第6話 俺、今、女子相談中
そして月曜日となってさらに放課後。俺は
向かうのはいつもの神社ではなく、わけあって駅近くのさびれた喫茶店。そこは、駅前のチェーンコーヒーショップに行くと、集う若者たちのリア充ビームに照らされて滅してしまう俺が開拓した隠れ家的スポット。めんどくさそうな数学の宿題とか、進路表の記入とか、家では気が緩んでくじけそうなことを、外でやって起きたいようなことがある時に俺がよく使わせてもらっていた場所だった。店主はもうおじいさんで、たまに奥さんらしい女性が手伝いにくるが、基本的には一人で呑気にやっていて——それでも問題がないほど人がいない。そんな店であった。
いや、ここ、コーヒーは美味しいと思う。でも、あるのはドリップで淹れるブレンドとブラジルとキリマンジャロだけ。夏にはアイスコーヒーも出すけれど、ラテとかマキアートとか、そんなものはあるわけも無い。そのくせ、なぜか牛乳がホットもアイスもメニューにあるが、混ぜたものを出す気は全く無いようである。
それにはかなりのこだわりがあるようで……ある時、場違いにも入ってきたできるOLっぽいお姉さんが、牛乳があるのならと言ってカフェオレを作るように強要したのを睨んだときの時の店主のあの目は最強クラスにやばかった。人を殺せる目ってああ言うのだよねきっと、と思うくらいに……とかとか。
俺は、この店での思い出をいろいろと思い出しながら、昔は鮮やかなパステルカラーに塗られていたのがかなりすすけてしまったのだと思われる木製のドアを開け、なんとも時代遅れの調度品だらけの店内を見渡すのだった。
なんともイケてないと言う感想しか出ない店内だった。一昔前の家具屋に売ってたようなラッカーてかてかの木の椅子とかテーブルとか、その上にある100円を入れて中からおみくじみたいなのが出てきて星座占いするやつとか。少なくとも高校生が喜んでくるような店じゃ無いよなとか思いながら俺は中に入るのだが、
「何! 私ついてる! 今日はなんでも上手くいくんだって。この占い当たりそうよね」
うわっ! 順応している
と言うか、あの占いやってるやつ初めて見た。
あれちゃんと動くんだ。
と、俺は軽く頭痛くなりながら店内を進み、
「ラッキーカラーは黄色みたいよ。あんた何か黄色い物持ってない?」
帰りに駅前のダイエーでピカチューのぬいぐるみでも買って帰りやがれと思いながら
そして、無言で水を持って来た店主に俺がブレンドの注文を告げると、
「なんだかさっきラッテとか無いのかって聞いたら店のおじいさん、宇宙人でも見るような目をしてたわよ。なんでかしらね? ラッテぐらい普通にあってもおかしく無いでしょ? 聞くの変かしら?」
「ぶっ!」
衝撃的な
——危ないところだった。口にコーヒー含んでいたら目の前に全部ぶちまけてしまうところだった。
大丈夫か俺? 俺殺されなかったのか? 大丈夫だから
俺は、前にあのOLを睨んだ時の目つきを思い出しながら、振り返りいそいそとドリップの用意をしている店主を見るが、その表情は怒っているというよりも——なんというか心配そうな顔で(喜多見美亜が中に入った)俺を見ている。なるほど。
「そりゃそうだよな」
俺は正解に心当たった。
「……?」
「——常連のいけてない男子高校生がしばらくぶりにやってきたら、なんだか随分垢抜けて女言葉で注文だもんな」
俺の皮肉まじりの口調に、はっとした表情になる
——それくらい思いつけよ。
「……入った瞬間、この店知り合いとかぜったいこないなと思ったから、油断して素があっさり出ちゃってた……」
なんだかたどたどしく言い訳を始める
「まあ……やっちゃったことはしょうがない」
おれはため息をつきながらも穏やかな気持ちでそう答える。
