3.夜会ですわよ!
「こんなに可憐な姫をみんなに見せなきゃいけないなんて悔しいな。いっそ二人でどこかに隠れちゃおうか?」
「まぁ、お兄様…!」
午後からの公務を無事に終えて日も沈んだ時刻、夜会が始まってすぐお約束通り部屋まで迎えに来て下さったお兄様は、わたくしの着飾った姿を見てとても褒めて下さいました。その上、このようなことまで仰って下さるのですから、うっとり見つめてしまうのは当然です。
「許されるならわたくしも、お兄様と──」
「許されるわけがないでしょう姫様。殿下もどうぞ姫様のエスコートをよろしくお願いします」
わたくしがまだ話しているというのに、セリサが遠慮なく割り込んできました。侍女としてこれは本来してはいけないことなので注意しなければなりません…が、わたくしにも反省すべきことがあると分かっておりますし、そもそもセリサは侍女の仕事をしっかり理解しています。今この場は非公式で、しかも周囲には誰もおらず、信頼関係が成り立っているからこその発言ですから、主人として彼女に注意を促す必要はありませんわね。
「セリサに見張られてるんじゃ仕方ないね? ヴィヴィ、行こうか」
「…はい! よろしくお願いいたしますわ、お兄様っ」
差し出されたお兄様の手に手を重ねて、わたくしはお兄様のエスコートで夜会会場となっている大広間へ向かいます。
「ヴィヴィ、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「はい、何でしょうか?」
「そのブレスレットはどうしたの? 火の精霊石だよね、その花飾り」
「これは今年のリヴィクお兄様からの贈り物ですの。精霊石なんてわたくしには過ぎたものだと思うのですが、お返しするのはリヴィクお兄様を困らせるだけだとセリサが言うので…」
「…へぇ? 兄上がヴィヴィに、ね。──返す必要はないんじゃないかな。むしろ今後のために精霊石はヴィヴィに必要かもしれないから、普段から身に着けておいた方がいいよ」
にこりと微笑むお兄様の言葉にわたくしは首を傾げました。精霊石が今後、わたくしに必要とは一体どういう意味でしょうか。わたくしには精霊を牽制してしまう妖精がついてますのよ? …何だか何度も「精霊を牽制した」と語っていると、わたくしの傍にいる妖精はもしかして少々やんちゃが過ぎてしまう性格なのでしょうかと不安になって来るのですが、まさか怖そうな妖精ではありませんわよね? 大丈夫ですわよね…?
「ヴィヴィに精霊じゃなくて妖精がついたことは、もう多くの人が知ってるはずだよ。中にはよからぬことを考える人もいる。精霊使いじゃない王女を連れ去るのは簡単だ、とかね? そういう愚か者に侮られないためにも、魔法を使うための手段として見える形で身に着けておけば安全性は高まると思わない?」
お兄様の仰ることにわたくし、心の底から同意しましたわ。お兄様は本当に素晴らしいお方ですわよね。純粋な9歳児ですのにこんなに頭が回るのですもの!
「よく分かりましたわ! わたくし、毎日これを身に着けていようと思います!」
「うん。…そうだ。僕もあとでヴィヴィに精霊石を贈ってもいいかな? 火の魔法は攻撃向きだし、防御向きの精霊石を持っておいた方がいいと思うんだ」
「まぁ…、お気持ちはとても嬉しいのですけどよろしいのですか? お兄様の精霊にもご迷惑では…」
「そんなことないよ。というか…早速どんな形にしようか考えてるみたいだし。ヴィヴィに頼って貰えるのが嬉しいらしいよ?」
「…精霊様方、どうぞよろしくお願いしますわ」
わたくしにはお兄様の精霊を見ることはかないませんから、お兄様が先程ちらりと向けた視線の先に精霊がいるのだと予想して頭を下げておきます。相手が人であろうと精霊であろうと、お願いする立場ですからね。礼儀は大切です。…これを教養の先生に見られてしまうとまた口うるさく言われてしまうのでしょうけど。
「第二王子リルヴィ殿下、第一王女ヴィヴィ殿下ご入場!」
入場の声と共に皆さまが集まる広間に足を踏み入れた途端、いくつもの視線がわたくしたちに注がれます。
お年をめされた男性に、寄り添う女性。若い青年の姿もあれば、社交界デビューを果たしたばかりのまだ幼さを残す少女の姿もありました。それに…わたくし、気付いておりますわよ?
