第11話 俺、今、ホームパーティ中

  日曜日の午前中、百合ちゃんの家に集まった俺たちは、今日の沙月の家で行われるホームパーティ用の料理とかお菓子を一緒に作るのだが——それを終えると、そのまま駅に向かって歩いて行った。

 ああ、俺と言うと、少し誤解してしまうかもしれないから言うけれど……今日の俺は——いつものメンバー——百合ちゃんと喜多見美亜あいつ(今は喜多見美亜と俺、向ヶ丘勇の体の中にいる二人)はもちろんいるのだったが、実はその他に今日はもう二人、生田緑と和泉珠琴もいた。と言うのも、今日のホームパーティにはお友達も連れてきてねと沙月から喜多見美亜(中身百合ちゃん)が言われたならば、当然ついてくるのはこの二人になるのであった。

 友達も連れてきてほしい、その沙月の言葉の本当の意味を俺は知っていたが、あえてそれに乗っかって、あの女を叩き潰す。それが俺の計画で、その結果の証人という意味では、クラスのリア充トップ2を連れて行くというのはむしろ願ったりかなったりといえた。なので、俺は、いつもは苦手なこの二人と一緒でも意気揚々と駅までの道を進むのだが、そんな俺にちらちら視線を合わせて来た和泉珠琴は、俺——と言うか百合ちゃんの体にぴったりとくっついて来て上目づかいで、目をうるうるさせながら言うのだった。

「へえ、百合さんのお家初めて来たけど、みんなで料理作って、なんか楽しかったあー。これからもよろしくね」

 ちなみに、みんなで料理作ってって言ってるけど、この女がやったのは、最後にバスケットやタッパーに完成品入れたとこだけな。でも最後をしめて「わあ、綺麗! 美味しそう!」とかさも自分の貢献のような感じの雰囲気にもって行く……

 やはり、そんな和泉珠琴を見ると、俺はやっぱりちょっとムカッとくる。このやろ。こいつが、こんな軽いノリのまま、この間百合ちゃんを陥れようとしたことは俺はやっぱり許せないし忘れない。

「はい、宜しくお願いします」

 でも、俺はなんとか心の平静を保ち(百合ちゃんの声で)答える。なにしろ、和泉珠琴これも、今日は大事な戦力だ。つまらない禍根は捨てて、存分に利用させてもらうし、自分の感情なんてつまらないものは忘れてしまおう。と俺は思うのだった。

 それに、和泉珠琴これは、その場、その場の感情や周りの雰囲気で動いているだけで、今は百合ちゃんと仲良くしている自分の方が利があると理解したら——たちまちこんな感じであった。その雪解けムードを演出してくる相手に、あまりつっけんどんにしても俺が今中にいる百合ちゃんの方が悪いみたいに思われるのもシャクだ。

 だから、

「突然お誘いしてしまってすみません。私のが強引で」

 俺は、だなんて絶対に思えない沙月てきの顔を思い浮かべながら、営業スマイルを浮かべ言うのだった。

 すると、

「いいのよ。なんか面白そうな人じゃない。私も自分の成長のために素敵な交友はもっと広げたいと思っているもの」

 そこに割って入ってくるのは生田緑。単に意識高い系と表現してしまうには自分磨きに過剰な情念と言うか、底知れなさを感じるキラキラ系雄弁部部長。

 そして、

「さすが緑! やっぱりさすがだわ。成長なんてさらっと私はいえないわ」

 そんな女帝にすかさずおべっかの和泉珠琴であった。なんだか言葉だけとると皮肉ってるように聞こえなくもないが、そんな器用なことをこの女できるわけないので、本当に感心しているのだろう。

 生田緑にくっついてることで、容姿だけでは維持が難しいクラストップカーストに留まっていると言っても過言ではない和泉珠琴なのだ。こんな風に、さらっと、無意識のうちに、賞賛の言葉がでてくるのだろう。そして、生田緑が百合ちゃんに普通に接するようになったので、和泉珠琴もつられて——深く考えず——同じようにしているのだろう。

