おばけ達の夜 ― その4
「それがこの、幽霊生活安全課でやっている俺達の仕事というわけだ」
「え……?」
少女は突然の話に唖然としているようだった。今まで自分が他人と同じ普通の人間だと思っていたのだとしたら、無理もない反応だ。
その困惑していた少女が、なぜか遠野に視線を定めた。その目は相変わらず助けを求めているようだった。霊にそういう目を向けられることは、霊媒体質故によくあったが、少女のはどことなく今までのものとは違うように感じられた。
「君のことを、助けてあげるということだよ」だからだろうか、柄にもなく霊のことを慰めたくなったのは。「だから、そんなに心配しなくていいんだ」
それでも少女はしばらく黙って遠野を見つめていたが、やがてこくりと頷きながら、「……はい」と言った。
「なぜ霊はこの世にやってきてしまうのか」九里が講釈を続ける。「その理由は人によって様々だが、一般的には、この世に未練があるからだとされている。そしてその未練が解消されると、霊は成仏してあの世に戻る。つまり霊を成仏させるためには、霊が持っているこの世に対する未練が何であるかを理解しなければらない。除霊でもしない限りな」
「除霊?」少女が問う。
「君には関係ないことだよ」遠野はそう言って、説明する手間を省いた。
実際、この少女が除霊されることはまずない。成仏のことを法的には通常執行というが、対して除霊は強制執行という。その名の通り、除霊とは強制的に霊をあの世に送ることを意味する。そんな力業を行使するには、それ相応の条件が必要なのだが、今回の少女の件には当てはまらないと思われた。
「だから」と卯月が言う。「よければ、あなたのことを聞かせてくれないかな」
少女が卯月をちらりと見る。「私のことって?」
「何でもいいよ。そうね、初めはすぐわかることから話してみて。たとえば、あなたのお名前とか」
「名前は……成瀬真由、です」
「真由ちゃんね。私は卯月美衣弥」と卯月は自己紹介すると、遠野を手で示し、「こっちの、あなたを保護した人は、遠野助といって」次に九里を指差した。「で、この勤務中にお酒を飲んでさぼっていた疑惑があるどうしようもない人は、九里航平っていうの」
「その注釈いるか?」九里が眉間に皺を寄せて言う。
「遠野さん……」真由がそう名前を呟きながら、遠野を再び見つめる。
遠野は頬を掻く。どうも彼女に懐かれてしまったらしい。
「霊媒体質ってのも、案外悪くないんじゃないか」九里が真由の様子を見てか、からかう調子で遠野に言う。「若い女に好かれるのだから」
「好かれるだけで済めば、まだいいんですけどね……」
霊に好かれるのは霊媒体質の特徴だから、真由が遠野に懐くことに不思議はなかった。
「真由ちゃん、歳は? 今は中学生?」卯月が質問を続ける。
「中学二年生……」と言いかけて、真由は首を横に振る。「たぶん、三年生には進級したと思います。でも、三年生の時の記憶がなくて……」
「無理に思い出そうとしなくていいからね」卯月が真由の手の甲をさする。
「忘れているのか?」九里が思案げな表情で腕を組む。「それは単に霊の初期症状の表れか、あるいは……」
そうやって、九里がやけに真面目に悩んでいるようだったから、遠野は思わず、「考える必要なんてあるんです?」と声を上げてしまった。
遠野が話の流れを断ち切る発言をしたためか、他の三人が一斉に遠野に注目する。
「あるだろう、それは」そして三人を代表するようにして、九里が遠野の疑問に答える。「彼女の過去を探ることが、彼女を成仏させることに繋がるのだから」
「それはそうですけど。でもそれって、先輩ならすぐわかることですよね?」
「む……」遠野の指摘に九里は唇を尖らせるが、ややあってから、「まあな」と認めた。
そう、九里ならわかるのだ。
霊の過去が。霊が霊になった原因――この世に残している未練が何なのかが。
「だったら」遠野は当然の帰結を告げる。「それをさっさとやればよくないですか」
「いいのか?」九里がえらく自信満々に言ってのける。「それだと、本当にあっさり終わってしまうかもしれないぞ」
不遜といっていいような九里の態度だったが、しかしその自信はまったくもって正しかった。これまでにも幾度ともなく、その九里の力で事件を迅速に解決してきたことを、遠野は九里の隣で見て知っていた。
「いいですよ」よって遠野は大いに頷く。「むしろお願いしますよ」
「何だ、いいのか。てっきり俺は、真面目なおまえのことだから、ちゃんと手順を踏んで調べて、捜査の王道をいきたかったのだと思っていたのだが」
「捜査は効率的に行うに越したことはないでしょう。霊は可能な限り早く成仏させた方がいいのですから。大体、昼過ぎから出勤した九里さんと違って、僕はきちんと朝から働いているんです。そろそろ家に帰りたいんですよ」
「……帰っちゃうんですか」
真由に縋るような眼差しを送られて、遠野はついたじたじとなってしまう。
「……いや、もちろん、君の件を解決してからにはするけど……」
「そうだな」九里がここぞとばかりに念を押す。「おまえが彼女を連れてきたのだから、きちんと最後まで面倒見るべきだよな」
「見ますよ。見ますから、早くやって下さいってば」
「わかったわかった。やるさ。俺だって早く帰りたいのは同じだしな」
「仮に早く終わっても」卯月の目が光る。「時間までは帰らせませんよ?」
「遠野、ここはやはりじっくりいくべきではないか」
「先輩」遠野は九里を醒めた目で睨む。
「冗談だよ」九里がふっと笑ってから、真由に顔を向ける。「悪いが、しばらく俺の目を見ていてもらっていいか」
「え? 目ですか――」真由が反射的に九里と視線を合わせる。
すると彼女の瞳が揺らいだ。どことなく焦点を失ったようになり、元々乏しかった感情の表現が、表情からすっかり失われて、虚ろな状態になる。
対して九里は、真由の瞳の奥にある、彼女の記憶を見通すように、強く彼女の目を見つめている。見通すようにというか、九里は実際に見えているのだ。彼女の過去が。
そうやって膨大な霊の記憶から、霊が霊になってこの世にやってきてしまった原因を探り出す。
その類希なる能力こそが、九里が遠野ら捜査官のトップに位置している所以だった。
「……なるほど」
やや前のめりになっていた九里が、おもむろに背もたれに寄りかかる。
「――あ、……え?」
その拍子に真由がはっとし、ぱちぱちと瞬きする。九里に捕まえられていた意識が戻り、我に返ったようだった。直前の覚えがないらしく、ぽかんとしている。
「なるほどということは」遠野はさして期待をせずに訊ねる。「成功したのですか」
「ああ」しかし九里は何てことないようにして頷くと、「全部わかった」
とんでもない成果を上げたことを、実にさらりと告げたのだった。
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