あちらにいらっしゃるのはロサリーザ様とリリア様ですわね。いつもはお兄様を挟んでいがみ合っているお二人が一緒にいるのは大変珍しい光景です。同年代の子どもがこの場には少ないようですので、仕方なしに共に過ごされているのでしょう。…それともお互い、お兄様を巡って牽制し合っていたのでしょうか。
尤も、今はお二方ともその視線をお兄様とわたくしに向けておりますが。お兄様にうっとりなさるのは仕方のないことですが、その刺すような視線は止めて頂けませんか。そんな目で見られても、わたくし今日はお兄様を誰にも譲ったり致しませんわよ? いつものお茶会とは違いますわ!
多くの視線を集めたまま、わたくしたちはまずお父様とお母様の元へご挨拶に向かいました。普段とは違うわたくしのドレス姿を気に入って頂けたようで、人前だというのにお父様に抱きしめられてしまいました。少々恥ずかしかったのですが、やはり褒められると嬉しいものです。
お父様方にご挨拶を終えると、わたくしたちの元へは多くの方が挨拶に来られます。他国からの使者から始まり、公爵家、侯爵家と身分の高い方から順に来られるので、お名前に多少の不安があっても大丈夫でした。お兄様も助けて下さいますし。
「本日はおめでとうございます、ヴィヴィ姫様」
「あちらこちらで噂になっておりますわ。流石は王家の花ですわね。まさか花の妖精の守護を受けられるなんて」
夜会の挨拶回りを一通り終えたところで、それを察したかのように現れたのはロサリーザ様とリリア様でした。予想はしておりましたから覚悟は出来ていたのですが…リリア様、この場でそのような嫌味を口にして大丈夫でしょうか? ご本人は一応嫌味だと気付かれないよう言葉を選んだつもりでしょうが、選ばれた言葉さえ嫌味になってますわよ? ほら、偶然聞いてしまったそちらのお客様が目を丸めてらっしゃるわ。
ふふっ、ですがご安心下さいな。わたくし、嫉妬からくる嫌味を受け流せないほど狭量ではありませんもの。
「ロサリーザ様もリリア様も、本日はわたくしのためにお祝いに来て下さってありがとうございますわ。わたくしも花の妖精を迎えたことには驚いたのですけれど、今はもう気持ちも落ち着きましたの。魔導師様が仰ったように、妖精にも好まれるわたくし自身を誇っていこうと思います」
「そ、そうですのね。けれど、精霊がいないのであればご不安ではありませんの?」
「まぁ、リリア様。わたくしを心配して下さるのですね、ありがとうございます。わたくしは平気ですのよ。まだ妖精とお話しておりませんので不明瞭なこともありますけれど…いざとなれば精霊石もありますわ。のちほど、お兄様の精霊方からも贈って下さるそうですの。わたくし、今からとっても楽しみで!」
自慢するつもりはないのですが、精霊石の話になるとつい先ほどのお兄様との会話を思い出してしまいます。思わず頬が緩んでしまうのも仕方がありませんのよ。普段ならこの喜びをセリサに思う存分伝えるところなのですが、残念ながらあの場にセリサはいませんでしたし、今もこの場にいませんから誰かに聞いてほしくても聞いてもらえなかったのですよね。
このお二人とわたくしの喜びを分かち合いたいわけではありませんが、話したかったのですわ。多目に見て下さいな。…え? お二人のお顔が苦々しいものになっているのに気づいていないのか? うふふ、まぁいやだ。わたくし、ちゃあんと空気は読めますし、鈍感な天然乙女でもありませんの。もちろん気付いておりますわ。
性格が悪い? いい子ちゃんでいては王女なんて務まりませんのよ? それにこの方たちはわたくしにとって敵ですのに、どうしてわたくしが気遣わなくてはならないのでしょう? 誰にだって威嚇も牽制もする権利を持っているのですから、こういう時には使うべきではありませんか。
お兄様の完璧で美しい笑顔には負けてしまいますが、お二人ににっこりと微笑んでいると、大広間に静かな音楽が流れ始めました。美しいその調べはダンスの始まりを告げる曲です。
「ヴィヴィ、行こうか」
「はい、お兄様」
「──ロサリーザ嬢、リリア嬢、話の途中だけど失礼するよ」
主役であるわたくしが踊り始めなければ、周囲のお客様方もダンスを始めることが出来ません。夜会に明確な「主役」がいない場合は主催者がその立場になられたり、参加者の中で一番身分が高い者が役目を務めることになります。それがここでの常識です。
わたくしがこの主役を務めるのは人生で二度目になります。一度目はわたくしの3歳のお祝いの時ですわ。その時のダンスのお相手もお兄様でしたのよ。5歳という幼さでお兄様は完璧にリードして下さったのです。まだ満足に踊ることが出来なかったわたくしを相手にして、ですわよ? さすがです、お兄様!
