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「おはよう、橘さん」
「お、はよう」
未だこそばゆい恥ずかしさと、内心キャピキャピとした似つかわしくない高揚をこれでもかと抑えながら池野さんに挨拶を交わす。
昨日のこともあってか、彼女から私に対する恐怖感は一切感じられず、むしろ打ち解けたような距離を感じられた。
「今日、体育バスケだって。私そういう球技もの苦手なんだー」
「マラソンとか幅跳びは得意なのにね」
”シャララ~ン”
彼女に対する言葉の選択は成功を連続することができている。
好感度が右上がりで、何か特典をもらったということはないのだが、日に日に彼女と親密になれているという実感はあり、意味を成しているということはある。
先ほどから池野さんの話題しか出ていないのに、わざわざ彼女に対するをつけた意味はその他の対象女性には選択を誤ってしまっているという意味である。
ちょっとは慣れてきたのかもしれない。
と調子にのっていたのだが、相変わらず食堂のおばちゃんに対してはいつも好感度の下がる音が脳内で響くのであった。
「あ、あのね…今日…園芸部って、どうかな…。新しい花を植えたくて…」
「……うん。行く」
ハープの音よりも先に彼女の小躍りするような声が返ってきた。
「良かった。嬉しいなエヘヘ」
予鈴のチャイムが響き、軽く手を振って彼女は着席した。
その様子をほくほくしながら眺めた。
話してみてわかったことは、エヘヘと笑うときは手か物で口元を隠すことと、様子を伺うときはもごもごと籠った声で喋ってしまうこと。
噂や外見、雰囲気だけで、こういう人だと人は偏見してしまいがちだ。
対面して話してみると、良くも悪くも発見がたくさんある。
鉄であれ金塊であれ、人の中身を発掘していくようなものだ。
もちろん発掘には自らツルハシを使って掘らなければいけない。
やはり人の特徴は第三者として遠くから見ただけではわからないものだと思い知らされた。
私も、池野さんに自分の良い部分…あればの話だが…いろいろ見つけてもらえるといいな…。
「おい…橘さん…笑ってないか…?」
「新しい遊びでもみつけたんじゃねぇの…?」
私のほくほくした笑みが周りへの恐怖を煽っているということは、知る由もなかった。
―――――――――
「よし、ガザニア植栽完了。牧田くんお疲れ様。橘さんもありがとう」
作業の手伝いの7割はほぼ自分だと言い張れる程であったのに、さも自分が10割負担したかのように、ツルハシを杖がわりにグッタリしている牧田が目の前に居た。
「ほんっと、お疲れですよー。元々体力なんてないんですからもうくたくたです」
嘘をつけ、とばかりに牧田を睨む。
意思疎通が成功したのか、彼は前に倒れていた背筋を急いで伸ばした。
「花はね、お水だけじゃ良く育たないんだ。なんにでも言えるけど最初が肝心。これで元気に咲いたら牧田くんのおかげなんだよ」
汚れなど微塵もない彼女の笑顔が二人の空気を浄化してくれる。
私からするとそれは90…いや、99%お世辞なのだが…まんざらでもないように彼はにやりと照れた。
牧田をみていると何故か…いや必ずしも理由はあるのだが、イライラしてしまう。
私が本当に不良じみていたらイジメてしまっているのだろうか…。
そんなことを想像して皺を寄せていると、想像を遮るように18時前の予鈴と「部活動の生徒は片付けに取り掛かってください」という放送部の流暢なアナウンスが校外に響いた。
「もうこんな時間なんだね。ちょうど良く終わったし、片づけよっか。あ、橘さんは先に着替えに行ってていいよ」
今日は事前にわかっていたためか、本格的に園芸部に興味が出てしまったのか、全身ジャージ姿になっていた。
今となってはその判断も正解で、ズボンの裾は土で汚れていた。
きっと制服の白い靴下のままだと遠くからみても汚れが目立ち、田んぼに人を埋めたんだろうかと思われてしまう勢いだ。
5月だといっても重労働をすると汗はでる。
大きいタオルを教室に置いてきてしまっていたため、どうしても早く汗を拭いたかった私はお言葉に甘えて片付けを任せた。
―――――――――
誰一人いない教室はいつもよりとても広く殺風景だと感じながら、ジャージを豪快に脱ぎ、上半身下着姿になりながら汗を丁寧に拭った。
女性だから…という意識はないが、やはり汗をだすようなことは好きじゃない。
服もベタベタするし、臭いと断定したくはないがニオイも気になるし、呼吸を荒げていると、風神雷神か般若のような顔にもなる…姉によると。
けれども今は全く不快感はなかった。
爽快感?
達成感?
単純に言えば誰か…池野さんと共同作業をしたということと、自分が貢献したことによって喜んでもらえたこと。
それが嬉しかった。
未だ下着姿のまま、一人で笑みをこぼしていると、女子生徒の話し声が廊下から聞こえ出し咄嗟に机下に腰を落とした。
パタパタパタ…
「は~今日も長距離ラン疲れたね~。毎日同じ景色だし」
「ほんとにね~。あ、そうそう内周走ってた時にさ、橘さんがいてビビったんだけどさ…」
「あ、あたしも見た見た!」
ビクリと肩が動く。
声のトーンからして一般生徒の橘さんか橘くんではないとわかる。
自分のことだということは承知した。
「なんかね、テストでいつも上位って先生お気に入りの…えっと…イケノさん…だっけ?あの子と楽しそうに喋ってたよね」
「そうそう!橘さんも笑うんだ~って思った!」
安心してください、学校で笑うようになったのは最近です。
「それは思った!てかさ、池野さん、いつも一人で寂しいからって…橘さんに近づくとか……ね」
「あれじゃない?用心棒みたいな感じで味方につけたらイジメられなくなるとか思ってんじゃない?」
「うそ、まじで。ホントなら
パタパタパタ…
会話からして二人であろう女性生徒は遠くの教室に入ったため、廊下に響いていた声は止んだ。
汗を出した後で下着姿のままだから身体が冷えたのか、今の会話内容のせいなのかわからないが、少しぶるっと震えながら私はゆっくりと腰をあげた。
そうか…。
私は池野さんと関われて楽しかったし嬉しかった。
見た目も噂も関係なく、一人のクラスメートとして接してくれた彼女に尊敬もした。
私は良いかもしれないが、彼女にとっては私と関わるとイメージが下がる。
下がるというより勘違いが広まってしまう。
私のせいで、池野さんがイジメられたら…。
先生に余計な注意を受けたら…。
私のせいで…。
私のせい…。
「………」
感じていた殺風景さは更に助長していた。
恋愛ゲームの選択肢が現実で見えるんだが、ただし同姓に限るのは何故だ。 如月 真 @plastic_liberty
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