2.大精霊様から祝福を授かります!
「姫様、リルヴィ殿下とはまた後程お会いできますから、お召替えを先に致しましょう」
傍に控えていたセリサは無表情のまま冷たいことを言います。確かにお兄様とはあとでもお会いできますわ。ええ、出来ます…けれど! わたくしは、今! お会いしたいというのに!
「お願いよ、セリサ。本当に少しだけですのよ。一言二言…いえ、三言くらいで構わないの。お兄様とお会いした後はすぐに…」
「いいえ、ダメです。身支度が先ですよ姫様」
「どうして…? わたくし、お兄様に大切なお話があるのよ」
「──今夜のエスコートの件は既に何度も、聞き飽きるほど、姫様から殿下へご依頼されておりますし、殿下も毎回快いお返事を下さっていますから、姫様の大切なお話とやらにご心配される必要はございません。つべこべ言わず、さっさと湯殿へ行って下さい」
セリサはこういう時だけ、可愛らしく微笑むんですのよ。酷いと思いません?
セリサの後ろに控えている二人の侍女も、主人に対するセリサの言動に注意することも慌てることもありません。静かに待機しているだけですの。因みに彼女たちは補助として今この場にいるだけで、わたくし専属の侍女ではありませんのよ。専属の侍女は今のところセリサだけです。
王女の立場で専属侍女が少ないと思われるかもしれませんが、7歳未満の子どもの仕事は主に教養を身に着けることで公務もほとんどありません。侍女のお仕事は主人の身の回りのお世話が中心ですから、日々坦々と過ごすわたくしにはセリサだけで十分でしたのよ。人手が足りない時は今日のように手の空いた方が助っ人に来てくれますし。…尤も7歳を迎えましたから近日中に専属侍女が増えるかと思いますが。
わたくしの専属はセリサの他に騎士も数名いますわ。そちらはまた機会を改めてお話いたします。セリサの笑顔が早くしろって催促してるんですもの。
魔導師様とお会いするのは、大精霊様から祝福を受けることと同義ですから身を清めるため湯殿へ向かいます。湯浴みの補助もセリサのお仕事です。ただし、わたくしはほぼ全てを自分でしてしまいますから、セリサの出番は湯上りのお肌のお手入れと、髪を乾かすことぐらいでしょう。
そうそう、セリサもお兄様と一緒で風の精霊が傍にいますのよ。ですから髪を乾かすのも彼女の魔法が役に立つのです。…いいですよね、風の精霊。何よりお兄様とお揃いというのがとても羨ましいです。
「…わたくしの精霊は、どんな子でしょう…」
周囲で忙しく侍女たちが働く中、わたくしはされるがまま。そんな中で思考はわたくしの精霊へ向かいます。
希望としては風の精霊なのですが、緑の精霊も捨てがたいです。緑の精霊は火の精霊との相性は最悪ですが、魔法は多能なのです。攻撃も防御も出来ますし、何より作物を実らせることが得意ですから緑の精霊使いは身分問わず人々に好まれます。薬学の知識を学んでおけば、薬草は簡単に手に入りますから緊急時に薬を調合することもできますのよ。
そんな緑の精霊に負けず劣らず風の精霊に惹かれるのは、何も髪を乾かせるからというわけではありませんわ。風の精霊は攻撃と防御が主になりますが、何より魅力的なのは防音壁を作り出せるということです。
防音、素敵だと思いません? それさえ自分の周囲に張っておけばどんなことを口走っても誰にも聞こえませんのよ! 素晴らしいですわ!
