第4話 事の背景、沈黙と何かと
「おかけください、ミスタービットマン様。」
「『ミスター』も『様』もいらないよ。慣れてないからよしてくれ。」
そう言って俺はなんの変哲もない木製の椅子にジンジンと痛む尻をゆっくりと乗せた。
騎士隊長のウェルズは書類を持ってくるとかで奥に引っ込んでいった。
鉄の馬車・・・何でも「ハルバート」と言うらしいが外見と名前の厳つさ通り内装もほとんで鉄で出来ており堅い椅子にはクッションなんて物はなかった。
とんでもない速さで走るハルバートは感心したさ。人員が10人と人数分以上の食料を載せられる輸送能力にも。
しかし、石を一つ蹴りあげるごとに尻が下から突き上げられるのは気に入らなかった。
荒野を走っていた20分間は宙に浮いている時間の方が長かった筈だ。
たかが揺れくらいで騒ぐなんて大袈裟な。
と、君は思うかもしれないが現に俺の尻が悲鳴をあげているんだぞ?今の俺の尻に向かってそんな無慈悲なことを言えるのか?
記憶にはないが荒野を抜けてさらに10分ほど王国の舗装された道を走ったらしい。それも小石の一つもない道を。
だが、この間にも俺は何かに尻を突き上げられながら狼狽え、泣いていたそうだ。
これは尻の発する悲鳴だ。俺はそれを心の中で感じていた。本当だ。
俺はもう酔っちゃいない。
それに引き換えこの美しき木製の椅子よ。なんて美しい・・・。
天板は人の尻に合うように描かれたなめらかな曲線といい、タフで堅固な脚といい・・・。
丁寧なブラウンの塗装の上にかけてあるクリヤーもハゲかかって来てはいるがそれも愛着が・・・
「ビットマン様。書類の用意ができました。」
・・・¨様¨をつけていたってもう訂正なんかしてやらないさ。
俺は世界を七日で創造した神のように短期でインディアンに審判の日を迎えさせないジーザスのように気が長いんだ。
机の上に勢いよく置かれた書類・・・又はクソッタレな紙の束とも言うが俺はただ出来る限りこの束を見ないように尽くした。
「見ていなければいつの間にか消えているなんて事はありませんよ。」
「しかし、この束は・・・資源の無駄遣いだとか馬の耳に聖書みたいなもんだろう?」
「そんなモノです。後は私の部下と関係者と力を合わせて埋めていってください。」
それでは失礼します。と、ウェルズは扉から出ていった。
それとすれ違うように一人の男とそれに連れられた二人の少女が入室してきた。
王国騎士は机とクソッタレとを挟んだ俺の向かいの椅子に偉そうにふんぞり返った。
そして、二人の少女の中で年上であろう背が高めのブロンドの少女がこちらに向かってきた。
「助けていただき、ありがとうございました。」
そう言ってお辞儀をし無愛想に踵を返すと年下の女の子の手を引いて角の方のソファに座った。
その時、少女の長い髪から僅かに覗いた長い耳を俺は見逃さなかった。舐め回すように顔を見ていたからな。
この地は皆そうなのかと騎士の耳を見るが俺とそう変わらない。
もう一度少女の方を見ると年下の女の子も髪がブロンドのショートで露出している耳が長いことが分かった。
これは遺伝的なものだろうか。昼に家の周りを包囲していた市民の中には耳の長いヤツはいなかった筈だ。
どうにも気になるが、どうせ耳のことで質問したって「何度も同じ質問をされてうんざりしている。」とかいう答えがかえって来るのだろう。
それに、少女の体の事について質問するのは紳士の名折れだ。スルーで行こう。
ショートの女の子が鞄から似つかわしくない分厚い本を取り出すと年上の女の子と見始める。
仲が良い。恐らくは姉妹だろうか。しかし、なぜ可愛らしい子供がこんなむさっくるしい部屋に来ているのかが分からない。
「それじゃあ、さっさと書類を片付けましょうか旦那。」
そう男が切り出すと手早く書類を取りだしこちらにペンを差し出した。
「えーっと、旦那がコボルト二匹を殺してそれからあのエルフの家で寝ていたのは間違いないですね?」
「そうだな。コボルトを殺したのは俺で間違いないが、エルフってのは何だ?」
アレですよ、と言わんばかりにペンを角の彼女たちの方へ向ける。
ああ、エルフと言うのか。コボルトの時のように名前ではなく人種の名だろう。
エルフの姉の方はこちらの話を気にしつつ聞いていないフリをしているようだ。
「ここだけの話、エルフは人種の名でコボルトみたいに失礼なヤツじゃないよな?」
出来る限り小声で男に尋ねたつもりだったが姉妹の耳がピクリと動いた気がした。
男はニヤニヤしながら気色悪い顔をしている。俺がコイツらに命乞いをしたときもこんな顔だったのだろうか。
「そうですね旦那。アイツらはコボルトほど強くもなく賢くもない。虫けらみたいにしぶとくこっそりと生きているヤツです。」
姉が僅かに震えだしている。妹は本を持ってはいるが読んではいない。
どうやら俺は熊の巣穴に棒を突っ込んじまったようだ。
俺の棒よりも太くて長いヤツを。
ひたすらニヤニヤしている男の口にレミントンをぶっこんで黙らせてやりたい衝動に駆られたが、今そんなことをしては俺のこの先が分からない。
ここはママの教えのように冬眠中の熊のように静かに獰猛でいよう。
「どうやら、彼女たちの家で寝ちまっていたのも間違いないみたいだ。俺が知っているのはこんくらいだ。」
男が黙って書類に書き込む。その少しの間は沈黙が訪れ気まずい雰囲気が漂う。
ああそうだ。忘れていた。
後ろに振り向きソファの彼女達の方を向く。
「昨日・・・というか、今日なのかな?勝手にベッドで寝ていてすまなかった。シーツやら枕を汚してしまったから後で代金を払うよ。」
姉妹は何をすることもなく大人しく座っていた。
妹が姉に手を口で当て小声で何かを話すと姉がわざとらしく溜め息を漏らす。
「いいえ。昨夜、家で妹がコボルトから隠れていたときに貴方は助けてくれました。命の恩人ですからお気遣いは無用です。」
ああ・・・何となくだが事の背景が分かってきた気がする。
つまりだ、クソッタレなコボルト二匹がこのお人形のような姉妹の家を襲おうとしたときに現れて倒したのが酔っ払った俺だったというわけだ。
なんだ、何も心配することなんてないじゃないか。
俺は偶然にしろヒーローであることには間違いない。
・・・しかし、なにか納得のいかない事があるような気がする。
この場を未だに沈黙で満たしているなにかが。
「妹さんが無事で本当に良かったよ。だけど放っておいても騎士達が昼に駆けつけていたし、別に俺は君達に誉められるような・・・!?」
ハッとして気づいて俺は黙って目の前に座っている男に振り向いた。
男はもう書類に何かを書き込んだりはしていない。
これは記されるべき真実ではないからだ。
後ろの姉妹が座っている方から形容しがたい純粋な殺気を感じた。
「私が真夜中にコボルトに襲われようとしている妹を置いて騎士に助けを求めたとき、貴方達クズはただ笑ってピクリとも動きませんでしたね。」
「―――昼に妹の死体を確認しに行こうとした時を除いてね。」
震えた右手の人差し指がレミントンに絶えず触れ続ける 。
この部屋でかつて支配していた沈黙に変わって、死と生が曖昧になるほどの殺意が支配し始めた。
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