タイムリープで進学を、SOS団で再会を
私が三年生になると、受験勉強は忙しく…だけど目標を決めたことで、充実していたと思います。
何もなくだらだら進学するよりは、自分と言うものを試しているような気がしていたんです。
良くも悪くも、負けず嫌いだったのかな?それがこの時はいい方向に向かってくれました。
それに先輩とタマにする電話も、内容はライトノベルの感想や高校生活のことなど大した話ではありませんが、息抜きにはよかったのだと思います。
それでも一年間で先輩と顔を合わせたのは、二度ほどしかありませんでした。
一度は本を返した時、もう一度は先輩に電話で誘われ町の剣道場に行った時です。
そして気が付けば12月。先輩に誘われ、年納めの稽古に行った時の事です。帰り道で二人で自転車を押して歩いていたのですが、実に数か月ぶりに先輩に会った嬉しさよりも、私は受験前の弱気のほうが勝っていました。
成績はぎりぎり合格範囲内に入ることができましたが、やはり不安はぬぐえません。
久しぶりに会う先輩に、たぶん私は初めて…本心から弱音を吐き出しました。
前向きで単純、それが取り柄だった私が弱音なんて吐いたものだから、先輩も真剣な顔を(いつもクール系を装ってはいますが)していたと思います。たぶん…
「落ちたらと言うか、落ちる気がします」
「その時は別の高校に行けばいいだろ?」
「嫌ですよ」
「つかどうしてうちの高校に来たいんだよ?」
なんて答えたらいいのか、私はしばらく悩んだ末に「先輩しか読書仲間いませんから」と正直に伝えました。
私が嘘を吐いたところで先輩にはすぐにわかるだろうし、それなら”納得してないけど先輩が気になる”って部分を抜きにして、正直に答えた方がいいと思ったんです。
それを聞いた先輩は、短くため息を吐きました。それは呆れたような、馬鹿にしたような、そんな風に私には感じられました。
「こうして会えるんだし、気にすんなよ。別に勉強が悪いってことじゃないぞ。努力ってのは良い事だと思う」
「じゃぁ落ちろっていうんですか?」
「だから気負いすぎなんだよ。気楽にいけ。そっちのが受かる」
「そりゃそうかも知れないですけど…どうしても不安なんです。私も先輩の高校に行って、SOS団的な青春を送りたいんです」
「まぁどの高校にも文芸部はあるし、大丈夫だろう。きっと俺の部活と一緒で、どの学校の文芸部も、宇宙人未来人超能力者を抜けば、悪くないと思うぞ」
「…先輩、文芸部入ったんですか?」
「まぁな。剣道は町道場で週一で続けるけど」
先輩が文芸部に入ったのは初耳でした。
この瞬間、私の高校での部活は決まりました。勿論文芸部、写真部ではありません。
一瞬で妄想が膨らんだんですが、まぁその内容は置いとくとします。
「私は先輩の高校に行きたいんですって。他の高校はちょっと」
「…ふーん。そっか。じゃぁ待ってるから、がんばれよ」
「そんな無関心なこと言わないでくださいって」
「お前ネガティブになると本当に面倒臭いな、ともかく受験は大丈夫だから、安心して勉強しろよ」
「…はい」
先輩に励ましてもらっても、その言葉は私の胸に一ミリも届きませんでした。
まぁ私も頑固。ネガティブな感情ですら頑固なんです。
ともあれ、悩んでいようが、何をしていようが、受験は迫ります。
そしてついに前日…「もうこれ以上勉強するより、ぐっすり寝て明日に備えなさい」そう母に言われて、私は早々に布団に入りました。
久しぶりに早い時間に寝ようとしても、身に付いた睡眠時間は中々に私を寝かしつけてはくれません。
もう少し時間があれば…なんて”タイムリープ―明日は昨日―”をネタに妄想したりもしたんですが、幾ら妄想しても過去に戻ることはありませんでした。
そしてそんな時、当時の私としたらかなり意外でしたが、今思えば当然なことが起こります。
先輩から電話が来たんです。
面倒見のいい先輩が、私を心配して電話をかけてくるのは、今考えれば当然ですね。
きっと私の気持ちにもうすうす気が付いていたんでしょう。
付き合おうとか、断ろうとか、そういうのは抜きにして、きっと先輩は自分を慕ってくれる後輩を見捨てられなかった。
だから電話をくれたんだと思います。
そして電話口で一言「頑張れよ」それだけの内容の電話でした。
本当に短い会話でしたが、私はにやつきながらその日、眠りにつきました。
そして受験当日の事を、私はそれほど良く覚えていません。まぁ必死になって問題にかじりつき、答案用紙に鉛筆を走らせただけですし、まぁそんなものかも。
終わって家について、やたら豪華なご飯が用意してあって…私の好物ばかりで、ふっと気が抜けたのを覚えています。
ほうれん草の胡麻和え、茄子のしんやき、じゃこの煮つけ、タコの刺身、三つ葉の味噌汁…本当においしかった。
お母さんはテストの出来については聞きませんでしたが、「お疲れさま」と笑顔で言ってくれました。
こうして、私の受験は終わったわけです。
―――
「先輩、猫の地球儀って知ってますか?」
「読んだ」
「じゃぁ西の魔女が死んだは?あとキノの旅は?ダブルキャストは?ビートのディシプリンは?ゲートキーパーズは?禁書は?読みました?」
「西の魔女が死んだは分からないけど、それ以外は読んだ」
「先輩が読んでない本ってあるんですか?」
「古いのは大体読んだよ。中高は読書付けだったしな。最近のは追いきれてない。昔はラノベって言ったら、追いかけられるぐらいしか発刊されてなかったから何とかなったが、最近は増えたから無理だ。一応、いくつかは読んでるけどな。お前との共有じゃないやつもある」
「えーそれ卑怯ですよ」
「通勤とかする時に買うのはしょうがないだろう。ずっとカバンに入れっぱなしなんだし、小遣いだって多くないからすぐ売るんだよ」
「それ私への嫌味ですか?」
「そうだ。それと先輩ってのいい加減やめろ」
「いいじゃないですか。”先輩”」
とまぁ、これが最近の私達の会話です。
”先輩ってやめろ””いいじゃないですか先輩”ってのはいつも同じフレーズ。でもそれがちょっと嬉しかったり。
そうそう、私の受験はめでたく合格。その後、念願かなって先輩と同じ文芸部に入りました。
それからも色々あったりなかったり…その話はまた後日。
今でも私は、先輩と読書談義を続けています。
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