「セリサはどう思う?」
「そうですね…。出来れば火の精霊でないことを祈っております」
「あら、火はダメなの? どうして?」
「火の精霊はとても好奇心旺盛ですし、魔法も攻撃特化ですから。姫様をお守りする立場としては、防御魔法を覚えて頂いた上で大人しく守られていてほしい、というのが私たち使用人一同の希望です」
「……ねぇセリサ? どうしてかしら。とても主人思いな言葉に聞こえるのだけれど、何だかわたくしには副音声が聞こえた気がしたのよ。『ただでさえ大人しくしてないんだから、火の精霊と意気投合でもされたら困るんですよ』って、今言わなかった?」
「捻くれてますね、姫様」
「その笑顔がとっても胡散臭いわ!」
セリサとそんな会話をしつつも身支度は進められ、予定通りの時刻にわたくしはセリサと共に部屋を後にします。
いつもと違う簡素な白色のドレス。お母様譲りの波打つ金の髪はハーフアップで結われ、ささやかな髪飾りが1つ。装飾品はそれだけです。
凄く身軽に感じるのはドレスに使われる布の量が違うからでしょうか。とっても動きやすくて、普段からこういうものを着たいと思うのですが、それをセリサに提案してみたところ案の定却下されました。それはもう、もう少し思案しても…って言いたくなるくらい即答でしたわ。
セリサを伴って着いた場所は、精霊の間と呼ばれる部屋です。広さはそれほどありませんわ。内装は神殿に似ているでしょうか。満ちる空気が澄んでいるように思います。
わたくしが部屋に入ると、両親とリヴィクお兄様、リルヴィお兄様はもちろん、宰相や主だった臣たちも勢揃いしておりました。王女の7歳の祝福がそれなりに大切なのは分かりますが、いいのでしょうか。いえ、それぞれ各所の次席責任者が仕事をしているのだとは思いますけれど。
そして、祭壇前にはクォーリスティリア王国の紋章が刺繍された白のローブを纏う男性がいらっしゃいます。年齢はお父様と同じ三十代の前半ほどに見えますわね。柔らかい茶の髪と涼し気な目元、優し気な微笑みは何だかホッとします。
「ヴィヴィ様、どうぞこちらへ」
実のところ、わたくはこれから先何をどうすればいいのか、進行予定を一切知りません。お兄様にお尋ねしても「大丈夫、その場で教えてくれるよ」とのお返事を頂いただけなのです。ですから少々緊張しているのですが、白のローブを着た…魔導師様でしょう。その声に従って一人、祭壇へ歩み寄ります。
魔導師様の前に立つなり、わたくしは跪くべきなのか考えました。
今から大精霊様の祝福を受けるわけです。つまり目の前の魔導師様は大精霊様の名代と考えるべきでしょう。王族は滅多に傅きませんが、それは人間に対してのみです。神様や大精霊様にはもちろん、時には精霊にも頭を下げます。
迷っていると、頭上から小さな笑みが降らせられました。
「どうぞそのままで」
「…はい。よろしくお願いいたします」
初めてお会いするのに、どうしてわたくしの考えが分かったのでしょう? いえ、察して頂けるのはとてもありがたいのですが…複雑ですのよ? 王族に限らず、良家の子女は他人に感情を読まれないよう幼い頃から訓練してますの。わたくしだって例外ではありませんわ。
…え、どうしてそこで疑わしい目を向けるんですの? 本当ですのよ? 確かにお兄様の前だと頬が緩んでしまいます。セリサや他の侍女たちの前でも少なからず油断はしてしまいますが、身内ですもの。一日中気を張り詰めていては、わたくし疲れてしまいますわ!
「では、これより祝福の儀を行います。ヴィヴィ様、少しの間お目を閉じていて下さい」
魔導師様の指示通り、わたくしは目を閉じます。
瞼の裏から感じるのは微かな光。今日は天気もいいですから、大きな窓から明るい日差しが部屋に差し込んでいますので当然ですわね。
また、少しドキドキ胸が高鳴り始めました。
祝福を授かる儀式ってどんなものなのでしょう? とてもありがたいお言葉を頂戴するのでしょうか。それとも少し契約じみたこと? ああ、本当に緊張します…!
──そんな時です。額に何かが…いえ、これは魔導師様の指先でしょうか? それが素早く動かされ、何かを描かれた途端に瞼の裏がものすごく眩しくなったのです。もちろん目は閉じたままですわよ。
何事かと思わず目を開けてしまいましたが、目の前には微笑んでいらっしゃる魔導師様に、何も変わらない精霊の間……。今のは一体何だったのでしょう?
首を傾げていると、魔導師様の手がわたくしの額から離れていきました。
「今、あなたに大精霊の祝福が授けられました。これより先、あなたは──…」
「………?」
「……え?」
「え?」
いえ、ちょっと待って下さい。え? って何ですか、えっ? て! そこで言葉を切らないで下さいませっ。これより先、わたくしは何なのです!?
目の前の魔導師様の表情から察するに、よほどの予想外なことが生じているようです。そのご様子に周囲も戸惑い始めていますが、何よりわたくしが一番困惑してますよ! 説明を要求いたしますわ! 魔導師様、お願いですから言葉の続きを!
「…あの、魔導師様?」
「あ、いえ…失礼いたしました。……ヴィヴィ様」
「は、はい」
「ヴィヴィ様はこれより先『花』の祝福を受けることになります」
「……花? 花、と言いますとお庭に咲いているお花のことでしょうか?」
あら、花の精霊、ですか。………そのような精霊、いましたかしら?
既知の精霊…と言っても詳しくは知らないのですが、基本的に4つの属性に分かれますのよ。
火の精霊、水の精霊、風の精霊、大地の精霊がそれにあたりますわ。火の精霊の上級精霊が炎の精霊で、氷の精霊は水の精霊の上級精霊ですわね。風の精霊は少々特殊で、上級になると雷の精霊になりますの。緑の精霊はもちろん大地の精霊の上級です。
その他に治癒魔法に特化した光の精霊と、支援魔法に特化した夜の精霊がいるのですが、光と夜の精霊はとても希少なのだと聞いております。
少し本題から逸れてしまいましたが、わたくしの『花』というのは属性からいえば大地の精霊でしょう。けれど、花の精霊の話をこれまで一度も聞いたことがないように思えるのですが、わたくし勉強したことを忘れてしまっただけでしょうか?
