校舎裏の秘密調査
岩咲 叶詩
第1話 正しい花嫁の盗み方
天体望遠鏡に目を凝らしながら、佳純がつぶやく。
「まだ、かしら……UFO」
1
「お前、最高だな。うらやましい」と誰かが言った。そいつの顔はにやけていた。
夏休みの最終日、霧峰新は学校の屋上にいた。
天気は晴れ。雲一つもない。
眼前の学校の大型時計は夜の十時を告げていた。
新にとって、この時計は、若き青少年の未来を担う夏休みという偉大な期間を刻一刻と削り取り続けた、罪深き時計だった。こうしている間にも時計は進み続けている。そして、あと二時間で容赦なく夏休みは終わってしまう。
明日になれば、ぐだぐだとだるい始業式が始まり、校長先生の睡眠音波が発射された後、ホームルームにて担任の熊谷から厚い叱咤を受けることになるだろう。
だって仕方がなかったんです。先生。夏休みの間、毎日UFOを探しに外へ出かけて行ってたんですから。おかげで、八十八星座を覚えることもできましたし、流れ星が流れるタイミングもつかむことができました。流れ星に願ったことは結局叶わなかったんですけどね……ははは
無論、許してもらえるわけがない。
「ごめーん!……待った?」
パタンとドアを開けたのは、成宮佳純だった。華奢な体に似合わない大きな望遠鏡を担いでいる。服装はラフなTシャツとパンツ。そして、その顔には、わずかばかり、申し訳なさそうな笑みがこぼれていた。
「いや、そんなには待ってないよ」
佳純は息を切らしながら、
「ごめんね。今日はなんといっても夏休み最後の日だし……。いつもと違って、ちゃんと成果を出していきたいわけ。そして、今日は……じゃーん! これが何かわかる?」
佳純は肩にかけているトートバックから小さなキーホルダーを二つ取り出した、
「えーと……そうだな。見た感じそこのお土産屋さんで売っているまるで、小学生が持っていそうなキーホルダーに見えるな……」
「ちっが―――う!」
佳純が急に大声を出したので、新はビクッとして、少し後ろにたじろいだ。
「ちょ、あんま大声出すなよ。校務員に気づかれたらまずいだろ」
新は目線を用務室に向ける。暗闇の中でそこだけうっすらと明かりが漏れていた。
「だって、私がせっかく買ってきたものバカにするんだもん。そりゃ言いたくもなるわよ。これそんな安いものじゃないし……」
佳純は改めて新の前に二つのキーホルダーを突き出す。
キーホルダーは両方とも中央に五芒星があしらわれていて、片方は金色、もう片方は銀色だった。
「……これ、どう使うんだ?」
しまったと思った。佳純は生粋のオカルト好きだ。ちらりと、佳純の顔を窺がうと、目をきらきらと輝かせている。
「これはね、ヨーロッパで使われていたとされる魔術道具の一つで、かの有名なアレイスター・クローリーが使用したらしいわ。これを使うと、あっという間に超常現象が起こるらしいのよ!なんたって、あのアレイスター・クローリーが使ったのよ、間違いはないわ!」
と、佳純は意気揚々と語る。
「で、それを使って今日は何するんだ?」
「今日はね……」
佳純は背中の望遠鏡を下した。
2
霧峰新がUFOを探し始めたのは、今から遡ること二か月前、六月十五日のことである。
神敷高校に成宮佳純という超ハイスペック女性がいる。運動もできるし、勉強にいたっては常に学年五番以内をキープしているし、さらに加えていうならば、この学校一の美少女といっても過言ではない。
が。
ただ、この人はどこかその才能を使うところを間違えているんだよな―――と新はいつも思う。
なにしろ、進路希望書の第一志望に本気で「NSA(アメリカ国家安全保障局)」と書く人である。そして、その理由が「NSAに入って、敏腕工作員になれば私の知らないこと、世の中の不思議なことがすべてわかるかもしれない」というもので、さすがの先生も目を丸くしたという噂だ。
で。
忘れもしない。四月の二十日。
幸か不幸か霧峰新はこの女に告白してしまった。
3
麗らかな春の陽気と急に湧き出す眠気は同じようなものだ――そう新は常々思っていた。
事実、あの日は妙に眠かったことを覚えている。
だから、きっと魔がさしたんだと思いたい。
入学してから、十日。
そのとき、クラスの話題はどの部活に入るか持ちきりであった。なんといっても、明日、新入生歓迎会があり、明後日には、部活を決めなければならない。
「ねぇ、どこの部活に入るか決めたか?」
偶然、席が隣だった茂木が新に話しかけてきた。新とは同じ中学で弁当もつつき合う仲である。
「そうだな……とりあえず、演劇見に行こうかなって思ってる。」
