第8話エイリアン

 クソッタレ揺れる荷台の中で寝そべったままベストからコンパスを取り出す。針が一周くるっと回ってから停止した。

コンパスの北は目の前の鉄の様な物で作られた2頭?の「ハルバート」を指していた。どうやらコイツらが行先の妨害をしているらしい。


「なぁ、コンパスが利かないんだが俺たちはどの方向に向かっているんだ?」


「もちろん西よ。」とカルが言う。「まだ未開拓な西ならば王国騎士団でも深追いしてこないわ。」


 うーん、と唸った。あれから一夜経ったがどうにもまだ夢の中のようにいる心地だ。ガンデル王国ってなんなんだよ。聞いたこともねぇぞ。あぁ、なら聞けば済むか。


「なぁ、ガンデル王国ってなんだ?」


「・・・本当に正気なの?」


「流石に三日間も酔うことはないさ。本当に正気だから教えてくれ。」


「・・・ゴールディ、ビットマンさんに教えてあげて。」


 荷台の片隅で革製の分厚く大きい本を読んでいた妹さんが国の成り立ちから詳しく教えてくれた。


―――魔法に精通していた数十人の「賢者」と呼ばれる船員で構成された大船

「この世発あの世へ号(2,3回聞き直したが俺の耳より名付け親の方が狂っているらしい)」

で大陸を発見。賢者たちはその大陸に「ガンデル大陸」と名付けた(ここは普通なのか)。


 先住民と共存、共生して百年後には「ガンデル王国」に成った。

ガンデル王国は国を建設するにあたり魔法のさらなる高度な技術を会得、発展させ世界中で名を轟かせる国として認知されている―――


「胡散臭い話だな。」


「当り前よ。嘘で塗り固められているもの。」


 どういうことだ?とカルに聞こうとした時に「着いたわよ。」とぶっきらぼうに言った。

荷台から顔を出すと小さな村の入り口があった。看板は立っているが全く読めない。

さらにハルバードを進めて馬小屋のような場所で止めた。


「なぁ、看板に何て書いてあったんだ?」


「ソンソン村にようこそ。」


「マジでネーミングセンスが分らん。」


 日は高く昼くらいの時間であったが馬小屋の中は薄暗く長らく使われていないようだった。

外観の作りは木製だったが、中には鉄製のよくわからない機械が二つあった。


「ここはなんだ?」


「私達が自由に利用できる補給施設よ。ここでハルバードに補給させるからちょっと待っててちょうだい。」


「待つのは飽きたよ。ちょっと散歩してくる。ゴールディも行かないか?」


 カルは少しだけ複雑そうな顔して「私たちは指名手配されているかもしれないから遠慮してくわ。」とだけ言った。

ゴールディはさらに暗い荷台の中でもまだ本を読んでいて動く気はないらしい。

指名手配されているなら確かに出かけないほうが良い。


「わかった。それで、このガルデル王国ではこの金は使えるのか?」


 迷ったのが丁度仕事の帰りだったので給料の数十ドルあった。


「そんなお金使えないわよ。」


「なら両替してくれよ。一か月は食うことに困らない額だ。」


「あなたの国ではこんな紙で買い物できたかもしれないけどここでのお金はこれよ。」


 と、そこそこ大きな袋の中から石を一つ取り出した。

その石は鈍く光を放っている非対称なもので削り取った鉱物の原石のようだった。


「これは、なんの石だ?」


「山から取れる「マナの結晶」を魔法で圧縮させた物よ。これ一個でその店では好きなだけ飲み買い食いできるわ。」


 西部のサルーンで流行っているという1ドリンクの料金で食べ放題の「フリーランチ」と同じようなものか。

あれは加減がいるがこっちはどれだけ食って飲んでも良いなら俺に最適だ。

カルはその石を二つ俺によこした。


「これで情報収集と雑貨屋で私たちの衣服と食べ物を買ってきて。今夜はここで過ごして明日に出るわ。」


「了解だ。」


情報収集と来れば行く場所は決まっている。


 ごく自然になんちゃら村を歩いているがどうにも視線が気になる。