 しかし、そう言う意味でも今回の作戦に生田緑女帝を引き入れることができたのは——でかかった。昨日二子玉で喜多見美亜あいつと一緒——と言うか、外側からだで言えば向ヶ丘勇と麻生百合が、デートの真似事してた時に生田緑が現れた時には心臓が止まるかと思ったが、

「昨日は待ち合わせ時間より随分早かったね」

 とあっさりと対応した喜多見美亜あいつであったのだった。


 生田緑の突然の出現、それは、そもそも喜多見美亜あいつが一緒に今日のホームパーティの買い出しをしようと呼び出していたということなのだった。

 とは言え、約束の時間よりは随分と早い到着にあいつは一瞬驚いたようであったが、

「久々に二子玉にいくので、合コンで使う時のこととか考えて、少し店のチェックをしようと思ってたのよ……ねえ美亜」

 まあ結果オーライ。俺たちのデートごっこのべたべたしたところ見られたわけではなさそうだ。ちょっと前に会ってたら危なかったが、むしろ、

「は、はい緑さん……じゃななくて……う、うん。緑、そうだね」

 女帝が気になっているのは、中に百合ちゃんがいる喜多見美亜の方。今も喜多見美亜にしては、ちょっと不自然な言葉遣いに眉がピクッと動く。

 いくらこの女帝が鋭いと言っても、さすがに、体入れ替わりなんていう超常現象に気づくことはないとは思うが、俺ら三人に何かあると気づいているのは確かだった。

 とは言っても、

「向ヶ丘くんと百合さんもあの時ちょうどあそこに集合したんでしょ」

 今日いろいろ追求する気は無さそうで、

「そう、集合場所にちょどいいからね。あそこ」

「スターバックスが混んでいてても、晴れてれば近くの階段なんかに腰掛けて川とか見て待てますから」

「そうね。二子玉の中心部から少し遠いけど、わかりやすいし、座れるし、予定の待ち合わせ場所だった駅前の改札とかより良かったわね。今後参考にさせていただくわ」

 その予定の場所にきっちり予定の時間だったという一時間後くらいに現れた百合ちゃんが(喜多見美亜の体で)首肯したのを横目で見ながら、

「でも、ちょっと難点は、あそこに男女二人で座ってるとカップルに見えなくもないってことね。そこは気をつけないとね」

 とチクリと、やはり何か気づいていそうな一言を言ったのみで——話題は変わる。

 今日の行く沙月の家族の構成とか、人となりとかを俺が話すのだった。まあ外目の、タテマエ演じてるあの女のことを話すので、気さくで明るい、おとぼけキャラだけど良い子——俺は言っててムカムカする言葉をそう察せられないようにできる限り感情を抑えて言うのだった。

 でも、

「なんか百合さん少し緊張してる? なんで?」

 やはりその微妙な様子は気付かれているようで、空気読まない和泉珠琴がそんな疑問をズバリと言ってしまうのだが、

「おいおい、緊張しるって言うなら——俺の方だろ」

 喜多見美亜あいつの絶妙なフォローが入る。

「なぜか、女子に囲まれリア充イベントに拉致されるキモオタのこと考えてくれよ」

 でも、

「そうよね? と言うか、なんで向ヶ丘がについてくるわけ? 確かにこの頃少し垢抜けたけど、君はこんな陽の当たるとこにでてくるようなやつじゃないじゃない?」

「しょうがないじゃないか。なぜか一緒に呼ばれちゃったんだから。……向ヶ丘勇なんて、オタクで童貞でコミュ障で、女子に囲まれてリア充宅に招かれてキャハハウフフできるような胆力なんて持ち合わせていないのに」

