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初めはどう園芸部の付き添いを断ろうか迷ってたのにも関わらず、今では池野さんと一緒に校内所々咲く草花に水やりをしていた。
未だに勿論情けない格好のままではあるが。
校舎内周をランニングしている部員が時折、こちらを見て驚愕している。
この顔で半パンを履いていて、それでいて横に居るいじめられっ子のような女子生徒と一緒に、花に水やりをしている。
どこに驚いたらいいか、どこに恐れていいのかわからない状態だろう。
そんな様子を私は、半分面白そうにみていた。
花に水やりといっても、思ったより簡単ではなかった。
普段では気づかないような所々に花壇があって、校門周りで10分くらいかな、と甘く考えていた時点より既に30分ほど経過していた。
移動しては水やり、そして水がきれたら汲んで、そしてまた移動する。
その間、彼女は自分のことを話してくれた。
年の離れた弟がいること。
弟とは血は繋がってはいなくて、新しい母親と4人で暮らしているということ。
新しい母親は成績や身なりに厳しい人で、規則正しくしているのも、半分は母親に嫌な顔をされたくないからだということ。
彼女の本当の母親は既に他界してしまっているということ。
そして、母親が大好きだったということ。
初めは私のことを知りたいということで家族のことから色々と質問されたのだが、首元で言葉がつっかえってしまって、4人家族で、とても尊敬している姉が居るということだけしか言えなかった。
だから敢えて、回避的に、まぁ私も彼女に興味があった為、結果的に彼女のこと中心の会話をしているということである。
「私のお母さんね、あ、本当のお母さんの方なんだけど…、花が大好きだったの。昔は庭にいっぱい花を植えて育てていてね。いつもお花畑だった。カラフルな色の、いろんな種類の、満開の花たちに囲まれて。見るのも貰うのも好きだけど、育てるのが一番好きだって言ってた。大事に大事に丁寧に世話をして、綺麗に咲いたとき、幸せになるって言ってた」
「うん」
「お母さんが亡くなってからは、庭のお世話は私がするようになって…。もし誰も世話をしなくなって枯れてしまったら…なんだか本当に死んで消えていってしまいそうで…。だから…私が花に固執しているのは、使命感と思い出にすがっているからなんだと思う…」
「うん」
最初は親友でもないのにこんなに深い話を聞いて大丈夫なのだろうかと思ったのだが、思い出し涙を我慢して鼻先と耳を赤くしていた彼女から、目が離せなくなっていた。
今まで友達を作るとか以前に、人と挨拶か義務的な会話しか交わさなかった私にとって、新鮮で衝撃的だった。
違う環境だからこそ育って培った思考や性格があって、
人によって同じ目でも違う世界が見えていて、
だからこそ良い所悪い所、強さや弱さは違っていて、
でも違うからこそ仲良くなれたり付き合うのが難しかったり…。
いいなぁ…
迂闊にもじーんと浸ってしまう。
右手にジョウロを持ったこの格好で。
ようやく部室まで戻ってきた。
そこには手作りの椅子に座って携帯を見ていた彼が居た。
「あ、いたいた牧田くん。そっちはもう終わった?」
「はい、終わりました」
「あ、そういえばお爺ちゃんが新しい苗を持ってきてくれたみたいなの。今からもらってくるね。それを今日は植えよう」
手際よくジョウロやバケツやホースを元の位置に戻し、瞬間移動のように姿を消したことに私は呆気にとられていた。
「お爺ちゃん……って?」
牧田はゲームアプリをしているのか、横向きで持った携帯を身体ごと右左にグラグラ傾いていた。
「あ、そ…それ…僕のお爺ちゃんのことです…。清掃員なんです、…この学校の。元々お、お爺ちゃんの手伝いをしていた池野さんに感心して、お爺ちゃん直々に部として活動させてやってくださいって…。僕はその巻き添えです…」
