第3話 探偵一直線!

「えーと……つまり、こういうこと?」

一通り、新と玲菜の話を聴いた後、佳純は、こう総括した。

「二人は、元来の幼馴染で、家も近い。ただ、特別仲がいいというわけではなく、いわゆる腐れ縁ってやつで、お互いは恋人関係ではない」

そうだよね? と尋ねるかのように佳純は、二人に目配せする。

「まあ……そんな感じです。」

「不本意ながら、否定できませんね」

佳純は、うん、うん、とわざとらしく納得する仕草を見せる。

「で、今回、玲菜さんは調査依頼するために、この新聞部へ来た――そういうことでいいのかな?」

「ええ。まあ、そうです。ここの新聞部は怪奇現象を解決してくれる、という噂を聞きまして……」

「えっ、そんなことやっているんですか?」

新は目をパチリとさせた。

「ん――まあ、それが本業というわけではないんだけど、時たまにね。あくまで、私の趣味の範囲内だから、まあ解決できないことも多いんだけど……」

 佳純は首をかしげる。

「解決ってことは、巫女の服とか着るんですか?」

「まあ、着ないと言ったら、嘘になるけど……もしかして霧峰くん、そういう性癖があるの?」

「いっ、いやないですよ!」

新は紅潮した。そして、つい、巫女姿の佳純を想像してしまう。とても上品だ。

「んー……でもその顔はなにか想像しているね?」

 まるで、新の考えを見透かしたかのように、佳純は体をぐっと近づける。新は慌てた。――この人は素でこういうことをやってくるから困る。すぐに反応してしまう自分がとても情けない。

「そっ、そんなことより玲菜の話を聴きましょう、佳純先輩」

「あっ、そうだ、ごめんね、音無さん。じゃあ、ちょっと、あなたが体験したっていう怪奇現象について話してくれない?」




「三日前のことです。新は知っていると思うけど、私、部活で結構遅くまで残ることがあるんです。そのとき、私、旧校舎の端にある部室に忘れ物しちゃって、仕方なく旧校舎へ行ったんですよ。もうすっかり日も暮れていて辺りは真っ暗。今考えてみると、もうとっくに下校時間は過ぎていて、旧校舎も施錠されているはずなのに入り口が開いていた……この時点で不思議だと思っていたほうがよかったのかもしれません。とにかく、その時の私は何も気にせずに、旧校舎へ忘れ物を取りに入ったんですけど……怖いなー怖いなーって思いながら、歩いていたら」

「ちょっと、玲菜」

 新が遮った。

「そのもったいつけたっていうか……稲川淳二みたいな喋り方絶対わざとだろ!」

「えーー……だってせっかくの機会じゃない。人前で怪談を話すことなんてないよ」

「これは怪談じゃないし、階段を上っていくみたいにだんだんと稲川淳二化してゆくのやめろ!」

「えっ、新……まさかそれ怪談と階段をかけてるの……まったくもって、センスないね」

「悪かったな! センス、無くて……」

 しょげる新をよそに、玲菜と佳純は大きく笑っていた。

「あー面白い。君たちいつもこんな掛け合いしているの?」

「まあ、俺たちの関係はこんなもんだと思っていただければ……玲菜、続き話そう……ね?」

 涙目で新はそう促す。玲菜は、そうだねーと相槌を打ち、続きを話し始めた。

「その後なんですけど……確かに怖かったんですが、意外と何もなく忘れ物を取ることができて、帰りの廊下を歩いていた時でした。ふと、何か物音がしたんです。ちょっと気になって音を探ると放送室だったんで……私、これでも、オカルト結構好きなんですよ。七不思議で放送室の放送室の怪ってのがあるじゃないですか。そのこともあってか、気になって、放送室に入ったんです。でも、放送室には誰もいなくて……そのときは、生まれて初めて背筋がゾッとしました。しばらく、本当にいないのかなと思って放送室の中をくまなく探したりしたんですが。そして、放送室を出ようとした時でした。開かなかったんですよ、戸が。」

