第7話 俺、今、女子過去聞き出し策略中

 俺は、喜多見美亜あいつをこの頃少し疑っている。

 いや疑っていると言っても、俺をなんか出し抜こうとか、騙そうとかそんな悪意を持った事を企んでいるとかそんなことを疑っているわけではない。俺が言いたいのは——なんかあいつちょっとおかしくないか? 騎士ナイトなんて言われて呆然とした顔の柿生君を見て、俺は思うのだった。

 喜多見美亜あいつはオタク化してないか? ということだった。

 なんと言うかそノリがどうにもそれっぽいことが増えてきたのだった。

 と言って問い詰めても絶対そうだとは言わないだろうが。

 俺の体に入った影響なのか? それとも元々のあいつの資質が今回の入れ替わりで箍が外れたのか?

 ——俺は、隠れた同族を見つけることについてはかなり自信があるが、その鼻がピクッと動いたのだ。

 これは煙が立ってたら、火の無いわけでも無いの論理対偶的な何かがそこにあるのではと思えたのだった。鼻がクンクンと何かを嗅ぎつけた。ピクッとしたのだった。

 だから、鼻でなく、

「ルンならピカッと光るかんね!」

 とか言ってみて俺はあいつの反応見ようとか思ったが——よく考えてみれば、あいつがオタク化したのが本当だったにしてもマクロス見てるかわからないし、それに、そんな発言を(中に俺がいる)百合ちゃんが言い出して柿生君に姉がなんか変になったと思われても困る。

 で、結果、俺は、騎士ナイト発言で白くなった空気の中で俺も固まるのみしかできないのだった。本当は、騎士ナイトはどこ起源なのか、「書き換え」だとか「死に戻りだとか」いろいろいろいろ言ってみて探ってみたい気持ちが満々だったのだが、それもできずに下を見ながら、俺はぷるぷると震えていたのだった。

 だがまあ、そんな本当はやる気満々状態の俺とは違い、柿生くんの反応は随分と白々しい様子だった。ちょっとムッとしていると言うか、茶化されたのを怒っているかのような? ちょっとギスギスした雰囲気が喜多見美亜あいつと柿生くんの二人の間に出来かけていて、これは少しまずいかなと俺は思ったので、あいつになんとかしろという目線を送るのだが——さっと目を背けられる。

 なんだこのやろ、自分のしでかしたことの責任取りやがれと俺は奴のと言うかの後頭部を睨みつけるのだが、視線を感じても振り向きもしない……

 で、おいおいこの空気この後どうするのと——俺は途方にくれるのだが、この均衡を破ってくれたのは柿生くんだった。

「で、姉さんの友達がこの時間にやってくるなんて——姉さんは何を企んでいるんですか?」

 騎士ナイトはガン無視でただ単に事務的に冷静に言う。

 すると、

「あっ、ごほん」冷静に反応されると少し恥ずかしくなったか(俺の)顔を赤くしながら喜多見美亜あいつは言うのだった。「少し君に聞きたいことがあってね」

 

   *


 俺たちは、さっきまでドタバタと料理を作っていたキッチンの横のダイニングに移ると、柿生君のいれてくれた紅茶を飲みながら、百合ちゃんの中学時代の悪評は誰かに陥れられたものだと言う話を始めるのだった。

「なんで俺がこのことを知ったのかは秘密にさせてくれ。ちょっとかなり込み入った事情があって——話すことができないんだ」

 まあ、なぜこの話を知ったかを、ちゃんと話すことは入れ替わりの秘密を話すことになるからな。それを言っても信じてもらえるわけ無い上に、そんな突拍子もない話をする人物あいつまで真面目に話しているか疑われる。だから事情を隠して置きたいというのは俺もそう思う。

 でも、

「いいですよ別に。見当はつきますから。姉さんが積極的にを話すとは思えないですしね。を知ってるのは美亜お姉さん——僕があの花壇の事件の事を教えたのはあの人だけです。すると、あなたがその話を知ってるって事は、美亜お姉さんから聞いたってことですよね」

 と柿生くんが言う。

 確かに入れ替わりが裏側で起きていると言うことを考えずに俺らに起きていたことを推理すれば当然そんな話になるのだった。柿生くんは俺が中に入っていた時のに中学時代に百合ちゃんが貶められた話をしてくれたのだから、話はからばれるしか無いわけで、事実話したのはその時の俺なのだから——俺があいつであいつが俺で的な状態が——今は俺はあの子であの子はあいつで的なややこしさを忘れて——誰が誰と話したかを中の心の移動は考えずに体だけで考えれば——随分と単純な話だった。

「あっそうか」

 言われりゃその通りだなと喜多見美亜あいつはハッとなるが。

「でも姉さんがあんな剣幕で美亜お姉さんに知らせまい——でないと一生恨むまで言った話を教えてしまうような相手……わかりましたよ」

 さらに、柿生くんはその聡明そうな顔をきりっとさせて、何か思い当たったといった風な様子で言う。


 それが……


「あなたは美亜お姉さんの彼氏さんじゃないですか?」


「「へっ……?」」


 柿生くんの大胆な推理に間抜けヅラを晒す俺たち二人であった。

 そういや彼はこの間の病院でも俺らの話に出てきた向ヶ丘勇を喜多見美亜あいつの彼氏では無いかとか言ってたしな。柿生くん的には、俺らの発言や行動で、何故かそう思い込んでしまったのかもしれない。

