④生きている意味がある世界

この世界の人々は、己の人生の意味を生まれた時から知っている。

そして、その役割を完遂しないことには死ぬことは許されない。

例えば、1人の男がいたとする。

その男は科学者になる。

その科学者は、今まで誰も作ることが出来なかった治療薬を開発する。

しかし、その科学者がそこに至るまでには多くの人々の手が必要である。

その科学者になる子どもを産み落とす。

その科学者になる子どもを取り上げる。

その科学者になる子どもを愛す。

その科学者になる少年を教育する。

その科学者になる少年にきっかけを与える。

その科学者になる青年に師事される。

その科学者になる青年が働く研究所を作る。

その科学者になる青年に金を与える。

その科学者になる人間を評価する。

その科学者になる人間を称える。

その科学者になる人間を報道する。

その科学者さえ、次の世代の誰かを生かすために薬を作り、そして死ぬ。

そういった具合に、1人の人間を成功させるために多くの人が関わっている。

そのためだけに生きているのである。

ひとりの成功した科学者は、死ぬときになって人生を振り返る。

その時、彼の後ろにはたくさんの死体が転がっている。

役割を終えた人々は皆命を絶つ。

なぜなら、この世界では他人のために生きれないことなど、あってはならない。

むしろ全てを終え、解放される時を待っていたからだ。

さらに言うと、その人が生きるための犠牲者がいないのだから解放されたところでその先生きることは出来ない。

誰かの人生、もとい命のために生きている。

この世界では犠牲なしには生きることを許されない。

そんな風にして生きている。


目的を遂げたその先を思いがけないような人生ではつまらない。

あなたはそう思うだろう?

そう思えるとしたら、幸せ者だ。

私は隣にいる友人を看取るためにここにいる。

いくら己にのしかかる多くの犠牲に心を痛めようと、親しい友人が自分より先に死ぬことを知っていようと、それまでは決して死ねないのだ。

こと切れた友人の手を握り、つぶやく。

「あぁ、これで私の役割も終わりだ」

そう言う日まで。

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