因みに、お兄様の3歳の祝宴時はわたくし1歳にもなっておりませんのでお相手出来ませんでしたが──非常に残念です──、7歳の宴ではお兄様のパートナーを務めましたのよ。それはもう必死に練習致しましたわ。お兄様のお相手ですもの、無様な姿など見せられるわけがありません!
閑話休題です。
ダンスフロアにてわたくしたちが待機するや、静かな音楽はそのまま緩やかに次の曲へ移っていきます。わたくしたちはお互いに礼をし合って手を取り合い、ダンスのステップを踏み始めました。
こうしてお兄様と踊るのは何度目になるでしょうか。普段から決して遠くない距離でお兄様と接していますけれど、踊っている時は不思議ともっと距離が近づくように感じられるんですのよ。それに、ダンス中はいくらでもお兄様のお顔を見つめていられます。幸せです。
お兄様の美しい金の髪も、宝石のような緑の目も、白くて瑞々しいお肌も、会場のあちらこちらにある灯りを受けてキラキラ煌めいています。わたくしだけに向けられる微笑みに胸がドキドキしてしまうのはいつものことですわね。頬にほんのり熱が集まってしまうのだっていつも通りです、問題ありません。
この至福の時がずっとずっと続けばいい。いつまでも綺麗なお兄様の目にわたくしを映していてほしい。そんな願いはいつだって適いません。始まりがあれば終わりも来ます。世の常識ですね。辛いです。
一曲を踊り終え、お互いにまた頭を下げると周囲からはたくさんの拍手が送られました。これが終わりを告げる音だと知っているわたくしは、実は拍手が嫌いですのよ。お兄様のエスコートを受けてこの場を離れますが、心の中では恨めしく思っております。
ああ、終わってしまいましたわ。わたくし、まだまだお兄様と一緒にいたいですのに。お兄様とのダンスならまだまだ踊ることも出来ますのに、常識って時に残酷ですわね。
ご存知でしょうか、こういう場でのダンスは特別な相手でなければ続けて二曲目を同じパートナーと踊ってはいけませんのよ? 特別というのは具体的には婚約者や夫婦のことを指しますの。例え血縁者であったとしても同じ方とは一度しか踊れません。
常識なんて消えてなくなってしまえばいいのに。
…あらやだ。王女としてあるまじき発言でした、ごめんあそばせ。ほんの少し本音が暴走してしまったようですわ。自重します。
けれど、ですわよ。こんな恨み言が自然と出てしまうのも仕方がないと思いませんか?
今日の主役は間違いなくわたくしです。そしてそんなわたくしのエスコートはお兄様ですのよ。始めのダンスが終わったからといって、お兄様のお役目が終わったのだとばかりにご令嬢様方が群がって来ていますの。ロサリーザ様とリリア様がその場に加わっているのはもちろんのこと、他にも見覚えのあるご令嬢様方がたくさん…って一体今までどちらで身を潜ませていらっしゃったのでしょうか。わたくし、あなた方からの挨拶を受けておりませんわよ!