 でもな……無いだろそれ。

 俺はそうと思いながら反応に困って、顔の筋肉が固まる。

 あいつもなんだかびっくりしたような様子だが、

「あっと、もしかして図星ですが。そのあっけにとられたような表情! なんかそんな感じがするんですよあなたは」

 はい? 何を言ってんの柿生くん。先入観のバイアスかかった彼の目からはそう見えるのかもしれないが……

「少なくとも——あなたは美亜お姉さんのこと好きでしょ。僕の姉さんじゃなくて。そっち狙いでしょ? ここで点数稼いで美亜お姉さんの好感度アップ狙ってるんじゃないですか?」

「いやそれは……」

「姉さんはだまってて」

「はい……」

 なんか随分確信を持って語る柿生くんであった。いくらなんでも、まだそんな確信を持って語れるほど俺の中に入った喜多見美亜(喜多見美亜が中に入った俺)と触れ合っていないと思う。病院の時に出てきた話の中の向ヶ丘勇と言う人物を怪しんでいたにしても、直接には、ほんの十分前くらいに会ったばかりだし、騎士ナイトとか馬鹿な話はしていたけれど——彼氏だなんてそんな結論に至るようなやりとりは全然していないと思う。ちょっと、不自然なくらい性急な結論付けだった。

 しかし……

 なら、柿生くんは——ああ、そう信じたいのかな。

 と俺は思い至った。

 柿生くんは、百合ちゃんに恋している男がいるのが嫌なんじゃないかな。あんな仲の良い姉弟だからな。シスコンと言うよりも——姉を変な男にやれるか! 見たいな? お父さん見たいな感覚なのではないだろうか?

 と俺は推測するのだった。

 向ヶ丘勇おれが好きな相手は百合ちゃんでなく喜多見美亜あいつであれば良い。そんな願望をついつい言ってしまったら、なんかそれっぽい反応を返してしまったので、柿生くんは自分の説が正解だったと思ってしまっているのが今の状態なのでは。

  なら……でも俺が喜多見美亜あいつを好きだと思われているのもしゃくなので、さっさと誤解を解いてと思うのだが……

「——なるほど、ばれたか!」

 それにあっさりと乗っかる喜多見美亜あいつだった。

「えっ……」

「やはりそうでしたか……でも彼氏さん——そこまで行ってないかもとは思いますが」

「そうだよ柿生くん。俺は喜多見美亜に告白して、結構良いところまで攻めてると思ってるんだが——まだ彼氏と言うには今一歩足りないところあって……」

「だから美亜お姉さんの友達の僕の姉さんにいいとこ見せればアピールできる?」

 首肯する喜多見美亜あいつ

 おいおい!

「そう——俺はそういう打算で、百合ちゃんをたいと思っているんだけど、それじゃ嫌かい?」

「まさか——それなら大歓迎ですよ」

 ニヤリと少し悪い感じで笑う柿生くん。

「じゃあ始めようか俺たちの復讐たくらみについて——」


 で、あいつの彼氏(未満)宣言が終わった後、俺らは、まずは過去の事件の確認から話を始めた。

 俺が百合ちゃんの中に入っていることを知らない柿生くんは、姉がなんでこの話を止めないのか不思議がっていたが、もうバレている相手に隠してもしょうがないと言う説明に、一応は納得してくれて話を続けたのだった。

 過去の花壇の事件。

 柿生くんの車椅子を後ろから掴んで花壇に突っ込ませて、百合ちゃんのクラスのみんなで大事に育てていた草花をめちゃくちゃにした謎の人物。

 そして、その後に何故か百合ちゃんがやってきて花壇をスコップで掘り返して車椅子のタイヤの後を消したと言う謎の行動。

 そして、

「俺はその犯人に心当たりがある」

 喜多見美亜あいつはそう言ったのだった。

 ——まあ、俺が教えたからな。

 このあいだの病院で会った沙月さつきと言う女。あれが明らかに犯人だ。

 花壇の件の他にも、様々な嫌がらせをして中学時代の百合ちゃんを陥れ、孤立させた犯人。それは本人があんなはっきり言いだしたのだから間違い無いのだろう。

「なるほど——どうやってそれを知ったか分からないですが。それは今さら教えてもらう必要は無いですよ。僕だってだいたい分かってますよ。犯人は沙月さんでしょ」

「なるほどやっぱり知ってたね——それは予想通りだよ」

 喜多見美亜あいつは予想通りの柿生くんの言葉に満足そうに首肯しながら言った。本当に予想通り。俺があいつに伝えた予想通りの柿生くんの発言だった。

 俺は、柿生くんは犯人の見当はついているだろうと予測してたのだった。

 なぜなら、病院で天真爛漫天然少女のふりをして俺らに近づいてきた時の沙月を見た柿生くんの目を俺は違和感を持って覚えていたからだった。あの時はそれが秘めた怒りであるとは気づかなかったが、今から思えば納得であった。あの時、柿生くんは姉をどん底に叩き落した女のことを分かっていて、激情をなんとか押さえつけながら見つめていたのだった。

