「冷静と情熱の間は常温」
カミングアウトしにくいよねという話をしていたはずなのに、なぜか農民の話をしていた僕は村長派ではなく尊重派。
そしてこりもせずに、前回に続いてカミングアウトにかかわる話。
今度は家族の方にも、注意しないといけないことがある。
理解し受け入れるだけではダメなのだなのだけれど、では一体なにに注意しなければならないのか。
それは、アウティングと呼ばれる行為に対しての注意だ。
アウティングとは、カミングアウトした内容を他人に話すことだ。
僕は兄から性同一性障害だと直接聞いたわけではない。
つまり母は僕に対してアウティングした、となる。
多分、だろうけれど、僕に言ってもいいのかと母は兄に確認したのだと思う。
だからこそ母は僕に言ったのだろうし。
で。
このアウティングっていうのは、性的マイノリティにとって結構重大な意味を持つ。
同性愛者である事を隠している人は、この人になら言っても大丈夫、という絶対的な信頼があるからこそ秘密を打ち明けるのだ。
信用できなかったり、怪しいとおもっていたら例えそれが家族であっても時期がくるまでは秘密にしていた方が無難かもしれない。
当たり前だ。
性的嗜好が人に勝手に話されるというのはきわめて恥ずかしいことで、
例えば奥さんが僕の実家ででいきなり、
「この人の携帯にやばいくらいアダルト動画が入ってて、凄い偏りがあって、こんな傾向があって、こういうのも好きみたいで」
みたいな話を家族にされたら死ぬ。社会的にも、実質的にも、死ぬ。
これは僕が奥さんに対して理解してほしい、であったり、信用しているから動画の存在、ひいては傾向を伝えているんだけれど、
それをいきなり他人には話したらどうなるか、想像できるだろう。
上記の話はあくまでも例えです、例え。僕はピュアだ。ノーシンと同じくらいピュアだ。
で。
例えば僕の母のように了解を得ていれば問題はないのだろうけれど、問題はそういうことをあまり気にしない人達、もしくは気にならないタイプの人達が一定数いるということだ。
無意識で井戸端会議の話題にあげてしまったり、それこそ本人の了解を得ずに家族に話してしまったり。
家族に対してのアウティングは、多分よかれとおもってなんだろうけれどやっぱり本人に確認はとらなければいけないものだし、もし本人がいわないでくれ、と言っていたのであれば、絶対にばらしちゃいけない。
家族の事なんだから別にいいじゃないか、と思うかもしれないけど、こういう風にいえば理解してもらえるかもしれない。
「たとえばさ、お父さんがね、お母さんの好きな体位を他の家族にばらしたら、お母さんはどう思う?」と。
晩ご飯が載ったテーブルを家族でかこみながら父がいう。
「そういえばな、母さんは騎上位が好きでな、お父さん、昨日頑張って腰いわしちゃったよ。はっはっは、鰯だけに」
そういって北海道産の鰯の生姜煮をつまむ。
生姜煮だけに、しょうがに(な)いなあ、なんて、お母さん言える?
誰が笑える?
「お父さんさ、お母さんがお父さんの性感帯ばらしたどう思う?」と。
掘りこたつを囲んでテレビを見ている最中に、母が言う。
「そういえばお父さんって、舐められるの大好きよね、特に右の乳首。ほんとはおしりも掘ってほしいの?掘りこたつだけに。」
といいながら、掘りこたつの上のみかんに手を伸ばす。
みかんだけに、こいつはどえらいすっぱい(失敗)だ!なんて、お父さん言える?
誰が笑える?
これほどまでに、予期しないアウティングは精神を蝕むのだ。
駄洒落が精神を蝕むのではない。あくまでも、予期せぬアウティングが、カミングアウトした人の精神を蝕んでいるのだ。
ほかにも、信用できると思っていた友人に打ち明けたら、皆のいる前で、あれはタイプじゃないの?
