第14話 俺、今、女子キャットファイト中
突然部屋に入って来た、百合ちゃん——と言うか喜多見美亜にキスをされた紗月。
「何? これ何?」
すると、もしかしてと言うか、やっぱりと言うか、喜多見美亜の体と入れ替わってしまい——何ごとが起こったのかわからずにパニック状態の沙月だった。
そして、百合ちゃんはといえば、沙月の体に入れ替わって、
「さっちゃん……ごめんね」
なんだか神妙な顔で言うと、
「まってよ、さっちゃんって、あんた、もしかして百合っぺ?」
沙月——今は喜多見美亜の中——の言葉に首肯して、
「何よ! 待って! みんなで騙してたの!」
今は沙月の中の、百合ちゃんが答える。
「騙してたわけじゃないけど……」
「騙してたわけじゃなきゃ——何よ……いえ」
喜多見美亜の顔は——今は何かに沙月——が振り向いて俺を睨み、
「じゃあ、あなたは誰よ!」
俺——百合ちゃん——に向かって怒鳴る。
「俺? 麻生百合……」
「なわきゃ無いでしょ……入れ替わってるんでしょあなたも!」
って、やっぱりバレてるよな。
沙月も入れ替わったんだし、そう思うよな。
でも……
なんだ、これ——どう収めりゃいいんだ?
俺は、一瞬パニクって固まってしまうが、その時、
「それよりも問題は、私が、さっちゃんになったこと……なんじゃない?」
(沙月の体の中に入った)百合ちゃんが言う。
と、沙月——喜多見美亜の顔が真っ青になった。
「待って! 何をする気なの!」
と、沙月の顔で首肯すると百合ちゃんが言うのだった。
「私が、あなたになったのなら……」
それは、とても神妙な顔つきで……それを見て——もしかして? 俺は頭の中に、たちまちにいろいろな場面が浮かんで来て、
「いけない……」
思わず制止の言葉を言っていたのだった。
俺は、復讐を——百合ちゃんは沙月に復讐をするのでは、と思ったのだった。
だって、俺ならきっとそうする。
百合ちゃんは、(虚偽の証拠で)脅かされて、心ならずもクラスの除け者になってしまうような行動を無理やりさせられていたのだ。そのせいで一度しかない青春時代を棒にふる事になってしまった原因——その張本人が沙月なのだった。
その沙月に自分がなったとしたら、俺がその立場だったら、真相を全部あらいざらいぶちまけて、その上で沙月が嫌われるような暴言を吐きまくる。
そして、その後は……
ああ、なんだか改めて思い返すのは気分が悪くなるような復讐の方法が次から次へと頭に浮かんで来て……
とても言え無いような下劣で下品な行動とか……
果てには、なんだか、高いビルの屋上に立つ沙月を想像したりして……
うぷっ!
俺はひどい自己嫌悪とともに自分の感情にむせて、
「だめだよ!」
つい叫んでしまったのだった。
——でも、
「……だめ? 何がですか?」
「この人何言ってんの? だからあなた誰?」
なんだかテンション激上がりの俺に比べて随分落ち着いている二人。
んっ?
「ともかく……さっちゃんには嘘はやめてもらいます」
「いやよ!」
嘘?
何それ?
「全部元に戻して……」
「ダメよ!」
だからなにが嘘で、ダメなんだ?