 ただ、ならば余計にわからないのが——なぜ二人は黙っているかだった。なんでこの姉弟きょうだいは、犯人が分かっていて、でもそのままされるがままになっているのだろうか? それを今日俺は聞き出そうと喜多見美亜あいつにこうやって来てもらったのだった。なので、柿生くんがいると言ったのは幸先良い発言であった。彼から何らかの情報が取れるということなのだった。この件をもっと知ろうと思ったら、(今、喜多見美亜の体の中にいる)百合ちゃんに聞いても話してくれそうも無いので、俺らは柿生くんから聞き出せるだけ聞き出そうとしたのだった。

 そして、

「ならば、君が知ってることをもっと俺に話してもらうことはできないかい」

 それを具体的にお願いするあいつに、

「良いですが……」

 ちらりと俺が中にいる百合ちゃんのことを見る柿生くんであった。百合ちゃんが幾ら何でもこれ以上の話をするのを止めると思っているのだろう。

 けど、

「ああ、何だか腹痛が!」

 おれはベタな逃げ方で俺はその場を逃げながら、

「柿生、余計なことしゃべっちゃだめだからね!」

 と押すな押すなの芸人みたいなことを言いながらその場を去るのであった。


 *


 そして、なにも出ることもないトイレにこもって二十分も経った後、様子を伺いながら出てみると話はもう終わってる雰囲気の喜多見美亜あいつと柿生くん。それなら、毎日残業の百合ちゃんのパパもそろそろ帰ってくるだろうと、もう日にちの変わりそうな時間になっていたので、そのまま、喜多見美亜あいつもそろそろ帰るかと言うことになったのだった。

 そして、見送りに家の玄関前まで出た俺に、

「聞いた話はこの後電話するから——部屋に戻ってこっそり出てちょうだい」

 小声で耳打ちしてきた喜多見美亜あいつの言葉に、

「わかった」

 と返す。正直、柿生くんから聞いた概要だけでもすぐに教えて欲しい気持ちで俺は満々だったが、今、玄関先でであまり長居して疑われても馬鹿らしい。俺が女性の体の中にいなければ、送ってくとか言って途中話を聞くのも良かったと思うが、今は逆だもんな。結局、あいつの言う通りこの後電話でやり取りするのが最短で最善なんだろう、と俺は思った。

「でも——」

「んっ?」

 どうしても今聞いておきたいことが俺にはあった。

「なんで、下記くんの『彼氏さんですか』なんて話にあっさり乗っかるんだよ」

「しょうがないじゃ無い。あれに乗っかとけば、柿生くんが一番納得してくれそうだったし——事実うまくいったじゃ無い」

「そりゃそうだけど……良いのか?」

「良いのか? 何が?」

「だって彼氏だとまでは言わなかったが、結構いい感じになってるようなことをおまえは柿生くんに言いだしてたんだぞ——おまえと俺が……」

 あれ? 話してると恥ずかしくなって少し頬が熱くなるな。

「はん? バカじゃ無い? お互い様よ。どっちかっていうとあんたの方が被害大きいじゃ無いの? 関わり合いにもなりたくなかったグループの女を好きになって告白までしてるってことになってるのよ——体が戻ったらこのネタでゆすってやろうかしら?」

 あっ、そうか? 確かにの方が恥ずかしい状況だな。

「それに柿生くんがこれをペラペラ話すとは思えないし、別に彼が私たちの友達との交流範囲に今後入ってくるとも思えないし、実質被害は無くなくない?」

「それはそうだが……」

「何? 何かまだ心配?」

「いや心配というわけではないけれど……」

 俺は頭に浮んで思わずそのまま言いそうになってしまった言葉を飲み込んで——いくら男子でも高校生が帰るにはもう遅いからと言って、

「じゃあ」

 振り返り足早に去っていく喜多見美亜あいつの後ろ姿が闇に消えるのを見送るのだった。言いかけた言葉、なんでかって俺でなくあいつが受けることばかりが気になったということ——裏返せば自分が喜多見美亜あいつを好きで告白したってことがって思えなかったってことを思い出しながら。それって良く考えると? もしかして? と俺は思いながら、

「でも、いやまさかな」

 とか呟くのだった。

 しかしそんな自分でも正体のわからないちょっとモヤっとした気持ちで、百合ちゃんの部屋に入って椅子でぼうっとしていた時のスマホへの喜多見美亜あいつからの着信。それに出て聞かされた内容に、俺がその直前まで考えていた淡い感情などは、全て真っ赤な激情により塗りつぶされる。

 そうして俺は眠れなくなったその夜。ずっとあの女、沙月への怒りと、どうしたら復讐ができるのかをずっと考えてしまっていたのだった。

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