「えっ! 本当に?」

 佳純が割って入る。

「本当です。私が入ったときには、確かに、鍵が開いてたんですけど、私が出ようとしたときには、もう閉まっていました」

「じゃあ、玲菜はどうやってその部屋から出たの?」

 新が不安げな表情で尋ねる。

「しょうがないから、友達に電話して、鍵を取って来てもらって……あーあ、あの時はホント大変だった」

 玲菜はそう言って、はぁ、と溜息をつく。その表情は本当に大変だったということを物語っていた。

「外部から閉められたって可能性はないの?」

 佳純が神妙な顔つきで尋ねる。

「そもそもあの時間帯は生徒が誰もいないはずですし、例え誰かいたとしても、西館の鍵自体私が持っていたので、誰も外から鍵をかけられるはずがありません」

「そっか」

 そう言って、佳純は、恍惚の表情をにじませる。そして、目を閉じて、ふー、と大きく息を吐き、また吸い、こう言い放った。

「これは、調査しなきゃだね!」




「で、なんで僕がいるわけ?」

 時刻は夜の八時。神敷高校の門限は午後七時なので、当然ながら学校は閉まっている。新と玲菜、そして佳純は薄暗い街灯に照らされた校舎裏に立っていた。

「新だって、聞いていたんだから少しは付き合いなさいよ。どうせ暇でしょう?」

 新はムッとした。

「玲菜はいつも僕のことを暇、暇、言うけどそんな暇じゃないんだからな。これでも用が……えーと……」

「ほら、ないじゃない」

「そもそも、そういう問題じゃない気がするんだけどな」

「へえ、私の言うことが聞けないっていうの?」

 玲菜はそう言って、新の正面に立ち、じっと、新を見つめる。

「あー、もうわかったよ。付き合えばいいんだろ。付き合えば」

「それならば、よろしい」

 そういって、玲菜は、満足げな顔を見せる。あーあ、かわいい。これで、清楚であればなあ――新は人生で何回思ったか数えきれないほどの希望を神に祈った。

「よし、ここから入るよ。」

 唐突に佳純が言う。

雑草が生えた茂みの奥、非常口のような入り口が、佳純の指先にあった。

「先輩よくこんなところ知ってますね」

「前もこんなことがあって、そのときに見つけたんだ。昔の核シェルターの跡なんじゃないかな」

 佳純は中に入る。新と玲菜も釣られて入った。

シェルターの中は真っ暗だった。三人は携帯のライトで照らしながら、少しずつ進む。長年使われていないためか、埃が空気と同じように充満していて、つい口を覆ってしまう。

「よし、着いた」

 出た場所は、廊下の非常口だった。

「着いたのはいいんですけど、どうやって教室に入るんですか? 僕たち鍵持ってませんよ?」

「ああ、大丈夫。だって、三日前、音無さんが来た時には開いてたんでしょう? できるだけその時の状況を再現しなきゃね」

 佳純はそう説明する。

「そりゃ、そうですけど……」

 不安に駆られる新であった。

 間隔を開けて照明が点灯されている廊下は、その妙な薄暗さと静寂が、より不気味さを増していた。

「新……私、こういうのダメなんだけど」

 不意に、玲菜は新の腕をがっしりと掴んだ。意外だな――そう思ったのと同時に、新は玲菜が頑なにお化け屋敷を行きたがらなかったのを思い出した。暗いの苦手だったのか。

「ちょっ……急に乙女ぶんなよな。」

「いいから、さっさと進みなさいよ……」

 新は、やれやれと歩を進める。

 しばらく進み、階段を一段上ると、新は佳純の姿を見た。ちょうど、放送室の戸を開けようとしている。

 ガタン――重い木が動く音がした。

「マジか……」

 思わず、声が漏れてしまう。まさか本当に開くとは……

「なるほど……」

 佳純は、なにを納得したのか神妙な面持ちで放送室に入った。続けて、新、玲菜も入る。

「確か……音無さんはこの後、この部屋にしばらくいて、出ようとしたら、閉まっていたんだよね?」

「はい。十分くらいだったかと」

「十分? やけに長いね」

 新が尋ねる。

「ちょうど、私が遅いのを心配した友達から電話がかかってきて、それに応答してたから……」

「なるほどね」

 佳純はいつのまにか椅子に腰をつけていた。

「じゃあ、私たちも十分くらい待とうか。そして、そこのドアが閉まっているかどうか……チェックしよう」




 数分経った。相変わらず、放送室は暗いままで、幽霊も出できていない。不気味な重い静寂が放送室に根を下ろしていた。

「ねえ新、ホントに幽霊なのかな……」

 不意に、玲菜がつぶやく。小刻みに身体が震えていた。

「んなわけないだろ。科学大正義のこの時代だぜ。きっと、なにかあるさ……」

 新は暫く考えてみた。…………分からない。このままだと本当に幽霊の仕業になってしまうじゃないか――刹那

「ひゃっ!」

 突然、玲菜は飛び上がった。体中から力が抜けて、腰を抜かしている。顔は恐怖という文字を体現しているかのように強張っていた。

「どうした?」

「足元でガタガタ音がした……」

「マジかよ……」

 確かに耳を立ててみると足元からなにか物音がする。音と振動は集中すればするほど徐々に大きくなっていき、頭を揺らした。急に、すーと魂が抜ける感じがした。ああ、こういうのを気絶っていうのか――新はそう理解すると同時に深い深淵の世界に飲み込まれていった。