「こんなのは終わりに……」
「いや!」
二人は、そう言うと、
「…………」
「…………」
無言で睨み合って、
「あっ!」
沙月=喜多見美亜が百合ちゃん=沙月に摑みかかる。
「……キスすれば戻るんでしょ」
「……!」
この入れ替わりの原因に気づいた沙月が百合ちゃんに摑みかかる。
「さあ!」
「——っ!」
伸ばした手を掴んで避ける沙月の体に入った百合ちゃん。それに喜多見美亜の体に入った沙月が更に手を伸ばして首のあたりを掴み、自分の顔を近づける。
すると、顔をそらしてそれを避ける百合ちゃん。そのまま、体をねじって、するりと手から逃げようとするが、
「逃さないわ!」
もう一度方を掴んでぐっと引き寄せて、顔を近づける紗月。
それを、相手の胸元を押して必死で逃れようとする百合ちゃん。
だが……
もとの体力が違いすぎる。
今、くんずほづれつとなっている二人は——その体だけで見れば、喜多見美亜と紗月だった。
健康マニアで、始終体鍛えていて、もとバレーのトップ選手の喜多見美亜と、なんだかろくに運動もしてなさそうな紗月。
組みあいならば、喜多見美亜の中にいるほうが、圧倒的に有利だ。このままではすぐに百合ちゃん(紗月の体)は紗月(喜多見美亜の体)に取り押さえられて唇を奪われるーーまた入れ替わってしまいそうだった。
——ならば、
「ちょっと待った!」
そう、俺は、キャットファイトを呆然と見ている場合じゃなくて、俺は、二人の間に割って入るのだった。俺は、紗月(喜多見美亜の体)を後ろから掴んで百合ちゃんから引き離そうとするのだった。
が、
「何よあんた!」
「うわっ!」
引っ張った瞬間に、不用意に振り向いた紗月のせいで、勢いがつきすぎて二人一緒にそのまま床に転がって……
「「あっ!」」
俺と紗月はキスをしてしまい……すると当然、
「入れ替わった?」
いつの間にか、俺は、しばらくぶりに喜多見美亜の中に戻ってしまっていた。俺は、紗月と言うか百合ちゃんの体の上にのしかかっていた体を起こしながら言うのだった。
そして、呆然とした表情の百合ちゃんの顔——その中に入った紗月は、
「私が……百合っぺに……」
自らが、貶めた、陥れたその人になってしまったのだった。
「さっちゃん……」
俺は、背中で百合ちゃんがなんだが悲しそうな声をで紗月に呼びかけるのを聞きながら、恐る恐る立ち上がる。俺は、今は百合ちゃんの体の中に入った紗月——がまた飛びかかってこないかと警戒した。百合ちゃんを盾になって守るように——二人の間に入り——後ずさりながら百合ちゃんの前まで移動したのだった。
しかし、沙月は動かなかった。
「ふふ、ふふふふ!」
なんだか、もう何かを諦めてしまったかのように、百合ちゃんの体を床に、転がって、動かないまま、紗月は突然笑い出すのだった。
それは、少々狂気をはらんでいるように聞こえる、声高らかでも、なんだか焦燥感にとらわれ、悲しそうに聞こえるものであった。
「ふふ、ふふははは!」
俺は
その様子をただ呆然と眺めるが、
「向ヶ丘くん……」
トンっと、肩を叩かれて振り返れば、
「大丈夫……」
ここからは私がやるとばかりに、決意に満ち、紗月の顔をキッとした表情にした——百合ちゃんが、
「さっちゃん……やっぱり、もう終わりにしましょ」と言うと、
「なにがよ!」
言葉を荒げながら言う沙月だったが——振り返って見てみれば——床に転がったままで、さっきまでの飛びかかるような勢いは無く、気力が抜けたように、身を投げ出して、
「あれ?」
泣いてる?
沙月は——百合ちゃんの顔をくしゃくしゃにして——ぼろぼろと涙を流しながら、
「できるわけ——できるわけないじゃ無いの! 私は最低の女なのよ! 私はそう生きるしかないのよ……いまさら……」
なんだ?