だいたい、女装して踊るネットアイドル状態になっている俺が他に何を恐れるものがあろうか。
この後体が元に戻ったても、せっかく居心地良く無関心でだらだらできるお気に入りの場所だったここが、微妙な感じの場所になってしまうかもしれないが……他にも、元に戻ったらこれも含めてそもそも俺の立場って随分微妙な感じになっちゃってつだろうから、この喫茶店での評判だけ気にしててもしょうがない。
だからそのへんの諸々も含めて、
「……どうなるんだろうな?」
俺はつぶやくのだが、
「へっ?」
すると、なんだか意味がよくわからないと言った
「いや随分かき回されたなって——」
「何がよ?」
「俺の生活……」
「な、何よ……女装の公開はあんたが望んでやったことだからね。私は隠してたんだからね」
実はちょっとすまなさそうな表情になっているのを隠しきれないがあくまで強気口調で言う
それに、
「そんなのいまさら後悔さえしてないよ」
俺は、安心させるためとかでなく、本心でそう言うのだった。
和泉珠琴が百合ちゃんを嵌めようと画策した事件が空振りに終わった後の、微妙なクラスの雰囲気を吹き飛ばそうと
その時、俺が思いついた俺にできる最大の
俺がやれるのはそれだけだったし、それをやったことを微塵も後悔はしていない。
そんなこんなも含めて、この入れ替わり現象で随分と俺は——俺の生活は変わってしまったなって思ったのだった。
俺は、元の体に戻ったら、前のような孤独だが心休まるぼっちでいることができるだろうか? 変にリア充トップ達と交流できてしまったし。
でも、
「……それはそれでなんだか面白いな」
と言う俺を不思議そうな顔で見る
「それよりもだ、あんまり時間がないから本題に入ろう」
俺は次の言葉を
「そ、そうね緑たちがカフェから出る前に話しすましちゃないとね」
百合ちゃんが中に入った喜多見美亜は今、生田緑と和泉珠琴他二、三人のリア充共に連れられて、駅前の乙女御用達キラキラカフェで勾留(交流)中のはずである。体育祭に向けてのクラスの応援の打ち合わせという名のマウンティング合戦がそこで繰り広げられているはずだ。
出がけにちらっと、地球環境を考慮したソーシャル・レスポンスビリティがクラスの応援にも必要だとか和泉珠琴が言い出しているのを聞いただけでもうお腹いっぱい。百合ちゃんご愁傷様。俺が、今、
「あいつら放っておくと永遠に自己アピール続けてそうだが——後ろに学習塾の予定入ってる奴いるからな……あ、どうも」
おれはちょうどその時、男言葉の美少女に怪訝な顔をしてコーヒーを置いていった店主に会釈をしながら言う。
「——珠琴が六時から塾で、移動に二十分かかるから少なくともそれまでにはあの会は終わるわね。緑と珠琴の他の人の予定はよく知らないけど——もっと早い人も混じってるかもよ」
「いや、それで終わるならもう1時間もなくて、いくらなんでもそれより早く帰る奴に合わせて会を終えないだろ……でも余裕を見て三十分くらいと思っておこうか……どちらにしてもさっさと用件をすましたほうがよい」
なので今日の集合場所はいつもの神社でなく、あとの予定に都合が良いこの喫茶店にしたのだが、
「そうね……」
若干、残念そうな表情になる
なんだ、もしかして俺とむだ話でもしてだべりたいのか? まさかな? とか思いつつ、
「なら、さっそく話すが……」
俺は、今日は不思議と、やけに苦く感じるコーヒーをすすりながら週末の病院でのことを話し始めるのだった。
*
百合ちゃんと合流したのは、結局七時越えてからだった。
体育祭を盛り上げるためには地球環境に言及しなければならないような意識のお高いお集まりは、どうやら、和泉珠琴がいまいち気の利いたことを言えないまま、親がテレビ局のディレクターだとか言う花梨(と言うクラスメート。まあ俺は良く知らないが)の業界トークと聞きかじりの演出理論に会が流されていく。すると、このままじゃ終われないとなった和泉珠琴が、駄々っ子のように、みんなが根負けするまで持論を主張し続けると言う地獄の様相となったため、随分と予定より時間がかかってしまったようだった。
