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「ようこそ、園芸部へ。…といっても部員は2人なんですけどねエヘヘ…」



学校指定の緑色ジャージ姿で、右手にスコップと左手に軍手を持った幼児体型のちんまりとした女子がドア入口すれすれのところで迎え入れた。



どうして私はこんなところに居るのだろうか。





―――――――――




それは訳のわからない展開に陥る何時間か前。




その日は偶然にも池野さんと私が日直にあたった。

このクラスになって、初めて日直の順番がやってきたのだが、正直何をするための日直なのかわからない。

1年のときも2年のときも、私が何か発する前にパートナーがそそくさと仕事を終えてしいまい、私が押し付けてしまっているような状況ばかりであったからだ。

そう、決まって彼女…塩野さんのような地味系の人に。



塩野保菜美しおのほなみ

身長153センチ。

規則に沿った眉毛と同じラインの前髪に、これまた規則に沿った髪を結わなくても良いラインのボブヘアー。

勿論規則に沿って生粋の黒髪である。

レンズの分厚い時代遅れのメガネ。

化粧っ気の全くない眉毛と目元と唇。

制服のカッターシャツは一番上までボタンがとまっていて、スカートの長さは何度も言うが規則に沿ったラインだ。


一言でいう、”教師が大好きな”真面目生徒である。

そして更に言うなれば、”私の真逆”である。


私が日直の日に限って、生徒会が実施しているかなんかの進路アンケートをクラスに聞いてまわり、その集計を表にしてその日のうちに提出するようにと、担任から指示されてしまった。

歩くだけで道をあけられる私が、街中のアンケートみたいに聞いてまわれるわけがないだろう。

体操のお兄さんみたいに「みんな、あつまれ~」というのも無理だ。まぁそれは普通に無理だ。

面倒な日に日直になってしまったことにため息をついていると、池野さんがおずおずとこっちに向かってくる。



「あ、あの、橘さん…。さっき言われたアンケートなんだけど…二人で分担して聞いてまわるか、き、聞き取り役と集計役にわけるか…ど、どっちがいいかな…。……って思ってその…」



果たして本当に私に対する会話なのかと疑ってしまうかのごとく、彼女は真っすぐ下を向いて聞こえるかどうかの音量でもごもごと話しかけた。

そうだよなぁ、怖いだろうなぁ。

私だって鏡をみて、こんなガラの悪い奴と友達になりたくないって思うときあるもんなぁ。

あぁ、ダメだダメだ。負のスパイラルだ。救いがない。


一連の作業化となりつつある頭上に目線を動かす。



選択肢

①「いいよ、私が代わりにやっておくよ」

②「ごめん、そういうのは出来ない」

③「私より池野さんの方が皆に慕われているから、きっとアンケートに多く協力してもらえると思うんだけどな」



「…………さ、③……?」


「え?」


「あ、いや…。わ、私よりい、池野さんの方が皆に慕われているから、きっとアンケートに多く協力してもらえると思う…んだけど…な」


目線はクラスメートの池野さんの頭上を離さず、こちらも彼女同様もごもごと口を動かした。


「えっ…!そ、そうかな…。橘さんにそんなこと言われると思ってなかったから嬉しいな…」


彼女は心底驚きながらも、束になったアンケート用紙で口元を隠しながら「えへへ」と笑った。

分厚いレンズのメガネが少し曇る。


”シャララ~ン”


ハープ音が脳内に響いた。

だが、目の前で立っている彼女は、何の変化もなく口元にやっていた手を下した。


「…正解か…」


「え?どうしたの?」


「いや、…なんでもないよ…」


きょとんと現状を把握できない彼女をよそに、私は眉間に手をあてた。


「??…あ、ありがとう。じゃ、アンケートを聞いてまわるのは私、やってみるね。あとで一緒に集計して提出しよう…ね」


さっきまで自信なさ気に私に託そうとしていた彼女の表情は、安堵し意気込んでいるように見えた。

自分の目の前を去っていく彼女の背中を目で追いながら、自分に対してため息をつく。



(……慣れないな…)




