おばけ達の夜 ― その7

 傍らを列車が通りすぎる。車窓から漏れる明かりがチカチカと瞳を照らす。突風に襲われ、ウェーブがかった長い髪が暴れる。顔にかかるのがうざったい。

 空を仰ぐ。ぼやけた月があった。何てことない風景のはずなのに、やけに美しく、懐かしく感じられた。

 すでに運行が終わっているバスターミナル故に、先程まで人影は皆無だったが、辺りにぽつぽつと歩行者の姿が現れた。駅が近くにあるから、先程の列車の乗客達なのだろう。しかし、誰もが足早に家路を急いでいるためか、すぐにまた周囲から人の気がなくなる。

 いや、なくなったわけではない。通りすぎていく人々の中で立ち止まったために、まだそこに留まっている者がいたことに気付くのが遅れただけだ。

 振り向く。彼らは外灯の下にいた。

 二人いた。身長差がある二人だ。背の小さい方は、背の大きい男の影になっていて、よく姿が見えない。だがシルエットから少女だとわかる。

「……九里さん、本当に……本当だったの……?」

「言っただろ、嘘じゃないと」少女に聞かれ、男――九里が答える。「さあ、話したいことがあるのなら、気が済むまで話してこい」

 九里が少女の背中を押す。少女が送り出されてたたらを踏む。外灯に照らされる。

 薄手のコートに暗色のスカート、袖や裾から覗く細く白い手足、腰まで届きそうな長い髪、怖々と見つめつつも、期待のこもった潤んだ眼差し。

 少女は成瀬伸の妹――成瀬真由だった。

「――お兄、さん……?」真由が訊ねる。

「うん」この時を待ち望んでいたために、躊躇なく頷く。「久しぶり、真由」

「ああ――」真由の顔がくしゃりと歪む。

「真由」真由の背後から、九里が声を掛ける。「お兄さんは、落ち込んでいるおまえが心配でならなくて、化けて出てきたみたいだぞ。まあ、そうなるように俺が仕向けたんだがな」

 その通りだった。九里に招かれたからこそ、真由とのこの場を持つことができた。

「お兄さん……」

「待ってくれ、真由」近づいてこようとする真由を、手を突き出して止める。「僕はもうこの世の人間じゃない上に、真由のような確固とした存在でもないんだ。つまり、僕と真由は触れ合えないんだ。真由に悲しい思いはさせたくない。だから、それ以上は近づかないでくれ」

「そんな……」真由がまた泣きそうになる。

「だから、真由に悲しんでほしくなんかないんだってば」真由を安心させるように、真由に微笑む。「笑ってよ。せっかく会えたんだ。だろ?」

「……そんなこと、そんなことできない……」真由が手の平で顔を覆ってしまう。

 じりじりとしてしまう。面と向かって再会しただけでは、真由の心を晴らすことはできなかった。このままでは、こうして化けて出てきた意味がなくなってしまう。

 考える。彼女を笑顔にさせるには、立ち直らせるためには、どうすればいいか。

 彼女は一体、何をそんなに気にしているのだろうか――。

「……もしかして、僕が自分の人生に後悔している、とか思ってる?」

 びくり、と真由の肩が揺れる。図星だったか。

「ったく、馬鹿だな」笑い飛ばすように言う。

「……だって」真由が顔から手を離し、寒気を堪えるように、自分で自分の肩を抱き締める。「お兄さん、自分の時間なんてなかった。学校以外はアルバイトばかりで、休みの日も私のために使ってくれていた。でも私と離ればなれになって、一人になって、ようやくお兄さんが自分のやりたいようにできるんだって思っていたのに、なのに寿命だなんて……そんなの、かわいそすぎるよ」