こうなってしまうともうお茶会と同様の光景が目の前に出来上がるだけです。お兄様の両脇にはロサリーザ様とリリア様が。そして周囲にたくさんのご令嬢方が。そんな一団をわたくしはぽつんと見守ることになるのです。
繋いでいたはずの手なんていつの間にか離されていますし、お兄様は彼女たちを無碍に出来るはずもありませんからにこりと笑顔で対応なさっています。
お兄様、とつい寂しさから口が動いてしまいますが声には出しておりませんわよ。いくらわたくしの誕生日で、今日は特別だといっても我が儘が許される時といけない時ぐらいの分別はつけられますわ。
いつまでも一人寂しくお兄様を見つめているわけにもいきませんね。さ、気持ちを切り替えませんと。
まずは、どういたしましょう? 飲み物でも頂こうかしら? それともわたくしたち王族に用意されている席へ向かうべきかしら? けれどあの場へ行ってしまうと何やら思惑を抱いた方々が近寄って来そうな予感がいたしますのよ。考えすぎでしょうか?
例えばわたくしと年齢の近いご子息を連れていらっしゃって、紹介されたついでに「踊ってやってください」…なんて方が来ません? 笑顔でご挨拶した程度ですのに「気が合うようで」…なんて仰って縁を結ぼうとする方が絶対いないと言えますか? そのような厄介ごとは遠慮しますわ。
やはりここは食事でしょうか。今夜はこの場で夕食を戴くしかありませんから、逃してしまうと明日の朝までお腹を空かせることになってしまいます。一食ぐらい、とは思いますが成長期ですから栄養はきちんと取り入れるべきなのです。
それでは、と食事が並べられている一角に向かおうとした時のことでした。
「王族のくせに大精霊から祝福されなかったんだってな。できそこない」
どんなに捉え方を変えてみようとしても悪意にしか聞こえない言葉が聞こえましたのよ。わたくし、一瞬違う方へ話しかけた声を拾ってしまったのかと思いましたわ。けれど、「王族のくせに」という言葉をすぐに思い出して、間違いなくこれはわたくしが声をかけられたのだと、背後をゆっくり振り返ります。
そこにいらっしゃったのは、柔らかな茶の髪色をした小さな男の子でした。意地悪そうな笑顔を浮かべている彼は、恐らくではありますがわたくしと同い年だと思われます。……あらら? 何やら見覚えがある気が致しますが、はっきりと思い出せませんわ。もしかするとお茶会で何度か会ってますかしら?
…た、大変なことに気づきました…! ど、どどどどうしましょう…っ?
よくよく考えてみるとわたくし、お茶会ではお兄様に相応しい方を探すことに必死になっていて、お顔を存じていてもお名前が分からない方が少々…いえ、嘘はいけませんね。多々いらっしゃいますわ…!
顔から血の気が引きます。心がとても冷たいです。頭の中ではどのようにすればこの場を穏便に収められるかと考えが巡っているのですが、冷静さを失っているからでしょうか、これだと思うものが浮かびません。それどころか「いっそ素直に謝罪して、お名前を尋ねてしまおうかしら?」なんて考えてしまう始末です。幸い、「王族が軽々しく謝ってはいけません!」と先生のお言葉が聞こえた気が致しましたので、失言はしなくてすみましたが。
いつまでも青い顔をしたまま黙っていてはいけませんわよね。いくら相手が子どもであれ、彼には親という存在があって、この場に招待されているということは間違いなく貴族でしょう。わたくしの言動が王族への信頼関係に繋がっても来ますから、子どもの機嫌でさえ損なわせるわけにはいかないのです。
………あら。でも、どうしてでしょうか。彼、いつまでも黙したままのわたくしを見たまま、ニヤニヤ顔を維持してますわよ? いえ、それどころか笑顔が深まったような気が致しますわ。元の笑顔が意地悪そうでしたから、何だか少々下品な笑顔に見えてきました。
やはり笑顔はお兄様が一番ですわね。あの美しい笑顔は完璧です。一つにこりと微笑んで頂くだけで、周囲の空気が和らいで至福の時をもたらして下さいますもの。時々何やら緊張してしまう笑顔もありますが、それはお兄様が完璧すぎるからですわね。恐ろしいだなんて思いませんわ。本当に、思っておりませんわよ?
