塔の国と塔の魔女と塔の記憶

 この子は顔だけはいいなあ。

 クィンはマシューの顔を見るたびに、彼を振ったことを思い出すのでした。

 もちろん、少々後悔しないこともないのですが……。

 その時は学生結婚なんてもってのほか! と、ズレた方向にだけどしっかり反対する両親にほだされて、あっさりあきらめたりするので、まぁ若気の至りなんてそんなものだろう、と思ったり。


 控えめに言って竜に比べればヒトなど脆弱な部類に入る知的生物ですが、綺麗かそうでないかという視点から見ると、相棒に匹敵する竜なんて見たことがないのですね。

 異邦人からは勘違いされがちですが、赤の国このくにで美意識は種族共通だったりします。

 少なくとも選挙権とか、公民権を与えられた国民なら自由恋愛は認められて然るべきものだと極端な学者セクシャル・オーソリティーはのたもうのでしょうが、このふたりはわりと保守的なのかもしれませんね。


 「くくくく……青年淑女、悩みに悩みたまえ。竜とヒトが巨大な国家を共に築けているのだ……、もっともっと小さな都市、家族……そういったものの集合体が国とかいうわけのわからん有機体である以上、小生のような無機物にもチャンスがあるとは思わんかな……」

 「ありませんって。それに……、僕の背中に乗ってるからってべらべら喋るのはやめてくれませんか?」


 しゃべる扉こと、エドゥアルド氏は粘っこく虫を絡め取る台所の罠のような声でささやきます。

 その言葉をぴしゃりと振り落とすクィンさん(27歳独身)は、こいつ出来れば不法投棄したいなーと思いました。一々思考を先読みするのはやめてほしいのです。


 ……元々、塔を間近に睨める場所にまで来れていたのです。

 ごちゃごちゃやっているうちに、周辺は夜一色で塗りつぶされました。本来、自然の摂理というものはこういうもののはずです。

 正反対に塔の周辺は夕焼け色に輝いていました。魔法的存在はこういう横紙破りを平気で差し込んでくるから、善良な市民の皆さまから迷惑がられて田舎に退去してもらうのですね。


 「とっとと行こうか。ここまで来て野宿ビバーク、凍死とか笑えないよ。エドゥアルド氏、これでいいんですね?」

 だから、が吹っ飛んでいたので、仕方なしに物言わない扉を取り外します。

 そして、全く健在な塔の元三階現一階に入れ替わりにはめ込むとマシューは聞き返しました。


 「まぁ……、その時は小生が女王陛下に口を利いて差し上げますから美しいオブジェとなって再就職先を――ぐわぁあぁぁぁぁぁああぁ!!!」

 あ、これ漫画で読んだことがある。それか、流行小説だったかな。

 ミーハーな彼女には予想できた範囲だったので、クィンさんの手によってマシューくんはすでに退避させてありました。

 

 扉氏の発言に面白くないものを感じていたので、クィンさんはどんがらがっしゃーん、なーんて子供じみた声を出してみました。

 が、エドなんとか氏も蝶番ちょうつがいから折れ曲がって、二度三度地面に打ち付けられて、転がって土埃が立つかと言えば、そんなことは全くなくて。

 単に襲撃蹴撃地からささくれ立って断面の繊維が垣間見えるくらい、現実的に大穴が開くだけのつまらない壊れ方だったのでむなしくなるばかりです。


 「貴様、あの御方に向けて何を言ってやがる……。声をかけてもらったから命をもらったってでたらめ過ぎるだろ、野郎が」

 地獄の底から這い登って来たかのような声でした。

 

 夕日をかたどったような、融けているような、燃えているような、輝いているような、輪郭の定まらない髪の毛、同じ様に揺らいでいる瞳の色。

 魅入られると燃え尽きてしまいたくなるような力あるまなざし、怒りによってか赤らかに染まる肌の色。「力」を人の姿にしたような、そんな男が蹴りを繰り出していました。


 蹴破られる扉氏は、三枚目の一枚目の扉を気取ったかバタリと倒れます。

 「お約束……ですな。ぐふっ……」

 「ざーとらしい演技はいい。そこで寝てろ」

 燃えている気がするのですが、消火しなくて大丈夫なのでしょうか?

