無職、佐藤宏平
19 絶命
月夜の道路を歩いていると、開放感が僕を喜ばせた。天使もどきの少女との生活に、わずか一日にして、僕は飽き飽きしていた。近くのコンビニまでの道のりを、スキップしながら進んだ。すれ違う人たちは、僕を見てギョッとしていた。道化師でもない大の大人が、町をスキップしている。そんな光景はたしかに異様なものだろう。
では、と僕は考えた。もし僕が道化師の格好をしていたら、と。
サーカスでもあるまいし、道化師が町を歩いていたら、人はきっと悲鳴を上げる。昔見たホラー映画に、ピエロが人を殺し廻るってのがあった。あれみたいな感じで、夜道をさまようピエロなんて、恐怖でしかない。
そうか、僕は恐怖のピエロなのか。不意に合点がいった。
恐怖のピエロは常々部屋にこもって犯行計画を立てていた。それで、ついに実行に移した。彼は可憐な少女をさらい。それから、どうした? 食べちゃった?
コンビニに入った僕は、まっすぐ弁当コーナーに歩いた。焼肉弁当、レバニラ弁当、ロースかつ重、煮込みハンバーグ。たくさんの弁当が並んでいる。
僕はレバニラ弁当と煮込みハンバーグを手に取った。煮込みハンバーグにはほうれん草が添えてある。レバーとほうれん草は鉄分が豊富で、貧血には良かったはずだ。そんなお婆ちゃん的な知恵袋を発揮して、その二つのグッドチョイスをチョイスした。
でも、この弁当は誰が食べるんだろう?
そんな疑問を抱えながら、僕は家に帰った。
家に帰ると、部屋の鍵が開いていて、少女の姿はどこにも無かった。静まり返った部屋に、月明かりが差し込んでいる。
寝室にも、ベッドの中にも、お風呂場にも、キッチンにも、トイレにも、排水溝にも、どこを探しても、少女はいなかった。僕の部屋から、僕以外の生命反応が消えていた。
たった一日だけ、僕は誘拐犯だった。
そして、僕は僕に戻る。誘拐犯から、人糞尿製造業者に。
今まで通り、ネットの世界に根を下ろす。
彼女もまた彼女に戻った。天使から、単なる肉の塊に。
今夜も誰かに抱かれて、冷たく眠ることだろう。
醜悪なオブジェの上では、ひ弱な蝿が絶命していた。
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