった。

 始末屋レインドフ家、そこに料理人はいない。

 ヒースリアが来る以前の執事をうっかり殺してしまったように、料理人を寝ぼけて殺してしまったからだ。

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