第4話 Sky Over The Girl
八月十六日。佳純がUFOを探し始めてから、二か月と一日。
また、新(あらた)たちは屋上にいた。今日は、半シャツ一枚だというのにうなだれるほど、暑かった。
思わず、空を見上げる。
満月のおかげで、雲の形がはっきり分かった。目線を下すと、月光に照らされた佳(か)純(すみ)がいる。
「何か見えたか?」
まじまじと、望遠鏡に目を凝らしている佳純に声をかける。
「うーん……なにも。流石にまだUFOが出現する時間じゃないのかしら」
「UFOが出現する時間ってなんだよ」
「あら、知らない? 毎回、ちょうど零時を回ったころに現れるらしいわ。ここのカミシキUFO」
「随分と律儀なUFOだな。宇宙人の頭にはタイマーでもついてるんじゃないか」
「霧峰くんの頭にもつけたほうがいいかもね。タイマー」
「余計なお世話だよ!」
閑話休題。
「先輩、そろそろ変わりましょうか?」
「うーん……そうね」
新と佳純は一時間ごとに交代して、望遠鏡をのぞき込んでいる。
新が望遠鏡をのぞき込むと、やはり、そこにはいつもと変わらない神敷基地があった。もう深夜だというのに、光があわただしく点滅している。
「いつ戦争が起きるのかしらね」
ポツリと佳純が言った。
戦争――新たちの世代ではそれは、自国と北との戦争を指す。冷戦状態が続いて五十年以上を経てはいるが、どうやら最近また慌ただしくなっているらしい。
「さあね。今度、学校でも久々に、北に備えて避難訓練をするらしいから、それなりに近いんじゃないか?」
「そうだとすると……やっぱり、UFOって神敷基地に搬入された秘密兵器の可能性が高いわね」
「俺もそう思う」
この数日間で調べた結果、二人はその可能性が一番高いという結論に達した。地方紙によると、ここ数か月アメリカからの要請によって、神敷基地に新型戦闘機が納入されたとのことだ。おそらく、ステルス機能でもついているのだろう。そして、そのせいで一部の映像には変な物体のように見えるのかもしれない――二人はそう考えていた。
「まあ、どのみち戦闘機を撮影できたら、大スクープよね。新聞部の威厳も高まるはずだわ」
佳純が得意げに話す。確かに、佳純の言うことはもっともだ。ただ……
(それでも、連日はやめてほしい……)
はあ、と新はため息を漏らした。
「ん?」
新は神敷基地――ではなく、その上空、どちらかと言えば学校の付近に不思議な物体を発見した。飛行機ではあるが、ジグザグに飛行している。そして、その飛行機は高校の方に向かってきているようだった。
「ねえ、佳純先輩。あれ、なんだろう?」
「どれどれ……ん―、確かに、変な動きをしているね。もしかしたら…………霧峰くん、念のため、カメラ回しといて」
「わ、わかった」
急に、その場の空気がピリッと引き締まる。即座に新はその物体へカメラを向けた。
カメラ越しに見るそれは、今までに見たことのない形をしていた。全体として細長く、主翼も一般的なものより小さい。
「これは、当たりかも……」
思わず、息をのむ。
すると、飛行機が高校の上空に差し掛かったとき、飛行機から、何かが落とされた。そして、それは、一直線に落下し――――
轟音と共に、真夏の空虚な高校プールに、大きな水しぶきが上がった。
「…………」
新と佳純はしばらくの間、何も話さなかった。否、話せなかった。これでは大スクープどころの話ではない。大事件である。
しばらくして、新が口を開いた。
「と、とりあえず見に行きましょう」
本来であれば、何日も放置されているプールは、揺蕩(たゆた)う水面に、アメンボでも泳いでいそうなものなのに、新が見たプールはそれとはまったく違う様子だった。プールサイドには飛び散ったのであろう大量の水が散乱し、いくつかの用具が無造作に散らばっている。新はそれらを縫うように避けながら進む。