って、今はお兄様を思い浮かべている場合ではありませんでしたわ。わたくしがすべきことは目の前の彼のお名前を思い出すことと、笑顔の理由を把握することでした。
ええと?
確か、とても悪意の込められた言葉を向けられたのでしたわよね。そうそう確か、できそこない、でしたかしら?
それは一体どういう意味で仰られたのでしょう。大精霊様からは祝福されなかったのではなくて、単に精霊ではなくて気の強い妖精を迎えることになっただけなのですが…。
…あ。ああ! 分かりました! 彼の笑顔の理由! 彼は印象通りのいわゆるいじめっ子さんなのですね。
青い顔をして黙り込むわたくしの反応を、自身の言葉で傷ついた王女だとでも勘違いしてしまったのでしょう。それで今、優越感に浸っているんですのね? そうですかそうですか、随分と性格がよろしいようで。
どちらのご子息かしら? これはお名前を知っておくべき対象だと思いますわ。とはいえこの場で思い出すのは非常に難しいので、彼の特徴を覚えておいてあとでセリサに尋ねてみましょう。
彼女はわたくしとお兄様のお茶会にも参加…と言ってしまうと語弊がありますかしら? 同席? それも違いますか。お茶会の場になっている会場の隅で控えてますの。ですから容姿を伝えればどちらの家の誰なのか、きっと情報提供してくれると思います。優秀ですのよ、わたくしの専属侍女は。
では早速。
髪は柔らかい茶色。よく手入れなされているようで短いながらも艶やかですわね。目は少々釣り目がちでしょうか。色は青にも見えますが朝焼けのような淡い紫と表現した方が近い、不思議な色をしています。この色は特徴的と言えるでしょう。
身長はわたくしより手のひら二つ…い、いえ。一つと三分の二ぐらいですわねっ。高いですが、同い年だとしたら平均的な身長ですわよ? ──わたくしは今から伸びますのよ? 小さいのは今だけですわ!
体つきは細身ですわね。ただ厩舎番のクギーと違ってひょろっと頼りない感じではありませんわ。何となく鍛錬を重ねているような雰囲気を感じ取ることが出来ます。…クギー、あなたは本当に元騎士なの?
他に語るべき特徴は…そうですわね。隠せない性格が顔に出てしまっていることでしょうか? あら、これだけでは情報が少なすぎてセリサには分からないかしら。目の色で伝わることを願いましょう。
しかし、これからどう致しましょう? 黙ったままではいけませんわよね。やはりここは無難に「お祝いに来て下さってありがとうございます」と言うべきなのかしら。いえ、でもこの流れでそれはありませんわよね。彼だって優越感に浸っているところでありがとうなんて言われたら困るでしょう。というか、あの笑顔が奇妙なものを見る目に変わりそうですわ。「何こいつ、頭に花でも咲かせてんのか?」などと思われそう──あら、それでも構わないのかしら?
いえ、やはりなしです。ダメですわ。わたくしがお馬鹿な子認定されてしまうではないですか。何度かそのようなことを周囲から言われた覚えはありますが、わたくしお馬鹿ではありませんのよ!
