高校は写真部。時空のクロスロードを読んで決めました。

 剣道部の先生が私たちに常々言っていたことがあります。


「ここを卒業しても、剣道を続けたい。そんな風に思っていてほしい」


 言いたいことは分かりますし、コマイ事が苦手な私は、それでもいいかなと思ったりもしました。新しいことを始めるより、不器用なりに上達した剣道を続けようかなと。

 実際剣道は強いか弱いか置いといて、好きでしたし。

 もし不満があるとすれば、休みが少なすぎること。それぐらいでした。


 ただし、それは私が読書に嵌る前の話。

 時間があれば活字を漁る、書に毒されたビブリオマニアになってしまった私としては、運動部よりも読書に時間がさける文科系が良いな。むしろ帰宅部が良いかな?なんて思っていたのです。

 本代も馬鹿になりませんでしたし、バイトも視野に入れると、やはり文科系の方が魅力的に思えたんです。

 ですが、やはり剣道も捨てがたい。


 私は悩んで悩んで悩んで…また先輩に聞きました。

 私を読書の世界に誘った大悪人ですが、同じ読書好きとしての意見は貴重です。何より私より先に高校に進学する=私より先に部活選択をしなくてはならない。

 だからより現実味がある意見が聞けると思ったのです。

 もし他の部員に話したとしても、きっと剣道大好きな部員が多かったので”私は剣道部続けるけど?”なんて意見が大半なのは分かり切っていました。


「先輩、高校では部活どうするんですか?」

「写真部かな」

「またどうして?」


 先輩はまたまた、私の前に本を差し出しました。

 本の題名は「時空のクロスロード ピクニックは終末に」

 

 この作品は異世界転移物です。

 今や異世界転移と言えばファンタジーですが、当時はファンタジー=異世界only、転移物はパラレルワールドが多かったんです。

 特にファンタジーは、”スレイヤーズ”と”魔術師オーフェン”が不動の人気でしたから、それに影響された作家も多かったのかなと。あくまで個人的な所感ですが…


 脱線してしまいましたが、この時空のクロスロードもパラレルワールドに転移した主人公の話になります。

 写真部に所属していた主人公は、偶然奇妙な写真(異世界人)を撮影したことで、パラレルワールドに転移する事になります。

 ですがその世界は、荒廃していました。

 流行り病で世界中の大人が死に、子供だけの世界になっていたのです。

 その世界にたどり着いた主人公は、パラレルワールドの幼馴染や子供たちを助けようと奮闘しますが、案の定様々なトラブルに見舞われます。

 主人公は皆を助けられるのか!異世界と元の世界どちらの幼馴染を選ぶのか!ってストーリーです。


 ファンタジーではないので、魔法は出てきません。主人公が最強でもありません。

 それでも、この作品には胸躍る冒険がありました。

 主人公はただの高校生で、長所と言えば大人がいない世界の年長者ということだけでしょう。だから世界全てを救えはしません。出来るのは手の届く場所にいる皆を助けること。ただそれだけなのです。

 苦悩もしますし、傷つきもします。それでも必死になって、子供や幼馴染たちを救い、その先にちょっと切ないハッピーエンドが待っているんです。


 たぶん私は、この作品で冒険活劇と言うものを、初めて理解したのだと思います。

 胸が躍りました。主人公の活躍を読んで、叫びそうになりました。最後の一文を読み終えて、私はその余韻に目を閉じ、物語を反芻しました。

 文章で興奮を覚える。そんな心地の良い体験があるのだなと、本当に感動したのです。(感動って言葉は使っちゃいけませんね。すいません)

 この作品は、当たり前の高校生が当たり前に必死になって、当たり前に大切な人を救う。そんな面白さがありました。


 この時代の作品(ファンタジーを除くと)には共通して、現実から一歩だけ踏み出した世界観があります。現実と隣り合わせと言い換えてもいいかもしれません。

 第一話で紹介したブギーポップもそうですし、タイムリープやダブルキャスト、その他現実世界をベースにした作品が多かったように思えます。

 どれももしかしたら自分も…なんて夢を抱かせる作品でした。


 脱線しましたが話は戻ります。先輩から渡された時空のクロスロードを読み終えた私は、「高校生になったら写真部に入ろう!」なんて短絡的な夢を抱きました。

 部員の皆で写真をつまみに、こっそりお好み焼きを食べたり、青春っぽいことをしたい!と、時空のクロスロードの内容に影響されての事です。(時空のクロスロードに出てくる写真部では、たまにお好み焼きを作っているんです)

 

 剣道部の青春も楽しかったのですが、どちらかと言えば体育会系の青春であり、甘酸っぱい物とは程遠かったですから、余計に期待してしまいました。


 もし先輩が写真部に入るなら、私もそれを追っかけるのも悪くない。

 先輩に本を返しがてら、私はその気持ちをそのまま伝えました。


「先輩!すっごく面白かったです!私、高校になったら写真部に入りたいと思います!」

「そうか。頑張れ」

「え?先輩も写真部ですよね?」

「俺が行く高校写真部ないし、剣道やるよ」

「えーじゃぁ何でこの本紹介したんですか?ていうか言ってましたよね?写真部に入るって…」

「冗談だよ。俺剣道好きだし。本を渡したのは単純に俺が面白いと思ったから。けどま、よかったじゃん。高校に入ったらどうしたらいいか知りたかったんだろ?好きなことやるのが一番だし、自分の心に正直なのが一番。自分がどうしたいのか答え出たんなら、それでいいっしょ?」


 確かにその通りだけど…私は納得できないモヤモヤとした気持ちを抱えたのです。


 

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