 真由の口から嗚咽が漏れる。今まで我慢していたのだろう涙が流れる。

 彼女の心の底が明らかになった気がした。

「勘違いも甚だしいね」あえて突き放すように言った。「僕が後悔しているって? 生きたいように生きられなかったって? そんなこと、勝手に決められては堪らない」

「うぅ……」

「僕は幸せだったよ、真由」泣き続ける真由を慰めるように、優しい声を出す。「妹の手料理を毎日食べられるなんて幸せだった。妹が洗濯してくれた服を着るのは幸せだった。妹が家で出迎えてくれるのが幸せだった。そんな生活をいつまでも続けたかった。そのためなら働くのなんて全然辛くなんかなかった。だから僕の人生は、やりたいことしかやっていない、とても充実したものだったんだ」

 真由はしゃくり声を上げていた。流れる涙をしきりに拭っていた。

「ねえ、真由」堪らず一歩歩み出る。「真由だって、そうだったろ?」

 真由が何度も頷く。

 頷き返す。

「だから僕達は、ちゃんと家族だったよ。ううん、これからも、ずっと家族だ」

 踏切の音が周囲に鳴り響く。それが大泣きする真由の声を紛らわす。

 警報灯の赤い明滅が微かに届く。その明かりを除けるように、真由自身が発光していた。

 ポケットに手を入れ、事態を見守っていた九里と目が合う。

「最期だ。お別れの言葉を言ってやれ」

 お別れ――つまり、真由が成仏するということ。

「だから、心配することないんだ」ようやく泣き止み始めた真由に言う。「僕は大丈夫、僕達は大丈夫だから。僕はあの世で新たな生活をしっかり送っている。だから真由も、僕のことなんて気にしないで、元気に生きるんだよ。そうすれば、いつかきっと、また会えるから」

「うん……」と真由は言いかけるが、それではだめだと思ったのか、目元をごしごしと拭い、笑顔を作って、「うん!」と言い直した。

 無理矢理であれ何であれ、真由が笑ったことに、満足した。

 真由の身体から光がほつれていくにつれ、彼女の姿が薄まっていく。

 真由が兄から卒業するように、背を向ける。そして辺りを見回してから、九里に訊ねる。

「遠野さんは?」

「仕事しているよ」九里が片目を瞑る「今もおまえのことを心配しているだろうさ」

「そうですか。その、遠野さんに、お話聞いてくれてありがとうって伝えておいて下さい」

 九里が手を上げて応えると、真由が振り向いた。

 若干照れくさそうではあったけど、今度は本当の笑顔だった。

 真由が手を振る。

「ばいばい――」

 傍らを列車が通りすぎる。車窓から漏れる明かりがチカチカと瞳を照らす。

 真由は列車の光に連れ去られるようにして、あの世へ帰っていった。


 駅からぞろぞろと現れた乗客達が散り散りになり、再び辺りが静まり返る。

「いったか」九里が夜空を一瞥してから、おもむろに近づいていくる。「どうだ? お兄さん。久しぶりのこの世の空気は」

「彼女は成仏したんです」九里を醒めた目で見返す。「仕事は終わったというのに、いつまで続けるつもりですか、先輩」

 ジャケットから銀縁眼鏡を取り出して顔にかけ、ロングパーマのウィッグを外し、成瀬伸から遠野助に戻る。

 ようやく顔にかかる髪がなくなり、遠野はさっぱりとした気持ちになる。視力が戻り、九里のにやけ面がやっとはっきり見えるようになった。

 しかし、裸眼でいたのは危険だったな、と遠野は先程の出来事を振り返る。眼鏡を外していたために、九里と真由が現れたことに気付くのが遅れてしまった。些細なことだが、あれは危ない失敗だった。もし真由に不用意に近づかれて、成瀬伸が偽物であることがばれてしまっていたら、作戦が全て台無しになっていた。コンタクトレンズをつけておくべきだった。

「何だ、もう外してしまうのか。意外に似合っていたのにな」

 もちろん、この荒業じみた成瀬真由成仏作戦を立てたのは、この男、九里航平だ。

「それに、よく成瀬伸と似ていた。正直想像以上だったぞ」

 この作戦が立てられたのは、九里が成瀬伸と遠野の顔がそっくりだったことに気付いたのが始まりだった。成瀬伸の顔写真を見ていた九里が、その時ちょうど眼鏡を外した遠野の素顔を目にして、九里の頭の中に作戦の概要がぱっと浮かんだらしい。