「おーい、起きてる?」

 佳純の声が新の鼓膜をくすぐる。

「もう十分立ったよ。ほら、起きて。起きて」

 相変わらずの静寂に佳純の声が通る。

「もうそんなに経ったんですか……ドア開いてますよね?」

 新が佳純に尋ねる。

「うーん……私も開いていてほしかったんだけどね。残念、閉まってたよ」

「えっ……」

 新は飛び上がり、ドアを開けようとする。まるで鍵を閉められたかのようにびくともしない。

はあ、と思わず、ため息が出た。もう覚悟はできていた。ここまで来たら、扉が開かないのはいい。幽霊が出るのもいい――ただ、このままでは帰れないじゃないか。

「先輩、どうしましょう……このままじゃ」

「帰れないって? 大丈夫、そこらへんは手を打ってあるよ」

 すると、

 ガチャ、と鍵の開く音がした。

「えっ」

 開けられたドアの先にいたのは、物腰の柔らかそうな制服を着た高校生であった。

「おー、ありがとうね。瀬戸くん。急で悪かったね」

「いえいえ、佳純さんの頼みならば――この人は誰ですか?」

 瀬戸は新を凝視した。模範的な笑顔だが、心ここにあらず、といった感じである。

「ああ、この子はね、今回の依頼者の友人であり、私の……パートナー?」

 佳純が新の表情を覗き込んでくる。

「パートナーになったつもりはありませんよ……あの、佳純先輩、この人は?」

「申し遅れました。佳純さんと同学年であり、新聞部に所属しております、瀬戸大志と言います。初めまして」

「どうも……初めまして」

 礼儀正しい人だな、と思った。

「さて、あそこで寝ているお嬢さんを起こさなくてもいいのですか?」

 瀬戸の視線の先には玲菜の姿があった。

「いつのまに気絶してたのか……はい、起こしてきます」

 新は気絶している玲菜に声をかける。玲菜の目覚めるときのふにゃ、という間抜けな声に思わず笑ってしまった。




「さて、帰ろう」

 佳純は着崩れた服を直しながら、そう言った。

「結局なんだったんですかね、あれ。本当に幽霊だったのかなー」

 新が疑問を呈す。すると、佳純は真顔で

「本当に幽霊だったら、どんなにいいことか……また、ハズレだったよ」

「えっ」

「佳純先輩、わかったんですか⁉」

 玲菜が意気揚々と尋ねる。表情に明るさが戻っている。

 佳純は無言で踵を返した。

「ど、どこへいくんですか?」

「運が良ければ、もう一度、人が閉じ込められる様子を見られるよ」

 佳純はそう言い放ち、先を進んでいった。慌てて新たちもついていく。




全てが終わったときには、もう大体の商店が閉まる時間になっていた。帰り道は全員が並んで帰っていた。もちろん、帰り道が全員同じというわけではなく、佳純の後をついている。

 玲菜がついと佳純の横に並んだ。

「そろそろ話してくださいよ。どうしてあれがわかったんですか?」

「んー、そうね。理屈は簡単だよ」

佳純は肩にかけてあるショルダーバックを担ぎ直した。

「まず、私たちを閉じ込めたのはマスターキーだってのはいい?」

 新と玲菜は感嘆符を漏らした。

「だって、貸し出し用の鍵は一つしかないでしょ。三日前のパターンは玲菜さんが鍵を持ってたし、今回だって、瀬戸くんが鍵を持っていたしね」

「それで、マスターキーか……」

 新が声を漏らす。

「それに、床から音がしてたでしょ。それって、普通に考えればどうしてだと思う?」

「なるほど。一回の天井をいじっていたからですね」

 瀬戸が答える。

「だから、清掃員さんか……」

 玲菜は納得したのか、しきりに頷きながら、つぶやく。

 佳純が見せてくれたのは、大きな脚立を担ぎ、天井で作業する清掃員だった。まず、清掃員は教室の鍵を開け中で作業をする。それが終わると、次の教室に移り同じことを繰り返す。そして、その階のすべての作業が終わると、開いている教室の鍵を次々と閉めていく。これらの手順の中で、偶然悪いタイミングで中に入ってしまった人がいたとしたら、閉じ込められてしまう――佳純は、実際に作業する清掃員を見せながらそう説明した。

「あーあ、今回はいい感じだったんだけどなー」

 佳純は大きく背筋を伸ばした。その表情にはわずかに物足りなさが残っている。

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