「先輩、私告白されました」イリヤの空とリバースエンドについて

「先輩、私告白されました」


 町の剣道場からの帰り道―寒そうに手をこすっていた先輩は私をちらりと見て、すぐに視線をそらしました。

 まぁいつも通り何を考えているのか、眼鏡の奥の感情は読み取れませんでしたが、当時の私は「先輩は私の恋愛なんて興味ないんだろうな」なんてなんとなーく考えたのを覚えています。


「…そっか。どうすんだ?」

「それが分からないんですよ」


 私も年頃だったので、恋愛には興味があったんです。

 だけど恋愛に憧れる気持ちと同じくらい、恋愛が神聖な物であって欲しいって幻想?も抱えていたんです。

 好きになって、お互いの気持ちを確認して、それから付き合いたい。そんな風に思っていました。

 今もその気持ちには変わりないんですが、酸いも甘いも知らない中学生だった私は、今よりよっぽど大きな理想を抱えていたわけです。

 恋愛は真摯に、真面目に、相手の気持ちに対して嘘はつかない。

 それこそが恋愛だと思っていました。

 だから付き合いたい気持ちはあっても、付き合ってはいけないと思ったんです。

 自分の気持ちすら満足に理解できない当時の私にとっては、まさに難題でした。


 確かにラノベの中では、付き合ってから好きになるパターンもあるし、それも嫌いではありません。

 僕の血を吸わないでとか、月とあなたに花束をとか、押しかけ系も素敵な話はたくさんあります。

 でもやっぱり、自分自身の事となると二の足を踏んでしまいました。


「好きだから付き合うのか、付き合ってから好きになるのか。前者なら私は納得します。だけど後者なら私は私を許せないかも知れません。だけど恋愛はしたいんです。これこそ矛盾した感情ってやつですね」

「難しいことも言えるようになったんだな」


 先輩が私をそれまでどう捉えていたのか、私はその一言で理解しました。同時にすこーし悲しくなったのを覚えています。

 確かに短絡的で直情的。そんな評価だろうなとは思っていましたが、まぁ真正面から馬鹿だと(そこまでひどい表現ではないですが)思われていたのが、どうにも癪だったのです。


「馬鹿にしないでくださいよ。先輩ほどじゃないにしろ、読書はしてるんです。国語の成績は…下がってますけど」

「だから馬鹿なんだよ。けど何で付き合ってから好きになるのは許せないんだ?」

「自分自身の気持ちに嘘を吐く感じなのも嫌ですけど、それより相手に不誠実っぽいのがどうも…」

「ふーん。なら断れば?」

「でも恋愛はしたいんですよ」

「…ふーん」

「あ、今軽いとか思いましたね。だから嫌なんですってば。軽いとかそういうのが嫌だから、恋愛に興味があっても悩んでるんです。それに断るなんて簡単に言わないでくださいよ。ライトノベルのお断りシーンだって、私一呼吸おいて読むんですから、さらっと伝えるなんて無理です。気まずいんです」

「結局、相手にそのことを伝えなきゃ不誠実だろ?気を持たせるってのは悪女の条件みたいなもんだし」

「そうですけど…」

「世界系みたいな現実だったらよかったな。行動で気持ちが伝わったり、お互いの気持ちが文章で表現されるなら、黙ってたって不誠実じゃないだろう。けど、残念なことにここは三次元。気持ちは言葉じゃなけりゃ伝わらないって」

「そうですね…って世界系って何ですか?」


 私は初めて聞く”世界系”の単語に、首をかしげました。

 さも当然の様に先輩は話していましたが、世界系って単語がまだ定着する前のことです。

 先輩に比べれば読書の新参者だった私は、ライトノベルに関する知識はライトノベル以外に入手するすべはなく…世界系ってビブリオマニアとかアニメ愛好者などのコミュニティーで形成された単語を、知るすべはなかったんです。


「あぁ、そうだな。説明が難しいんだが…心理描写が緻密で、何となく退廃的な雰囲気をもっていて、世界が危機に見舞われているような、説明不足の作品の事だ」

「訳が分かりません」

「例えばイリヤの空とか、後は…リバースエンドは正に世界系だな。ブギーポップも世界系と言えなくはない。アニメだとエヴァとか。漫画だともっとあるだろうけど、俺は詳しくないし、よく分からない」