 また愛の告白をされても困るので消極的に見捨てることにしました。ごめんなさいと、心の中で謝りながらマシューは彼を見ることにしました。

 クィンは四つの目のすべてをそちらに向けました、もちろん嫌そうな色は消してあります。


 赤熱する炭を思わせるごつごつとした指先を通して、黒い寝間着を全身に引っ掛けたか、直線的で色気ある体の稜線を心もとなさげに隠していました。

 努めて、ふたりは顔を見るようにします。


 彼はさらりと髪をかきあげると、ふたりのことをしげしげと見つめ、少しの驚き、続いて獰猛な表情になるとニッと笑いました。

 「ああ、お客さんか。いらっしゃい。まずは上がってくれ」


 「はぁ……」

 「むぅ……」

 筋骨隆々、たくましい男の出現に躊躇したのも束の間、彼は一歩を踏み出しました。こういう時、前に出るのが騎手の役目だと思ったからです。

 

 「リトラウルム赤の帝国、第七陸空共同師団所属竜騎兵ドラグーンの、マシュー・K・ペイリン伍長と申します。

 魔女殿の領地へ足を踏み入れたこと、事後報告になり重ねて申し訳ありませんでした。今回は――」

 「ああ待て待て」

 ここで待ったが入ります。気遣っていただけるのか、言葉を止める。


 「彼女の紹介がまだだろう? そっちからやりなさい」

 泥を被ろうとするのは勝手だが、第一そっちの方が階級が上だろう。騎手など竜の備品なのだから。


 ……言外に、嫌な台詞が続いていると思ってしまって、マシューはあさましい考えをする頭が嫌になって大きく振った。

 心の中でいいえを繰り返す。気遣った瞳をひとつ寄越して言葉を引き継ぐ。

 

 「マシュー……、はい。私は、ペイリン伍長の騎乗竜、同所属軍曹位を預かりましたマリーナ・X・クィンと申します。

 ええと、あなたは――」

 

 「塔の門番が通したという以上は、それが『世界』の選択だと言うことだ。

 先だっての露払いに遅れてやって来たこと、咎め立てはしない、皇帝陛下の使者殿、マリーナ嬢とペイリン氏。……まぁ、玄関口で話し込むのもなんだ。入りたまえ」


 やや棘は刺されたものの、思ったより穏当な提案にふたりはほっとします。

 結局、あなたは誰なのかという疑問を口に出す勇気はなかったのですが……。

 ただ、はにかむ笑み、ごまかしの沈黙を嫌ってか、“彼”は補足の言葉を続けてくれました。

 それによって、ふたりはさらに困惑することになったのでした。


 「……おっと! 紹介が遅れたね。

 私は『三原色トリコ・ロール』が一柱『世界リトラウルム』の『記憶シュガレンティーン』の『欠片レコース』。この地を治める『砂糖屑クグロワ』の『中なる欠片スクラ・レコース』『茜色の柱』を御するものである」


 ふたりは彼の言っていることがさっぱりわかりませんでした。

 世の中には理解しなくていいことがあるといいます。

 一応聞いてみたところ、知ってしまったら敵か敵か味方にされてしまうと冗談交じりに脅されてしまったので、それ以上の質問をあきらめました。知った風の口を利くと、そこで話を終わらせることにしたのです。

 

 要するに、この塔を支配する魔女様の世話人ということでしょう。実際、その理解はおおむね間違っていないのですが、多少間違っていたとしてもこのふたりが判断を誤ることは無いはずです。


 ふたりは魔窟に招き入れられて、常識人を気取ることが出来る程度には非常識でしたから。

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ドラゴンライダーと魔女の塔 東和瞬 @honyakushiya

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