5.おやすみ前にお話します

「あまり遅くまで話し込まないようお願いいたします。では、おやすみなさいませ」

「ええ。セリサもおやすみなさい」


 華やかな祝宴から早々に退場したわたくしは──いくら今日の主役がわたくしでも、未成年ですから夜遅くまであの場に留まる義務はありませんの──、いつも通りセリサに寝支度を手伝ってもらいました。

 けれどその内容は普段とは少々異なって、わたくしは寝衣の上に用意されたショールを羽織ってますの。それはもちろん、これから大事な用事があるからですわ。


 ええ、わたくし忘れておりませんわよ!

 いくらお兄様に「途中エスコート出来なかったお詫びに、もう一度踊ろう」とお誘いを受けて舞い上がり、二度目のダンスを終えた後も夢見心地のままであったとしても、すべきことは忘れませんわっ。


「──花の妖精さん。お姿をお見せ下さいませんか?」


 一度深呼吸してわたくしは口を開きました。1秒、2秒…とそのままじっと待つこと約10秒。

 目の前に現れた背の高いその人に、わたくしは少々驚いてしまいました。…あまりにも予想と違ったので。


「この時をずっとお待ちしておりました。姫」

「……え、えと。初めまして…? 花の妖精さん…ですわよ、ね?」

「はい。この度姫の守護を任せて頂けることになりました。至らぬことがあるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします」


 そう言ってその人は目の前で膝を折り、わたくしの手を取ってその甲に口づけを落とします。それはとてもとても自然な流れで。騎士が誓いを立てる様のような動作でした。しかも、口づけ後に顔を上げてにこりと微笑みまで向けて来たんですのよ…!

 ええ、ええ。もうわたくし一瞬呆けたあとに大混乱ですわっ。


 緩くまとめられた金の長い髪。とても印象的な濃いピンクの目。柔らかい表情がとてもお似合いの綺麗な顔立ち。そしてお父様と恐らくほとんど変わらないスラリとした長身。


 妖精、ですか。そうですか…この方がわたくしの、花の妖精…。

 ………って、わたくしの知っている妖精と全く違うのですが!! これまでほんの少し交流を持った妖精は、わたくしよりもずっとずっと小さくて、手にその体を乗せることもできそうな大きさだったじゃないですか!? それにあの見惚れるほど美しい半透明な羽根が、この方にはありません! いえ、この大きさ人間サイズであれがあると逆に邪魔かもしれませんが、妖精に羽根って定番じゃないですか!


 そもそも! この方、どちら!? 男性なの女性なの、どちらなのですかっ!? 胸部は真っ平らですけれど! ああっ、女性でしたら申し訳ございません!!


 お、落ち着きましょう。落ち着くのですよ、ヴィヴィ・エフィー・クォーリスティリア。あなた、7歳になったのでしょう? 淑女はどんな時にでも冷静さを失ってはいけない、のです…!


「わたくしは、このクォーリスティリア王国第一王女、ヴィヴィと申します。…あなたのお名前を教えて頂けますか?」

「姫、私たちには本来名はないのです。ですから姫に名づけて頂きたく思います」

「…そ、そうなのですか…」


 名前から男女を判断できるかも、と思いましたのにこの作戦も失敗しましたわっ!! 助けてお兄様! 自分の妖精の性別が分からないなんてわたくし、人を見る目が壊滅的かもしれません!

 しかも新たな問題を自分から作ってしまいましたわ! …性別が分からないのにふさわしい名前って付けられるのでしょうか!? ど、どど、どういたしましょう…っ? ここは男女可能な名前を考えるべきでしょうか。それともいっそ尋ねるべきでしょうか。


 いえ、これを後回しにしてもあとで困るのはわたくしですわ。ここはやはり初対面だからこそ、聞いておくべきことでしょう!


