第5話 Another View


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 ポツポツと光る街灯が一つの影を照らした。それは人影のようだが、陰から影へと颯爽と移動している。

「……!」

 ライトを照らしながら巡回している警備員の姿を見て、上坂悠莉はうろたえた。気づけば、もう神敷高校の校門前。ここからは、特に用心して行かなければならない。

 サッと柵を超えて、敷地内に入った。周囲には街灯もなく、ただ月明かりのみが照らしている。

「確か……目的地は――旧校舎の二階、新聞部部室」


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 校舎の桜の木が徐々に色づき始めた初秋だった。秋もいよいよ主張し始め、新自身も、夏の香りが懐かしくなっていた。

「もうすっかり、夏も終わりだなー」

 新は、部室の窓の前で背伸びをする。

「そうね、佳純先輩のUFO探しもそろそろ終わりの季節ね……」

 くるくると髪をいじりながら、パチと、玲菜はエンターキーを押した。

 佳純には、季節ごとに興味を変える癖がある。今年で言えば、春は幽霊、夏はUFOであった。そして、今は冬華の出自を調べることである。

「まあ、今年は冬華が見つかったから、いいじゃない」

 新は踵を返して、玲菜の方を向いた。相変わらず、玲菜はパソコンをいじっている。

「そうは言っても、それを記事として纏めるのは私なんだよね……少しは私の負担も考えろつーの!」

 カタン、と玲菜はエンターキーを押して、頬を膨らませた。

「しょうがないだろ……先輩はあまり面倒なことやりたがらないし、僕は機械が苦手だしさ……」

 そのとき

 ドン、と音を立てて、ドアが開いた。

「あっ、佳純先輩、おはようござ…………」

 刹那、新は何かが起こったことを感じ取った。

「……ッ」

 佳純の顔は強張り、まるで、百メートルを全力疾走した後みたいに息も上がっている。

「ねえ……今日、冬華ちゃん、見なかった?」

 冷たい汗が背中を駆け巡るのを新は感じた。


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「そう……部活にも来ていないのね」

 はあ、と佳純はため息をつく。

「本当に……冬華は家にいなかったんですか?」

 思わず、声を張り上げてしまう。

「ええ……朝、私が起きた時にはもういなかったわ。もしかしたら、早く学校に行ったのかもしれないと思っていたのだけれども……霧峰くんの話によると、その可能性もなさそうね……」

「俺は、てっきり風邪でも引いたのかと……」

 胃がもたれるような気がした。新は自分の不甲斐なさを責めるばかりだった。よく考えれば、冬華は初めて出会った時から、軍服を着ていたり、助けを求めてきたりと、いつ何が起きてもおかしくないような危険な存在であったのだ。

「どうしましょう……」

 そんな言葉しか言えない自分に、ますます憤りが募る。何か解決策があればいいのだが。

「ねえ、二人とも、何か変わったことあった? この際、ほんの些細なことでもいいからさ」

「変わったことか――」

 玲菜は首をかしげる。

「あっ、そういえば!」

 玲菜は、ポンと手を叩いた。

「昨日、先輩が核シェルターで回収してきたモノがあったじゃないですか。あれの一部がなくなっているんですよ」

「え!?」

 佳純と新は、思わず、目を丸くする。

「えーと、確かなくなっていたのは、パソコンとUSBデータと……あと、小物入れ」

「それなら――」

 急に立ち上がった佳純は、部室の棚を引っ張り出して、タブレットを取り出した。

「一応、なくしたら困る、と思って、GPS情報を登録しておいてある。パソコンの電源が生きているのなら、もしかしたら――」

 あわてて、玲菜と新もスクリーンをのぞき込んだ。

「ここは……神敷基地?」


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「ん……」

 成宮冬(とう)華(か)が目を覚ましたのは、連れ去られてから、しばらくした後だった。彼女の視界にまず移ったのは、白い世界である。少しして、彼女はそれを天井だと理解した。それほどまでに、周囲は真っ白で――混じりけのない純白だった。

(ここは……どこ?)

 辺りを見渡してみても、何もない。自分以外に誰もいない。

(なんで、こんなことになったんだっけ……?)

