7 魅惑

 彼女の胃に溶け込んだリコピンは、腸から吸収されて、血流に乗り、彼女の全身を隈なく舐めまわし、やがて彼女の頬の柔らかな赤色になる。三本目の野菜ジュースを飲んでいる少女を見ながら、僕はリコピンになりたいと切望した。

 僕がリコピンだったなら、彼女の頬ではなく瞳に駆け上り、そこを赤く染めながら、彼女と同じ景色を眺めようとするだろう。言うなればそれはリコピンの反逆。彼女はウサギのような真っ赤な瞳を隠す為にサングラスを買わなければならなくなる。僕がリコピンになれないのは、こういった謀反の心を抱いているからに違いない。そう確信しながら、僕は彼女の唇を見つめ、ストローから吸い込まれる赤い液体を見つめた。

 ゴクリ、ゴクリ。少女の喉が小さく上下運動している。滑らかに蠕動する平滑筋。ンッンッと飲み込む小さな音。どこか官能的で、僕は目が離せなかった。

 じっと見ていると、少女が僕を振り返り、「なに見ているのよ?」とでも抗議するような、冷たい視線を僕に向けた。食事の姿を見られることには抵抗を感じるらしい。僕は慌てて目を逸らして、彼女に吸収され行くリコピンに思いをはせた。リコピンは今日も従順で、彼女の瞳を赤く染めようとはせず、頬に魅力的な紅色をさし、彼らの仕事を忠実にこなしている。

彼女はリコピンの摂取を終えると、空になった紙パックを部屋の隅のゴミ溜めに放り投げた。紙パックは華麗な放物線を描き、積み重なったカップ麺の箱の上に着地した。ナイスシュート。僕は心の中で歓声を上げた。それはもう完璧なベストポジションに、紙パックはすっぽりと収まった。部屋の隅に構成されているゴミのオブジェはまた一つ完成度を増して、より耽美たんび的な何かへと変貌しようとしている。

「お風呂」と、少女は言った。

「えっ?」

「だから、お風呂に入りたい」

「あ、ああ。お風呂か」

「うん。今日はメイクしてるから、そのまま寝るのは気持ち悪いし」

「そう、じゃあ、お湯を溜めてくる」

 僕は風呂場に行き、浴槽を軽くすすいで、栓を閉ざした。蛇口から勢い良く流れ出すお湯は、浴槽の底に当たると、小さな丸い水滴を作った。水滴はまるで生き物のように水面を駆け、すぐに下のお湯と一体化する。何と言う現象なのかは知らないが、湯を張り始めた浴槽の中で水滴が跳ねる姿は花火の様だった。コロコロと転げまわる水しぶきは、プリズムのように光を屈折させ、七色に光っていた。

 久しぶりに浴槽が湯船になり、少女を迎え入れる準備が整った。

「お、お風呂、用意できたよ」

 僕が声をかけると、少女は飛んできた。空を飛んできたわけではないし、飛ぶように早く来たわけでもない。ピョンピョンと跳ねながら、跳んできたのである。

「ありがとー」

 少女はそう言って、いきなり服を脱ぎ始めた。平然と下着姿になったかと思うと、その下着にまで指をかけ始めた。

「ちょっ、何で服を脱ぐんだ?」

「何でって脱がないと入れないじゃない」

「でも、僕が見ている前で」

「しょうがないでしょ。わたしは監禁されてるんだもん。見張ってないと、お風呂の窓とかから逃げちゃうかも知れないでしょ?」

「いや、うちの風呂窓ないし……」

「まあ、せっかく女子高生を誘拐したんだから、裸ぐらい見たいでしょ?」

 そんなわけで、彼女は僕の目の前で下着を脱ぎ、素っ裸になって、ザボンと豪快に風呂に入った。

 誘惑をされているのだろうか?

 この状況なら、襲い掛かっても許されるのではないか?

 僕も男だ。

 据え膳食わぬは男の恥。

 そんなことを僕は考えた。

「言っとくけど、触ろうとしたら、叩きのめして警察に突き出すからね」

 僕の思考を読んだのかのように、彼女が釘をさした。

 シュンとなった僕は風呂場から出て、部屋に戻った。

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