…いえ、魔導師様の先程のご様子といい…皆さま方のどことなく戸惑ったような反応といい、これは間違いなく想定外の出来事だったのではないかと思います。
花の精霊──もしや、厄介ごとですか? そういうものは遠慮したいのですが。
「そうです。その花で間違いありません」
「…わたくし、勉強不足のようですわ。魔導師様、花の精霊はどんな魔法を使えるのでしょうか?」
「──ヴィヴィ様、あなたの傍についたのは精霊ではありません」
「………はい?」
わたくし、今日は確か精霊を迎えるために今ここにいるはずなのですが。
…精霊ではないってどういうことですの!?
「ま、魔導師様?」
「あなたには花の妖精がついたのです。一つお伺いしますが、ヴィヴィ様、これまでに親しくされていた妖精に心当たりはございますか?」
「親しく? 気まぐれにお姿を現して下さる方々となら、少々お話をしたこともありますけれど、特別親しくは…」
言葉を交わしたと言っても、ご挨拶程度ですのよ。妖精を見つけて…というのは少し違いますわね。気まぐれに姿現しをして下さった妖精にごきげんようの一言を交わした直後、その姿を見失う──正確には妖精が姿現しを解いただけですの──ことの方が多くありました。そのような関係ですから、親しいとまではとても言えません。
というのがわたくしの認識ですのに、魔導師様は何やら苦笑を浮かべていらっしゃいます。そして。
「ヴィヴィ様、妖精は本来臆病で警戒心がとても強いのです。確かに気まぐれな一面もありますが、よほど気に入った人間にしか姿を見せることがないのですよ」
「そう、なのですか? けれどわたくし、妖精たちに特別何かをした覚えはありませんわ」
「妖精も精霊と同じように、彼ら自身が感じるもので人を判断しているのです。──誇って下さい。精霊だけでなく、妖精にも好まれるあなた自身を。花の妖精との穏やかな日々に恵まれますように」
魔導師様はそう締めくくって頭を下げます。
………。
……え、いえ、ちょっ、待って下さいな! 終わり!? 終わりですのっ? 魔導師様、穏やかな日々をってどういうことですの!? 魔法は? 使えないんですか? わたくし知ってますのよ、妖精は魔法の手助けをすると消えてしまうって…!
と、内心は大いに取り乱しているのですが、表面上はその場に立ち尽くしているだけです。良家の子女というものの心得ですのよ。ここには身内以外の人がいますもの。…ですが、こういう時はさすがに取り乱してもいいのではないでしょうか。え、ダメですか?
それからのことは、申し訳ないのですがわたくしには詳しく語れません。
呆然としている間に、精霊の間から自室に戻っておりました。そして目の前には心配そうな顔を浮かべていらっしゃる、麗しのお兄様が…。………お兄様が? 目の前に?
「──お兄様!」
「ああ、よかった。正気に戻ったみたいだね。大丈夫?」
「ごめんなさい、お兄様! わたくし、部屋に戻って来た記憶がありませんわ。もしかして、お兄様に何か粗相を致しましたか!?」
「ううん、いつもより少しぼんやりしていただけだよ。それに、驚いて思考が追い付かないのも仕方ないしね」
そう仰って下さったお兄様はわたくしに微笑みながら手を伸ばし、優しく頭を撫でて下さいます。自我を飛ばすなどという粗相をしたわたくしなのに、お兄様は怒りもしません。
わたくしは暫くお兄様からもたらされる幸せを堪能し、その手が頭から離れていくのを見届けてからお話を再開させました。
「あの、お兄様。わたくしには精霊ではなく妖精が来たそうですの」
「そうだね。みんな驚いてたよ」
「花の妖精なのですって。魔導師様は誇りなさいと仰いましたけれど、妖精は魔法の手助けをすれば消えてしまいますわ。わたくし、魔法が使えないということでしょうか?」
あの場で言えなかった不安をお兄様に告げると「ヴィヴィは前から魔法に憧れてたからね」とお兄様は小さく笑みを零されました。そうですわ。わたくし、以前から魔法を使ってみたかったのです。7歳まで使えないのは仕方のないことです。ですから期待を膨らませて…結果がこれですか?
いえ「これ」と言ってはいけないのでしょう。来て下さった妖精に失礼ですよね。分かっております。感謝もしております。……ですけれども、どうしても残念に思う気持ちがぐるぐる胸の内を回ってしまうんですの。
「僕には精霊は見えても妖精は見えないんだ。だからいい加減なことは言えない。ヴィヴィ、分からないなら本人に尋ねてごらん? きっと妖精は教えてくれるんじゃないかな」
「…わたくし、今も何も見えてませんの…。お声をかければ応えてくれるのでしょうか…」
「精霊を押しのけて、ヴィヴィの傍にいると決めた妖精だよ? 心配しなくていいんじゃないかな」
「……精霊を、押しのけて?」
あらあら? 今、ちょっと聞き逃せない言葉を耳にしたような?