 頭の中で靄がかかったように、佳純と別れた後が思い出せない。確か、ちょっと買い物をするために、コンビニへ行って――

「あっ、起きてる」

「ひっ」

 突然、耳を刺した声に、身体が震えた。

「あはは。そんなに怖がらないでよ。これでも、昔は仲良かったんだからさ」

 その少女は自分と同い年に見えた。髪は肩で綺麗に整えられ、その表情からは自然と気品を感じられた。

「それにしても、驚くよね……こんな真っ白な世界は。あの教授の趣味らしいけれど、私には全然分かんないや」

 そう言いながら、少女はポットで紅茶を入れる。

「飲む?」

 状況を全く理解できず、冬華は、ただ、固まっていた。

「……そんな顔されちゃ、幻滅しちゃうな。ほら、昔みたいに――」

 すると、少女は、冬華の頬を引っ張って無理やり笑わせた。

「痛い、痛いってば!」

「やっと、笑った」

「ち、違うだろ!」

「あはははは」

 そう言って、少女は子供のようにクスクスと笑う。

「あっ、そうだ。私の名前も忘れているんだもんね。私は上坂悠莉。いつも通り、ゆりって呼んで」



しばらくして、冬華は上坂悠莉という少女をある程度理解した。まず、悠莉は、笑い上戸だ。自分の言ったギャグでも笑うし、こっちの反応にいちいち大笑いする。そして――

「なによ~、もう」

 すごく、頬をぷにぷにと押してしてくる。

「や、やめてって言ってるでしょ!」

「だって……しおらしくなったのを見るの、初めてなんだもん♪」

 まるで音符マークでもついていそうな言い草だ。

「しおらしくって――あなたは私の過去を知っているの……?」

「知ってるよ」

 全く含みを持たせずに、悠莉は、答えた。

「蛍がどういう生き方をしてきたかも……なんでここにいるのかもね」

「蛍……?」

「そっか、自分の名前も忘れているのか。あなたの名前は、ソーファ・チカ・ミーシャ・蛍。よく憶えておきなよ」

「ソーファ・チカ・ミーシャ・蛍……………」

 突如、ぐるりと視界が回った。まるで、頭の中で針虫が這いずり回っているように、ズキズキと痛む。

「あッ……あああ……ぐッ」

 悠莉は、その様子を見て、目を丸くした。

「蛍! 大丈夫?」

「うう………」

「そういえば……過去のことを話すことによって、記憶を取り戻せるって教授が言ってたな……。私のバカ! こんなことでトリガー引いちゃうなんて。」

 すると、悠莉は、凛とした顔つきをして、

「よく聞いて。今からあなたの過去のことを話す。たぶん、聞いているうちに、頭痛も和らいでいくと思うから……」


         5


確か、私とあなたが生まれたのは同じ場所だったらしい――アメリカ軍の附属病院。ただ、その頃から、私たちは知り合っていたわけじゃない。そうだね……まず、私の父は軍人だった。そのこともあってか、幼いころから、私はスパイとして英才教育を受けることになった。