…仕方ありません。相手を刺激したくないのですが他に手が思い浮かびませんからこうしましょう。できれば騒ぎにならないことを祈りますわ。
「…ごきげんよう。少し、誤解なされているようなので訂正させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はっ、何だよできそこない。王族は精霊が見えるんだろ? それなのにお前は見えないって聞いたぞ。しかも迎えたのは精霊じゃなくて妖精なんだってな。みんな言ってるぜ? この話のどこに誤解があるって言うんだ」
「そ、れは。事実ではありますが…、けれど大精霊様から祝福をされなかったわけではありませんもの。わたくし、きちんと祝福を授かって妖精を迎えたのですわ」
「はっ、本当にそれが大精霊からの祝福だって言えるのか? 本当なら精霊が来るはずだろ。それが妖精だったってことは、大精霊に成りすました妖精の仕業だったのかもしれないぜ?」
彼の言い分を聞いて、わたくしは息を飲み込みました。
あ、いえ、勘違いなさらないでほしいのですが、大精霊様からの祝福を疑ったわけではありませんのよ? だって、執り行ったのは城に招かれた魔導師様です。「魔導師」を名乗れる方は特別なんですのよ? 大精霊様の名代をこなす方々ですもの。彼らは神殿に所属されているのですが、魔導師様はその中でも神様と大精霊様に認められているのですわ。詳しくは秘匿されている部分もあるので語れないのですが、声をお聞きになられるのですって。
その魔導師様の口からわたくし、はっきりと聞きました。「あなたに大精霊の祝福が授けられました」と。ですからその部分を疑うことなどありえません。
そうではなくてですね。わたくしが彼に気づかされたのは、周囲の認識の方ですわ。彼はいじめっ子さんで自分の感情をそのまま口にしただけなのでしょう。けれど恐らくそれは周囲の考えもほぼ同じ。あの精霊の間で見届けて下さった方々以外、妖精を迎えたわたくしのことを「精霊に嫌われたできそこないの王女」と語るのでしょう。
ふふ、なんてことでしょう。これは少々、辛いかもしれません。例えば妖精と話して無事に精霊を迎えることになったとしても、嫌われ者という認識は消えないのだと思います。7歳の祝福とはそれほど特別なことなのです。
わたくしの一生が、精霊に嫌われた女ですって。おほほほほ…──笑えませんわね…。
わたくし、嫌われてませんわ! むしろ好かれてますのよ! 精霊の間にはたくさんの精霊が来ていたってお兄様が仰られていたもの!! 魔導師様も「妖精にも好まれる」って仰ったもの!! 止めて下さいな、わたくしを可哀想な王女に仕立て上げないで下さいませ!
これは一大事ですわ。早々に何らかの手を打った方がいいでしょうか。認識を変えるというのは簡単なことではないと分かっています。けれど不可能なことではありませんし、何よりもですわよ? わたくしが「できそこない王女」として認知されてしまったら、お兄様にご迷惑がかかるかもしれないではないですか!
もしも、もしもわたくしのせいでお兄様が他者から侮られることになってしまったら…! 「あの欠陥王女の兄なら大したことないな」などとお兄様を見下す理由をこのわたくしが作ってしまうなどと、許されていいはずがありませんのよ!
「ま、できそこないでも王女には違いないからな。父上や母上にも仲良くするように言われてるし、俺、火の精霊使いだからさ。お前のこと守──」
「お兄様はとてもとてもご立派ですのよ!」
「──は?」
「例えわたくしが史上初の魔法を使えない人間であったとしても! それとお兄様の実力は全くの無関係ですわ! お兄様が風の精霊使いであることは揺るぎのない事実ですし、緑の精霊だってお傍にいらっしゃいます! お兄様を陥れる理由にわたくしを利用なさろうなど愚かしいにも程がありましてよっ」
「誰もそんなこと言って──」
「そもそもわたくしは、精霊に拒否されたわけではないのですから魔法が使えなかったとしても恥じることはないのです。妖精にお話を伺って、お兄様のため力を合わせて精進していけばいいだけのことですのよ」
「お前、人の話を…」
「わたくしがお兄様の弱みになることは断じてありえま──」
せん、と断言する前に目に飛び込んで来た光景に目を見開いて硬直してしまいました。
麗しい微笑み。差し出された手。
その手に応えた手をほんの少し握って、ダンスフロアへと向かうお兄様。
このような場では珍しくない光景で、むしろ当たり前のことですが。
「…お兄、様…」
どうしてですか、お兄様。
なぜ、そんなに優しいお顔で微笑んでエスコートされてらっしゃるの? なぜ、彼女の手を取るだけでなく握ったりなさってるの?
「おい、どうした?」
「………失礼致しますわ」
「え、は? ちょっ…」
何やら困惑したお声が聞こえた気も致しますが、それどころか思考も上手くまとまらずふらりふらりとわたくしの足はその場から遠ざかっていきます。
微かに耳に届いて来るダンスの音楽はとても優美ですのに、それに心を傾けることもできないままバルコニーへ出、そこから庭へと続く緩やかな螺旋階段を下りて行きました。
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