「僕だって異常だ」

異常も、日々続くと、正常になる。

コピーライターの仲畑貴志は、坂本龍一のレコードのコピーにこの文章を書いた。

この言葉は人間の本質、ひいては社会の本質をもついていると話題になったのだが、

性同一性障害をもつ人たちは、この本質から外れざるをえなかった。


異常は、いつまで続いても、異常である。


どれほど時間がたったからといって、肉体と精神が違っている異常に慣れる事はできない。

そりゃ、いくらか我慢は出来るかもしれないけれど、のど元に刺さった魚の骨と同じように、そこにある限りは少しずつ精神を蝕んでいく。

だからこそリスクとお金を懸けて性転換の手術をしようと決意するのだし、その決意を他人がとがめる事なんてできない。


そういえば個人的に面白い、面白いと言っちゃうと弊害があるんだけれど、性別を変更する為の手続きがなかなかに不思議だと感じた。

手続きは裁判所が管轄になっているというのは何となく知っていたけれど、その内容。

とりあえず、医者の診断と外見が異性になっていれば認めますよ、というのが裁判所の言い分なんだけれど、これってやったもん勝ちみたいな感じがして凄い好感が持てる。

あら、見た目変えちゃったの?じゃあ、もう女の子よね、みたいな、軽いといってはなんだけど、うん、軽い感じ。

子供できちゃったんなら仕方がないな、結婚を許してあげよう、みたいな親心的判断で、裁判所ですら既成事実さえあればあとは認められるこのご時世。

親子間でカミングアウトだのなんだので悩んでいるのを見ていると、余計に軽く感じてしまう。

実際に性転換までして、裁判所に了解をもらって戸籍変更までしたのに、実の父親がそれをみとめない、なんて話、ざらにあるんじゃなかろうか。


でもこれ、ひとつ落とし穴があって、未成年の子供がいたりすると性別の変更は認められない。

まあ落とし穴って言い方は語弊があるんだけれど、とどのつまり、男性から女性もしくは女性から男性に変わるということは個人と行政の間の問題であって、他の人間に対して気にする必要はない。だからこそ手続きも小難しいものではないし、手順を間違えなければ結構スムーズに受理してくれる。

ただ、子供がいた場合、その子供に対して混乱を招くから、子供が20歳越えるまでは待って、って判断。

これ、平成20年に緩和されて大丈夫になったんだな。

それまでは子供がいたら問答無用で性別の変更は不受理になっていた。そう考えると、意外と法律もマイノリティに優しくなってきている気がする。本人達はどう考えているか分からないので、端から見ていただけの感想だけれども。


最初、何の知識もない僕は、性別変更手続きに対してもっと違う手順を想像していた。

医者から診断を受けて、それで裁判所なり市役所なりで了解を得てから、手術する。で、手術が終わったら確認して、戸籍変更、みたいな。

手術する前に別に行政の了解なんか必要ないよね、よくよく考えたら。

でもその頃の僕には、性別とか名前を変えるって、結構手間のかかるもんだと思っていた。

知らないから。今でも十分に手間もお金も時間もかかるのは分かっている。それ以上に、ってこと。知らないってことは、ある意味で怖いね。インターネット全盛期の今の世の中「知らない」の一言で何でも許されてしまう人なんて、デビィ夫人くらいのもんだろう。


あと結婚してても無理なんだよな。

日本では同性同士の結婚が認められないから。

これも知らなかった。


個人的には同性婚も早く認められればいいとは思っているのだけれど。

好きな人と結ばれるのは当たり前の事だし、子供の有無なんかは別にどうでもいい。

僕も奥さんと結婚しているが子供は作らないつもりだし。


同性愛を認めると少子化が進む、というのが反対している理由なのであれば、異性愛者に対して結婚したら子供を産む義務をつけるべき、という話にしないと平等じゃないし、そう考えれば自分がどれだけむちゃくちゃな事をいっているのかわかるはずだ。


産みたいのに産めない人、産みたくなかったのに産まざるをえなかった人もいる。

人それぞれに事情があり、少子化なんていう社会的なことを結婚に伴うような個人的な感情をもってくる事自体がナンセンスだ。

同性愛を認める事が少子化の原因になると考えてる人の脳内では、同性婚を認めなければ同性愛者がいつか異性愛者になってくれる、という幻想が巣食っているのだろう。


同性愛は、ファッションではない。

もちろん流行でもないし、性癖でもない。

タトゥーを入れたいだとか、ロープで縛られたいだとか、ろうそくをたらされたいだとか、鞭でしばきたいだとか、スクール水着を着てほしいだとか、そういうものと根本的に違うのだ。

