災厄の始まりと金星人の少女と その四
コンビニに入ってきた金星人は、名前を平塚明美という。
同じ高校の同じ塾に通う、違うクラスの女子。
もちろん本当の金星人などではない。
腰まで届くストレートの髪と、整った顔立ち。
日焼けしていない肌の色。
少年のように平たい胸。
どれもアダムスキーという男が目撃した金星人そっくりなのだ。
もっともアダムスキーの金星人は金髪の男らしいが、そもそもアダムスキーの証言や写真そのものがインチキだ。イメージに合えば元ネタとして問題ない。
もちろん金星人とは牟田口ひとりが勝手につけたあだ名だ。
本人はもちろん、同じ塾生や学校の者もほとんど知らない。数少ない友人であるオカルト同好会メンバー数人だけが知っていることだ。
平塚が眉をひそめた。じっと見つめていた牟田口はあわてて視線を外す。
「店員、いないの?」
自分への質問と気づくのに時間がかかった。
牟田口は顔をあわせないまま何度もうなずく。
顔は真っ赤になっていない。と思う。たぶん。
「……そう」
興味なさそうに平塚は目をそらした。
制服の短いスカートがひるがえり、脳天気なチャイムだけを残して、その細い立ち姿が外の闇へ消えていく。
口を開けて見送っていた牟田口は、はっと気づいてカウンターのカフェオレとワンコイン本をつかむ。
それぞれ元あった棚へ戻し、コンビニを飛び出た。
もう本当に最終電車に乗り遅れかねない時刻だった。
バッグの肩ベルトをつかんで走る。
どこかの自販機でジュースを買っておけばよかったとか、ちょっとした後悔もおぼえたりするが、別に深刻な悩みではない。
駅のホームにも自販機はある。とりあえず電車に間にあえばそれでいいのだ。
前方に小さな背中が見えた。走る金星人だった。
平塚と帰り道で遭遇するのは初めてだ。
おそらくは、コンビニに二店とも店員がいなかったのと、本を読みふけっていたおかげだ。
いつも最終電車に乗っているのだろう。
さっきまでの後悔は完全に消え去った。
あだ名を勝手につけるくらい気にかかっている美少女と帰り道がいっしょになって、嫌な男子はいやしない。
いや探せばいるだろうが、少数派だろう。
もちろん別にストーカーというわけではないから、まじまじと見つめたりしないよう、視線は横にそらしておく。
ふとバカバカしいことを思う。
本当に平塚が金星人ならば、地球人を超越する第六感で背後の自分に気づくかもしれないな。などと。
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