女子高生、鈴木美鈴
8 変質者
身近に変態がいる。そいつは、亡き妻の面影を求めて義理の娘を抱くような変態。つまり、お父さんのことなんだけど。そんな変態と一緒に住んでいるおかげで、わたしは変態に慣れていた。そんなわたしにとって、ただの引きこもりニートなんて怖くもなんとも無かった。恋愛経験もなくて奥手な男なんて、愛おしくすら感じられる。だから、わたしは快く誘拐されることにした。
男の家に行く道すがら、見慣れた町並みがいつに無く輝いて見えた。いつもは憂鬱に感じる秋の夕闇も、今日はなんだか楽しげだった。少なくとも今晩は、お父さんに抱かれなくて済む。それだけで心が躍った。
一歩、また一歩、わたしは誘拐犯の家に近づいている。それなのに、恐怖ではなく喜びを感じている。もし仮に、目の前を歩いている男の人が、引きこもりニートでなくて、本当の極悪人。たとえば、連続殺人犯だったりしたら。それでもきっとわたしは付いて行く。わたしは生きる事に後ろ向きなのだ。痛い思いをするのは嫌だけど、死ぬだけなら別に怖くない。怖くないというよりも、むしろ悪くないと思っている。わたしの心の半分くらいは死ぬことを望んでいる。
もし死んだら、お母さんのいる天国に行って、お父さんの
そんな子供っぽい事を考えていたら、不意に心がチクリと痛んだ。
お父さんは、わたしにお母さんを面影を求めている。でも、わたしそのもののことを嫌っているわけでもなければ、わたしを愛していないわけでもない。娘としてのわたしにも、「愛してる」って言ってくれる。
お父さんは二つの愛を持っている。情愛と性愛。その二つがちょっとごちゃまぜになってしまっているだけ。
お父さんの辛さは分かる。結婚して一年で妻が他界して、目の前にその妻にそっくりな女の子がいる。複雑な心境になって、屈折した感情を持っても仕方が無い。そんなの分かっている。それなのに、そんなお父さんの愛を受け止めて上げられないわたし。それにちょっと自己嫌悪を感じる。
わたしが自己嫌悪している間にも、わたしたちは誘拐犯の部屋に到着した。そこは汚いアパートだった。そして、その部屋の中はもっと汚かった。
パソコンデスクの周辺には空になったラーメンのカップがゴロゴロ転がっていて、レモンジュースのボトルが何本も並べられている。床には縮れた毛や埃やフケがいっぱい落ちている。「ギャー汚い!」と言って逃げ出したくなるような光景だった。
ここから逃げ出して家に帰るか、それともこの汚い部屋に宿泊するか。究極の選択だった。わたしは心の中でコイントスをした。表が出れば帰る。裏が出れば監禁される。そう決めて、イメージのコインを放り投げた。コインは真っ直に天井近くまで上がり、手のひらの上に落ちてきた。そこまでは良かった。けれど、心の中のコイントスは上手くいかなかった。どう失敗したのかを具体的に言うと、コインは手の上で直立してしまったのだ。これでは表も裏もない。だからコイントスでは何も決めれなかった。
次にわたしは「神様の言うとおり」をした。その結果、男の部屋に監禁される事が決まった。これで、わたしはしばらくお父さんに会わなくて済む。
でも、いつまでだろう?
警察がわたしを見つけるまで?
お父さんはわたしがいなくなった事を警察に届けるのだろうか?
自分も強姦魔なのに?
わたしがそれを密告するかも知れないのに?
夜にしていることがばれたら、お父さんはわたしから引き離される。
つまり、わたしを抱く事ができなくなる。
お父さんにその覚悟はあるのだろうか?
警察には言わずに、わたしを探すのだろうか?
義理の娘に対する情愛と、妻に瓜二つの女に対する性愛のどちらが勝るのだろう?
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