ドラゴンライダーと魔女の塔

東和瞬

塔の国と竜と騎手

 これはむかしむかしあるところに、というほどむかしではないのですが。

 ここから遠いところに塔の立ち並ぶひとつの国がありました。


 国にはたくさんの男と、もうちょっとたくさんの女、そして少しの魔女が住んでいました。

 厳密には国には約四〇〇〇万の男とそれよりほんのちょっと多いだけの女、百に満たない程度の魔女がいたのですが、別にその全員がものがたりに関わってくるわけもなし、おはなしをわかりやすくするためがんばって忘れてください。


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 二等級の山の尾根にかかる雲を突き抜けて、一頭の竜が滑るように天を駆けています。

 人間とは違う二対の眼、意外とつぶらなそいつを向けるのは竜からして追いかける方向でした。

 「待ってくださーい」


 意外とキンキンとした声でした。

 人と比べてみても相当に高い女性の声です。

 

 彼女、イルカのような流線形のかたちを基本としているため空を滑るには都合がいいのです。流石は竜、遠目に見てみれば貴婦人のドレスのように優雅に見えました。

 ここが山岳の上空でなく、大洋にぷかりと浮かんでいれば都合はいいのですが。

 だだし、そばに寄ってみれば意外とごつごつとした甲殻を持っています。紙やすりでは指先の皮ごと持っていかれそうな貫禄でした。


 そんな見た目から竜のことを怖いものと勘違いしてしまう老若男女は多いのです。

 ですが、ぴかぴかのゴーグルをかけて風防服姿の騎手ならそこは見知ったるもの、よしよしと頭を撫でてやりました。

 竜はえへへとありがちな笑いを返しこそしませんでしたが、いえいと調子に乗って速度を上げようとし、一〇秒くらいがんばったあとで諦めて巡航むりしない速度に戻りました。


 「あ、頭にフジツボ付いてるよ」

 「えー、取ってくださいよー」

 「はいはい、取れた取れた」

 「ありがとうございまーす」

 

 空の王者が竜から飛行機に取って代わられたのはいつのことでしょうか?

 軍にいる偉い竜に言わせれば情けない情けないと連呼されそうなものですが、海棲生物みたいな生態の彼女に、がんばれがんばれと言うのはお門違いと言うものです。


 えっちらおっちら、敵軍の飛行機に追いかけまわされて、自分たちは何をしているんだろうと思ったことも二度や三度ではありません。

 幸いにも敵には発見されていません。都合良く保護色になっているのです。

 あいにく、敵さんもブルースカイに塗装おけしょうされているのでお互い様でしょうが。

 

 「僕たちはこれから戦争を止めに行くんだー!」

 「はいはい。そしたら年金増えるといいね」

 竜のふざけた空元気もどこ吹く風、確かにドラゴンライダーと言えばありがちなおとぎ話では切った張ったの大立ち回りをするものです。


 でも、ふたりはしがない郵便局員でした。

 今は国に徴用されて真新しい軍服と一兵卒よりちょっと上の身分をもらってはいますが、この戦争が終わったらとっとと故郷の南の島で郵便配達を再開して、適当に暮らすものだと腹に決めていました。


 こんなやたらめったら寒いところで敵軍の飛行機を追いかけて(方向が同じだけともいう)、ついでに相棒の角質を金属やすりを使ってガリガリと削ったり、よくわからない寄生虫を叩き落としたりと、そんなことをするために貴重な人生はあるはずでないはずです。


 竜と騎手は国内でそこそこに高い山に立つ塔(二人の地学の成績は2でした)に向かい、住んでいる魔女に協力を要請にいくところでした。

 国はいまお隣の姉妹国と大戦争の真っただ中です。空より海面の方がよく似合う甲殻竜だろうと、使えるものは使うべきということはわかります。


 ただ、そんなものは軍や内務省のえらい人に任せるべきものだとふたりは思うのです。僕たちは一組の伝令だけどそれくらいの学ならありますと竜だって意見を具申したいのです。実際、竜の彼女は両親に許可をもらってスクールにだって通いました。