 喜多見美亜あいつは調子にのって俺の風評被害(まあ、ほぼ事実)を撒き散らすが、

「だけど、男にはがあるんでね」

 と俺に目線を送りながら言う。

 すると、その後に、『なに大げさにかっこつけんのよ』とか和泉珠琴が突っ込んできて、あいつがおちゃらけて『俺には重大事件なんだよ』とか言っていなしたりしながら、改札を抜けたあたりで俺たちの話題はいつの間にか近づいてきた体育祭の話にかわるのだが、

ならないね……」

 俺は喜多見美亜あいつが送ってくれたエールに、誰にも聞こえないような小さな、しかし強い声で応えるのだった。


   *


 沙月の家は病院に隣接した敷地にあった。それは、ずいぶんと大きく、立派そうな家であった。隣の病院も、今日改めて見ても、とても個人病院とは思えない荘厳な様子で、そのオーナー院長の自宅なんだから、自宅がこんなリッチハウスなのも——むべなるかな。俺は、そう思うと、ずいぶんと威圧的に感じる沙月の自宅に少しビビりながらも、柵の隙間から今日の戦場を、その庭を確かめようと、さっと見るのだった。すると、すでに、その広い芝生の庭に、今日のホームパーティの準備がされていて、

「みなさん、いらっしゃい!」

 門につけられたインターフォンを鳴らすよりも早く、柵の隙間からこっちを見つけて手を振るハイテンションガールの姿があった。

「うわっ可愛い。何あの子。天真爛漫が人間の皮被ってる? 何? 天使? お友達になっときたいわ」

 さっそくあの女の術中の和泉珠琴だった。違うだろ。逆だろ。あれは、天真爛漫の皮被った悪魔なの。と俺は心の中で言うが、まあ和泉珠琴に一瞬で見破られるような間抜けな相手なら俺も楽にことを進められるのだが……あいつは、もっと狡猾で、残忍だ。今日のホームパーティだって、俺を、と言うか百合ちゃんを効率よく絶望に落とすために開かれた会なのであった。

 その経緯はと言えば……

 まずは、木曜日、沙月は(今、中に百合ちゃんがいる)喜多見美亜あてに、『この間近づきになったからと週末ひまなら、お友達とかも一緒に会いませんか(ハート)』とメッセージを送って来たのだったが、それを聞いて、ちょうど良い機会なのでなんかこっちからしかけてやろうと、俺とあいつは百合ちゃんに秘密で相談してその誘いに乗ることにしたのだった。

 で、事前に男が一緒にやって来ると伝えた時には、あの女は『何? もしかして彼氏とデート? 私空気読めないことしちゃった?』とメッセージをさらに送って来たのだったが『そうではなくて、良く相談に乗ってもらっている尊敬できる人なので、是非紹介したくて』と俺に対する良い友達感漂わせるという(今あいつの中にいる百合ちゃんから言われると俺としては微妙な感情になる)良い「お友達」と言う実情に即した宣言に『わかったわ! その人にも是非あわせてね(ハート)』となる沙月。

 もちろんあの女——沙月——が単に素敵な友達を作りたくてコンタクトしてきたなどというわけは無く、……百合ちゃんが楽しい高校生活を過ごすことが許せない紗月は、中学校の時の再現を目論んだのだった。

 中学校の時に百合ちゃんが無実の罪を自ら認めるように陥れたあの事件の再現。

 クラスの花壇をめちゃくちゃにしても開き直って自慢する女。他人の、鞄を隠したり、体操着を引き裂いたり——冗談とならないようないたずらを繰り返し、友達の善意や好意を踏みにじる嫌な女。百合ちゃんにもう一度そんな女を演じさせようとしたのだった。

 ——その舞台が今日のホームパーティなのだった。

 今日、この日曜に、ホームパーティを開くと言う口実で、百合ちゃんの今の友達を呼び集め、その中で彼女自身がひどい行為を自主的にする。それで、紗月は、自分の評判は落とさないまま百合ちゃんを再び孤独に陥れようとしていたのだった。