なんだか俺にはよくわからん話が二人で始まって、
「戻れるわ。戻れるわよ私たちは……」
「……だめ」
呆然と立つ、俺の前に出て、しゃがむ百合ちゃん——沙月、二人の顔は近づく。
「…………」
「…………」
そして無言で、また深く悲しげなキスをするのだった。
*
そもそも、二人が、百合ちゃんと沙月が会ったのは、もう小学校の頃に遡るようだった。当時はいまよりも障害の状態が悪く、沙月の親の病院に数多く通い、長時間の治療やリハビリをすることの多かった柿生くんを、土日でも会社の忙しい父親に変わって病院に連れて行くことが頻繁であった百合ちゃんであった。そして、すると、たまたま同い年であった沙月が、畢竟、長時間の待ち時間となった百合ちゃんに興味を持って何度もあって話すうち——いつのまにか両方にとってかけがえのない友達へとなっていたのだった。
物静かでおしとやかそうな百合ちゃんと、活発で社交的に見える沙月。対照的な二人に見えるが、むしろ対照的だからこそ、いや、その根本で実は似ているからこそ二人のウマが合って仲良くなったのかもしれない。
実のところ、沈黙によるのか、ひたすらの躁によってなのかは異なっても、相手に入り込ませ無いために自分の殻をつくりがちだった二人が、なんだかその二人の真の部分を見せれるようになった初めての相手、それが、それぞれであったのだった。
二人は小学校が終わり、中学校に入ってもそのまま仲良くいっしょに行動していた。柿生くんの治療の回数は減って、病院に来ることは少なくなっても、それならば、別にわざわざ、毎週、外に一緒に出かけたり、相互の家に訪問して遊ぶような関係になっていたのだった。
二人は、本当に気があって——高校は同じところを目指そうとか、じゃあ大学はとか、百合ちゃんは看護婦になって沙月の家の病院に努めようかとか、将来の変わらずに仲良くしていこう——それを両方とも疑わない……そんな関係がずっと続くと二人とも思っていたのだった。
しかし、それはある日あっけなくおかしくなってしまう。
それは——最初はちょっとした行き違いだったと言う。どうでも良いようなことから、二人は、ほんのちょっとしたことからギスギスするようになってしまったのだった。その原因は——俺がそうだと考えていた——百合ちゃんが沙月の兄と相思相愛で、それに嫉妬した強度のブラコンの沙月が百合ちゃんを陥れた、は間違いではないようだった。
——でも、それで全てではなかった。
それは、あくまで、きっかけのひとつにしか過ぎ無いようだった。
実際のところ、百合ちゃんと沙月の兄は相互に憎からずとは思っているようだし、看護師のお姉さんたちは、そんな二人を冷やかしたりして面白がってたりはしたが——あくまでも小学生から中学生にかけての淡い思いの範疇の話で、そんなまじめに取り合って、相互の人生を変えてしまうような行動を取らなきゃいけないような話ではない。
沙月の兄も百合ちゃんみたいな美少女から好意を持たれて悪い気分では絶対ないのだろうが、思春期もさかりの男子がそんなプラトニックな恋愛を唯一の至高として行動するわけはない。
実際、
百合ちゃんの方は、今でも(本当の)ファーストキスはその沙月の兄と思うほど、好きなのは間違いは無いようだったが、子供時代からの憧れも含んだ、かなり稚拙な感情でそう思っているのは、百合ちゃん本人も自覚している。やはり、恨まれるような、一線を超えた感情をあらわしてしまっていたわけではないようだった。
しかし、それはあくまで、きっかけだったのだ……きっかけならば——他にもなんでもよかった。いつか起きることが、そこで起きてしまったのだった。
実はよく似た二人。陰陽の違いはあっても、殻をつくり、本当の自分を周りには見せないで良い子でいた二人が、成長してから初めて互いに心の内を見せれるようになった相手どうしであった。
初めて、黒い部分もぶつけあった相手どうしであったのだった。
本心でぶつかりあって、時にひどく傷つけあうどうし。それならば、時には少し険悪な関係になることもある二人であった。しかし、それはそんな年頃の者たちどうしであれば、当たり前のことであり、むしろ二人にとって望ましいことのはずだった。喧嘩しては仲直り、他の誰ともできないそれをできる相手として、そんな事件が起きるたびに、二人はより強く友情を深めていったのだった。
が——ひょんなことからそれは超えてはいけない場所を超えて行ってしまったのだった。