首を傾げてお兄様を見つめると、お兄様はくすくすと笑って教えて下さいました。
「実はね、精霊の間にはたくさん精霊が来てたんだよ。それぞれが主張するから、とにかく賑やかだったな。あれだけの精霊がいてヴィヴィの傍には誰も近づかないのが少し不思議だったんだけど、あれは多分妖精が牽制してたんだろうね」
「…牽制、ですか?」
精霊よりずっと小さな存在で力も弱いですのに、その精霊を牽制できる妖精が存在するのでしょうか。それに魔導師様によれば、わたくしがお会いしたことのある妖精が関わっているようです。記憶にある限り、精霊と張り合えるような妖精にわたくし、心当たりがありませんのよ…。
「今日の夜にでも、妖精に会いたいと伝えてみるといい。ヴィヴィが一人の時なら必ず姿を見せてくれるよ。妖精はヴィヴィを困らせたくて傍に来たわけじゃないんだから、ね?」
「…はい、分かりましたわ。お兄様、ありがとうございます」
まだ何も解決していないけれど、お兄様が仰るなら間違いはありません。わたくしの不安はきっと今夜にでも消えて、明日の朝はスッキリした目覚めを迎えられるはずですわ!
「あ、お兄様! 今夜のエスコートのことですが、どうぞよろしくお願い致します。わたくし、お兄様とのダンスが今からとても楽しみですの!」
「僕も楽しみにしてるよ。今回はドレスを選ばせてもらえなかったしね?」
「そ、それは…、だって、内緒にしておいた方がお兄様を驚かせられるでしょう? わたくし、今日はとってもキレイになる予定ですのよ」
「はは、そうだね。目一杯オシャレして待ってて。楽しみにしてるよ」
「はい!」
ふふっ、ふふふっ! これは気合を入れて身支度しなくちゃですわね!
今日のために用意したドレスは濃いオレンジ色を基調に、白のレースとリボン、花飾りで飾り立てた逸品ですのよ。フリルは少々控えめです。わたくし、7歳ですもの。子どもっぽく見えるドレスからは卒業致しませんと。ドレスの形も、少々大胆に胸元が開いてますの。…まだ、お母様のように膨らんではいませんが、これは仕方のないことですわ。わたくし7歳ですもの!
「さ、ヴィヴィ。元気になったようだからそろそろ着替えないとね。父上たちを長く待たせるわけにはいかないよ」
「そうでした! お兄様、ここまで送って下さってありがとうございました」
「どういたしまして。じゃあ、また後で」
にこりと微笑みわたくしの頭を一撫でして退室するお兄様を見送って、わたくしは部屋の隅に控えているセリサに振り向きます。
「着替えるわ。出来る限り急ぎます」
「畏まりました」
返事をしたセリサの行動は感心してしまうほど早かったです。
これから家族揃って食事をするのですが、今着ているのは祝福の儀のための衣装です。このままでは食事へいけませんから、普段のドレスに着替えますのよ。
髪も結っていた部分を下ろしてもらいます。わたくし、普段は髪に櫛を通してもらうだけですの。気分を変えたい時は前髪の横の辺りに小さなリボンをつける程度のことはいたしますが。
お化粧は一度全て落としておきました。公の場では飾り立てるのが義務ですが、7歳のお肌は素肌のままで十分ですわ。
身支度が整うとお父様たちが待つ食事の間へ向かいます。普段は個々で食事をとりますが、それは忙しいからであって仲が悪いわけではありませんのよ。
食事の間へ向かうと、既にお父様もお母様も、リヴィクお兄様もリルヴィお兄様もいらっしゃいました。遅くなったことをお詫びすると笑顔で許して下さいます。お兄様だけでなく、わたくしの家族はみんな優しい方ですからわたくし、大好きです。お兄様が一番好きですけど。
「ヴィヴィ、7歳の誕生日おめでとう」
「おめでとう、ヴィヴィ」
部屋の入口から椅子に座るまでのエスコートはお父様がして下さいました。全員が席に落ち着くと改めてお祝いの言葉を頂きます。とっても嬉しいのですが、ほんの少し照れくさいです。
「ありがとうございます。わたくし、これからはもっと勉強をしてお母様のような素敵な女性になりますわ」
これからの目標を胸を張って告げると、温かい視線が向けられました。
………あら? どうしてみんな揃って微笑ましくしてらっしゃるの? わたくし、どこへ嫁いでも恥にならないよう完璧な淑女になりますわよ? ほんとですのよ?
