Fragment

しや

第1話:始末屋アーク・レインドフ

「俺の執事やらないか?」


 最悪の出会いは死をもって結末を迎えるのではなく、意外な形で終わりが訪れようとしていた。


「それは脅迫か?」


 誘い文句ならば、銀色に輝く武器は必要ないし、相手を痛めつける必要は益々もってない。


「選択肢を二つ提示したんだ、脅迫にはならないよ」

「死ぬか、執事かの二択なんて――立派な脅迫だろ」


 理不尽なことを突きつけられているのに、思わず笑ってしまう。

 死を選べば、あっさりと生涯に幕を閉じるだろう。

 生かすも殺すも彼の自由。

 ならば、と彼は傷だらけの身体で力を振り絞り、武器を地面に叩き落とす。

 無論そんな行為に意味はない。

 身体中に武器を仕込み、さらにはその辺の物ですら何でも武器として扱ことができる彼には、一つの武器が減ったところで痛手にはならない。

 叩き落としたのはただのプライドだ。

 這い蹲って屈服はしたくなかった、それだけの悪あがき。


「いいだろう。執事になってやるよ」


 死を選べば、彼を殺す機会は二度と訪れなくなる。

 殺したいのならば、死を選択することはできない。


「よし、契約成立だな」


 その答えに、彼は満足に頷いた。

 妖艶な笑みは、殴りたいほどに清々しい。


「ところで、なんで執事なんだよ……」

「寝ぼけて執事殺しちゃったから。今、執事いなくて困ってたんだよ」


 馬鹿なのかこいつは、と彼は思った。



「……嫌な夢を見ましたね」


 椅子に座り、夢心地に浸っていたらいつの間にか眠りについたようで、過去の悪夢を見た。

 執事に誘われたときの夢など見たくはなかった。思い出しただけで腸が煮えくり返りそうになるし、殺意が膨れ上がる。

 だが、最悪の目覚めは眠気を奪っていった。

 背伸びをしてから、現在時刻を確かめようと白く陶磁のような指先で、薔薇が描かれた銀色の懐中時計を開く。


「さてと。そろそろ迎えに行かないとダメですね。何せ、ですし」


 やれやれと、重たい腰を上げると光加減では金髪に見える銀髪が滑らかに揺れる。腰まである髪を薄いピンクの布でゆったりと縛っている。

 端正な顔立ちに、銀色の髪と赤い瞳が醸しだす高貴な雰囲気は相手を魅了する力がある。

 クローゼットの中から、白いロングコートを取り出し赤いシャツの上から羽織ると、袖口から赤のフリルが垣間見える。

 赤と白で彩られた服装は彼の存在を引き立てるための飾りだ。


「全く、面倒ですよね。とはいえ、その辺で無様に死ぬのは滑稽ですが不都合ですし……」


 文句を言いながら、彼は広々とした屋敷の外に出る。

 一面に広がる手入れの行き届いた庭からは、花の香が漂ってきた。


「主のお出迎えですかー?」

「いってらっしゃい」


 庭で花の手入れをしていたメイドの二人が、主を迎えに行く執事に手を振る。


「ええ、行ってきます」

「お土産宜しくですー」

「主のひき肉でいいですか?」

「まずそうなので却下です」


 手で罰印を作られたので、笑いながらまぁ私もごめんですけど、と返事をする。

 どんな凄腕の料理人が包丁を握ったところで、出来上がった料理はまずいと自信をもって断言できる。

 執事である彼は、優雅な足取りで仕事に出かけて戻ってこない主を探しに屋敷――レインドフ家を後にした。




 ゆらり、ゆらりと不規則に室内が揺れ動く。規則のないリズムは、海の波によって生じていた。

 か細い明かりだけが灯る薄暗い室内には、二人の人族がいた。

 一人は海の上での生活に慣れていたので船酔いをすることはなく今後のことを思案していたが、隣で横たわっている人物は船酔いからか気持ち悪そうに顔を青くしている。


「今にも死にそうなお兄さん。大丈夫っすか?」

「……」

「おーい、お兄さん。生きているっすか」

「……生きているけど、ものすごく眠い」

「そっちっすか。てっきり船酔いかと思ったっすよ」

「いや、船酔いもしてる。気持ち悪くて吐きそうだ」

「吐かないでくださいね」

「努力する。腹も減った。眠い。ご飯食べたい。寝たい」


 今にも死にそうな顔色だが、それでも眠いや腹が減ったと言える精神に声をかけた少年は安堵する。 

 隣の青年が何者か少年は知らないが、この場に捕まっているのだから一般人ではないはずだ。


「――さて、どうするのがいいっすかね」


 少年と青年は別々の檻に入れられ海賊船に捕らわれていた。

 牢屋に入れるだけでは飽き足らず、脱走されないよう念には念を入れて手と足がそれぞれ手錠で繋がっていて、思うように身動きが取れない。

 少年は海賊の船長を殺害しようとして船に侵入したところ運悪く見つかって捉えられた。

 牢屋へ連れていかれると、三個ある牢屋のうち一つは既に埋まっており、紫がかった黒髪の青年が横たわっていたのだ。


「今にも死にそうなお兄さん。何かいい案ないっすかー? ここから脱出したいんすけど」


 枷から抜けることができないかと悪あがきは既にしていたが、少年の技術では不可能だったし、あまり強硬手段に出ても海賊たちをこの場に呼び寄せる羽目になる。

 狭い室内で乱戦になった場合、現状勝ち目があるかは怪しい。


「さぁ。何も思い浮かばないな、眼帯君こそ何かあるのか?」


 声に覇気はないが、青年は返事をした。


「眼帯君っすか」

「名前知らないし」

「俺はラディカル。ラディカル・ハウゼンっす。ラディーでもいいよ。今にも死にそうなお兄さんの名前は?」

「悪意を感じるほどに酷い呼び方だな」