「自分では、そんなに似ているとは思いませんでしたが」人から見れば違うのかもしれない、と遠野は思う。「でも、そう考えれば、真由ちゃんがやたら僕に懐いていたことに、説明がつくんですよね」

 あの異常なまでの好かれ具合は、遠野が霊媒体質者であったことに加え、遠野の容貌が、真由が慕っていた兄と似ていたことが原因だと思われた。

「とはいえ」遠野は苦い顔をしてみせる。「今更ですけど、成瀬伸に化けた僕と会わせることで、真由ちゃんにお兄さんを会わせたことにして、彼女の未練を解消させ、成仏させるなんて、無茶すぎやしませんでしたか」

「そうか?」対して九里は終始平然としていた。「俺はいけると踏んでいたがな。成功率を高めるために、おまえが成瀬伸になりきる練習もできたし」

「あんなの付け焼き刃でしょう」

 遠野は、成瀬伸の個人情報や、九里が真由の記憶で見た成瀬伸の様子から推測した、成瀬伸の人物像を考慮して、真由の前では態度を兄らしく変えるよう練習させられていた。いくら顔が似ているとはいえ、その他の面がまったく違っていたら話にならないからだ。

「もちろんそうだが、付け焼き刃でもごまかせる自信はあった。真由は霊になったショックもあってか、兄の記憶が曖昧だったんだろう?」

「そうですね。彼女は確かに、兄の記憶が薄れているといったことを言っていました」

「この作戦を夜の内に決行したり、真由をなるべく近づかせないようにしろとおまえに指示したのは、この暗がりの中で、兄の記憶があやふやな真由なら、近づいてみない限り、拙い変装でもばれることはないと思ったからだ」

「やっぱり、僕の変装は拙かったんですね……」

「人は見たいものしか見ない節があるからな。兄に会いたがっていた真由も、不審点を知らず知らずの内に無視して、おまえを兄だと信じ込んだ可能性もある。一般的に霊が出る時間帯といえば夜中だから、そういう環境もプラスに働いたのかもしれない。何にせよ、期待通りの成果を得られたのだから、問題はあるまい」

「本当に、問題はなかったのでしょうか」

 遠野は霊の成仏に成功しても、一抹の懸念が残っていた。

「何がだ?」

「いえ、その、いくら彼女を成仏させるためとはいえ、彼女を騙す形になってしまったのが、少し気がかりでして」

「そうか?」表情を見る限り、九里には無縁のものらしい。「俺には仕事を達成することができた満足感しかないがな」

「先輩だってさっき、彼女に、『おまえのことが心配でお兄さんが化けて出てきたんだ』って、嘘ついていたじゃないですか。気にならないんですか?」

「嘘ではないからな。あれは単に、真由が心配で遠野が兄に変装したんだ、という意味で言ったにすぎないものだ」

「そんなの詭弁ですよ」

「何をそんなに気にしているんだ?」やけに絡む遠野を怪しんでか、九里がじっと見てくる。「もしかして、真由の兄の気持ちを勝手に代弁したことでも気に病んでいるのか?」

 遠野は目を見張る。相変わらず、見かけによらず人の心の機微に聡い人だ。

「それこそ、よくやったと思うがな」遠野をフォローするための建前か、あるいは本心か、九里が言う。「おかげで真由の未練を明らかにして、解消することができたのだから。人の気持ちに疎いおまえにしては上出来だよ」

 別に、遠野は真由の気持ちを理解したわけではなかった。あんなに兄のことを想っていた彼女だったから、自分のことだけが悩みだとすると、塞ぎ込む理由としては弱いと思った。では他に何があるだろうと考えた結果、兄に対して負い目があったのではないか、と推察できた。その推理を真由に話して、そこで真由が初めて泣いたことで、遠野は自分の考えが合っていたことを確信した。