途中でゲームオーバーになったのか灰になったように背筋をぐったりしながら、下を向いてぼそぼそ話していた。
「あんたは別に花が好きとかじゃないのか」
ぱっと一瞬上を向くが、思ったより私が近くで立っていた為か、肩をビクリと上下すると、またも下を向いた。
「すす好きじゃないですよ…男子が花とか…き、気持ち悪いじゃないですか…。だから花のお世話は任せてます。僕は水やりしたり土をならしたりくらいです」
腹立たしい感情を持ってしまうのは、どうにも昔のトラウマとこういった系統の外見だけではないようだ。
私の口調も荒く冷たくなったせいか、さらに体が小さくなって地面と同化しそうだった。
「来年一人になったらどうするんだ」
「お爺ちゃんと部長が仲いいだけなんで、卒業したら無くなるんじゃないですかね。別に正式な部でもないですし誰も入部しないだろうし…」
「お前さ…「苗もらってきたよー」
地面と同化どころか埋めてしまおうかと思った私の叱責は、彼女の嬉しそうな声と共にかき消され、牧田は一命を取り留めた。
―――――――――
「橘さん、今日はありがとう。本当は退屈だったよね」
塩野さんと最寄り駅まで一緒だったことを知り、初めて誰かと一緒に下校することになった。
いつも早足で歩く道も、隣に合わせてゆっくりになる。
下ばかりみて歩いていたからか、いつもの道なのに景色が新鮮に感じた。
選択肢
①「楽しかったよ」
②「園芸部に入りたいくらい!」
③「塩野さんが面白かった」
「楽しかったよ」
”シャララ~ン”
「ありがとう…。今日一日だけだけど、橘さんと長く会話できて良かった。橘さん、とっても良い人だね」
「私が?」
「私の急な誘いに付き合ってくれたし、私のどうでもいい話とかも全部聞いてくれたし、こうして一緒に帰ってくれてるし」
選択肢
①「もっと一緒にいたいよ」
②「どうでもよくなんかないよ」
③「感謝してね」
「どうでもよくなんかないよ」
”シャララ~ン”
…2コンボ。
「うん。それに橘さん、優しい人。良かったらまた園芸部に来てね。今はまだまだだったけど、夏前には朝顔とかガザニアとかサザンクロスとかトレニアとかいっぱい咲く予定だから」
選択肢
①「全部知ってる花だ」
②「気が向いたら行くね」
③「何それ呪文みたい」
「何それ呪文みたい」
”シャララ~ン”
「エヘヘ」
「3コンボ…」
「え?」
帰りはお互い別の車線だったため、駅のホームで別れた。
手を振って別れても、また振り返って手を振る。
初々しくも鬱陶しいカップルの様であった。
家への帰路、もう隣には誰もいないのにも関わらずいつもよりゆっくり歩く。
夕日が沈み切った紺色の空を見上げても、いつもの空虚感も孤独感もなかった。
携帯を手に取り、操作しようとした時、暗転した画面に映る自分の顔をみて気づく。
口角が上がりっぱなしだった。
口角の筋肉がようやく仕事を始めたようだ。
明日は口が筋肉痛だ。
勿論そんな事は実際起こらない。
ものの例えである。
今までニヤニヤして歩いていたのだろうか。
対向者からみると、きっと良い方法を考えた悪人のようだっただろう。
それがまた、思い出すと恥ずかしくて、面白くて、楽しかった。
「アハハっ…」
―――――――――
ピロリン
ボトムのポケットに入らないであろうデコレーションで飾れた携帯が鳴る。
「あ、桜花から…」
…
…
…
「ふ~ん。そっかそっか…。家にくるかと思って材料2人分買ってたけど、良かったじゃん…」
ピンクのエプロンをした女性は上機嫌になったのか、音程のとれない鼻歌をうたいながら調理を始めた。
そして30分後には皿の上に黒い物体が出来上がることは、まだこの時点では知らない…—
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