性癖とは性的興奮を高める為のものだ。

今までのものじゃ満たされないね、飽きてきたね。新しい世界を開拓したいね。その延長線上に、性癖というものがある。

同性愛はそうではない。

生まれながらに、同性が好き。

これを法律で認めようが認めなかろうが、どうこうなるものじゃない。

高いところが苦手な人は、誰に何を言われようが高いところが苦手なのだ。


同性婚に対して反対している人は、同性愛者に対して同性愛者であることを隠しながら結婚して子供を作れとでも思っているのだろうか。

同性婚が認められれば少子化になると言ってるから、きっとそうなんだろう。

でもよくよく考えてほしい。それは、少子化なんだから顔や性格で結婚相手を選ぶな、不細工でも性格悪くても身近な人間ととりあえず結婚して子供作れ、っていうのとおなじくらい異常である事に気がつかないといけない。

少子化が社会問題になり、同性婚がそれを阻害している。

本気でそう考えているのであればその人は脳のどこかに欠陥があるんだろう。


少し考えればわかるだろう。少子化は、夫婦が2人以上の子供を産まなければいずれ陥ってしまう社会現象だ。その社会現象を盾にとって同性愛者に対して同性婚を認めないと叫ぶのならば、それと平行して結婚している人間に対して三人以上産まないやつは非国民だ、結婚できるのにしていない人間は異常だ、と、もちろん三人以上の子供を産んだ後で言うべきではないのか。


同性婚に反対する権利(というものがもし存在するのであれば)があるのは、御見合い結婚で自分で結婚相手を選んでいない、という人、もしくは今まで誰とも付き合った経験や結婚した経験がない人間だけだ。

しかもその権利をもった人間でも、芸能人や道行く人々、同級生や同僚に対してかっこいいだとか可愛いだとか思った事があればその権利はなくなる。

なぜならば、その感情を持った時点でその人は見た目や言動という、自分の好みで人を選んでいるからだ。自分自身が恋愛対象を自分の好みで選んでいるにもかかわらず、同性愛者の恋愛に対して反対しているというのは、そもそもダブルスタンダードであるということを自覚しないといけない。


何度も言うが、人間は好きになった人間と一緒にいる権利がある。

異性同士で結婚するなら、同性同士だって結婚してもいい。

好きだから一緒にいたいし、同じ墓に入りたいし、入院したら責任をもって面倒をみたいのだ。


それに気がつかず、未だ同性愛を反対している人間はもう一度深く考え直す事をオススメする。

もし結婚相手は自分で決めたいと少しでも思っているならば、他の誰かに対してもそれを認めなければフェアじゃない。

それが同性であっても認められるべきなのだ。

いくら法律で認められておらず、反社会的だといわれたとしても。


僕に対して、子供を作らないのか、と聞いてくる人は今となってはほとんどいないけれど結婚当初はよく聞かれた。

その質問に対して僕はいつも、

「子供が産まれると奥さんの中で僕の順位が下がってしまう。それだけは避けなければならないです。僕がいつまでも一番の甘えん坊であるために。あの胸は、僕だけのものです」と答えていた。

これはとても破壊力があるらしく、近所の口うるさいおばさんがたも一度この答えを聞くと、2度と同じ質問をしてこなくなった上に僕と目線をあわせようともしなくなった。

そういう意味でいえば、僕と奥さんも同性愛者の結婚と同じように、反社会的である。


脱線という名の本編みたいになってしまったけれど、この話を始めるきっかけになった兄の性別変更の手続きの話に戻る。


兄が自分の中の異常を正常に近づけるため、身体工事をするようになったのだけれど、さっき軽く流した手順を元にして追っていきたいと思います。

とはいってもただ流れを説明しても面白くはないと思うので、僕にしかできない説明をしていきます。


まず、兄のせいで(おかげで?)始めたマッサージの仕事に夢中になっていたので僕は兄の変化を逐一見ることができなかったし、普段はお互い仕事ですれ違うばっかりだったし、手術に関しては兄と母の2人でタイにいって僕と弟は蚊帳の外だったし、帰って来てからはお土産のドリアンチップスとドライマンゴーが美味しかったくらいだし、土産話は病院の近くでケンタッキーばっかり食べてたとかそんなのだけだったし、性別変更の手続きやらは兄が自分でしていたし、名前変更の時もいつのまにか裁判書から変更許可通知が届いてたし、結果として、気がついたらいつのまにかお姉ちゃんみたいなお兄ちゃんは本格的なお姉ちゃんになっていました。以上。


異常も、日々続けば、正常になる。という、ちょうどいい例を、はからずも僕は体験できたのであります。

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