番外編 校舎裏の秘密調査~追想編~

(うっ……気まずい)

 もう十時を回っただろうか。黒く塗られた世界に街灯だけが点々と光を灯す。周りには自分たち以外には誰もいない。

佳純が事件についてすべて話し終えた後、玲菜、瀬戸は自身の帰路についていた。

「ねえ、新くん、何か話題を振ってくれると私としてもありがたいのだけど……」

 と、佳純が彼女らしくもない顔つきで言う。

「話題ですか……そうですね、昨日見たテレビの話題とかどうですか?」

「あいにく、私はテレビを見ないのよね」

「じゃあ、本とか」

「意外だと思われるかもしれないけれど、本もあまり読まないのよ」

「じゃあ、ネット」

「ここのとこ調子悪くてねー」

「ご飯食べました?」

「最近はそれすらも面倒で……」

「お前、ホントに人間か?」

 佳純はクスッと笑って、

「嘘よ、嘘。本当のことを言うと、超常現象を研究していたら、いつの間にか夜になってたな」

「先輩のその情熱はどこから来るんですか……」

 新はため息交じりに尋ねる。

「知りたいなら、話してあげようか?」

 唐突に新の眼前に飛び出した佳純は、さっきまでとは全く違う顔つきだった。

「まあ、これは、私の人生のアイデンティティにかかわることだから、君にはそれを背負ってもらう覚悟がほしいな」

「覚悟……」

 新は息をのむ。そんなに大事なことなのか。

……

……

……

「やめときます!」

……

……

……

「え! いや、今どう考えても私が言う流れだったじゃん!」

「いや、大変な話なんでしょう? 僕は佳純さんの人生まで背負うつもりはありません」

「聞いてってば! あー、もう面倒くさいな、いいから聞きなさい!」

「いいや……俺はお前の言うことなんか聞かないぜ。なにせ、俺は反逆の大王、サタニキア・ビネット・ローリマンだからな!」

「急に中二病になった?! あーもう分かった。私の人生なんて背負わなくていいから聞いてよ」

「それならば、よろしい」

「新くんって、たまに変になるときあるよね……」

 閑話休題。

「じゃあ、話そうか。私が……


       2


「もう、嫌だ!」

 今から五年前――あの日、私は親に初めて反抗した。ヒステリーって言えばいいのかな。私の母はいわゆる教育ママと呼ばれている人で、もの心がついたときから、期待……いや、圧迫されてきた。お母さんの理想的な娘であるように――勉強ができて、運動もできて、清楚で、可憐で、かつ美しい――そんな娘を演じてきた。

 きっかけは、些細な事だったと思う。今となっては思い出せないくらい、とても小さなこと――ただ、限界だった。

「私は、お母さんの人形なんかじゃない! もう出てく!」

 そのとき、私は激情していた。もう何もいらないと思えるくらいに。

 私は何も考えずに家をでた。もちろん、行く当てなんてどこにもなかった。ただ、ただ、走った――気が付くと、私は河川敷にいた。

「ああああああ」

 闇夜に向かって叫ぶ。怒りが喉を通って、吐き出されていった。

「はぁ、はぁ、はぁ……ふう……」

 周りには誰もいなかった。街灯に照らされた道が永遠と続くだけ。もちろん、その道だっていつかは終わりが来るんだろうけれど、その道が、私にとってただ一つの逃げ道のように思えた。

 なんとなく空を見上げる。ポツポツと光る星が美しい。

 ふと、空が光った気がした。否、もちろん、空には漫然たる星空が広がっているのだけれど、その中にまるで月のように、ぽつりと大きな光が輝いていて。そして、それは徐々に光度を増して……あり得ないスピードでこちらに向かってくる!

「ああああっ! ちょっ、どいて――!」

 目を凝らすと、女の子がパラシュートで下ってきているようだった。いや、むしろ下るというよりも、落ちてきていると表現すべきかもしれない。

「ど、どくって言っても、もう無理ッ――」

 そんな思考をしている頃には、もう目前に迫っていた。体は強張ってしまって、全く動かなかった。それは、きっと、私は混乱していたし……何よりも空から女の子が降ってくるなんて絵空事のようで全く信じられなかったから……。

 ドスンッ

 体中に衝撃が走る。私は地面に尻もちをつき、空から降ってきた女の子は私に対して、馬乗りになった。

「ご、ごめんなさい……だ、大丈夫?」

「大丈夫だけど……か、顔、ち、近い」

「えっ、あっ……ごめん……」

 一目で、表情豊かな人だと思った。見た目は十二歳ほどに見えたが、彼女は、明るいアッシュブラウンの髪型とは不釣り合いの迷彩柄の軍服を着ていた。


        3


「名前は?」

 私たちは、現在、川辺のベンチにいた。

「ソーファ・チカ・ミーシャ・蛍って言います!」

 はきはきとした声で彼女は名乗る。

「……ってことはハーフ?」

「ん―――――正しいけど、ちょっと違う」

「というと?」

「まだ、日本から出たことないし、だから日本語しか喋れない。自分でもハーフって感じが全然しないんだよね」

 確かに、蛍の日本語は流暢だった。いかにも外国人のような人が流暢に日本語を話しているのは妙に違和感がある。まあ、それを含めて蛍という人格を形成しているのかもしれない。