「演劇かー。確か旧校舎の方だったよな」
そう言いながら、茂木は目線を旧校舎に向ける。教室の窓からはさびれた旧校舎がよく見える。新もつられて、目線を移した。
「そういや、あそこには変な噂があるぜ。」
以前、先輩から聞いた話なんだけどな、と前置きし、
「この新校舎に移ってから……もう、十年くらいになるらしいが……どうやら昔、旧校舎のほうでは怪奇現象が多発していたらしい」
「怪奇現象?」
新は少し声が上ずっていた。
「お前も聞いたことがあるだろ? 神敷の七怪談」
「ああ、確か……」
茂木は新の声を遮って
「1、動く人体模型
2、目が光る肖像画
3、毎回叫び声が聞こえる廊下
4、放送室の怪
5、突き落とされた女子の霊
6、開かずの体育倉庫
最後、六つしかない七不思議。
で、噂によると、十年前、その七つ目を知ってしまった人がいたらしくて……そいつをもう一度見たやつはいないらしい。それで、ちょっと、気になって、この前行ってみたんだけど……ありゃ、なにか現れてもおかしくないぜ」
茂木は少し不安そうな顔を浮かべる。ただ、相変わらず、口元はにやけていた。
「で、実際はどうだったんだ? もしかして、幽霊と出会ってちびっちまったか?」
茂木は苦笑を浮かべながら、
「いんや、俺が行った時には会わなかったな……」
「なんだよ。やっぱり、ただの噂か……」
茂木は一呼吸おいて
「そうがっかりするなって。どうせ、演劇見に行くんだろ? せっかくだし、一回行ってみるのもありだと思うぜ?」
4
「ありがとう。もしよかったら……」
旧校舎はそんな声で包まれていた。
今日を逃したら、部員はそうやすやすと増えないのだから致し方ない。どの部活も勧誘に精一杯だった。
旧校舎は木造四階建ての築五〇年。多数の生徒を抱え込むにはいささか老朽化が進んでいた。所々で木がきしむ音が漏れ出している。
「んっしょ……」
建付けが悪いドアを引いて、見学を終えた新は教室からでてきた。
ここに決めた……とまではいかないにしても、多分ここに入部するんだろな―――入部体験を終えて、新はそう感じていた。別に演劇にこだわるほどの理由もない。ただ、他に行きたいところもなかった。
時間を考えるべきだったと後から後悔した。
五時を少し回った頃だっただろうか。
窓から強烈な西日が差しこんでいた。
帰宅途中、階段の踊り場に差し掛かると、二人の男女が視界に入った。まあ、考えれば当たり前のことだ。午後五時の踊り場―――やっていることはゆうに想像がつく。
新は邪魔にならないように、通り抜けようとした。ただ、そうはいっても、気になるので、しっかりと聞き耳を立ててはいたが、目線は合わせなかった。
が。
「!?」
急に腕を掴まれた。華奢な腕に体を引っ張られ、くるりと方向転換させられる。そして、唖然とした男の顔が目の前に来る。女の口が開いた。
「私、この人と付き合ってるんです」
思考がショートするってこういうことを言うんだなと新は思う。謎だ。そして、意味不明だ。
第一に新はこの女を見たこともない。声も今初めて聞いたばかりだ。
第二に、新は今まで女性と付き合ったことのない、純白無垢な高校生男児である。
第三に、新はもちろん、告白されたことなどない。
つまり、これらの現状を踏まえると、今出すべき言葉は……
「ェッ!?」
声にすらなれなかった吃音が出た。
すると、眼前の男が険しい目つきで新をにらみ付け、
「君は誰なんだ?」
と、問うてきた。
止まっていた心臓がまた動き出した。
「えっと……」
なにを言えば良いのだろうか。正直に言えばよいのだろうか……それよも、ここは流れに従った方がいいのか? また、呼吸が止まる。
「―――ッ」
急に腕に痛みが走る―――女がつねったようだった。
(ああ、従えってことね)
新はそう理解した。
女は男をじっと見つめて、
「さっき言ったことは本当なの。私たち中学の頃からの仲でね、わざわざ同じ高校に入るくらいお互いを愛しているの。そうよね?」
「えっ……そ、そうです」
男の視線が妙に痛い。
「だから、ごめんね」
女は、頭を下げた。
「ホントなんだな?」
新に追求する。
「は、はい!」
男は唇をぎゅっと結んだ。目線は下を向いていた。
「わかった……」
男は悔しそうな顔を浮かべ、音を立てて、走り去っていった。目には涙が浮かんでいたように見えた。
(悪いことしたな……)
新は少しそう思った。
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