②ポイントカード

20歳の誕生日に母さんから渡されたのは、プレゼントではなく1枚のポイントカードだった。

「あなたのカードよ。今日でちょうど20ポイントね。」

カードは俺の名前と生年月日、そしてシリアルコードが書いてある。これは国で取り入れられている制度で、1年ごとに1ポイントを進呈される。使用方法については20歳にならないと教えてもらえず、ポイントを使うことは出来なかった。

「これが使用方法についてのパンフレット。ポイントの使い方が書いてあるから、後で見ておきなさい。」

そう言われてパラパラとページをめくる。

裏表紙には「長く生きてお得に暮らそう!」という謳い文句が書かれていた。

「ポイントは貯めておく方がいいわよ。平均寿命以上生きれば、葬式代は一切出さないで済むし。ポイントは譲渡もできるから、子どもに残すお金の心配もいらないの。」

ようやく人生20年が経ったというのに、もう葬式の話をされるのは何だかおかしな感じだ。

「でもポイントを途中で使うことはできるんだろ?」

「そうね。健康診断、冠婚葬祭、家のローンが安くなったり無料になったりもするわね。でもこの先何が起こるか分からないし、いざという時のためにポイントは貯めておくに限るわよ。貯めれば貯めるほどいいことが出来るし。」

そういう母さんのポイントは1ポイントも使われてはいなかった。母さんはパンフレットのポイント利用についてのページを開き、「ポイントを使わず最高齢に達した方には夢のような待遇をご用意!」と書かれた所を指した。

「母さんはこれを目指しているの。途中で使ってもいいけど、後で一気に使った方がすごくお得でしょ。ポイントは余っても譲渡できるし、無駄がないわ。あなたもそうしておきなさい。」

ここで一切口を出してこなかった父さんが口を開いた。

「それは人によるだろう。俺なんかはポイントを金に替えて起業したから、今の生活があるんだぞ。」

「私からしたら信じられない。せっかく貯めたポイントを使ってしまうなんて。」

「ポイントは使うためにあるんだ。さっさと使っちまうに限る。お前はよぼよぼの婆さんになってから何をしようってんだ?」

「それこそ人の勝手でしょう。あなたのそういうところ、理解できないわ。」

母はため息をつき、父は開き直ったようで、再び新聞を読み始めた。

「あなたはちゃんと考えて、有効に使うのよ。私はできるだけ多くのポイントを貯めることを薦めるけど。」

と言い残して、母は自室に消えた。

「俺は使いたい時に使っちまうのがいいと思うがな。」

そう言って父も外へ出かけてしまった。

俺はなんだかいたたまれなくて、散歩に出ることにした。

歩きながら考えた。

やりたいことはいくつか思いつくが、それはポイントを使ってまでやることなのか?

いや、ポイントカードは手に入れたばかりだ。

もう少し考えよう。

その瞬間、体に衝撃が走った。

地面に叩きつけられてから、自分が車に轢かれたことに気がついた。

「ぼさっとしてんじゃねぇ!死にてぇのか!」

運転手が車から降りてきて、俺に罵声を浴びせる。

どうやら俺が信号を無視して横断歩道を渡ってしまっていたらしい。

ちょうどパトロール中だったらしい警官が走って来た。

「おまわりさん。あんたも見てたでしょう。コイツが突っ込んできたのが悪い。俺はこんなことで逮捕されるわけにはいかないんです。仕事も家族もあるんですよ。」

「でも人を轢いてしまったからには償いが必要です。」

「参ったなぁ…。」

「被害者の君は…あぁ……。これは大変だ。救急車は呼んだけど、厳しいかもしれない。」

警察官が俺を見下ろして言った。

「おまわりさん。俺はポイントを使うよ。」

俺を轢いたおじさんが言った。警察官は「分かりました。5ポイントです」と言ってポイントカードを受け取ると、機械にスキャンしてからカードとおじさんを解放してしまった。

そうだ僕にもポイントカードがあるじゃないか!

事故にあったのが昨日じゃなくてよかった。

心からそう思った。

「おまわりさん。俺は死にたくありません。生きるためには何ポイント必要ですか…?」

ヒューヒューと変な音を立てる喉から声を絞り出すと、警官は不思議そうな顔をした。

「さてはあなた、カードをもらったばかりですね?」

「はい…。今日でちょうど20歳に…。」

警察官は「かわいそうに」と口の中で繰り返した。

「生きていればポイントは貯まりますが、生きるためにポイントを使うことはできません。病院治療や葬式は例外ですがね。」

「え…?」

「ポイントは経済発展の手助け…というか国から国民への借金返済の代わりの制度です。国からしたら、ポイントなんて貯めず使わず、さっさといなくなってほしいわけです。そうすればその分だけ経費は浮くんですから。」

「はぁ…。」

「後は、国に永住してもらうためのきっかけみたいなもんです。ほら、お店も同じでしょう。お得な方へ人は流れていく。」

「………。」

「それに、あなたは今カードを持ってないじゃないですか。カードがないとポイントは使えませんよ。説明書はちゃんと読まなくちゃ。どちらにせよ、ご愁傷様。ポイントはご家族に分配されますからご心配なく。」

「……そう…ですか……。」

手を合わせる警官と、救急車のサイレンの音。

彼方向こうに落ちている、2つに割れた俺のポイントカード。

これが俺の最後の記憶。

俺のポイントで、どれだけの弔いが開かれたのかは知らない。


でも、俺が20年でも生きたことで、誰かの豊かな生活に繋がったのなら、それはそれでよかったのかもしれない。

今はもう、そう思うしかない。

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