 ……まあ、出自も取れたところで、

「本題なんだけどさ、なんで空から落ちてきたの?」

「落ちたつもりはなかったんだけどな―」

 蛍はそう言って、首を傾げた。

「いや、あれはどう考えても落ちていたって」

 運が悪きゃ危うく大けがだったのに。

「ちょっと、パラシュートを開くのが手間取ってしまって……。それで……あんな風に。」

「ああ、なるほど」

「パラシュートって開くのが大変でね。ハーネスの操作を少しでも間違えたら、地面に真っ逆さま。それで――」

「ねえ」

 私は蛍の話を遮った。

「落ちてきた理由を話したくないの? 無理強いするわけじゃないけれど……」

「………………………………家出」

 蛍は若干頬を膨らませて、澄ました顔で言い切った。

「家出だよ。悪いか! もう!」

 そう自分で言いながら、恥ずかしいのか頬を赤らめている。

「親が昔から、厳しくて。なんでもかんでもルールを守れ、ルールを守れ……もう嫌なんだよ。縛られるのも、拘束されるのも。私は自由だ。もう言いなりになんてなってたまるか!」

 バンッと蛍は立ち上がり、誰もいない河川敷に言い放った。すがすがしい顔とともに。

 蛍は、私と同じだった。家出という行動だけでなく、理由さえも。そして蛍が言い放った言葉は、私の心情をそっくり反映しているようだった。

「その気持ち……すごくわかる!」

 つられて私も立ち上がってしまう。

「言いなり、嫌だよね。自分の人生だもん、自分で決めなきゃもったいないよね。ああ、どうしよう――――初対面なのに、蛍ちゃんととても仲良くなれそうな気がする」

「おっ、私もそんな気がするよ。これから、仲よくしようぜ」

「うん!」

 私と蛍は握手を交わした。

「あっそうだ。ここから、少し先にいいところがあるんだ―――一緒に行こうぜ」

「わかった!」


    4


月明かりが視界を明るくしていた。

蛍と歩いてからしばらく経つ。川沿いの河川敷に沿って、道なりに進んでいる。

「こっち、こっち!」

 蛍が元気そうに手を振る。

「この山の上だよ」

 その場所は神敷山という、標高300mにも満たない山だった。私の記憶では確かに、頂上には開けた広場があったはずだ。私も子供の頃よく両親ときたことがある。

「この上にいいところ、本当にあるの?」

「あるよ、そろそろのはずなんだけど……」

 着いたのは、私の記憶にもある通りの広場だった。景色がきれいに見られるように、市街地の方向は木が伐採されていて見通しが良くなっている。

私と蛍はベンチに腰掛けた。きらきらとした夜景が眼前に広がる。そうか、夜だと、こんなにきれいなんだ。

「確かに綺麗……ありがとう。蛍」

「ん? 楽しみはまだまだこれからだぜ」

 え?

 そのとき、市街にある神敷基地から数機の戦闘機が飛び立った。それらが空中で連隊を組み、弧を描いて旋回する。

「今日は基地での摸擬戦の日なんだ。たぶんこの山の近くにも接近してくる。なかなかの迫力だよ!」

 蛍はそう言って、自慢げに鼻をこすった。

 その後三十分に渡って、戦闘機は飛び続けた。私と蛍は吸い込まれるようにそれを見つめた。

 そして、戦闘機のショーが終わると、私たちは不思議な余韻に包まれた。

「ねえ、このまま、ずっとここにいたい気分だよ」

「私も……」

「ねえ、家に帰らなきゃダメかな……」

 私はポツリと蛍だけに聞こえるようにつぶやいた。

「…………ダメなんだろう。私たち子供だから。一人では生きていけないから」

「……そうだよね。眠くなってきたし……、流石にそろそろ帰らなきゃダメか」

 私はベンチから、ヒョイと降りた。

「蛍はどうする?」

「私は…………もう戻れないよ。元の居場所には」

 そのときの私はこの言葉の意味が良く分からなかった。ただ、今日は家に帰れないという意志だけを受け取った。

「じゃあ、今日は私の家に泊まらない?」

 蛍は満面の笑みを浮かべた。


         5


 私は怖かった。当たり前だけれども、怒られる。それも、尋常になく。しかも、ヒステリックな母親だ。暴力もありうる。ただ、私たちは子供だから……仕方ない。

 私はベルを鳴らした。ダッダッダッと、走る音が耳を刺す。

 私は蛍には隠れておいて、と言ってあった。怒られている姿を見られたくないから。ヒステリックな母親をみられたくないから。

 そして、ドアが開いた。

 開口一番、なんてものはなかった。

 肌を叩く音と、痛みが私の感覚を支配した。しばらくして、私は殴られたんだということを理解した。

「どうして……! あなたって子は……!」

 母親は私を殴り続けた。私に話す間も与えてくれなかった。無慈悲に何度も何度も殴り続けた。

 突然、銃声がした。

「おいおい、お母さん……これ以上やると、次はお母さんの体に穴が開くよ……!」

 蛍の声だった。弾痕は母親の背後にあった。つまりは、蛍はお母さんを威嚇したのだ。私を守るために。今かんがえてみれば、蛍の行動も理解できる。ただ、そのときの私は蛍に圧倒的な恐怖を抱いてしまった。

 きっと、ものすごい顔をしていたんだと思う。蛍は私を見て、とても残念そうな表情を浮かべていたから。

「蛍……怖い!」

 私ははっきりと蛍を拒絶した

「そっか……やっぱり私は孤独なんだね……じゃあね。楽しかったよ」

 そう言い残して、蛍は去ってしまった。

 その後から、母親の私への干渉は減った。むしろ、放任されるようになった。そして、しばらくして、母と父は離婚した。やっぱり、母のヒステリーに父が耐えられなかったみたい。

 私はもう一度蛍に会いたい。会って、ありがとうって言いたい。そして、もう一度、今度こそ友達になりたい。それこそが、蛍への恩返しだと思うから……

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