「ヴィヴィは今のままでも十分素敵だよ」
と、仰ったのはお父様。
「ええ。
とはお母様のお言葉です。
「病気にならず怪我もせず、これからも元気でいてくれたらそれでいい」
これはリヴィクお兄様。そして。
「ヴィヴィの良さはそのままに、ヴィヴィらしく大きくなればいいんだよ」
リルヴィお兄様はそう仰いました。
わたくしはわたくしのままで。それはとても喜ばしいこと。…のはず、なのですが。何でしょう? 少しモヤモヤ致しますわ。わたくし、セリサの言う通り少々捻くれているのかもしれません。
副音声が聞こえたのですわ。『努力は大切だけど、完璧な淑女は無理じゃないか?』って。まさかまさか! お兄様の言葉まで疑うなんて。お兄様がそんなこと仰るはず…。
あら、でもわたくしを愛して下さっているからこその「そのままで」ということですわよね。完璧な淑女になってしまうと好ましく思って下さっているわたくしの「らしさ」が欠けてしまうということでしょうか? それを望ましく思っておられないの──?
まぁ、まぁまぁ! それは大変です! もしそうなのだとしたらわたくし、お兄様の意に反することをしてしまいますわ! 今のうちに気づけてよかったです。
「お兄様っ」
「うん?」
既に机には食事が運ばれ、食事が始まっていたのですが後回しにすると告げる機会が失われるかもしれません。食事の手を止めてしまうのは少々お行儀が悪いのですが、今日だけは許して下さいまし。
「わたくし、お兄様を裏切るようなことは致しませんわ!」
「──うん? …ええと、ヴィヴィが僕を裏切るなんて欠片も考えたことがないんだけど、少し話が見えないかな?」
「わたくしはわたくしらしく、お兄様にこれからも好きでいて頂くために精進して参りたいと思います!」
「…そういうことか」
お兄様の呟きは小さくてわたくしは聞き逃してしまったのですが、恐らく問題はないでしょう。わたくしの想いはきちんと伝わったはずですわ。これで一安心、食事も美味しくいただけますのよ。
「ヴィヴィは本当にリルヴィが好きだな。少し妬けるよ。たまには私と過ごさないか?」
「あらお父様。わたくしお父様もお母様もリヴィクお兄様も好きですわ。ただリルヴィお兄様が一番なのです! それに、わたくしと過ごせる時間があるのならお母様とお過ごししてはいかがでしょう? わたくし、お父様とお母様が仲良くしていらっしゃるととっても嬉しいですのよ」
「…うーん、どうしてこんなにヴィヴィはリルヴィ好きになったのか…」
「しかもあなた、娘に振られましたわね」
「うっ、それは言わないでくれ…。ヴィヴィは何かほしいものはあるか? せっかくの誕生日だ。何かあるなら言ってみてごらん」
誕生日のお祝いに贈り物をするのはごく一般的な習慣です。身分関係なく行われることなので、王族であるわたくしたちだって贈りあうのですわ。
とはいえ、ほしいものはと聞かれてすぐ思い浮かぶほど急を要した物欲はありません。…ならば。
「では、リルヴィお兄様と城下へ行きたいです!」
「…城下? リルヴィと?」
「はい。わたくし、お兄様と城下を散策してみたいのです!」
わたくし、実は城内から外へ出たことがありませんの。幼いことを理由に他国への訪問も控えておりましたし、家族旅行は身分的に不可能です。国王と王妃が揃って城を空けるのはとても難しいことですから仕方がありません。城内のお庭でみんなで食事をしたことは何度か経験がありますが。
しかし、わたくしももう7歳です。いつまでも城に籠ってばかりいられません。王族は民をよりよい未来へ導くことを義務としていますから、民の暮らしを知らなくてはいけないと思うのです。知るためにはやはりこの目で見るのが一番。お父様やリヴィクお兄様だって視察で何度もお出かけしていらっしゃいます。
以前から外への興味はありましたの。お兄様が遠乗りで出かけるたびに外でのことをお話して下さいますし。わたくしが知っている外の様子とはきっと全然違うのだと思うのです。
ですが、興味があるからとわたくしは城を飛び出したり致しませんわ。そんなことをすれば、あとで叱られてしまいますしお兄様にご心配をおかけてしまいますもの。それに成長すれば外出する機会が増えることは分かっていることですわ。焦る必要は何もありませんのよ。
そしてこうしてわたくし、立派に7歳を迎えました。もう小さな子どもではありませんし、精霊──ではなく妖精でしたけれど、わたくしの傍にその存在があるのですから無防備ではない…と思うので、無碍に却下されることもないはずです。
それに加えて、ほんの少しわたくしの我が儘でお兄様とご一緒出来るなら…こんなに幸せなことってないと思いますの!