それは、沙月の誕生パーティの時のことであったと言う。そこに招かれた百合ちゃんは、沙月の母親に沙月の兄との関係を冷やかされ、冗談半分に言われた「お嫁さんに来てほしいわ」と言う言葉がなんだかとても嬉しくて、つい本気で「はい。私もお兄さんが大好きです」と答えた。
そのいつもと違う、感情が一瞬だけ一線を越えた、その言葉の本気さに、沙月はピンときてしまったのだった。
沙月は、いつもより少しムッとして、誕生会の後、彼女の部屋で二人だけで話す事になった時に、今までの喧嘩よりもより少しきつめに百合ちゃんを罵倒して、それを言われた百合ちゃんも、きつく言い返す。すると、本心をぶつけ合う唯一の相手だからこその、二人の言い合いはどんどんとエスカレーションをしてしまって、気づけば百合ちゃんのお父さんの仕事の不正をでっちあげての脅かしで、百合ちゃんに学校での、上履きが隠される、写生中の美術室に置いておいた絵がやぶられるなどの様々ないたずら(これは沙月が学校に忍び込んで行なったものらしい)の犯人になるように強制したのだった。それらを、やったのは自分だと、百合ちゃんにクラスのみんなの前で言うようにと言ったのだった。
だが——実は——そうは言っても、俺が思うに、沙月は、カッとした勢いでそれを強制したが、本心ではそれを百合ちゃんに断って欲しかったのではないかと思える。
ひょんなことから感情がこじれてしまい、喧嘩を止めることができなくなっていた二人だが、いくらなんでも、そんなひどい話を言い出すような自分ではありたくない、それを止めてほしい——止めてくれるだろう。そんな思いが沙月にあったのではと俺は思うのだった。
しかし、百合ちゃんは止めなかった。
その時はまだ父親の不正を信じていたのもあり、自分が犠牲になってもなんとかしないとと言う思いがあったのだろう。また、沙月の言う通りにしてその一時をやり過ごせば、何もかも——沙月との友情さえ——元どおりになるのではないか、それであれば学校での評判なんてどうでもいいと思ったかもしれない。
百合ちゃんは、自分が少し犠牲になってやり過ごせば、何もかもがうまく行く。そんな風に思ったようだった。
それが間違いだった。実は、叱って欲しかった、自分の子供だましの不正でっちあげなんて見破って、本当の友達であるからこその、本当の怒りをぶつけてほしかったのだった。それが沙月の気持ちだった。そしてこのねじれてしまって引っ込みがつかなくなった自分たちの関係が元に戻ら無いかと思っていたのだった。
しかし、百合ちゃんはそうしなかった。
百合ちゃんは、あっさりと、沙月の押し付けた冤罪を受け入れてしまう。すると、ならばと、自分を叱ってくれない百合ちゃんに、沙月は、柿生くんの車椅子で花壇を荒らすなどと言う、さらに非道な要求をする。そして、それを——今度こそ叱って欲しかったのに——百合ちゃんは受け入れてしまうのだった。
その後は、俺も既に知っていた通り。百合ちゃんは学校では
百合ちゃんは、自分の父親の不正の証拠というのは沙月のでっち上げという事に、さすがにしばらくして気づいていた(それを匂わせる発言をした時に、「何、疑ってるの? 他にもあるのよ」とさらに別の不正として出て来たのが例の父親の名前の間違っている請求書)のだが、それを今更切り出して沙月に認めさせ、証言させて、学校での評判を取り戻すなんて価値のあるものとは思えなかったのだった。
学校のみんなとの交流、事実ではない言葉一つで、あっさり自分を白眼視した人々との関係なんて——取り戻すほどの価値のあるものに思えなかったのだった。
となると、百合ちゃんに残るのはこの沙月との歪んだ関係だけ。そして、その上、この関係に沙月も依存している。となれば、この関係が崩れてしまった時こそ、彼女との友情の本当に崩れる時である。その時は、たぶん、二人の楽しかった思い出さえも汚される——無くなってしまうのでは——ということに気づくと、ただそのまま状態のまま、二人の関係がこれ以上には崩れ無いことを望むのだった。
そして、そのまま二人の微妙で歪んだ関係は今日にまでいたる……
*
俺が部屋の中で泣き崩れ、支離滅裂な二人の発言から読み取った、本当の二人の物語は、想像も含めてまとめて語るとこんな風になる。
その秘密が体入れ替わりなんていう信じられ無い事態のせいで、他の人にも知られてしまったこと、その上自分が相手になってしまったこと。その動転の中で、もうこの虚偽の関係なんて続けることはできない。そう思い、ぶつけあった本心どうしの作り出した——物語の結末であった。
