③透明人間

ある日突然、僕は透明人間になった。

誰に声を掛けても知らんふり。

誰に触れたって反応なし。

みんな僕に気付いていない。

それがとってもおかしな気分。

次はどんなことをしようか。

そうだ。

透明なら何をしたって気づかれない。

僕にいたずらされた人は、どんなふうに驚くんだろう。

考えるだけでわくわくしてくる。


「よし。」


僕はそーっと動き出した。

慎重にクラスメイトの机に忍び寄り、女の子の筆箱を落とした。

女の子はびっくりした様子で、すぐさま散らばった文房具をかき集めた。

しめしめ。

僕がやったとは気づいていないようだな。

次は隣の席の男の子のイスを思いっきり引いてやった。

上に座っていた男の子はしりもちをついた。

男の子もびっくりした様子で、周りを見回した後、すぐに元の席に戻った。

予鈴が鳴って、先生が入ってきたから、僕は先生の足元にチョークを転がして、先生を転ばせてやった。

クラスのみんなは笑ったし、先生も恥ずかしそうにしていた。

女の子は飛んでいった消しゴムが探し出せずに、まだ辺りを見回している。

その間に消しゴムはロッカーの中に隠してやった。

これでしばらくは見つかるまい。

みんな気づいていない。

僕がやったってこと気づいてないんだ。

なんという優越感だろう。

人を出し抜くってこんなに面白いんだ。

世界が変わらなくても、僕が変わるだけで世界は変わって見えるんだ。心持ち1つでこんなにも輝いている!

これからまだまだいたずらしてやる。覚悟しろ!

そんな僕を前に、まだ頬の赤い先生が咳払いをした。

一瞬怒られるのかと思い、身を縮める。

しかし、僕は透明人間なんだから、気づかれるはずはないんだ。

先生の視線が遠く向こうを見ていることを確認し、安心した。

先生はみんなに向かって言った。

「えー。知ってるやつもいるだろうが…」


「昨日、みんなの仲間が亡くなりました。」


教室がざわついた。

そんなバカな。

僕は教室を見回した。

だってこのクラスにはみんないるじゃないか。

先生は嘘が下手だな。

「交通事故だった。みんなも寂しくなるだろうが、あいつの分までしっかり生きていくつもりで頑張ってくれ。」

消しゴムをなくした女の子が泣き出した。

尻もちをついたあの男の子は気まずそうに机を見つめている。

クラスメイトたちはそれぞれの形で、感情を表していた。

先生はそれらを見回しながら、目を潤ませている。


先生は何を言っている?

空いてる席なんてない。

今、僕は透明人間で、先生の横に立っている。

だから僕の席しか空いてない。

それは当然のことでしょう?

ねぇ。

なんで気づいてくれないの?

僕は自分の席に置かれた花瓶を見ながら、透明な涙を流した。

その瞬間に花瓶が音を立てて割れた。

僕は触れてなんかいないのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る