 なんとなしに、こんな愚痴を言い合うくらいには竜と騎手は仲が良かったのです。

 先ほどのフジツボを気流の流れを読んで投げ落としてやると、取りこぼしなく彼女は幾列も牙の並んだ口を開いて飲み込みました。

 ボリボリだの、バリバリだの、それらしき音がしています。


 「味はイマイチー」

 イマイチらしいです。騎手はゴーグルの奥でちょっとバツの悪い顔をしましたが、すぐ後になんでそんな顔をしなきゃいけないんだと思ったか首を振りました。


 おや、そうこうしているうちに、たいして意味のない国境線は近くなり、魔女の塔らしき建造物も輪郭線より細かく見えるようになってきました。


 塔がいつから立っていたのかまでかは知りませんが、ふたりは今朝の新聞の内容を思い出していました。

 どこそこで戦っただの勝っただのという景気のよいプロパガンタに混じって、国のためにいくばくかはした金を払った愛国者だという魔女の記事を読んで、ふーん、こんな俗っぽいことをするってことは魔女様とやらも大したことはないんだな(ね)と上から目線で評する程度には無知で小市民なのでした。

 

 これ以上飛んで近づくのは非礼、あと危険! だというくらいの分別はあるので、稜線を辿ってなんと都合のいいことか、塔を見張ることが出来る地点を見つけると、そこに降り立ちました。

 

 ずぼりと、彼の風防服と一体になった長靴が降り積もった雪に埋まります。

 竜の彼女は気取って胴体着陸を試みましたが思ったより雪が浅く、あわてて短い手足を使った制動でなんとか無事に起きます。

 ふたりとも、ええいやあと足を引き抜きました。竜の彼女、おっと紹介が遅れましたね。

 「クィン、寒くないかい?」

 「当たり前のことを聞くなあ、マシューくんは。僕はここに来るまでに二十七回寒い! って言ったー。あ、今ので二十八回目だね。カニおごりねー」

 

 はいはい、マシュー青年は積極的に無視します。賭けてもいいですが、絶対数えていません。

 カニ云々について触れるのは禁句です。以前共食いかとからかってみたら「あんな下等生物と一緒にすんな!」って怒られて三日間口をきいてくれなかったことがあります。乙女心はナイーブなのです。実際に似ているとか言ってはいけませんよ。 

 

 さて、闇夜が差し迫って青色がかかった雪の中にあって開けた赤土の平地の中に赤い塔が見えました。どういった仕掛けか、塔の周りだけは夕焼け色に輝いていました。

 事前に受けたいい加減な説明の通り、魔女の塔は正方形のパーティーボックスがたくさんでした。

 小さい子どもが積み木を扱うみたいにめたらめっぽう、でたらめに高く重ねたかたちをしているのです。

 

 天板に当たる次のはこがはみ出てたりするので風通しはよさそうです。

 「E……だねー」

 「なにが」

 「さーねー」

 クィンはつれない返事です。竜とか言ういきものは目がいいだけでなく、魔法的な存在でもありますから。

 二足歩行のヒトとはまた違うものが見えてもしかたないのでしょう。


 おや、先程から塔上空を旋回していた飛行機が動きを見せるようです。

 それを止める術もさしたる理由も持たない、ノー愛国者たちは黙ってそれを見守ります。

 それはまるで、昆虫が腹を開いて卵を産み落とすように見えてクィンは恐いというより気持ち悪いなと感じていました。

 

 台所で見た、分厚い黒光りして無駄に早いアイツらが産み落とした卵鞘らんしょうの中には、びっしりと……ああ気持ち悪い。クィンにとってこれだから虫けらは好きになれないのです。

 火薬が、鉄の鞘を弾き飛ばして無鉄砲に広がり、人を殺め塔を傷つけるだろう、そんな汚らしい未来を想起してクィンは少々憂鬱な気分になりました。


 「ばかな……あいつら正気か!?」

 「は!?」

 けれど、やってきた未来はふたりの想像を大きく越えていました。ただし、その想像の矛先は少しだけズレていたのですが。

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