「城下か…ふむ…、そろそろヴィヴィも民の生活を知って行く必要はあるが…」
「ヴィヴィにはまだ少し早いのではないかしら。祝福を受けたとはいえ、妖精がどれほど手助けできるのか分かりませんもの…」
あらあら? まぁ、なんてことでしょう…、何だか色よいお返事を頂けない雰囲気ですわ…! これは少し予想が外れてますのよ。お兄様が7歳を迎えると城をお留守になさるようになりましたので、わたくしも7歳になればと思っておりましたのに。
「わ、わたくし、今夜妖精とお話しますわ。出来ることも出来ないこともきちんとお尋ねします」
「…ではヴィヴィ、こうしないか? その妖精との話で、自分を守る何らかの方法があるということならリルヴィとの外出を認める。けれど自衛出来そうにないのなら、散策はもう少しいろんなことを学んでから。──どうだ?」
お父様の提案にわたくしは悩んでしまいます。
自衛手段があるかないかはとても大切です。騎士の方々が常に守って下さっているとはいえ、全く危険がないわけではないのですから。
これまでのわたくしは座学を中心に勉強して参りました。お兄様と違って剣の心得もありませんし護身術も学んでいません。お父様の言葉から察するに「いろんなことを学んで」というのは恐らく、剣術や体術を学べということなのでしょう。
わたくし、特別運動が出来ないわけではありませんが、かといって得意だと胸を張ることも出来ません。自衛手段を覚えてからの外出になりますと、あと一年は城から出しては貰えない気が致します。
一年…は少々長い、ですよね? お兄様だって10歳になってますますお忙しい日々を過ごされているはずですから、わたくしの我が儘に付き合って頂けないかもしれません…。
これは何が何でも妖精と交渉しなければならないようです。そもそも精霊を牽制したというお兄様のお話でしたから、もし防御魔法が不可ならば精霊を一人招く許可を頂きましょう。
悩んだ末にわたくしがお父様と向かい合った直後のことでした。
「父上、ヴィヴィがもし魔法を使えなくても僕が傍にいます。ヴィヴィのことはちゃんと僕が守りますから、許して頂くことは出来ませんか?」
──って! お兄様が! お兄様、お兄様お兄様ぁっ!
感激しすぎてもう言葉が出ませんわ!
「ヴィヴィ、僕の傍から離れたりしないよね?」
「っはい…! もちろんですわっ。ずっとずっとお兄様のお傍にいます!」
「うん。あ、そうだ。散策中は手を繋いで周ろう。ヴィヴィは嫌?」
「嫌だなんて思うはずありませんわ! 今からとっても楽しみです!」
「…そういうわけで、父上。安全面は何も問題ないでしょう?」
にっこりとお父様に向けるお兄様の笑顔が天使のようです。思わずぽおっと見惚れてしまいます。
「……リルヴィもヴィヴィには甘いな。はぁー、分かった。ただし、傍に護衛を必ず一人は連れて行くことと、やるべきことはきちんとやってからだ。いいな?」
「はい。分かっています」
「お父様、ありがとうございます! お兄様も!! わたくし、お約束は必ず守りますわ。それに妖精ともきちんとお話いたします!」
それから、わたくしの頬は緩みっぱなしのまま食事を終えることになりました。
お父様が少々呆れたお顔をしていらっしゃいましたが、叱られることはなかったので気にしなくてもいいはずですわ。ふふふ、今日はなんて素敵な日なのでしょう!
「ヴィヴィ」
セリサを連れて部屋へ戻ろうとしていたわたくしの背に声がかけられ、振り返るとリヴィクお兄様がこちらへ歩み寄って来るところでした。呼びかけてきたお声もリヴィクお兄様のものでしたので、何かわたくしにご用なのでしょう。
「──これを君に」
「まぁ…、頂いてよろしいのですか?」
わたくしに差し出されたのは一つの箱です。綺麗な包装紙で包まれ、水色のリボンがかけられたそれは一目で贈り物だと分かります。
「ああ。今のうちに渡しておかないと機会を失いそうだから」
「ありがとうございます!」
わたくしのために用意して下さったリヴィクお兄様の気持ちが嬉しくて、笑顔でお礼を告げながらその箱を受け取りました。リヴィクお兄様からの誕生日の贈り物を頂くのは毎年のことですのよ。因みにリルヴィお兄様からは既に頂いておりますわ!
ふふっ、何を頂いたのか気になりますでしょう? 秘密ですのよ! …と言いたいところですが教えて差し上げます。少し恥ずかしいのですが、特別ですわよ?
ええと、その…、わたくし、小さな頃にお兄様にお願いを致しましたの。毎年、誕生日を迎えたら……キスを下さいって。きゃーっ、わたくしったらなんて大胆!!