その話を聞いて、
「こんなになる前に何か手はあったと思うけど……」
と
「ああ……」
俺は曖昧に同意の相槌を打った。
「でもこれで、雨降って地は固まる、一見落着となるといいけど」
「ああ……そうだけど……」
相変わらず曖昧な俺の言葉。
「そうだけど? そうではないっていうこと?」
「わからないな……」
俺は
泣きながら抱き合っていた二人。それは互いに許しあっているようにも見えたけど。
長く、ひどくねじれた二人の行き違いは、やっぱりそんな簡単に無しになるようなものでもないと思うのだった。
罪の意識や、怒りや、その他の感情が、頭では許したつもりでも、理不尽に湧き出て感情を支配してしまうのではないかと思うのだった。少なくとも、俺はそうだ。今回の件は、まだ、なんだか納得いかなくて、腹の奥でぐるぐるするような感情のわだかまりがある。
でも、
「どんな経緯があろうと、沙月がやったことは許されることじゃないし……許すべきじゃないけれど……多分……」
「多分? 何?」
俺は、本気で罵り合っていた二人の姿を思い出す。
最初は、あの百合ちゃんが、沙月の頬を平手で打つ。
すると、
「なんでもっと早く叱ってくれないのよ!」
沙月が逆切れ気味に叫び、逆に平手を打ち返す。
それに、
「あんなことしておいてその言い草は何よ!」
百合ちゃんが半言葉になってい無いような鳴き声で反論する。
その後は、もう両方とも何を言っているか分からない言葉を言いながら、ただ泣きじゃくるだけ……
あれは、和解の光景であったのか、それとも決別の光景であったのか俺には(多分当人の二人にも)正直判断つかなかったのだけど、
「——起きたことは変えられ無いけど、起きてしまったことからは変えられるのかなって思えた。少なくとも本気でそれが始まるならば。結果はどうあれ……」
「はい? なんだか、良く分から無いけど——今後の二人に期待ってことでよい?」
「……んっ? ちょっと——まあでもそう言うことかな。概ね」
俺は、今度は少しだけはっきりとした口調で、そう言うと、
「うん。それならまあ、私らが何も言うことは無いんじゃないの。今は」
あいつもなんとなく確信をえたような口調でそうこたえるのだった。
それに、
「まあ……そう言うことかな」と俺が言うと、
夕焼けに照らされた多摩川のをバックに
「なら、まずは二人を、信じましょ」
そう言われて——俺も首肯する。
すると、
「じゃあ私たちがやることは……」
と言うと、俺は、そのまま堤防の階段から立ち上がって走り出したあいつにくっついて、
「また結局こうなるのかね……」
大きな嘆息をしながら走り出すのだった。
泣きじゃくる二人にもう続けられなくなったホームパーティは、沙月の突然の体調不良ということにして中止となり、俺たちはそのまま帰る事になった。でも、俺が喜多見美亜の体に戻ったとなると、こんなヘビーな一日を過ごした日にも関わらずに、夕方は多摩川に呼び出して、容赦無くダイエットのランニングを強制するあいつなのだった。
で、その
「私が、今日の百合さんで許せないのはね……」
「はい?」
「私の体にいた自覚なく、あんなにも不用意に肉をぱくついたことよね……」
「そうか、せいぜい数切れだけだったような」
「何を言ってるの! 食べたのは一切れ何カロリーあるか計り知れ無いような霜降り肉よ! あんなの油の塊食べてるのと同じよ。でもちょうど都合よく、私の体には
結構本気で怒っているが——なんだか久々に俺を怒るのが嬉しそうなあいつだった。
そんなあいつに俺は呆れたというか、少し困りながらも、
「はいはい……」
なぜか自分の顔には少し笑みが浮かんでいるのに気づくのだった。
そして、
「『はい』は一回で良い! つべこべ言わずに今日は走りこむわよ死ぬ気で着いてきなさい!」
「はいはい……」
少し薄暗くなってきた夕方ならば、その笑みに気づかれ無いことを願いながら、俺は、
そして、そうやって、夕日の下を走り出せば、あの後の百合ちゃんたちがどうなったのかと心配しながらも、いつのまにか始まったランナーズハイのせいか、なんだか、俺は不思議に肯定的な気分になっていくのだった。
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