「……どこだろう」
新は落下物を探していた。それは、もしかしたら、貴重な資料になるかもしれない。そしたら、新聞に載るレベルの本当のスクープである。その考えは、佳純も同じのようで、少し離れたところから、プール全体を双眼鏡で見下ろしている。
「あっ、霧峰くん。右側の方、そっちに何かある」
目線を向けると、右のほうにひと際大きいものが見える。
新が近づく。
「えっ……」
そこで、新が見たのは、ぐったりとうなだれた少女だった。
上空で戦闘機が旋回する。煌々とした月明かりが二人を照らしていた。
少女はたくさんの傷を負っていたが、命に別状はなさそうだった。その顔は端正で、町にいたら、それなりに目を引くだろうレベルである。そして、なにより特徴的であったのは、軍服を着ていることだった。おそらくは、軍の関係者ということなのだろうが、その少女がなぜ、落下してきたのかについては、その場で判断がつかなかった。
「だ、大丈夫?」
少女からの返事はない。
背後で、
「何があった?」
という佳純の声が聞こえる。
「少女……」
と、自分で再確認するように新は答えた。
「えっ! 本当!」
佳純は慌てて、駆け寄って少女の姿を確認する。
「マジじゃん……どうする? 霧峰くん」
「本当、どうしましょう……」
新が頭を抱えていると、
「んっ…………」
不意に少女の眉がピクリと動く。
「助けて……」
振り絞るように、独り言のように、透き通った声で、そう言った。そして、そのまま少女は動かなかった。
2
「なにか収獲ありました?」
部室に入って開口一番、瀬戸は笑顔でそう言った。しかし、すぐに怪訝そうな顔を浮かべた。
「……まあ、その様子だとひとまず手当てをしたほうが良いですね。明日にでも病院に連れて行きましょう」
二人ともその意見には賛成だった。瀬戸はこういうとき判断が早くて助かる。
「ふうっ」
手当てを終えた後、佳純は自身の指定席についた。すでに時計は十二時を回っている。
「瀬戸くん、この子のこと、どう思う?」
「そうですね……軍服を着ていることから想像するに、なんらかの理由で軍から逃げ出してきた少女ってところでしょうか」
「でも、この子まだ……」
「私たちと同い年くらいだね」
佳純が新の話に割って入る。
「軍で同世代が働いているなんて、聞いたことなかったけれど……まあ、軍だしね。そんなこと言っても詮無いか。とにかく、重要なことは……私たちに助けを求めてきたことだよ」
「そうだね……あんな辛そうな、助けては初めてだった」
新は先ほどの様子を思い出す。絶望、苦痛、悲しみ、動揺が入り混じった顔…………思い出すだけでもつらい。
すると、突然、佳純が席を立った。
「よしっ、今後は一致団結してこの子を守っていくってことでいい?!」
力の入った口調で佳純は言い放った。うちの部長さんはこうなったら止められないのだ。
「んっ……」
透き通った声が三人の耳に入った。急いで駆け寄る。
「具合はどう? 大丈夫?」
佳純が尋ねる。
「…………はい、たぶん」
「名前言ってもらっていい?」
「…………ごめんなさい。ここはどこなんでしょうか……私は誰なんでしょうか」
3
身元不明の少女は、その後結局、あても見つからず、孤児院へ搬送されそうなところだった。しかし、すんでのところで、佳純の計らいで、佳純の家に居候することになったらしい。有言実行とはまさにこのことだと思う。
「よく、両親に許可もらえましたね」
と、聞くと、
「まあ、私の両親も犬拾いすぎて、何十匹といるレベルだから……」
とのことである。
そして、空からの少女事件から一週間後、転校生の紹介です、という先生の声と共に
「どうも……成宮冬(とう)華(か)です。よろしくお願いしますっ!」
というなんとも可愛らしい自己紹介が行われたのである。
冬華はその愛らしいルックスと仕草で一躍有名になった。やはり、かわいいは正義である。