周りの人間はどうにも奇妙な格好をしているがどうにも向こうからは俺もそう見えるらしい。

何気なく顔を下げて正体を隠す。俺も指名手配されていれば保安官が飛んでくるだろう。

数分トボトボ歩いているとYの字に道が分かれたところに大きな建物があった。


 雰囲気で分かる。ここは酒場だ。情報収集と言えばここだと相場が決まっている。

酒場らしき建物の入り口の横に張り紙があった。それを見てギョッとする。

ああ、クソッタレ。そこにはカルとゴールディの巧妙な絵・・・いや、俺の居た村で聞いたことのある「写真」という奴だろうか?

それが酒場にあった。と、いうことは指名手配されているようだ。文字は目を凝らしても読めない。


 俺の写真はないらしくそれを幸運だと張り紙を剥がしてポケットに折りたたんで入れた。

緊張して細かった息を大きく溜めだす。大丈夫だ。俺の顔は割れていない。挙動不審になるな。もっと情報が必要だ。

高鳴る心臓を抑えて酒場の入り口を大げさに開いた。


 中は俺の知っている酒場と変わらなかった。木製の内装にガラの悪そうなアウトロー。ならやることは一つだ。

周りの人間は俺に注目し誰も喋っていない。静寂の中でゆっくりと足音を立てるように酒場を見渡しながらカウンターまで行く。

目は合わせないように見渡す。王国騎士団はいない。


 カウンターに着くと椅子に座った。マスターをハンドサインで手招き机の上に結晶を一つ差し出した。


「ミルクを一つ。」


 渋みを聞かせた低音の声でマスターに告げると肩をすくめた。

周りの人間が喋りだす。さぁ、こいクソッタレ共め。

マスターは俺の目をみて一言。


「あの、ミルクってなんですか?」


「え?」


 ミルクってなんですかってなんですか?って聞きそうになるのを堪える。

ああ、これは冗談だ。

「ミルクなんてないぜ。ママのおっぱいでも吸ってな!」を丁寧に話しているだけだ。

後ろを振り向いて突っ込んでくれそうなやつを探す。

アウトロー達は俺について話し合っていた。


「ミルクってなんだ・・・?」


 机に置いた結晶を手早く回収する。

「ちょいと小便に行ってくる。」そう捨て台詞のように吐いて速足で馬小屋まで戻った。

ハルバードに補給中のカルが目に入る。あまりに早くそして手ぶらで帰ってきたもんだから目を丸くして「どうしたの?」って聞かれる寸前に


「なぁ、カル、ミルクってなんだ?」


「は?え・・・ミルクって何?」


「牛乳だよ!」心なしか少し声が大きくなった。


「ああ、牛乳ね。何、飲めなかったの?」


「ミルクをくれって言っても伝わってないようだ。どうなっている?」


「・・・ミルクってどこの言葉?」


めまいがする。これから飲みたいって時にクソッタレ。


「英語だよ。俺たちが話している英語だ。」


「私と貴方が喋っているのはガンデル語よ。」


頭がこんがらがっていた。そんな言葉を話した覚えはない。


「分かった。それでいい。じゃあ、ガンデル語で「牛乳をくれ。」は何て言えば良いんだ?」


「・・・牛乳をくれ。」


 なめてんのか!?と叫びそうなところを堪える。落ち着け。ただのカルチャーショックだ。


「・・・ミルクってのは伝わらないんだな?」


「ええ。ガンデル大陸ではガンデル語が公用語よ。英語は伝わらないわ。」


「・・・俺が話しているのは英語じゃなくてガンデル語なんだな?」


「私にはそう聞こえるわね。ミルクは英語というやつだから通じない。」


「・・・俺の英語は通じているのになんでミルクは通じないんだ・・・」


 聞こえないように小声でそうつぶやいた、これ以上は時間の無駄にしか思えない。双方にとっての。


「だからミルクは・・・」


「ありがとう!また出かけてくる!」大声で遮りまた酒場に足を進める。聞こえていたのかよ。

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