お兄様は嫌な顔一つせず、わたくしのお願いを叶えて下さいますの。初めてキスを下さった時なんて、自分でお願いをしておきながら暫く意識を飛ばしてしまいましたわ。…いえ、毎年顔が真っ赤になってしまうのですけど。
「そういえば、セリサ」
「はい、何でしょう?」
リヴィクお兄様と別れて部屋に戻ったわたくしは、ふと思い出したことが気になってセリサに尋ねることにしました。
「お兄様がね、仰ったの。『いつまでヴィヴィは僕の贈り物を受け取ってくれるのかな』って。あれはどういう意味かしら?」
「そのままの意味でよろしいかと」
「そのまま? そのままって…、わたくしがお兄様のキスを嫌がる時が来るという意味?」
「姫様のお気持ちの変化については、殿下も心配されていないかと思いますよ。そうではなく、姫様の環境の変化で、ということです」
「環境? わたくし、お嫁に行くまでお兄様のお傍にいるわ」
「ええ、そうでしょうね。でも姫様、婚姻の前に婚約されますよね」
婚約? …そうですわね、そういえば結婚の前には婚約しますわね。お兄様だって今、婚約者を決めている最中です、し…。
「…セリサ、大変よ…」
「何となく姫様の考えは分かりますが、聞きます。何がでしょう?」
「お兄様が婚約したら、わたくし、お傍にいられないのではなくて…!?」
「ええ、ええ。姫様ならまずそちらに気を取られるだろうと思いました。そうですね、殿下の婚約者への配慮も必要ですね。ですがご心配は無用です。殿下は理解ある相手を選ぶでしょうから」
「理解ある相手…? セリサ、わたくし少し話に着いていけていないみたいだわ…?」
「気になさらなくて結構です。そんなことより、姫様の未来の婚約者の話です」
セリサは「そんなこと」扱いを致しますが、わたくしにとってはとても、とぉっても大事なことですのに…。少々不満ではありますけれど、ここで口を挟むとまた本筋からそれてしまいそうなので我慢しましょう。
「未来の婚約者様が例え親愛のキスであろうとしてほしくないとお考えでしたら、姫様はどうされます?」
「…唇ではないのに、ダメなの?」
「指一本、他の男性に触れさせたくないと思われる方もいます」
「けれど、お兄様よ? わたくし、お兄様のこと大好きですけどお母様にキスをされていても何とも思いませんわ」
「恋情が絡むと厄介なのですよ、姫様。殿下はそれを考えて、いつまでと仰ったのでしょう」
セリサに説明されてわたくしはようやく、お兄様があの時に浮かべられた少し寂しそうな微笑みの意味が分かりました。
これはなかなかに難題ですわ。
わたくしの個人的な感情で言わせて頂くなら、身内であるお兄様とのキスぐらい広い心で許してほしいものですが、嫉妬心というものは思い通りにはなりません。ましてやそこに恋愛感情が混ざるならば尚更です。
…あら? あらら? では、恋愛感情がなければどうなのでしょうか?
そうですわ。そうですわよね! わたくし、妙案を思いつきましたわ!
「セリサ! ではわたくし、わたくしに恋をしない男性を婚約者に迎えるわ。それなら、お兄様のキスを咎められることもないでしょう?」
「何をお馬鹿なことを仰られてるんですか、姫様」
問題解決です! と胸を張って告げましたのに、セリサは笑顔でばっさり否定します。今、主に向かって言うべき言葉ではないものが聞こえた気が致しますが気にしませんわ。セリサはいつだってこうですものね。
「わたくし、未来の旦那様に恋愛感情は求めてませんのよ?」
「姫様自身がよくても、周りが認めません。姫様の幸せを願う者たちの気持ちを考えて下さい」
「でも、政略結婚に恋愛感情の有無なんて必要ないでしょう? 何も蔑ろにされる関係を望んでいるわけではないわ。思いやれる関係であれば十分ではなくて?」
「どうしてそこに恋情があればもっと幸せだと考えられないんですか」
そうしてセリサは一つため息をつきます。
彼女の話が分からないわけではありませんわ。確かに政略結婚であったとしても、相手を好きになれたらより幸せだと思います。けれどどんなに想像を膨らませても、わたくしがお兄様以上に特別だと思える男性と出会えるとは思えないのです。
「姫様はもう少し殿下以外の方へ興味を向けてはいかがでしょうか」
「…お兄様以外の方?」
「お茶会に招かれている子女の方でもよろしいですし、それが難しいようなら…殿下に一番近い方でもいいのではないかと思いますよ」
「お兄様に一番近い? ………リヴィクお兄様のこと?」
そう口にして、わたくしは先程貰ったばかりの贈り物を思い出しました。
まだ包みを開けていないそれはわたくしの片手より少し大きめ。今年は何を下さったのでしょうか。今まで通りなら焼き菓子だと思うのですが、包みから予想するとどうやら違うみたいですし。
改めてお礼を言わなければなりませんから、この際今開けてしまいましょう。
他人からの贈り物は原則として侍女に開けてもらう決まりなのですが──安全を確認してからわたくしの手元に来るのですわ──お兄様たちの贈り物は別です。いえ、本当は例え身内でもいけないのでしょうが、セリサにお願いして許してもらってますの。今のクォーリスティリア王国は跡目争いも起こっていませんしね。
リボンを解いて、包装紙が破れてしまわないよう丁寧に開けていきます。そうして出て来たのは、厚さの薄い箱型の入れ物。深い青一色のそれは、光沢も手触りもとてもいいものです。…これは何やら高価な装飾品を贈られたようですよ?