「なあ……霧峰」
隣の席の友人、茂木が不満げな顔でこちらを見てくる。
「なに? 俺の顔になんかついてるか?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
すると、不意にひゃっ、という叫び声と共に、冬華が新の腕に抱きついた。
「助けてください……みんなが矢継ぎ早に話しかけてきて怖いです……」
そして、愛らしい表情で素晴らしい上目遣いを見せてくる。ああ、かわいい。
「お前いいかげんにしろよな!」
友人の茂木は捨て台詞を吐いて、去っていった。
さて、夏のUFOの結末が全国紙の新聞に載るほどの、本物の大スクープとなったので、佳純の推測通り、新聞部の名は学校中に知れ渡った。先生に言うはずの言い訳もせずに済み、むしろ、全校生徒の前で表彰されてしまった。
そして、秋。佳純の興味が変わる季節。
「秋の目標は冬華ちゃんの出自の捜索よ!」
とのことである。
4
「よいしょっ」
新は、図書室から運んできた分厚い本を机の上に置いた。
「そんなの何に使うのよ」
と、デスクでパソコンのマウスポインターを動かしながら、玲菜が尋ねる。
「軍関係の歴史書だよ。今までの軍部署の編纂から変なところがないのか調べるんだって」
「そっちにあるのは?」
玲菜は机の奥のほうに重ねられている大量の週刊誌を指さす。
「ああ、あれは、今までに少女が酷使されてきた記事がないのか調べるんだって」
「誰が?」
「俺が……」
新は、はあ……とため息をつく。
「新さあ」
玲菜は椅子をくるりと回転させて、新の方を向いた。
「いつも思っていたんだけれど……新、嫌々やっているように繕っているけどさ……、ホントは楽しんでるでしょ。私、昔から新がそういうの好きなこと知ってるんだからね」
「…………まあ、確かに本当に嫌ってわけじゃないよ。楽しいところもあるのは確かだし。それでも、流石にって思うところはあるけどね」
「UFOとか?」
「UFOとか」
「ふーん……」
玲菜はそれだけ言うと、またマウスポインターをいじり始めた。
しばらくして、
「すみません……今、入っても大丈夫ですか?」
冬華がドアを開ける。
「ああ、冬華ちゃん、おはよう。もう、部員なんだから、いちいち話しかけなくてもいいのに……」
「いえ、まだそういうの慣れてなくて……」
と、かしこまりながら席につく。
冬華が正式に入部したのは、意外にも転校してからしばらく経てからだった。クラス内で馴染めるようにという佳純の案ではあったが、
(結局、俺への依存度を高めただけだったかもなあ)
と新は思っている。
「新さん、手伝いましょうか……?」
新のデスクを眺めながら、透き通った声で心配そうに話す。
「ああ……ありがとう。じゃあ、そこの新聞からUFOの記事を切り抜いてもらえる?」
「はいっ!」
「大ニュースよ!」
しばらくの無言の後、佳純がドアを開けながら言い放った。
「なんですか?」
新が尋ねる。
「古い雑誌を探っていたのだけれどね……その中の一つに見つけたの。これを見て」
佳純がくしゃくしゃに折れた週刊誌を開いた。
「『神敷基地の下に眠る謎の実験施設』……?」
記事の内容はこうだった。神敷町には使われなくなったたくさんの核シェルターがある。その数も他の町と比べてみても圧倒的に多い。それらのどれかが、軍の実験施設に繋がっており、そこでは夜な夜な人体実験が行われている―――
「確かに神敷町は核シェルターの数が異様に多いですけど、それって、基地があるからじゃ……」
「いいえ、きっと、軍の隠し施設があるからよ」
「うーん……」
確かに、神敷町の核シェルターは普通のとは風変りだ。必ず、どこか別の核シェルターと繋がっているし、無駄に老朽化が進んでいる。謎の実験施設があってもおかしくはない。
