⑥合理的な服

合理性を求めるのは、現代人の習慣のようなものだ。

ことに僕は、昔から服に疑問を抱いていた。

もちろん身を守るために着るのは分かっている。

しかし、服にこだわりがない自分にとっては苦痛にもなり得る。

毎日天気と気温を確認し、持っている服から適当な服を決める作業は億劫だ。

そもそもその服を揃えるにもセンスと金が要る。

素材によって異なる洗濯方法にも手間がかかる。

極めつけは、天気予報が外れれば意味がない。

そんな無駄な作業まっぴらごめんだ。


だから、僕は自分に合理的な服を作った。

見た目こそ宇宙服のようだが、防水機能はもちろんのこと冷暖房を搭載しているから体を常に適温に保ってくれる。

これを着ていればいちいち外の気温を気にする必要はない。

洗濯乾燥機も対応で手入れも簡単。

筋力増強装置も付けたので便利な代物だ。

会社へこれを着て行ったところ、上司から注意されてしまった。

やりすぎだというのだ。

身だしなみは基本中の基本で、服には性格さえ表れる。

こんな怪しいやつとは仕事はできない、と批判された。

僕はこう返した。

「僕はこの服を脱いだら体調管理が出来ません。体調管理は社会人の基本です。私に死ねとおっしゃるのですか?」

会社はクビになった。

しかし、合理性に欠ける会社は切り捨てて正解だった。

なぜなら、この服を商品化するとたちまち金持ちになったからだ。

僕はそのお金を更なる技術発展のために使った。


転送技術が発達してからは、食べ物を直接胃に転送できるようになった。

きちんと栄養管理のされた食べ物を胃に送り込める。

一方で胃から食べた物を転送して外に出せば、好きなものを好きなだけ食べることもできる。

排泄物だって転送できるから、自浄機能を付けてからは服を脱ぐ必要が一切なくなった。

服の中には無重力機能がついてるからいつでも体に負担なく寝られる。

ついでに寝ている間にも体を動かすことができるので筋力の衰えもない。

服のエネルギーは空気や人間の排出物から作り出しているから充電も必要ない。

これにより、過酷な環境であろうとこの服を着れば快適に暮らせるようになった。

物が足りないのであれば転送すればよい。

多いのならばエネルギーにすればよい。

最終的な判断は機械に任されるから、僕らは何も決める必要がない。


もはや見た目は意味をなさなくなった。

生まれた時からこの服を着ているので、今や自分の顔すら知らないのが普通になった。

仕事も学習も機械が手伝ってくれる。

どこへだって行けるし、どこにだって住める。

子どもは細胞から勝手に作ってくれる。

例え死んだとしても、エネルギーからだが無くなるまで、その服は動き続ける。

外から中は見えないので、死の概念すら薄れていった。


そしていつしか人々は、自分から思考することさえ止めてしまった。

なぜなら元々の不便を知らなければ、便利や合理性のありがたみは分からない。

僕らがそれを思考する必要さえない。

後は、合理的な日々を享受するだけ。

なんの不自由もなく生きてける世界になった。


ところで、死んだように生きている人間は合理的なんだろうか。

そもそも、生きていることは合理的なんだろうか。

無駄は切り捨てるべきだ。

僕は次に合理的な行動に移った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ショートショート 蒼生真 @esm12341

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