「セ、セリサ…。どうしましょう…」
まだ中を見ていませんが、いえむしろ中を見るのがとても怖いです。リヴィクお兄様ったら一体どうされたのでしょう。もしや、贈る相手をお間違えになったのでしょうか。それならば、今すぐお返ししなくてはなりません。
「とりあえず、開けてみてはいかがでしょうか」
「…渡す相手を間違えたのでしたら、開けないままお返しした方がいいのではないかしら」
「リヴィク殿下がそのような間違いをするはずがありません」
セリサはそのように言いますが、リヴィクお兄様にだって「ついうっかり」なんてこともあると思うのですけど。
…しかしここでグダグダと悩んでいても仕方がありませんし、セリサが言うのですもの。開けてみることに致しましょう。明らかにわたくしには不相応のものでしたら、素直にリヴィクお兄様に見てしまったことを謝罪してお返しすればいいのですわよね。
万が一にも壊してしまわないように──誤解のないよう言っておきますが、わたくし怪力ではありませんのよ──そぉっと箱を開けてみると、やはり装飾品が一対収められていました。
「これは…ブレスレット、でしょうか」
細い金の輪に、小さな花を模ったオレンジ色の石。宝石のように美しいですが、恐らく宝石ではなくて精霊石でしょう。精霊石というのは精霊にしか作り出せない石のことで、持っていると石の属性魔法を一度だけ使用することが出来るんですの。これはオレンジ色ですから恐らく火の属性ですわね。
しかし、ですよ。精霊石だってとても価値があるものです。こんなに小さくても、取引される値段は目が飛び出してしまいそうなほどだと思われます。そんなものをこんなに簡単にポンッと渡していいものでしょうか…。……よくないですわよね?
「わたくし、リヴィクお兄様にお会いしてきます!」
「姫様、その用事がもしブレスレットの返却でしたらお止め下さい。リヴィク殿下が今日のために悩んで選んだ品です。それを突き返されてはさすがに殿下も落ち込みますよ」
今すぐ部屋を飛び出そうとしたわたくしをセリサはそう言って引き止めます。まさにわたくしの目的はこのブレスレットの返却だったのですが…。
「第一、返されても殿下には使い道がありませんから困らせるだけです」
「…ブレスレット自体に使い道がなくても、精霊石にはあるじゃない」
「炎の精霊使いに火の精霊石は不要かと」
ええ、まぁ…そうですわね。
リヴィクお兄様の精霊は炎と雷と光です。上位精霊がお二人に、珍しい光の精霊までいらっしゃるなんて凄いことだと思います。因みに複数の精霊持ちの方々は、何も7歳の祝福と同時にそうなったわけではございませんのよ。もちろん最初から複数ということもあるそうですが、リヴィクお兄様もリルヴィお兄様も最初は一人の精霊を迎えられました。
リヴィクお兄様の最初の精霊は炎の精霊でしたので、雷と光の精霊持ちでありますが「炎の精霊使い」と主に呼ばれます。リルヴィお兄様は「風の精霊使い」ですわ。緑の精霊という上位精霊がいらっしゃいますが、最初に迎えた精霊で呼ばれることが一般的ですの。
ですから、わたくしの場合は…。花の妖精使い、ですかしら? いえ、魔法が使えないのだとしたら「妖精使い」とも呼ばれないかもしれません…。
「リヴィク殿下のお気持ちを思うなら、申し訳なさではなく感謝の気持ちで、それを身に着けて差し上げて下さい。そのお色味でしたら、今日のドレスとの調和もいいですし」
「…わたくし、今日は髪にも耳にも首にも装飾品をつけるのよ? その上手首にまで着けては、少し飾り立て過ぎではないかしら?」
「そのようなご心配は無用です」
セリサがきっぱりと断言するということは、本当に大丈夫なのでしょう。
まだブレスレットを素直に受け取ることには不満が…いえ、不満ではないですわね。何でしょう? こう、モヤモヤと…。困惑? …戸惑いでしょうか? そんな気持ちがあって納得したわけではないのですが、セリサは間違ったことは言いません。主人に対して時々失礼ですけれど、そこは信用しています。
ですからわたくし、ブレスレットを受け取ることに致しました。今日の夜会でこれを着けてリヴィクお兄様の前に立とうと思います。
『ヴィヴィ、ありがとう』
わたくしの「ありがとうございます」に、リヴィクお兄様のお返事がそれでした。お父様に似た優しい微笑みを浮かべて。リヴィクお兄様とは普段あまり接することがありませんから、不意打ちのようにそのような笑顔を向けられるとドキッとするのです。ちょっと、心臓に悪いと思います…。
リヴィクお兄様の不意打ち笑顔攻撃で正常な思考が不可能になってしまいましたからその場で思うことはなかったのですが、今考えてみると「ありがとう」に「ありがとう」と返された理由が今一つ分かりません。今まではお礼を告げたら「ああ」の一言で頷かれて去って行かれる…というのが恒例でしたのに。
リヴィクお兄様のあの「ありがとう」はどういう意味なのでしょうか。…受け取ってくれてありがとう、とか? いつもと違う贈り物でリヴィクお兄様、内心とても緊張されていた、とか? …ふふ、まさか、ですわよね。
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