塔の国と竜と騎手と喋る扉

 あの爆弾はどこからどう考えてもイカレタ建築家の脳みそを経由しているとしか思えない塔を、盛大にぶっ飛ばすのでしょう。

 そう思っていました。その時までは。


 「ええ、ぶっ飛びましたもの。物理的に」

 「物理的に」

 塔がぶっ飛ばされる前に自分から飛び出すなんて、こりゃ一本取られたねー。

 もし、ここに記者さんインタビュアーがいたなら、ふたりは上のコメントに続いてハハハーなんて乾いた笑いをこぼしていたと思います。

 

 ちゅどーんちゅどーん。

 子供キッズ向け漫画バンド・デシネでしか見た覚えのない、字に起こすでしか読んだ聞いたことのない擬音とともに塔の一部が発射されました。

 ええ、それはまるで見えないハンマーが塔をどこか遠くに叩き飛ばしたような、そんな有り得ない光景だと言っておきます。


 「そっかー。あの塔は東洋の神秘的遊戯アリエンダロ・ゲーム『ダルマ落とし』を遊ぶために設計されたんだねー」

 うんうん、とうなずきます。鋏脚はさむほうのあしを使って頭を支えるクィンでした。

 ちなみに、このことで彼女クィンのことをますますカニっぽいと思うのは早計であって、他にも「にぎるほうのてパー」と「つかむほうのあしグー」があるのでジャンケンには最適だったりします。

  

 吹っ飛んでいった塔の一目、続いてもう一階目二回目で、魔女さん宅に爆弾を配送しようとしていた不届きもの爆撃機は巻き添えを喰らって吹き飛びます。

 あの一瞬で、原型を保ったように見えたのが不思議なくらいでした。

 着払いで命を支払う羽目になったのは乗組員十数名の方だったようです。

 

 「お空の星さまになるってのはこういうことなのかもしれないねー」

 同感です。まるでまんがのように間抜けた顛末ですが、この瞬間男やもめと未亡人が何人も生まれたのです。

 きっと元奥様(元旦那様)はそれより少し、またはもうすこし多い子どもたちに『お父さん(お母さん)はお星さまになったんだよ』と涙をこらえてこぼして言うに決まってます。


 「日記につけておこう」

 マシューはつぶやきました。きっと遺族はこのことを知る機会はないでしょう。

 だけど、この場で唯一の目撃者が自分たちだけになった以上、顔も知らないあの人たちの最期を遺族が知る可能性をゼロパーセントにはしたくない、そう思ったのでした。


 「戦争終わったら回顧録でも出そうかな」

 「マシューくん、そんなことより帰らない?」

 クィンはこういった見た目ですが、こう見えても必要に迫られれば綺麗な綴り方スペリングが出来る質です。

 割とずぼらなので、いつもは相方に口述筆記で代筆させているのですけどね。

 

 そんなクィンが、真剣な声色でもって地面につけた「つかむためのあし」を除いた四本の手足を大げさに振り上げます。

 黒く深みある宝石の輝き、二対の眼にもふざけた色はありません。


 「うーん……脱走はちょっとなあ。銃殺刑だろ?」

 「いいやいやいや、流石にそこまでは行かないよ。僕としてはいきなりイカレタ事件に巻き込まれて、仕切り直ししたいってダケなんだけどさ。わかる?」

 「でもなぁ、ここまで来たんだろ? 帰るってのもなあ。あの爆撃機がどこに吹っ飛ばされたのかも気になるし」


 「『リッツェ』相手に喧嘩を売りかけたのですな。あのくらいの温情は感謝すべきですなぁ。くくくく……、お客さんとは珍しい。いらっしゃーい安くしときますよ」

 本来なら、色々と言い争いをしつつも妥結案カニパーティーを探り出した流れなのでしょうが、なぜか割り込む声があります。

 「「誰!?」」

 思わず、ふたりは声をそろえて声の居場所をさがしました。 


 それは異様なほどにねちっこく、陰気な男の声でした。

 それがそれらしき生き物の口から垂れ流されている、というのならばその当人を加えて、会話を続行したのでしょう。

 もちろん友好的という条件は付きますが、少々危機感を持ったところで根本的にこのふたりには緊張感というモノがなかったのです。


 ただ、それはどっからどう見ても無機物だったのですが。

 魔法の力というのは特段万能というわけではないのですが、これでもクィンはスクールでマイナー気味な魔法を三〇単位は履修したツワモノです。

 「クィン、どう?」

 「走査したよー。間違いなく、そっから出てるねー」

 話を手っ取り早く進めるくらいには役に立つようでした。


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 雪に突き刺さったその扉はボロボロでした。 

 しゃべるとかいうファンタジックな存在のくせして、元々は安っぺらい合板製……だったのでしょうか?