「では、妖精さん。恥を忍んでお尋ねしますが、あなたは男性なのでしょうか、女性なのでしょうか? それとも妖精には性別がないのでしょうか?」

「これは失礼致しました。私は人で言うところ、男の分類に入ります。この見目ですから同僚にもよく言われますので、姫が気になさる必要はないですよ」

「そうでしたか、分かりましたわ。名前はきちんと考えて後日お伝え致しますわね。いい加減な名づけはしたくありませんの」


 わたくしがそう断ると、妖精さんは穏やかな笑みを浮かべたまま頷いて下さいました。

 何はともあれ、ホッと致しましたわ。やはり性別の判明は大事ですわよね。男性と女性では接し方も変わってきますもの。


「妖精さん、わたくしあなたにいくつか教えて頂きたいことがあるんですのよ。答えて下さるかしら?」

「勿論です。姫の目に見えずともお傍にいましたから、何をお知りになりたいのかも把握しております。ご安心ください」


 妖精さんはその言葉通り、わたくしが知りたかったこと…つまり、魔法を今後使えるのか、魔法で身を守れるのか、新たな精霊を迎えることを許してくれるのか、という不明点に答えて下さいました。


 率直に申し上げましょう。

 花の妖精さんは、どんなに見た目がわたくしの知る妖精と異なっていてもやはり妖精でした。ええ、つまり魔法の補助は出来ないそうです。何でも、人を補助するための能力は精霊に備わる力だそうで、妖精が無理に真似をすると大きな負担がかかってしまうらしいのです。

 ですが、人に認識されているほど妖精は無能でもか弱い存在でもないと、彼は明言致しました。曰く「人に力を貸すことは難しくとも、自ら力を奮うことには何も問題はないのですよ」とのことですわ。

 要するにですわよ。彼はわたくしの守護を任されたと仰っていましたから、こう考えると分かりやすいのでしょう。──専属の魔法を使える騎士様が一人増えました。


 それから、新たな精霊を迎える件についてですが、快く許可を下さることはありませんでした。ええ、そうですわよね…。この容姿と優し気な話し方で忘れてしまいそうですが、この方、周囲の精霊を牽制してらしたご本人ですものね…。

 この件はまたじっくり話し合おうと決めましたわ。諦めませんわよわたくしは! 魔法、使ってみたいんですものっ!!


「姫、今夜はそろそろお休み下さい」

「その前にもう一つ教えて下さらない? あなたはどうして人と同じ姿をしているの? わたくしの知る妖精はもっと小さくて背に羽根のある可愛らしい方々だわ」

「高位妖精は自在に姿の大きさを変えられるのですよ。勿論私にも羽根はあります。今は隠してしまっていますが」

「妖精にも位がありますのね。ありがとうございました。今日は休みますが、また改めていろいろ教えて下さい、妖精さん」

「ええ。ではおやすみなさい。──どうぞこの花これを枕元に。よい夢をみられますように」


 そっと差し出されたものを反射的に受け取り、顔を上げた時にはもう彼の姿は消えていました。姿現しを解いたのでしょう。


 わたくしは手に残された一輪の花を見下ろします。

 さすがですわよね、先程まで何も持っていなかったはずなのにぽんとこれを出現させたのですから。花の妖精ですから彼には簡単な魔法なのでしょう。

 濃い紫の花びらを持つこの花は、ニルアという名前の花です。管楽器のベルのような形をしていて、花弁は5枚ありますの。ニルアは庭でもよく見ますし、可愛らしいのでわたくし好きですわ。


「ありがとうございます、妖精さん。おやすみなさい」


 見えないけれど彼はきっと傍にいるはずです。何となくですが気配は感じられますから。

 寝台に入り込んだわたくしは、ニルアの花を枕元に置いて体を休めます。


 ………あの、ところでわたくし、7歳の淑女なのですが。

 見えないとはいえ、男性である妖精さんと寝室を共にするのは許されるのでしょうか? お兄様、わたくしに教えて下さいませ!!



Fin.

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ブラコン王女はお兄様と手を繋ぐ 志希 @nsara_mmoe

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