 案の定、今日やらなければならないことのについては昨日の夜にメールで送られてきていたが……


「かんぱーい!」


 女子高生自宅の庭で行われるパーティーは、もちろんジュースとコーラで乾杯の健全なものだった。広い庭の芝生の真ん中には、日よけのターフの下にアウトドア用のテーブルと椅子が設置され、その横には随分値段のはりそうなごついバーベキューセットとなんだか高そうな肉のいっぱい入ったクーラーボックス。天気も良くて、庭の緑が輝き、こんな女に呼ばれてやってきた、こんな胸糞悪い会でなければ、高校生男子的にはずいぶんとテンションのあがりそうな環境がせっとされていたのだった。

 だが俺は、一瞬、正直うきうきしかけた心をぎゅっと戒めて、今日の計画を心の中で反芻しながら、パーティーの参加メンバーをざっと見渡す。

 今、ここにいるのは、一緒にやってきた俺たち五人の他は沙月だけ。最初、家のお手伝いさんみたいなおばさんとか、病院の若い看護婦なんかがやってきて少し手伝っていたが、会が始まってしまえばここにいるのは六人だけ。喜多見美亜あいつは。今日たまたまホームパーティがあるので来てくれなことを言われたらしいが、案の定、沙月側の友人は誰も参加していなかった。

 ホームパーティーなんて俺たちに言うまでは、予定も何にもなくて、慌てて間に合わせたのが明らかであったが、

「うわああ、残念! こんな素敵な人の友達とも今度お知り合いになりたいわ!」

 こちら陣営代表のハイテンションガール、和泉珠琴がそんなことに気づくわけも無く、うまい具合にみんなの疑問はうやむやになったまま会が始まる。


 肉が出されて、野菜と一緒にバーベキューコンロに乗せられる。その匂いにゴクリと喉を鳴らす俺。続けて、俺たちが、持ち寄った料理とかお菓子とかが机の上に並べられる。こんな碌でもないパーティだが、こちらも気合い入れて料理作ってきたのもあり、なんだか食事だけ見ればとても魅力的で楽しげで……うわ、いけないいけないと俺は思わず顔が緩みかけるが、

「きゃっ! みんなの料理美味しそう! 楽しみ!」

 沙月のかわいこぶった声にイラっときて我にかえる。

 そう、

「うううううん、こんな料理上手のみなさまに食べてもらうのは恐縮至極存じちゃいますけど……私の作ったのも食べてもらえたらいいな? って」

 まずは第一の関門が迫ってきたのだった。

 沙月からの指示、麻生百合が今日のパーティでなければならないことの一つ目。それは、

「じゃあ。召し上がれ!」

 沙月が取り分けた、彼女が作ったという、前菜のハムのゼリー寄せ、これを食べたら、俺は、その味を悪しく罵らないといけないのだった。

 麻生百合は、他人が一生懸命に作った料理を、相手を気遣わないで罵倒するようなそんな嫌な女でなければならないのだった。それが沙月がメールで指示して来た、「麻生百合」のの暴露であった。

 偽物の百合ちゃん。この女によって貶められ、作られた百合ちゃん。いつのまにか友達ができていたりの、沙月の考える麻生百合からずれてしまったように見える百合ちゃんを、自分の思い通りにする。

「いただきます」

 この後も何個も沙月からの指示はきているのだが、まずは最初の関門。この最初が肝心——最重要なであった。俺はここで明確に叛意を見せなければいけない。今日はお前の思い通りになんかならないと、ガツンと示さねばならないのだった。

 でも、それは簡単なことであった。

 おれは一口食べた後、にっこり笑って「おいしい」と言えば良いだけであった。それが、この女への宣戦布告となるはずであった。

 しかし、

「んっ?」

 一口食べて思わず(百合ちゃんの)眉間にしわを寄せる俺。

 なんとも……

 おれがただ淡々と「おいしい」と言えば良いだけのその料理。それは、お世辞にも、そんなことはいえない位——と言うか信じられない位に……

 激マズだったのであった。

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