 蹴破られた真新しい跡が生々しく残っていていきなり大穴が開いています。

 それ以前にさんざ蹴る殴るされたのでしょうか? 元になった一枚がさっぱりわかりません。

 彼(?)が辿った受難の歴史を垣間見ることは簡単でしたが、年季が入り過ぎていてその全貌を知ることはおそらく不可能でしょう。

 

 一応、壊した度に補修の努力は見られるのですが、なにせそのツギ当てがデタラメで元々の厚さの何倍にも膨らんでいました。

 その上から殴り書きで「馬鹿野郎××××」だの「燃える廃棄物ゴミ」だの「★※÷△よめない」だなんて、無数に落書きがされているのです。

 これはしゃべるようにもなるな、とふたりは謎の納得感に襲われたのでした。


 「やぁ、申し遅れましたな。小生はエドゥアルド・ミカレンシア。『リッツェ』……おっと、あの欠陥住宅……どこにでもある赤い塔の門番を時給2……単位はご想像にお任せしますがな……を奇特にも引き受けている人格者……おっと門ですかな、くっくっく……」


 ふたりはぽけーと話を聞いています。

 「うんうん。どうせあやつらは腹の中身を落とすのはイヤだ……、おうちに持ち帰って怒られるのもイヤだ……というヘタレどもですな……。くくく、我が国の忠勇おふたりさん、これは歴史的光景ですぞ……」


 「はぁ」

 「ふぅ」

 なんだか相槌の声があえぎのように聞こえてしまうのは気のせいでしょうか?

 「そこの……可愛らしい方のお嬢さんじゃないほう……エロい声のお兄さん……、顔を見せてはくれないかな……」


 たぶん、こんなもんがその辺に転がっていて今まで気付かなかったのは、のうみそとめだまが無価値ゴミとみなした防衛行動シャットアウトなのでしょうが、出来れば耳もがんばってほしかったなーってふたりはそう思うのでした。


 ドアノブとか、凝った鳥さんの意匠デザインとかは特になし。

 なんでこんな粗大ゴミが喋ってんだろーと、ふたりは黙ったままちらりと目線を交差させます。


 クィンに同意してできれば帰りたいと思いつつ、マシューくんはゴーグルと一体になった酸素マスクを顔から取り去ります。

 ちなみにこのマスク、大半の竜騎手からはダサいオモいクサいの三重苦で嫌われているブツなのですが、本国の民間人の間では三万人くらい熱狂的倒錯者マニアがいるシロモノです。

 なんでも幼女にかぶせるのがマニアックでエモい! らしいです。


 と、余談が過ぎましたね。

 寒冷地用にゴム素材などは極力排し、布と糸を用いたソイツを後ろ手にほどいていきます。こういった教材を用いて集団で訓練をすると要領の差が残酷なほどに出るのですが、今回は緊張することなく楽にほどけました。


 途端、周囲の空気が一変しました。

 汗ばみを感じさせないさらさらの髪は黄金色の蜜を垂らしたようで、最高級の白磁を思わせるきめ細かいうなじから、よくかかっています。

 彩りを添える頬の色は若干の桃色を帯びて、花を思わせます。瞳は湖の色ブルー、外の世界を見つめる湖面はわずかに揺らいでいました。

 

 親御さんは意図せずともサナトリウムに飾られた儚い美少年に、青年らしい剛健さを混ざり合わせてしっかりとした存在感を与えることに成功したの……ですが、空気を変えると言っても、浮世離れした感じはありません。

 クィンに言わせれば美しさより美味しさの方が先立つ印象なのですね。

 

 「あぁ……、君。子どもは何人がいいかな……? なんならリッツェに話を通したやってもいいぞ……」

 ふたりは顔を見合わせて、心底ここに来たことを後悔しました。


 このエドなんとかの声に目も鼻も口もない無機物のくせして照れが混じっていることを気付きました。

 マシューにとって、たぶん同性愛は趣味でなかったからです。そんなわけで、結局ふたりはぼそぼそしゃべりを積極的に無視しながら、を持って、塔に向かうことにしました。

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