3


「園芸部部長…は私です…一応…エヘヘ。そして、副部長があっちでバケツに水を汲んでいる、牧田暦まきたこよみくん二年生です」


「…以上?…」


暫しの沈黙。

園芸部に付き添ったのが嬉しかったのか、上機嫌でいた笑顔も引きつりだした。


「ふ、二人です…」


暫しの沈黙。


私は居た堪れなくなって”部室”を見回した。

壁一面に鉄製のフックで園芸用具やらジョウロやらが引っ掛けられて飾られていた。

床には複数の肥料や栄養剤…みたいな緑色の液が入ったもの。

木の板で即席で作られたような椅子と机の上に、長靴と軍手が2人分きれいに横並びに卓上に揃えられており、その横に土や雨でボロボロになった園芸知識のメモ帳が乱雑に重なって置かれていた。


床は土色…というか、

天井と壁は茶色…というか、

部室…というか、だった。

男ばかりの汗臭い運動部の部室もだが、湿気と土臭い部室も遠慮したいところである。


これが部室…。

職員室からどこまで案内されるのやらと思いながら辿り着いた場所がここ…。

開いた口が塞がらないとは言うが、むしろ何から突っ込めばいいかわからないので””と言った方が相応しい。

校舎裏のこじんまりとしたスペースに手作りと思われる小屋と、その隣に縦横数メートルのガーデニングスペース…とまで言い難い、花のない苗が数本植えられていた。

校舎裏の今居る場所は近道や何かの通路でもないので、おそらく誰も通らない。

こんなところで部活動をしているなんで、認知されていないだろう。


部活って…こんなんだったっけか…。

部活動イコール部員が多く、部室環境も整っていて、認知度や人気度の高い我が校誇る…ようなイメージがある為、なのかなのかの境目がわからないでいた。


そう考えながら険しい顔で天井を見ていたものだから、彼女は咄嗟に別の解釈をとって勝手に弁解しだす。


「あ、雨の日はね、水やりとかしなくても良いから部活は休みなの。この小屋も雨漏りするところも少し…いや、多いかな…濡れても平気な道具ばっかりだし…全然……。あ、でも夏と冬は厳しいかな。外だし電気通ってないから、扇風機もストーブも置けないんだ…」


なんだか聞けば聞くほど憐れみと悲愴感があふれ出しそうだった。

彼女の頭上の3択から慰めの言葉を選ぼうか、話を逸らす言葉を選ぼうか迷っていた頃、天の助けかのように先ほど紹介された彼が、心底重たそうに両手に持ってきたバケツの水を…






私の下半身にぶちまけた。




―――――――――



「す、すみませんすみませんすみませんんんんっ…!!」


目も合わせず、ひたすらブンブンと謝る彼は、いつかは頭が地面をこすってしまうかと思える程であった。

何か声をかけるべきなのだろうが、謝り続ける彼と目を合わせる瞬間もなく、それでいて、頭上をみても何もない。



そう、彼の頭上に選択肢はないのだ。

やはり異性には対象外ということなのだろうか…。


何を話していいかわからない。一週間前の自分に逆戻りだった。

いや、、なのだろうか。



「…とりあえず…。もういいから…」



ばっと顔を上げた彼の表情は、安堵でも反省でもなく、恐怖だった。

久しぶりに間近で目のあたりにすると心に刺さるものがある。


幼い頃から、こういうシーンばかりだ。

この牧田のような…低身長で、色白で、成長期が10年後なのかと思ってしまうほどヒョロヒョロで、メガネのせいで上から見ると目が確認できない……まぁ、彼の特徴を挙げすぎたが、池野さんや牧田のようなタイプに近づくと大抵イジメているかカツアゲしているかに疑われる。

いや、疑うというか現行犯扱いだ。

誰かが担任を引き連れてきて、生徒指導室まで連れられて叱られていたものだ。

当然何もしていないから本当のことを伝えても、今度は嘘つきということで叱られる。

そして親に連絡が入って…母親は……—




…とフラッシュバックしていた記憶は意図的に途切れる。



「牧田くん、橘さんも気にしてないって。良かったね」


結局彼…牧田の恐怖が治まったのは、左横で笑顔でいる彼女のおかげだった。


「牧田くんがバケツを倒したってことは、まだ水やりしてないよね。あとで手伝うから先に正門の方からお願いしてもいいかな?」


「はっ…はい!」


誰かのせいで空になったバケツをそれでも重たそうに両手にかかえて、牧田は逃げるように小屋…もとい部室を後にした。

あいつ全然濡れてなかったな…

短距離も不得意そうな彼の背中を、これは本当に睨みながら目で追いかけていた。


「ごめんなさい。あの、牧田くん、わざとじゃないんです」


わざとだったらどれほど陰険なんだアイツは。


「スカートが乾くまで、私の洗い替え、履いてください」


全身緑色のジャージ姿の彼女から差し出された緑色のジャージ。

無言で会釈して受け取る。

ぺろん

どうみても足の丈が短かった。

元々ジャージは教室の机左に引っ掛けている。

教室で着替えてそのまま帰るという口実も考えた。

が、おもらし以上にびっしょり濡れたスカート姿のまま校舎をうろつくと、また変な噂がつきそうなので、素直に受け取った。

中からズボンを履いて。

スカートを脱いだ。



「「……」」



案の定短かった。

姿見は勿論ないので、自分の下半身をのぞき込む。

強面の顔をした長身女がやんちゃ坊主のような半パンを履いていた。


「ご、ごめんね…サイズ気にするのうっかりしてて…」


と言葉では誤って言う彼女も、口角は震え鼻もヒクヒクしていた。


目が合う。

ブッ


「「アハハハハハ」」


自分の変な状態の姿と、笑いを堪えきれていない彼女の変な表情とが同時にツボに入ってしまい、私が笑うと同時に彼女も一緒になって笑った。


「へっんなかおっアハハハハ…」


「ずっズボン…アハハハ…」






しばらくしてお互いに落ち着くと彼女が泣き笑いしていたのか目を擦りながら、


「橘さんって良い顔で笑うんだね。……って、え?」


腑抜けた私の顔をみて塩野さんは口を噤む。

笑った顔が良いと言われたこともそうだが、普段こんなに大声で笑う事がなかったことに気づいたからだ。

そして気づいた瞬間、急に恥ずかしくなって顔が真っ赤になった。

その顔を隠すより先にバレてしまい、それがさらに恥ずかしくなった。


「橘さん、かわいいね」


選択肢

①「ありがとう」

②「池野さんの方が断然可愛いよ」

③「お世辞はやめて」



①なのか、ホストがボトルをねだる前の口説き文句のような②が正解だったのか、そういうことも考えられないまま、私は③を選んでいた。

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