「でも、正しいことをしたとはいえ、嘘は嘘でしょう。普通の神経をしていたら、良心が痛むってものです」

「何だかそれだと、まるで俺が普通の神経をしていないかのように聞こえるんだが」

「気のせいでしょう」

「ならいいが。気のせいといえば、おまえの懸念も気のせいの範疇だろうな。大体、おまえが成瀬伸として真由に語ったことは、必ずしも嘘とは限らないだろう」

「え? どういうことです?」

「もし成瀬伸が、真由が心配していた通り、自分の人生を後悔していたり、そうなった原因である真由を恨んでいたりしていたら、それこそ彼は、本当に化けて出ていたとは思わないか?」

「……ああ、なるほど」

 霊になっていないから、成瀬伸は悔いを残していない、というわけか。

 もちろん、そう単純な話ではないだろうが、遠野は職業柄か、腑に落ちた。

「そんなに良心が痛むのなら、最後に抱擁でもしてやればよかったんじゃないか、色男」

「無茶言わないで下さいよ。偽物だと気付かれたらどうするんですか。それに、仮にばれる心配がなくても絶対にできませんよ。すぐそこに警察署があるんですから」

「気にすることはない」九里がいい加減なことを言う。

「気にしますよ」遠野にだって将来がある。

「いや、そうじゃない。真由のことだ」九里が珍しく真面目に語る。「霊がこの世にいるのは間違っている。だから霊をあの世に帰す。それが何より霊のためになるのだから、経緯がどうであれ、成仏できたのであれば、それは正しいことだ。それに、成仏すれば、輪廻の先でいつか真由は兄と再会できるかもしれない。そしたらそれが、彼女の本当の救いとなるだろうよ」