と聞かれて結局他の人にもカミングアウトしざるをえなかったみたいな話もある。
こうなってくると悪意を感じてしまう部分もなくはないが、人間、気をつけていてもどこかで抜けてしまう。
だからこそ、この人ならカミングアウトしても絶対に黙っていてくれるだろう、という考え方はやめて、この人にだったらばらされてしまってもしかたないかと思える人にカミングアウトするほうがいいかもしれない。
そういう人間の方が、意外と口が固かったり、理解してくれたりする。
で。
カミングアウトとは話しが変わるのだけれど、トランスジェンダーがよく使う言葉で、パスとリードというのがある。
パスのというのは、なりたい性別に見られた、ということ。
リードは、男性であれば男性だと、女性であれば女性だとばれてしまうことだ。
女性ホルモンをうつと、段々と女性的な特徴が出てくる。
胸が出てきたり、身体が丸みを帯びてきたり、性格がおだやかになってきたりもする。
ということは女性ホルモンをうっている状態で姉はあの性格なんだとしたら、うっていなければ今頃どえらいことになっていたかも知れない。
こんなことを言っているから、姉からの風当たりが僕に対してだけ異様に強いんだけれども。ま、いいや。
パス、もしくはパッシングされる為にトランスジェンダーは多大な努力をしている。
一番分かりやすいのが声だ。特に、くしゃみやしゃっくりなどの突発的に出てしまうときの声。
普段の声は訓練で高くなったり女性っぽくできたりするから対処の仕様があるんだけれど、くしゃみとかを取り繕うのは難しいらしい。
能町さんの本にも書いてあったのだが、やはりとても気をつかうみたいだ。
姉が家でくしゃみをするときはいったいどうか、といえば、やはりおっさんチックである。
外でするときにはどうしているのかはわからない。
しゃっくりもお姉ちゃんになってからは聞いた事がないのでこれもわからない。
ここで思い出すのが、高校にいた、ある同級生だ。
彼女の声は見た目とは裏腹にとても低くて、男らしい。
ハスキーボイスだとかそういのじゃなくて、まさに男らしい声なのだ。
ある日、僕は学校のパソコンルームで居残り課題をしていた。
他にも何人か教室にはいたのだが、いきなり「ブエエエエックション!」という、野獣のようなくしゃみが聞こえてきた。
僕はいきなりの遠吠え、もといくしゃみの声に驚き、周りを見回した。
テーブルを挟んだ向かいにその女性がいた。
ふと目が合い、恥ずかしそうにこちらにはにかんだ笑みを送る姿はまさしく女の子だったのだが。
僕があれほど男らしい「なにか」を聞いたのは、おばあちゃんのおなら以来である。
最初の方に書いた、小学校の夏休みのときの話だ。
僕と一緒にテレビを見ていたばあちゃんのおしりから「ブバッフォン!」という音が聞こえてきた。
その音と同時に、おばあちゃんが少し浮いた。
おばあちゃんが浮いたタイミングから少し遅れて、なんともいえない臭いが漂ってきた。
ばあちゃんは、ごめんごめん、といいながら、臭いを散らす為にそばにあった扇風機を「強」にした。
案の定、部屋全体が臭くなっていった。
逆に、とても可愛いくしゃみをするおっさんにも出会った事がある。
僕は仕事終わりで職場の近くの立ち飲みのような場所で飲んでいたのだが、その時隣で飲んでいたおっさんがそうだった。
大分前から店にいたらしい。真っ赤な顔をして、焦点のあっていないような目でテレビの野球中継をみていた。
僕が2本目のビールを注文した時、隣のおっさんが、少し動いた。
後頭部と背中がピクピクし、「えっ、えっ」というちっちゃな声が聞こえてきた時、僕は戦慄した。
(吐くのか!)
そう思い身構える僕の隣で、おっさんは「えっ、えっ」に続いて、とても可愛く「っくちゅん」とくしゃみをしたのだ。
くしゃみ終わりでビールを持ってきた店員は、とても汗臭かった。
くしゃみを終えたおっさんは、あい変わらず焦点のあわない目で野球中継を見ていた。
とまあこんな経験があるので、くしゃみやしゃっくりで本当にばれるのかな、という気持ちがなくはないんだけれども、これは多分僕が鈍感すぎるのだ。
声の出し方だって、歩き方だって、もっと男らしく、さらに女らしくなれるように、涙ぐましい努力をしていることには間違いない。
その努力が報われるといいなと思うし、世の中には特に意識せずに異性の雰囲気をもつ人間もいるんだな、と感慨に耽る一日でした。
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