「珠琴さんは、このまま塾はサボって議論を続けるとすごい勢いでしたが……やっぱり私にはあんなすごい人たちの中に入るのは無理みたいです」
心底疲れたような雰囲気を醸し出している百合ちゃんであった。
「まあ、お気持ち察しするよ。俺もあの中にいた時は苦労した」
ついこの間まで同じ境遇であった俺はその辛さを思い出してゾッとしながら目を軽く閉じて首肯する。あれはなんだかもう一度やれといわれると背筋がぞくっとしちゃうような恐怖の体験だったな。
でも、だからこそ百合ちゃんをこのままにはしておけないのだが、彼女は入れ替わりのキスを拒んで……
俺はその原因を知ってしまって……
俺は、ふと自分の失恋を思い出し、ぬめぬめした汚い感情の中に身を落としてしまいかけるのだった。
だが、
「ともかく理由は何であれ——こんなに遅くなってしまってすみませんでした」
百合ちゃんの言葉にハッと我に帰る。
目の前には理由が何にしても自分が遅れたことをあやまる百合ちゃん。
いや、
「……こっちこそ今日も来てもらって申し訳ない」
そもそも大変なのは彼女の方なのだった。この後は俺と一緒に麻生家に行って夕食と明日の弁当の準備をして喜多見家に帰るのだ。それを俺一人でできないので、時間的にきつい日もこうやって一緒に行ってもらわないといけないような状態になっているのだった。
——今日は、この後の時間が無いことのほうが問題であった。
もう七時を過ぎ、百合ちゃんが喜多見家に戻らなければならないタイムリミットまで料理をする時間も考えれば、そんなに時間はない。
この間まで入れ替わっていたから知っているが、喜多見家は随分と自由というかゆるい家風(そこになんであんなキツキツ性格の娘産まれたかしらんが)だ。でもそれにしても若い娘が理由もなく帰ってくるのが遅れるのを黙認するほどまでゆるく無い。
なんとなく察するにその限界は週一で午後十時帰り(他の日は九時くらいまでには)くらいなら許されるかなと言った感じだ。
だから、前に夜の学校に忍び込んで
でも、
「まあ、最悪、俺が喜多見家にちょっと一緒に勉強してたら遅くなってと電話いれても良いんだけど」
と俺はよからぬ手段を考えつくが、
「その手はこの間、私が使ったばかりだから疑われるかもしれませんよ」
百合ちゃんに即座に否定される。
確かに、夜の学校に
同じ相手から何度もだと、それ自体は仲良い友達だろう程度ですむかもしれないが、三つ巴の入れ替わり中のいろいろとややこしい状態にある俺たちが関係を注目されて何かボロが出るとやばい。
特にあの姉ラブ妹の美唯は意外に鋭そうだったし、余計な詮索がスタートしてしまうかもそれない。
例えば、
「ふむ、お姉ちゃんのレズレズ相手はタチなのか」
「はあ?」
「だってさっきからのこちらのお姉さんの風貌に似合わぬ意外な男言葉……でお姉ちゃんがネコ。それも違和感があるな」
んっ?
振り返ればそこには、
「そりゃ、そうだ。そんな関係じゃない——ないわ」
俺が危ぶんだ相手——その当人の喜多見美唯。
なんでこの子いるの?
「ふむ、ふむ、でも実は男言葉使っておいて百合さんがネコ。なるほど大人にはそう言うひねくれた
「何が、『にゃ』だ——ないですよ。おまえ、じゃなくて——美唯さん? どこから湧いた、じゃなくて——どこにいたの?」
いつの間にか俺たちの後にやりとしながら忽然と現れた喜多見美唯——
「もう着いてたの?」
やっぱりびっくりした顔の百合ちゃん=喜多見美亜。でもどうも、来ることは知っていた?
