すべての悪を倒すまで

御剣ひかる

すべての悪を倒すまで

 塾からの帰り道、真昼の太陽がぎらぎらと照りつける繁華街をわたしたち四人はおしゃべりをしながら歩いている。

 今は夏休みなんだけど、塾はしっかりとあるのよね。中学に入った今から勉強に遅れないようにというとおるお兄ちゃんのお達しだ。


 わたしがまだ赤ちゃんの頃にお父さんが事故で亡くなって、お母さんはその後、無理をして働いたから過労で倒れて今も入院中。お父さんの記憶はないし、お母さんはいつもベッドの上だ。だから一番上の透お兄ちゃんがわたし達の親代わり。

 わたし達兄妹は仲良く助け合って暮らしている。まぁ末っ子のわたしは、世話になるばっかりなんだけど。

 早く一人前になって、わたしもお兄ちゃん達やお姉ちゃんの手助けがしたいな。


「ところで神奈かんなちゃん、今日はお昼どうするの?」


 ナオが話を振ってくる。

 学校のある日は塾の帰りも午後十時近くになるから、さすがにさっさと帰るんだけど、夏休みの間は朝からお昼までなのよね。朝の方が勉強がはかどるからなんだって。

 おなか減った。このままみんなで近くのハンバーガーショップなんかでもいいかな。


 そろそろ午後と呼べる時間にさしかかろうかというこの頃の太陽は、もう暑い暑い。早くお店に避難しないと脱水症状ものよと、そんなことを話しながら額に浮いた汗を腕でぐいとぬぐう。


