先輩、フォーチュンクエストって知ってますか?
ある夏の日の事。
剣道部の夏合宿が終わると、ちょっと長い休みが貰えます。
今の学校は分かりませんが、当時の部活動(少なくとも私の剣道部では)は、練習がない日ですら先輩に誘われて近くの剣道場に稽古に行ったものです。
そこには親戚のおじさんがいる&休みたいので行きたくはありませんが、先輩に誘われたら行かない訳にはいきません。
そんな休みがあるような無いような毎日の中、厳しい合宿後の数日間だけは、完全なオフになるのです。
もう、私は嬉しくて嬉しくて…積み上げていた本を片っ端から読み進めました。寝るまも惜しんだせいで、合宿しているときより疲れたぐらいです。
ですが、積み上げられた三十冊ほどのライトノベルは、ライトノベルと言われるだけあって比較的早く読み終わってしまいました。
そうなると、仕方なく出かけるしかありません。
私は剣道部に入ってはいましたが、基本的に引き籠るのが大好きでした。家から出ないどころか、朝起きて手元に飲み物とちょっとしたお菓子、それと本があれば一日中だって動かずにいられます。
自慢ではありませんが、出不精なのです。読書好きには欠かせない不動の技術を持っていたのです。
まぁそんな私ですが、仕方なしにママチャリを走らせ、近くにある古本屋に足を運びました。
今でこそ古本屋=ブック○○Fとなっていますが、当時は古本屋チェーン店などありませんでした。どの店も個人経営で、決まって狭く、一歩足を踏み入れると独特の甘いにおい(かびのような奇妙なにおい)がしました。
それは私が訪ねた古本屋も変わりありません。その○○書店は薬局の二階にありました。自動ドアなのに自動ではないドアを潜ると、所狭しと積み上げられた本が私を出迎えます。
歩くのもままならないような店内をゆっくりと散策し、天井付近まである本棚の中身を確認しながら、ゆっくりと面白い本を探していくのです。
足元に積み上げられた本の中にも、面白いのが眠っているかも知れませんので、結構時間がかかりました。
でもその時間も悪くはなかったんです。
ブックオフより尖った(奇妙な本)本も結構多くて、意外と見ているだけで楽しめたんです。時折店主の人が、その本の詳しい内容まで教えてくれるのもご愛敬。
タマにネタバレされすぎて、こっそりため息がこぼしたりもしますが、それもまた悪くはありませんでした。
そしてその日の私は、その本と出合ったのです。
可愛らしい表紙、ワクワクする題名、愛らしいキャラクター…これだ!私は直感しました。
その本の名前は「フォーチュンクエスト」
角川スニーカー文庫から出ていたファンタジー小説でした。
辛い過去を背負ったパステルGキング(主人公)が、個性あふれる仲間たちと冒険するファンタジーライトノベルです。
私はすぐに気に入りました。
かっこいい騎士に、その幼馴染の盗賊、魔法使いのエルフ少女や、記憶を失くした農夫、優しい巨人族…この個性あふれる登場人物たちが織りなす物語は、夢と希望に溢れていました。
とても明るく、優しい世界。それは衝撃でした。
それまでファンタジーと言えば、もうちょっと本格派?っていうんでしょうか、シリアスを前面に押し出したものが多かったんです
だからフォーチュンクエストを読んで、私は本当に驚いたんです。こんなファンタジー世界で冒険できたらなって今でも思います。
あまりの面白さに、結局古本屋で八割がた読んでしまいました。そして店主の痛い視線に気が付いて、慌てて古本屋でフォーチュンクエストを買って帰ったのです。
それから数日後―休みが明けると、私はフォーチュンクエストを鞄に入れて学校に持っていきました。
今まで面白い本を紹介されるばかりだった私は、先輩の驚く顔が見たくて(悔しい顔かな?)、フォーチュンクエストを紹介しようと画策していたのです。
そもそも男性向けではないライトノベルでしたので、きっと先輩は読んだことがないはずだ!なんて思っていました。
そして私は聞いたのです。
「先輩、フォーチュンクエストって知ってますか?」
「知ってるけど?深沢美潮のだろ?」
先輩の驚く顔は、もう少し先送りになってしまいました。
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