「剣道の練習終わった後に部活仲間とアイス食べてたんだんだけど、お姉ちゃんにLINE送ったら割と近くにいるっていうからすぐ駆けつけてみたのよ」
喜多見美唯は俺に向かって言う。
「でももうちょっと時間かかるようなことを……」
どうも百合ちゃんはこの子に騙されたようだった。
「ふふ、時間がかかるように見せかけて姉の油断をつく。妹の基本なのだ」
どこの世界の基本だとツッコミを入れたいのをぐっとがまんする俺。
「だって、なんだかお姉ちゃん、この頃また雰囲気変わったような感じがして……」
そう、この妙に鋭い中学生は明らかに異変に気づいているのだ。喜多見美亜に入れ替わった時には意外と不自然さがなかった、昔の美亜が戻ってきたみたい、と言う評価をいただいた俺だったが、それでも何か変わったことは気付かれていた。
それに今回の百合ちゃんは、
「ちょっと暗くて悩んでるようなきがしたの」
だからこうやって虚をついて姉の様子を伺いに来たのだろう。
そんな肉親の情を俺らは軽々しく扱うつもりはないが——今回の問題は、どこまで聞かれたかだった。
あの中とか言っていたのを聞かれていたら、
「ふふ、でもついてみたら、早々にこの間のお姉さんと密会中。アリバイの電話入れてもっと夜遅くまでしっぽりと、とか相談してるところだったじゃない。心配して損した。プンプン!」
どうも問題の箇所は聞かれていなかったようだ。
「まあ、怒らないで。お姉さんが口止料に好きなもの買ってあげるから」
俺は安心して可愛く起こったふりをしている中学生を撫でながらスーパーの中に入って行くのだった。
*
そして九時半すぎ、
「では、そろそろ出ます」
百合ちゃんが中に入った喜多見美亜は喜多見家に向かって出発する。
「美唯ちゃんはもうついてて向こうでご飯たべてるみたいで、やっぱりそろそろ私が行かないと——なんだか今日は早めに帰ってきていたお父さんが不穏な様子になりかけてるとメッセージありました」
「うん、ああ後は任せて」
麻生家での玄関先で俺たちはそんな会話をする。欲しいもの買ってやると言ったら袋詰めの燻製チーズを選んだ、中身は親父に入れ替わってる疑惑の喜多見美唯が、さすがに同級生の男子のいる家には行けないと顔を赤くして逃げるように帰って行ってから早や一時間強。
百合ちゃんが喜多見家に着くのはぎりぎり十時を越えるかもしれないが、別に厳密に門限が決められているわけでもないし、妹情報にあった通りお父さんが少しくらい不機嫌でも、あのお母さんが睨めば何の問題もないだろう。娘の清き恋愛は推奨している様子のお母さんだったし、なんとなく今の状態をそう誤解してる節もあるし、きっと娘の味方になってくれる。だから、あっちは何も問題無いだろう。俺はそう思い、ホッと一息つくと、慌ただしかったさっきまでのことを思い返すのだった。
まずは問題はスーパーでの買い物に時間がかかりすぎてしまったことだった。遅めの時間だったから半額の食材も多くなっていて、ついつい買いすぎそうになるが、賞味期限見てそれで食べきれるにはと取捨選択始めたら、ついつい迷って時間がかかってしまったのだった。それで、結局、麻生家に着いたのが八時を越えていたので、料理がかなり突貫になってしまったのだった。
夕食用には買ってきた豚肉で生姜焼き。あとはレタスとカリカリベーコンのサラダ。添えるマヨネーズも手作り。そして、明日の弁当用にミルフィーユカツの下ごしらえ。夕食で炊飯器のご飯は食べきるので、朝炊くように米を研いで水につけてタイマーをセット。加えて、明日の弁当用の野菜と鶏肉の煮付けは制限時間内ではできそうも無いので、味付けと最初の火加減だけ百合ちゃんがやって(俺もごぼうの皮をピーラーで剥くくらいはやったぞ)、後で指定された時間で俺が火を止めることになる。
なんとも慌ただしい料理風景であった。あっという間のできごとであった。ほとんど横でオロオロしていただけとはいえ、なんだか異常に緊張してしまっていた俺は、その集中が途切れた途端に虚脱状態のようになって、リビングのソファーからことこと煮込まれている煮付けの鍋をぼんやりと眺めているしかできなくなっていたのであった。
でも、百合ちゃんを見送ってから五分後。前もって決めていた時間になったら、おれは「帰ったよ」とだけ本文に書いたメールを送る。
すぐに「もう着いてるわ」というメールが帰ってきて、インターフォンのピンポンがなる。
ああ、来たんだな俺はそう思い、身を起こそうとするが、
「あれ、こんな時間にだれだろう……僕が出るよ」
ソファーでぐたっとしていた姉(俺)を動かすのは忍びないと思ったのか、ご飯も食べ終わり食卓で勉強していた柿生くんがさっと車椅子を動かしてキッチン入り口にあるインターフォンにでる。
そして、
「どちら様ですか?」
柿生くんが言うと、
「はい向ヶ丘勇と申します」
インターフォンから
それに、
「はい? 姉の友人の方ですか?」
自分の知り合いで無いので姉の知り合いかなと思った柿生くんの言葉に、
「いえいえ、違いますよ」
「違う?」
「ええ、違います。私は百合さんの友人ではなく——百合さんの
と言ってのけた
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