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「彼氏ができねぇ」



口から漏れたと同時に500ミリリットルの空のペットボトルで右肩を叩かれる。


「そりゃそうでしょ!アンタの場合、彼氏どころか男子と喋ってもないじゃん」


自分と正反対のクリクリとした丸い瞳が、上半身から顎までベタッとテーブルにつけ、だらけきっている私を見下ろした。

下からみても美人だと思えるこの人と、本当に血がつながっているのかどうか、未だに信じられない時がある。


「そうなんだよなぁ…」


下唇を前につきだしながら、更にだらけている腕を前にのばす。


「大の女子高生が、部活もせず、友達と寄り道もせず、4時限目までの授業だった大学生の私より早く帰ってるってどういうことよ!」


定期的なリズムでさらに私の右肩を叩いてくる。それを右手で払いのけた。


「うるっさいなー、寄り道をするような友達がいないんだよ!」


「威張って言うんじゃない!」


ついにはおでこにペットボトルが激突する。


いてっ…」


「大体ねー、自分から人に歩み寄ってないんだから、友達も彼氏もできるわけないでしょ。心だけ乙女にしててもそのナリじゃ誰もトキメかないって」


ペットポトルをゴミ箱に捨て、ミルクティー色のウェーブのかかった腰までの長い髪を束ねながら、こちらを振り返る。

束ね終わるとショッキングピンクの派手なエプロンをつけて、冷蔵庫から鶏肉と野菜を取り出していた。今日もお決まりの献立である。


「好きでこんな外見になったんじゃねーよ」


「あのねぇ、性格は顔に表れるのよ!いつもニコニコしてたり人に優しくなろうと思えば、自然と表情も柔らかくなるんだってば」


ダンッダンッ

高い位置から包丁を振り下ろし、なんとも調理しているようには思えない恐ろしい音が響く。


「わかってるけどさぁ、近づこうにも、みんな私を避けるんだから…きっかけもないし」


「だーかーらーそういう時は、わ・ざ・と!ペンケース忘れちゃったぁとか言って男子に話しかければいいのよ」


ぐわっと両手で鶏肉と野菜をつかみ、一緒にフライパンに放り込む。その放り込んだ具材の量が、とても二人分には見えなかった…が、それはもう承知の上である。


「誰がそんな計算高いぶりっ子みたいな真似できるか」


「はぁ?お姉ちゃんをぶりっ子だと言いたいわけぇ!?」


眉間にシワを寄せ、鬼の形相でこっちを睨む。そういう表情はやっぱり姉妹だなぁと実感する。

そしてその後ろで、なぜかフライパンが火をはなっている。私の顔が自然と引きつるのがわかった。


「いや、そうじゃないけど…」


「とにかくっ!明日から行動あるのみ!彼氏は当分先かもしれないけど、とりあえずアンタの場合は友達を作らないとね。…お姉ちゃん、心配してるんだよ」


---------


「お姉ちゃん特製オムライスでっきあっがり~。早く味の感想を聞かせなさいっ」


丸いテーブルの上で取り分ける中華料理のような大きなプレートに、一人前ではないと断言できる量のオムライス…と言えるのかどうかわからないものが目の前に出される。

溜息をつくのも面倒に感じ、スプーンですくい口に頬張る。そして口から出るのはロボット化したいつものセリフ。


「ウンウン。オイシクナッテルナッテル」


「ほんとぉ~!やったぁ!あ~早くアキラに食べてほし~な~!」


「アキラ」は、10日前にできたばかりの姉の彼氏である。料理が得意と嘘をついたのか、はたまた彼から手料理が食べてみたいと言われたかはわからないが、ここ毎日、オイライスの練習に私も付き合っている。

うまくいくとは到底思えないが、想像して幸せそうに笑う姉をみて、多少の応援はしている。


姉のたちばなまどかは、2つ年上の大学2回生。大学に入ってから一人暮らしを始めたが、地方の大学に通っているわけではなく、親の監視下にいるのが嫌とのことで、実家から1駅離れた6階建てのマンションに住んでいる。

一人暮らしを始めてからというもの、元々男遊びの激しかった姉はさらに行動を増し、顔もいちいち覚えられないほど多くの男をこの家に入れ、時には同棲し、追い出している。

そして私がこうして時々姉の家に訪れているのは、実家よりこちらの方が高校からの距離が近いのである。

ただ、彼氏が遠距離でなかなか会えないから最近はよくここに居るが、頻繁に門前払いをされ、実家に帰ることが多い。


相談も愚痴も聞いてくれるペットも、もちろん友達もいない自分にとって、唯一の話し相手が姉なのだ。

性格上良いことは褒め、悪いことは叱ってくれ、私のことをよく理解している。外見も好みも全く正反対だからこそ今まで大きな喧嘩もせず、二人でよく出かけるほど仲が良い。

姉も私のことを「一番の理解者」だと言って可愛がってくれている。恥ずかしくて到底言葉にできないが、大好き、である。

そんな姉から自分の人付き合いを心配されると、さすがにこのままではいけないんだろうなと思う。


私はケチャップの味かどうかわからないままゴクンと飲み込み、明日からの自分を考え出した。



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