「じゃあ、今にも生き途絶えそうなお兄さん」

「悪化しているだろ。俺の名前はアーク・レインドフ」

「ふむ。で、今にも死にそうなお兄さんはどうして牢屋に入っているんすか?」

「名前で呼ぶ気ないな……俺は船長を殺そうと思って船に忍び込んだのはいいけど、空腹と睡魔で倒れた。目が覚めたら牢屋に入れられていた」

「間抜けっすね」

「そういう眼帯君は?」

「そっちだってラディカルって呼ぶつもりないじゃないっすか。俺は海賊になりたいんす」

「海賊?」

「そっ。俺はこの海賊船の船長を殺害して、船長になろうと思ったところ、運悪く捕まってしまったというわけ。めでたし、めでたし」

「めでたくないから」


 ラディカルが薄暗い中、目を凝らして青年を見ると、紫がかった黒髪は肩まであり埃に塗れた床で横たわっているのに艶やかさが失われていない。髪よりかは明るく紫色のような黒の瞳からは覇気が感じられず今にも瞼が閉じそうだ。

 ストライップの入った赤いシャツに、黒のコートは服に疎いラディカルにすら高級品だと一目でわかる程の作りだった。


「つーか。空腹と眠気って普通船長を殺害しようとするなら万全の態勢で挑まないっすか?」

「仕事に熱中している間に三日たっていて」

「は?」


 ラディカルの目が点になる。アークが何を言っているのか理解できなかったのだ。


「仕事が大好きで、仕事を始めると何も目に入らなくなるもので、寝るのも食事をとるのも忘れていたってこと」

「馬鹿っすか!? 仕事中毒ワーカーホリックすぎるっすよ!」

「自覚はあるよ。仕事が大好きだからな。ところで、眼帯君。脱出方法だけど俺は知らない」

「残念」

「知っていたら、こんな場所で囚われの王子様やっていないって」

「王子様って贅沢っすね」

「こんな時くらい贅沢させろよ」

「普段どんな暮らししているんすか。……脱出できないとなると、俺らはこのまま殺されるのを待つんすかね? それはゴメンなんだけど。俺はまだ海賊になっていない」


 ラディカルの夢は海賊になることだった。

 海賊になるための手段として、船長を殺害して船長になり替わろうとしていた。

 誰かに言わせれば、悪手。船長を殺して船長になることに意味があるのかと夢を語って正面から疑問をぶつけられたこともある。

 でも、ラディカルにとって一から海賊団を作り上げることにこそ意味を持てなかった。

 だから船長を殺して船長になる。

 元ある形を乗っ取るのが最適だと信じていた。


「……此処でこのまま待っていたら、迎えにきてくれる……はず、だから大丈夫だとは思うけど」

「勇猛果敢なお姫様っすか?」

「外見は姫のように美しいけど、愛想も慈しみも思いやりの欠片もない性悪な姫だな。しかも男だ」

「うわーそんな姫いらないっす。あ、でも助けに来てくれるんなら思いやりあるんじゃないっすか?」

「いや、そろそろ面倒見ないと危ないなーと思ったらようやっと重たい腰を上げてくれる奴。俺のいうことは二割来てくれたら万々歳なサディスト執事」

「執事!?」


 執事の単語にラディカルは声が裏返った。

 アークの口から物騒な単語が平然と出ているのはおいておいて、外見はいいところの身分を持っていても不思議ではない身なりだ。

 だから執事という単語が出てきても驚くべきことではなかったのだが、アークが語る執事像がラディカルの想像とかけ離れていた。


「口を開けば俺への罵り文句が洪水のように溢れてくる仕事しない執事」

「なんで雇っているんすか」


 世の中の真面目な執事に対して失礼に当たる執事だ。


「今までの執事はうっかり殺してしまって」

「執事ってうっかり殺される危険性をはらむ物騒な仕事だったとは知らなかったすよ」

「あいつが来る前の執事は、寝ぼけて殺っちゃったんだよ」

「フレンドリーにいっても可愛くないからね」

「……それはそうと俺の執事は助けに来てくれるのだろうか」

「そりゃ執事だし。主の為に助けに来てくれ……ってそれボディーガードの役割!」


 よくよく考えるまでもなく、助けるのは執事の仕事ではない。


「ボディーガードは雇っていないな。必要ない」

「今にも死にそうなお兄さん、一体何者なんすか」


 ラディカルの中で、仕事中毒で現在睡眠と空腹で力なく執事の助けを待っているアークに対する謎の割合が会話をすればするほど増加していった。

 アークは眠気の限界を迎えたのか、ひと眠りをするといって瞼を閉じる。程なくすやすやと牢屋に入れられているとは思えない呑気な寝息がラディカルの耳に届く。


「今にも死にそうなお兄さんより、能天気兄さんの方が良かったかな……」


 数時間後、睡魔から少し回復したのかアークは目を覚まして横たわっていた身体を器用に起こす。


「寝心地悪い……身体が痛い」

「抜群だったらお兄さんの神経を疑うっすよ」

「あぁ、おはよう眼帯君。どれくらい俺は寝た?」

「あいにく時計が此処にないんで正確な時間はわからないけど、三時間くらいじゃないっすか?」

「ん。ありがと」


 あとどれくらい牢屋にいなければいけないのだろう、とラディカルが思ったとき薄暗かった室内が僅かに明るくなった。

 外の扉が開いて、太陽の光が侵入したのだろう。

 続いて、カツカツと足音が聞こえる。複数ではなく、一人だ。

 ラディカルは身構えるが、隣のアークは呑気に欠伸をしていた。

 ――ホント、意味わかんない兄さん。


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