「というわけで、本日の夜七時、校舎裏に集合ね」
5
流石に九月にもなると、八月とは打って変わって涼しい。ただ、まだ夏が抜け切れてないらしく、季節外れのセミの声もわずかに聞こえる。
本日、集まったのは、新聞部の部員、端的に言えば、新、佳純、玲菜、瀬戸、そして冬華である。
「私、こんな遅くに外へ出るの初めてです!」
と冬華は、はしゃぎ気味だ。普段の冬華を見ていると、ときどき記憶喪失だということを忘れそうになる。そのくらい彼女は日常生活を楽しそうに送っていた。
「さあ、行くよ」
そういって、佳純が入っていったのは学校の裏の近くの核シェルターだった。佳純曰く、この先を進むと、謎の実験施設へ繋がるらしい。
当たり前だが、核シェルターの中は真っ暗で、光一筋さえも通っていない。
「こ、怖い……」
春の一件で暗いところが苦手とばれた玲菜は露骨に俺の袖をつかんできた。そして、今、もう片方の袖には冬華がいる。
「モテモテですね」
瀬戸がにやけた顔で笑ってくる。
「そんなんじゃねーよ。結構大変なんだぞ」
暫くの間、佳純はタブレットを見ながら、新たちを先導した。どうやら、週刊誌をうのみにしたわけではないようで、独自の調査によって、更なるルートを見つけたようだった。相変わらず、凄い人だ。
「ん? ここは予想外だな」
目の前には二手に分かれた道があった。
「うーん……どっちだろう?」
佳純は首をかしげる。
「分かれて、進むのはどうでしょう?」
瀬戸が提案した。まあ、確かに得策ではあるが……俺は両手に二人背負っているんだぞ。
「どうやって分けましょうか?」
「ジャンケンでしょ」
佳純が得意げに言う。
「これ以上、公平なものはないし……いっくよ―、じゃんけん、ほい!」
「よかった、新と一緒で」
「私もです……新さんが一番心地よいですから……」
「そりゃどうも……」
公正なじゃんけんの結果、瀬戸、佳純チームと新、玲菜、冬華チームに分けられた。そして、佳純に渡された地図の通りにどんどん進む。
「ひゃっ!」
突然二人が悲鳴を上げた。
「二人とも……なんてことないただのコウモリだよ……」
「そ、そんなことわかってるし!」
「流石、新さん、物知りです!」
やれやれと、新は肩を落とした。
そんなこんなで、少しずつであるが一歩ずつ進んできた新たちは、しばらくして、一筋の光を見た。真っ暗の核シェルターの中で、である。
「つ、ついに本物がやってきたわね……」
と、玲菜が意気込む。
「あれが、本物の。幽霊なんですか! 玲菜さん」
冬華も同調する。
「そうよ! あれが……」
新ははあ、とため息をこぼして、
「おーい……佳純と瀬戸だろ」
「あっ、霧峰くんたちじゃない! そっちは大丈夫だった?」
「ああ、こっちは何も変わり映えなかったよ」
玲菜と冬華は目を丸くした。
佳純と合流してから、しばらく進むと、一つの大きな空洞に出た。
「ここが目的地ね」
確かに、その場所は他の所よりも広く、天井も高かった。そして、見たことのない器具が散乱していた。昔、何かが行われていたことは、確かであろうと推測できる。
「やったー! これは大発見だわ。霧峰くん、写真、写真!」
「はい!」
新は何枚も写真を撮る。
「へー、こんなところあったんだ」
「すごいですね……」
玲菜と冬華も感動していた。
「いくつのものをサンプルとして、持ち替えろっと。これと、これと――」
佳純は目ぼしいものを鞄に詰める。鞄がどんどん膨れ上がっていく。
「よっし……じゃあ、戻ろうか」
佳純はパンパンに詰め込んだ鞄を持って、施設を後にした。途中、つっかえて、多少荷物を下ろさざるを得なくなったが。
とにかく、第一回核シェルター探検は大成功となった。
しかし……
この日を最後に冬華は失踪した。
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