女子高生、鈴木美鈴

4 寄生虫

 わたしはお父さんが嫌い。

 優しく微笑む口元が嫌い。

 わたしを見つめる目つきが嫌い。

 生温い吐息が嫌い。

 妙に長い舌が嫌い。

 鍛えられた二の腕が嫌い。

 割れた腹筋が嫌い。

 わたしの名前を呼ぶ声も。

 耳元でささやく愛の言葉も。

 果てた後のあの苦しそうな表情も。

 全部嫌い。大っ嫌い。

鈴木美鈴すずきみれいこと、わたしはお父さんと二人で暮らしている。お母さんが一昨年に他界して、それからお父さんと二人きりで生活することになった。ついでに言うと、わたしはお父さんと血がつながっていない。わたしのお母さんの再婚相手が今のお父さんなのだ。それは、わたしの名前を聞いたら想像がつくと思う。もともと鈴木さんだったら、わざわざ娘に美鈴なんて名前はつけないはずだ。鈴が二つの名前じゃなくて、もう少しバラエティに富んだ文字を選択するはずだ。

 最悪な朝だった。地球が滅びる前の最後の朝にしたって、ここまで酷いものじゃないだろう。風邪を引いているの最中にヘヴィーメタルを聞きながら、金属バットで頭を殴られているみたいな、そんな極悪な頭痛がわたしを襲っていた。

 窓の外では雨がざあざあ降っていて、どんよりと湿っぽい空気が部屋の中に立ち込めている。ベッドから体を起こすと、布団の中から生臭い空気が立ち上ってきた。その臭いで昨夜の出来事がフラッシュバックして、酷い吐き気がわたしを襲った。

 隣ではお父さんがスウスウとやけに可愛らしい寝息を立てている。それを見ていると、気分はいっそう悪くなる。奈落ならくの底で、穴を掘り続けているような、どこまでも沈んでゆく。ワースト・オブ・ワースツ。最悪中の最悪な気分だ。

「このエロ親父!」

 お父さんのお腹に拳骨ゲンコツを落とした。ドゥ、小さな音がした。タイヤのように硬いお腹に、わたしのパンチは弱すぎる。お父さんはウグッと唸っただけで、起きる気配も無かった。

 立ち上がり、姿見鏡すがたみに自分の裸体を映した。拒食症気味のわたしの体はほっそりとしていて、鎖骨が妙に浮き出ている。胸だけが無駄に大きくて気味が悪い。もしかすると、わたしの胸には寄生虫が棲んでいて、体から栄養を奪って、丸々と大きく成長しているのかも知れない。

 きっとそうだ。その寄生虫はフェロモンのようなものを分泌していて、それはとてもいやらしい気分をさそうう成分で、男を欲情させ、だから、お父さんまでもがわたしを求めてくるんだ。

 お父さんは毎晩わたしを抱く。「ごめんよ、ごめんよ」と呟きながら。

 謝るくらいならしなければいいのにとわたしは呆れる。けど、お父さんは手を止めない。激しい劣情を奮い立たせて、荒い呼吸をしながら、猛った感情をわたしに突き立てる。気が済むまでわたしを犯してから、耳元で「愛してる。美代子、愛してる」と甘い言葉をささやく。あれをしてるとき、お父さんは決してわたしを美鈴とは呼ばない。お母さんの名前を呼びかけながら、ふんわりとした手つきで、控えめにわたしの頭を撫でる。

 鏡に映るわたしの顔は、お母さんにそっくりだ。だから、お父さんはわたしを求める。死んでしまったお母さんの変わりに。

 誰かの変わりに抱かれる感覚。あらゆる感情が絶頂に達した瞬間に、相手が自分ではない女に愛を告げるという屈辱。思い出しただけでも虫唾むしずが走る。そんな最悪な夜がもう二年近く続いている。

 わたしは昼間、コンビニでアルバイトをしている。高校が生徒の就労に寛容かんようなので、自由にバイトができるのだ。

「美鈴、コンビニなんかやってんの?」

 バイト先のコンビニに友達の希美が来て、驚きの声を上げた。

「何かいけない?」

「だって、キツそうじゃん」

「そんなこともないよ」

「それより、キャバとかラウンジとかさ、楽で儲かるよ!」

 それで儲けたお金で、希美はミンクの皮をぐ。可愛らしい小形動物の頭に小さな穴をあけて、メリメリとやるのだ、きっと。彼女はその日も、そのお気に入りの毛皮のマフラーを首に巻いていた。

「ねえ、美鈴もウチで働かない?」

「ごめん、そういうのは無理なんだよね」

「美鈴ってそんな真面目な子だっけ?」

「ううん、そういう訳じゃないんだけどさ」

 水商売なんて面倒な仕事はごめんだ。男はどうせ、わたしの体しか見ていない。色欲に付き合うのは、お父さん一人で十分だ。わざわざ他の人の劣情まで受け止めるほど、わたしの心は広くない。

「まあ、いいや。また明日ね」

希美はダイエット効果のあるお茶とチョコスナックを買って、店を出て行った。

 わたしは、毎日一生懸命バイトに勤しんでいた。自分でも感心するくらい、遅刻もせず、サボりもせず、頑張っていた。お金を貯めて家を出たかった。お父さんに抱かれ続ける毎日を抜け出して、一日でも早く一人になりたかった。

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