―――――――――



池野さんが一人で聞いてまわったアンケートを表に集計し、放課後日誌と教室の鍵と、そして集めたアンケートを二人で職員室へと持っていこうと、オレンジ色の光に染まった廊下を歩いていた。

窓に映る強面の自分とその隣のいじめられっ子のような彼女の姿を見て、すぐさま目を背けた。

不釣り合いだな…。

いつも怯え恐れられるのがオチだ。

何故塩野さんはこの前体調の心配をして声をかけてくれたんだろうか。

普通保健委員だとしても、見て見ぬフリだろう。

物珍しさにちょっかいをかけるタイプでもないし…むしろかけられるタイプだな…。

罰ゲーム?

いやいや、まず私に挑みかかるやつがいない。

この子は、私の見た目とか噂とか…何も知らないのだろうか。

知っていても気にしないタイプ?

隔たり関係なく万人共通で接してくれる人…なのか…?



「どうしたの?」


「えっ…いや、別に…」


「あ、あのね…今日、嬉しかった…。私が慕われているとか…。あ、慕われているなんて全然違うんだけどねっ、そんな凄い人でもなんでもないし、私…。でも…影薄くて気に留めてもらうことがない私のことを、橘さんがそういう風に認識してくれてたんだなぁ…ってわかって……う、嬉しかったの…」



「……」



「あっ………ご、ごめんね、変なこと言って…。ごめんね……」



見てすぐわかってしまうほど耳まで真っ赤にした彼女は勝手に会話を自己完結して俯いてしまった。


選択肢も出ていたことだし、何か返答しなければ空気が重いままだと正直思ったのだが、口を開く前に短い距離の廊下は終わりを迎え、職員室に到着してしまった。

ちょうど職員会議だったのか、ほとんどの教師がおらず、担任の机の上に一式を置いて数分もたたずにお互い無言のまま職員室を出る。



「じゃ、じゃぁ…私部活に行くので…」


「部活?」


「う、うん…園芸部…」


この学校に園芸部が存在したとは知らなかった…

園芸部…花が似合う…。

薔薇…ではないな…。

菊…椿…。

農園…茶畑…。

なにか遠ざかっていないだろうか…。


①「花、好きだよ」


「え!そうなの?」


違う。

花は好きでもないし、興味すらわかない。

むしろ枯らすタイプだ。

というか育てて愛でたことがない。

申し訳ないが踏んだことはよくある。


別に嘘を言う必要もなかったのだが、

②「園芸部なんかあったんだ」

③「それって楽しいの?」

というなんとも悩む必要もないような消去法だったからだ。

本音を言うと②なのだが、変にぎこちない現状で言っていいものかと、さすがの私も配慮できた。



”シャララ~ン”



正解。承知の上だ。


「橘さん…帰宅部…?もう…仮入部期間終わったけど…あ、でも3年生は関係ないか…。み、見にこない…?」


え…


これは予想だにしない展開だった。

誘うか?この私を。

お花畑に狼を。

場違い?絵違い?

気を遣って言った言葉だと気づいていないのだろうか。

こんなナリの私がチューリップやらヒマワリやら眺めて「ウフフ可愛い」なんて言っていると思っているのだろうか、いやない。

想像しただけで悪寒が背筋通り越して足先までぞわぞわしてしまう。

しかし私は逃げられなかった。

会話の手助けをするシステムだと信じていた選択肢が私を苦しめる。



選択肢

①「さっき言ったの信じてんの?嘘に決まってんじゃん」

②「もちろんついていく」

③「嫌」



「も、もちろんついていくよ…」


何故にここでも消去法しかないのか。

の意味とは一体。

そして紛うことなきハープの音が響いた。



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