「輪廻の先で、ですか」遠野は基本的に現実的な人間だ。「天文学的な確率ですけどね」

「何言っているんだ。おまえだってさっきそう言っていただろうが。真由に対して、いつかきっとまた会えるから、と」

「あっ……」そういえば、そんなことを口走っていた。

 気休めは口にしない主義なのに、どうしてそんなことを言ったのだろう。

 ……もしかしたらあの時、本当に成瀬伸が乗り移っていたのかもしれない――。

 なんて突拍子のない理由を思いついたが、自身が持つ霊媒体質のせいで、そんなのあるわけがないと笑い飛ばせないのが、遠野を何とも複雑な気分にさせた。

 とある兄妹が再会を果たす――そんな遠い未来に思いを馳せるように、遠野は再び天を仰ぐ。雲は出ていない。どうやら月は、元から輪郭がはっきりとしたものだったようだ。

 晴れ渡った夜空が、なぜだか無性に胸に染みた。

 いつもそこにあったはずの風景を、美しく、懐かしく感じたのは、単に最近忙しい日々を送っていたために、空を見上げるのが久しぶりだったからに違いない。


 一仕事終え、北警察署の職務室にだらりと戻った遠野らを、大変な事態が待っていた。

「なっ……」

 九里が部屋に入ってすぐに足を止めて絶句する。常に飄々としていて何事にも動じない九里が言葉を失うとは珍しい。がしかし、それもむべなるかなと、遠野は納得する。

 部屋の中に、机の島から一つだけ離れているデスクに、あの一分遅く退勤することはおろか、一分早く出勤することすらない、この部屋の長、雪創一の姿があったからだ。

 室長は、いつものように細身のブラックスーツをまとったでかい図体をデスクに収め、パソコン作業をしていた。つまり働いていた。

 ……ありえない、室長が時間外に勤務しているなんてありえない――遠野は頭がくらくらし、見当識を失い、ここが現実なのか否かわからなくなった。

「……おい、遠野」九里が恐る恐る訊ねてくる。「今、何時だ」

「午前一時半、です」遠野は腕時計を自分のデスクに放り捨てる。「すみません、この時計狂ってます。時報で確認してみます」

「……もうした」応接ソファーの傍らで、やはり呆然と立ち尽くしていた卯月が口を挟んだ。「確認した。時間はずれていなかった。確かに今は、午前一時半よ」

「馬鹿な」九里が吐き捨てるようにして言う。「卯月、これはどういうことだ」

「知りませんよ……室長は三十分くらい前にふらりと入ってきたと思ったら、そのまま何も言わずに、あの調子なんですから……」

「おまえは三十分も何やってたんだ」

「あまりの出来事に、ずっと唖然としていました」

「無理もない」「無理もないですね」

 遠野も一人だったら、朝まで意識を失っていた自信があった。

「窓の外は、相変わらず真っ暗ですね」遠野は状況を確認してみる。「ということは、やはりまだ夜だということです。時間がずれていないことの証拠と言えるのでは?」

「いや、わからないぞ」九里が無理を言う。「世界のどこかで隕石が落ちて、大量の粉塵が舞って、日光を遮断しているのかもしれん」

「天地がひっくり返ったくらいで、室長が時間外に出勤すると思います?」

「思わないな」「思わないわね」「ですよね」

「ん……?」そこで遠野はぴんと来た。「時間外に出勤するわけがない……? ああ、もしかしたら室長は、勤務時間内なのかもしれません」

「勤務時間内?」卯月が首を傾げる。「こんな時間に?」

「なるほど。シフト変更したというわけか」九里が察する。「そうなんですか、室長?」

「そうだ」室長が顔を上げすらせずに答える。

 話を聞いていたのなら、説明してくれればよかったものを。そうすれば部下らが混迷のの極みに陥ることはなかったというのに。室長は聞かれなければ答えない人だった。

「また娘さんとどこか行くために、シフト調整ですか」なので遠野は訊ねてみる。

「ああ。ちょうど今日娘が午後休みだというから、私が合わせることにした」室長がさも当然のように私的都合でシフトをずらしたことを明かした。「よって今日の午後と明日は不在となるから、諸々よろしく頼む」

「……百歩譲って、今日の午後お休みするのはいいとして」卯月がこめかみをひくひくさせながら室長に問う。「どうして明日まで休むのです? ちょっとその辺り詳しく聞かせてもらえませんか?」

「おいおい、卯月、悪あがきはよせ」九里は室長に迫る卯月を追わず、もうどうでもよくなったと言わんばかりに、コーヒーを汲みにいく。「あと、今は夜中だから、説教するなら静かにな」

 一気に日常の光景に戻った職場を見て、遠野は疲れた溜息を吐く。

 さて、霊は成仏したし、室長もいることだし、さすがにもう帰宅してもいいだろう。

「お疲れ様です」

「どうして室長はいつもいつもそうなんですかっ」

「大変ですね室長、毎度毎度がみがみ言われて」

「娘のためならどんな苦難も乗り越えるのが、父親というものだ」

 誰からも返事がなかったが、遠野は構わず部屋を後にした。


 霊はいる。確かにこの世に存在している。

 彼らはどこからともなく現れる。今回のように、気付かぬ内にいつの間にか背後に霊がいたとしても、何らおかしくない。

 そのことを、最近の忙しさにかまけて忘れてしまっていた。

 今度こそ背後には、振り返る際には用心しようと、遠野は改めて肝に銘じつつ、北警察署の正門を通り過ぎる。

 ――とんとん。

「――」遠野の身体が硬直する。

 ……肩を叩かれた。人気の少ない真夜中の警察署で。……いやな予感しかしない。

 ここまで近づかれては逃げようもない。用心などするだけ無駄だった。

 遠野は腹を決めて――いろいろと諦めて――背後にどんな恐ろしいものがいるのかと、ゆっくりゆっくり振り返る。

「待てよ、働き者」

「……はい?」

 そこにいたのは九里だった。遠野は拍子抜けする。

 が、九里の意地の悪い笑みを見て、いやな予感は当たっていたことを遠野は察した。

 果たして九里は言うのであった。

「仕事だ。また霊が出たぞ」


 おばけ達の夜は続く。

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幽霊生活安全課 外伝/著:灰音憲二 富士見L文庫 @lbunko

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