 避暑地に向かって足早に歩いていると、目の前を、いかにもチンピラな二人と、彼らに挟まれるように男の子が横切っていった。

 チンピラ風の男達は柄シャツに黒のズボン、頭はリーゼントとパンチパーマ。ちょっと、いかにも過ぎて思わず笑っちゃう。挟まれてるのは同じ塾の子だわ。

 これはただ事じゃない。わたしは立ち止まって友達三人の顔を軽く見上げた。


「あ、その顔、神奈ちゃんの正義センサーが発動した」


 カナが茶化して言うのに苦笑を返す。おふざけじゃないんだよ、わたしは。


「普通はかかわりたくないのに、神奈ちゃんは放っておけないのよね」


 ナオが心配そうに言う。でも大丈夫。わたしはあんなのに負けはしないから。


「この子は昔っからこうよ。わたしはさすがに慣れたわ。もう、早くお店に行って涼みたいのに」


 マキが肩をすくめた。この子が一番付き合いが長い。


「すぐに済むわ。あんな小悪党、すぐに片付けちゃうから」


 わたしはかばんをマキに預けて、男達の後を追っかけた。

 路地裏に入っていったチンピラ達は、思っていた通り男の子を脅している。いかにもな格好のヤツは、やっぱりいかにもなことしかしない。

 脅し文句を聞いてたら、どうもこれが初めてじゃないっぽい。

 許せない、大人が寄ってたかって子供からお金を巻き上げるなんて。ううん、巻き上げる相手が大人でも許さないんだけど。


 同級の男の子、確か森本君だっけ。すっかり縮み上がってしまって、今にもお財布を出しそうな雰囲気だ。

 そんなチンピラに一円だってあげる必要はないのよ。待ってて、わたしが悪を成敗してあげる。


「あなた達っ、そこまでです!」


 おなかの底から勢いよく吐き出したわたしの声に、チンピラ達がにやついた顔を硬直させて振り向いた。けれどわたしを見るとまた口元にやらしい笑みを浮かべた。


「なんだぁ、ちび」「邪魔するんじゃねぇぞコラ」

「ふん、予想通り、三下らしい台詞ですね」


 チビといわれたことに腹が立つが、そこを言い返したら正義の英雄ヒーローらしくないので心であっかんべーをしておく。


「なんだとコラァ」


 気色ばむチンピラたちに、びしぃと人差し指を突きつけてやった。


「天が呼んだか地が叫んだか、人を正せととわたしに言う! あなた達の非道を成敗します!」


 決まった。チンピラ達は返す言葉もなく呆然としている。


「ねぇ、今日の神奈ちゃん。いつもよりさらに芝居っぽくない?」

「昨日時代劇見たって言ってたよ」

「あーなるほど。影響されやすいし」


 後ろ――路地裏への入り口付近から呑気な三人の友人の声が小さく聞こえてきた。そこ、つっこまないの。


「大人なめるなよ、このちびガキが」


 パンチパーマがこめかみに青筋を浮かべて怒鳴った。肩をいからせて、大またでこっちにやってくる。


「なめてなんかいません。子供からお金を巻き上げようだなんて、それこそ大の大人のすることですか? 改めなさい」

「うるせぇ!」


 パンチパーマが突っかかってくるのを、ひょいとかわして、わたしはリーゼントの男に向かった。まずはカツアゲされていた森本君を安全なところへ導かなければ。

 二人に近づきつつ闘気とうきを解放する。体の回りが白熱色のオーラが包む。


 極めし者。体のうちに宿る気を、闘気として自在に操って超人的なことができる者達をこう呼ぶ。

 わたしは正義の極めし者として、この力を使って悪を叩くのよ。


 リーゼントがわたしの闘気を見てひるんだ隙に、森本君の手を取って、ひょいと体を担ぐ。


「え、わ、わっ」


 お姫様抱っこをされた森本君が、慌てて声をあげるのもかまわずに、わたしは路地を一気に駆けた。闘気を使えばこれぐらい、まさに朝飯前ってやつなのよ。


「この子のこと、お願いね」


 路地の入り口で待つ友人達に森本君を託すと、わたしはまたチンピラ達のところに戻る。


「さあ、これで何の憂いもなく悪を成敗できます。覚悟はいいですか?」

「……ふん、極めし者か。おもしれぇ」


 パンチパーマが唇を歪めて笑った。その顔はさっきまでの人を馬鹿にした感じじゃない。こいつは極めし者を知ってるんだ。

 と、パンチパーマ男も闘気を解放した。こいつ、極めし者だったんだ。

 だったら、余計に許せない。この素晴らしい力を悪の所業に使うなんて。


 彼を覆うオーラは赤。属性は炎か。攻撃重視の属性だね。

 ちなみにわたしの属性は天。バランス重視なの。正義はどこにも偏っちゃいけないのよ。


 パンチパーマの闘気は、わたしより少し劣るぐらい。優勢だけど油断はならない。ちょっとしたことで勝敗がひっくり返るのが闘いだ。


 睨みあって相手を牽制すること数秒。

 この睨みあいで負けては正義の名が廃るから、眼をそらさずにまっすぐに見つめ返す。すぐに相手が焦れて、殴りかかってきた。


 勝った。この瞬間、わたしは直感した。だって力も精神もわたしの方が上だったら、よほど技術の差がないと負けはしないもん。

 何度かの突き、蹴りの応酬で、その直感は確信に変わる。

 相手が足元を狙ってきたので軽くジャンプ。そのまま超技ちょうぎ――闘気を使ったいわゆる必殺技の態勢に入る。


「神奈スペシャル・スパイラルキーック」


 かっこよく技名を高らかに宣言しながら、体を渦巻きを描くように回転させて相手に迫る。

 パンチパーマは、食らってなるものかと後方にジャンプした。

 それが狙いよ。食らえ必殺の――。


「ダイナマイトアッパー!」


 着地してすぐに、次の超技(になる予定のパンチ)を打ち出した。白熱の拳を、浮き上がった相手のあごに打ち込む……、はずだったんだけど。

 拳はなぜかパンチパーマの胸板にヒットした。


「おぉー、決まったね、見事に」

「すごいよ神奈ちゃん」

「でもあれきっと、あご狙ってたよ」


 またもカナ、ナオ、マキの三人娘がぼそぼそ。

 なにげにマキはわたしの狙いを正確に言い当ててるしっ。さすがは小学校低学年の頃から友達やってるだけのことはあるわ。


「マキうるさいよっ」


 図星を指されて、思わず振り返って抗議した。


「あはは。相手との身長差をちゃんと計算に入れないと、正義の英雄ヒーローの名が泣くよ?」


 面白がってる口調だけど的確な指摘に、残念ながら反論できなかった。

 どうせわたしはチビですよ。中学生になったのに、まだ一五〇センチないですよ。いいもん、これから伸びるんだから。

 そんなやり取りをしている間に、パンチパーマ男が呻きながら起き上がった。


「このチビガキ、なめたまねしやがって……!」


 男はもう格闘スタイルなんてそっちのけで、掴みかかってきた。どうも投げ技の超技っぽい。よっぽど腹が立ったらしいわね。

 でももう勝負は決まってるわよ。そんなフラフラで、勝てるわけないじゃない。


「仕上げは、ジャイアント・スウィング・スロー!」


 相手の腕をかわして、当て身を食らわせ、身をかがめて足を掴んで自分の体を中心に三回転……。


 ずりずりずりずりずりりりりぃぃぃっ。


 何かを引きずる音が足元から聞こえてきて、手には思っていたよりも重たい感覚が。

 え? なに?

 ま、いいや、とりあえず技ね、技。

 三回転して、ぽいと相手を投げる。パンチパーマ男はリーゼント男を巻き込んで壁まで吹っ飛んだ。二人仲良く伸びてるのを見て、あれ? 違和感。


「はげちゃったね」

「痛そう……、というより熱そう?」

「そりゃ、頭あれだけこすられたらね」


 またまたカナ、ナオ、マキの突っ込みが。

 ん? でも待って? はげ?

 友達の言葉に首をかしげて男達を見ると。……あ。パンチパーマの後頭部が、見事にはげちゃってる。

 じゃ、さっきの手ごたえってもしかして。


「やっぱり、身長差が招いた悲劇だね」


 マキの一言が、わたしの想像を肯定した。男を持ち上げきれずに、頭を地面にこすってたみたい。

 ……ま、いいか。悪を成敗したことに変わりはないんだから。


「それもこれも、カツアゲなどするからです。天罰覿面。これからは悔い改めなさい」


 びしぃと人差し指を男達に突きつけて勝利宣言。

 チンピラ達は伸びちゃってて返事はできないみたいだけど。正義の勝利の儀式よ。


 カツアゲなんて、許さないんだから。社会的弱者がさらに痛めつけられて泣く世の中を、わたしは正すの。

 だって、お金のことで透お兄ちゃんがすごく苦労してたの、わたし、間近で見てたんだもん。

 すべての悪を倒すまで、わたしは突き進むのよ。


「……さ、悪は成敗したし、ご飯食べにいこっ。森本君も一緒にさ」


 友人らの元に戻って、汗をぐいとぬぐいながら言うと、わたしはマキに預けたかばんを受け取った。

 一つの悪を成敗できた嬉しさから、むっとする夏の風も、今はさわやかに感じた。


(了)

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