「あーちょっと分かりました。好奇心をくすぐる謎とか世界設定を伏せながら、独特の雰囲気で読者の心を撫でるような作品の事ですね」


 我ながら良く表現できたと思う。って言っても、きっと世界系を欠片も知らない人が聞いたら、きっと理解できない説明であるような気もする。

 実際世界系を説明するってのは、なかなか難しい。

 世界系に分類できる作品を一度でも読んだことがあるのなら、きっと理解はできるんでしょう。

 独特の雰囲気を持った作品群で、どれも思春期の葛藤とかを緻密に表現するのが特徴。


 先に挙げた「イリヤの空、UFOの夏」と「リバースエンド」はどちらも一応世界系に分類できます。ブギーポップは以前紹介したので省略。


 イリヤの空は、ある男子学生が夏夜に学校のプールに忍び込んだ所から物語が始まります。そこで少年は手首に球体が埋め込まれた、美しい少女に出会い、彼女は彼の学校に転入してくるんです。

 淡い一夏、不思議な少女との出会いから始まる群像劇。それがイリヤの空です。


 次はリバースエンドについて。

 不思議なメール”貴方の町に海はありますか?”が主人公のもとに届き、メールの送り主である少女と主人公は付き合い始めます。

 そこから始まる恋愛劇と青春群像劇です。

 一巻は序章みたいなものです。切りが良いので一巻だけでも読んで見ると、世界系ってこういうのなんだってのが、分かると思います。


 リバースエンドには、実はちょっとした思い入れがあるんです。この作品に私は初めてファンレターを出し、返信が初めて来た作品でもあります。

 定型文とイラストではありましたが、自分の気持ちをつづった手紙に返信があると言うのは、とても嬉しかった。

 何日も変身のファンレターを眺めてにやついたものです。


 こういった作品群は本当にあの当時に流行していて、個人的には大好物なので大好きでした。


 さて話が脱線しましたが、私は世界系の例を(イリヤの空とリバースエンド)を聞いて、世界系がどんなものか理解しました。だから先輩が言っていた”世界系みたいな世界なら良かったな”ってことに、内心同意していました。


「確かに世界系みたいな世界なら、こんなバカみたいなことで悩まないですよね。付き合うべきか断るべきか。断るにしてもどう伝えるかなんて軽い悩みは、きっと世界系にはないですし」

「ならどうするんだよ?」

「うーん、一番は好きな人と付き合えることだから、やっぱり断ります。気まずいですけど」


 私の好きな世界系の主人公は、こうも優柔不断ではありません。


「好きな人でもいるのか?」

「居ませんよ?」

「そうか」


 その日はそれっきり、先輩との会話はありませんでした。少しだけ足がはやくなった先輩の背中を眺めて、私はどうやって断ろうか悩みました。

 先輩が何を考えていたのかは、やっぱりわかりませんでした。

 

追記:”月と貴方に花束を”は、人狼である主人公のもとに、婚約者が押しかけてくることから始まる恋愛系のラノベです。内容も”綺麗”って言葉が似あう丁寧な作品で、 どこか温かくちょっと切なく、それでいてハッピーエンドの作品です。

 個人的には少女漫画的な面白さを感じていました。ちなみにイラストがすごく好きで、その人の画集を買ったのを覚えています。


追記2:”僕の血を吸わないで”は、美少女吸血鬼と出会った主人公による、ドタバタ恋愛コメディーです。

 初めて読んだコメディーラノベであり、個人的にはこの人の作品は(阿智太郎先生)どれも安心して笑えるのですごく気に入っています。

 特徴としては軽快な文章、本当に文章がとても入りやすく面白いんです。さらっと読めるんですよね。

 ちなみに一番好きなのは”住めば都のコスモス荘”

 こっちは株式会社おたんこなす製のパワードスーツを手に入れた主人公が、宇宙犯罪者を摑まえるべく繰り広げるドタバタコメディです。アニメも面白いんですよね。

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