先輩と私と読書、
ララパステル
始まりはブギーポップ
「先輩、それなんですか?」
私が読書にどっぷり浸かった切っ掛けは、その一言でした。
当時剣道部に所属していた私は、休憩時間に本を読んでいた先輩に声をかけたのです。
私としては、授業中や読書感想文で読む物語を面白いと感じたことはなく…自分から本を読むなんて一生ないだろうな、なんて本を読む母の背を見て思ったものです。
だから先輩が本を読んでいることが、少し不思議でした。先輩が読書好きっていうのも初めて知りましたし、つい好奇心で声をかけたのです。
先輩は顔を上げて「読む?」と私に別の小説を差し出しました。
どうやら先輩が読んでいたのは続き物らしく、たまたま別巻が手元にあったようです。
「それじゃ…」
私が言い出したことなので、先輩の好意を無下にするわけにはいきません。後悔しながらも、私はその本を受け取りました。
顔に感情が出やすい私の事です。今思えば嫌々受け取ったのはきっと先輩も気が付いていたでしょう。
ですが先輩は笑っていました。読書仲間を増やそうって魂胆が合ったのかも知れません。
その小さな策略に見事に私はハマってしまいました。
渡された本の題名は「ブギーポップ ペパーミントの魔術師」
ブギーポップシリーズは、上遠野浩平先生による異能力者=世界の敵と、世界の敵が現れると”一人の少女”に浮かび上がる人格=ブギーポップを中心とした物語です。
これだけ書くと、異能バトルメインに思うかもしれませんが、この作品の特徴は別にあります。
勿論、人気シリーズになるだけの十分な戦闘描写なども圧巻です。ですが、それ以上に登場人物たちの感情の機微がとても綺麗に描かれているんです。
例えば能力者の力には、心に関係したものが多く登場します。
ペパーミントの魔術師では、人の痛みが分かるアイスクリーム職人?がでますし、他の巻では人の心を花として認識できる能力者が出たり、一巻目では能力者じゃない傍観者視点で物語が描かれていたりします。
バトルはあるけど、それに至るまでの過程や登場人物の苦悩や葛藤、寂しさなどを綺麗に描いているんです。
当時、私はこのペパーミントの魔術師を読んで、奇妙な感想を抱きました。
面白いわけではなかったんです。ですが、不思議と心地よさを感じました。
未だにその時に抱いた感情をうまく表現できません。それが何か知りたくて、私は他の巻も読み始めました。
登場人物たちは皆、個性的ではあっても現実世界に居ても不思議はない人物ばかり。
感情の機微が繊細に描かれているからこそ、登場人物一人一人が確かに生きていて、誰かに感情移入が出来てしまう。
日常と非日常の境目が非常にあいまいに描かれている作品なんです。
確かに”感情が薄い能力者”なども出てきますが、その人物に感情移入すらできてしまうんです。その為の装置(人物)などが描かれているからってのもあります。
きっと私は憧れたんだと思います。
ほんの少し世界が今と違っていたら、この物語の世界に自分がいたんじゃないか?この淡い色をした作品の世界に入りたいなって思ったんだと思います。
ちなみに先輩は「ブギーポップは中二病満載」と評していました。当時中二病って言葉があったかどうかは定かではありませんが、そんなニュアンスの言葉を投げかけられたのは間違えありません。
だから私は…
「そんなことないです。誰が読んでも面白いはずです!」
なんて反発しました。まるで子供だけが面白いと感じる作品だと言われたような気がして、納得がいきませんでした。
それは言い変えると、私がブギーポップを好きだと言う事です。
好きだから作品を馬鹿にされて頭に来た。先輩は馬鹿にしたつもり何て毛頭ないのでしょう。
それでも、情緒豊かだった私は顔を真っ赤にしてしまいました。今なら絶対にしないことです、他人の感想に口を出すほど野暮なものはありません。
ですがそれは、読書好きを増やそうとする先輩の策略通り。つまり、先輩は私が本が好きかどうかを確かめていたにすぎないのです。
今でも顔を真っ赤にした私に向けられた、面白いものを見るような先輩の表情は忘れられません。
今思えば、私は馬鹿でした。ですが先輩はどうでしょう。きっと阿呆に違いありません。
私のような直情短絡的な人間を読書好きにしてどうしようというのか?
もし感想やレビューを語りたいのなら、もっと頭のいい人にするべきでした。まったく先輩はどうしようもない阿呆でした。
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