 そして、私が連れていかれたのはスパイ養成施設だった。

「今回も最優秀なのは、蛍だ。みなも見習うように!」

 ソーファ・チカ・ミーシャ・蛍という人がそこにはいた。

 蛍はいつも、私より優秀だった。知力も体力も。いつも、私はその下に甘んじていて……つまりは、万年二位だった。だから、始めはどうしても蛍を好きになれなかった。

 ある日、私は、こう宣戦布告した。

「そんなに、何でもできて楽しい? 今度こそ、打ち負かしてやるんだから!」

「うん。もちろんだ。私だって、負けないからな!」

 それから、私と蛍はライバル関係になった……まあ、私が勝手に思っていただけかもしれないけれどね。蛍はそういう素振りを全く見せなかったから。

 あと、蛍との印象的な思い出となると……やっぱ、五年前の出来事かな。


         6


「あ~、また、負けた!」

 そのとき、私たちは互いにテストの点を見せ合っていた。

「そんなに、へこむなって。今回は三点差じゃん」

「一位じゃなきゃ意味ないんだよ、もう! 蛍は、ずっと一位だからそんなこと言えるんだよっ」

「そうかな……私だって、大変なんだぜ?」

 そう言って、蛍は空を見上げた。

 蛍には、ときどき空を見上げる癖があった。そういうときは、なんとなく、私も一緒に見上げた。その日は、月が地平線に被さるように浮かんでいて、不気味に赤かった。

「ゆりはさ、この塀を超えたことがある?」

 唐突に、蛍は尋ねてきた。

「そうだね……昔、飛行船で隣の基地へ遠征に行った時だけかな。なかなかこの基地は外に出してくれないよね」

「そうだよな……私なんて一回もないし……」

 すると、蛍は東にある山を指さした。

「あの山に一度行ってみたいんだよね」

「え!?」

「ずっと、前から思ってた。あの山から、模擬戦を見たら、とてもきれいだって! だからさ、ゆり…………」

 私は耳を疑った。

「マジで言ってるの! そんなの先生に見つかったら、怒られるどころじゃないよ! 運が悪ければ、命だって……」

「それでも、行ってみたいんだ」

「……」

「もちろん、誰にも迷惑が掛からないようにするさ。もう私は嫌なんだよ。こんな壁に囲まれた世界で抑圧されながら暮らすのはさ」

「じゃあ、今回のは蛍なりの反抗――いや、犯行ってわけだね」

 私はそう言って、クスクス笑った後、

「じゃあさ、蛍。水臭いこと言わずに、手伝わせてよ。その計画――協力者がいた方が成功しやすいでしょ?」

「まあ、そうだけれど……大丈夫なの? こんな私の我儘なんかに……」

「いいの。いいの。学年で一番と二番が手を組むんだよ? 無敵っしょ!」

 また、私はお腹から笑った。


         7


 さっきまで明るかった月は、すっかり山に埋もれてしまったようで、まるで闇のベールに包まれているように、光が消えていた。

「……よっし」

「……OK?」

 ふいに、埃っぽさを感じる。私たちがいたのは、基地の整備室だった。ここには、使われていない様々な機械や燃料などが置いてある。

「それにしても、グライダーを使うなんてね」

 初めてその案を蛍から聞いたとき、私は腰を抜かしそうになった。そりゃ、あの高い塀を超えるには空を飛ぶのが一番かもしれないけれど、まさか本当にやるとは……

「まあ、この整備室の倉庫は誰も使っていないって知っていたからね。それに、飛行機を使うとエンジン音で目立ってしまうし……基地の機械はなんだかんだGPSついているのが多いから危険だしね」

 蛍はそう言いながら、グライダーを組み立てる。

「……できた」

「……よっし。じゃあ、実行だね」



蛍は、基地で一番高く、見晴らしが良い場所で準備を始めた。ここから、上空高く飛べば、うまくセンサーを避けて土手まで行けるらしい。

 私の役割はというと……

(警備員を引き付けるってどうしたらいいのかな……?)

 見得を切ったのはいいものの、どうしようかと未だ思案していた。何か物音を立てて引き付けるのはいいけれども、それで、むしろ警備が厳重になったら困るし……

「…………!」

 これしか、ないのかな……

 決意を決めたそのとき、

 ライトが光った。

蛍からの合図だ!

 私は警備員の前に出た。

「きゃー!幽霊! 幽霊! う、動けない~」

 私はそこで倒れた。迫真の演技だった。

「あっ、なんでこんなところにいるんだ。早く部屋に戻りなさい」

「おじさん~、私、怖くて動けないの~。向こうまで連れていってくれない?」

「ったく、こっちは忙しいから、自分でなんとかしなさい」

 私は全力で上目遣いをした。

「そこを、お、ね、が、い」

「……しゃあ、ないな。ほら、一緒に行くぞ」

「ありがとう~」

 そのとき、私はグライダーに乗って立ち去る蛍を見た。



そうやって送り出したのはいいものの、帰ってきた蛍の顔は、どことなく暗かった。もちろん、私は外で何をしてきたかを聞こうとはしたのだけれど……「何もなかったよ」それだけ答えて、蛍はいつも押し黙ってしまう。だから、私は、それ以上のことは知らない。蛍の身に何があったのかも。

ただ、それから蛍は外の話を全くしなくなった。それどころか、どこか魂が抜けてしまったような感じで……私はいつも心配だった。

 しばらくして、私は親の都合で別の基地へ移動することになった。

「さよなら!」

 それが、私が蛍と交わした最後の言葉だった……


        8


「どう? 思い出した? 蛍」

「……」

 蛍は混乱していた。体に染み渡るように、はっきりと頭の靄が晴れていくのがわかる。確かに、思い出した。自身の経歴と境遇、そして、親友である、ゆりのこと――。

「そっか……私はまた、逃げられなかったのか……ありがとう、ゆり。思い出したよ」

「蛍―!」

そう言って、悠莉は、蛍に抱きついた。

「ば、バカ。やめろって!」

「だって、寂しかったよ。さっきの蛍、別人みたいだったもん」

「そうだね……確かに、さっきの私は別人だったね……わたし、か」

 蛍は少し顔を曇らせた。

「どうかした?」

「ううん。なんでも」

「そういえばさ、蛍はなんでプールなんかに落っこちたの?」

「ああ、それは――」

「クックック、どうやら起き上がったようだね」

 しゃがれた老人の声が蛍を遮った。蛍は一瞬、誰だ? と思ったが、

「あ、教授!」

 という悠莉の発言によってすぐに理解した。教授と呼ばれた男は真っ白な白衣を羽織り、さらには髪も白髪なので、まさに純白の人、という印象を受けた。

「あなたが私を救ってくれた教授ですか。ありがとうございます」

「いやいや、そんな感謝する必要はないよ。君にはすぐに任務に行ってもらうからねぇ」

「……任務というと?」

「ちょっと、おじゃま虫が基地に侵入しようとしているようなんだ。さっそく、追い払ってもらうよ」

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