ご褒美の日

 バシバシバシ。バシバシバシバシバシ。

「ひょっとしたら先生のことお説教臭いと思ってるかもしれないけどネ」

 タイル張りの薄暗い部屋に響くのは、火花の飛び散る音と、低く怠そうな女の声。

「これでも先生、ちょっとは心配してるのヨ? あんまりアンタがしょっちゅうここに運ばれて来るからサ」

 何に使うのか分からぬ機器。内臓や女性器、人体の断面図を描いたポスター。下半身を無理矢理接合された裸の女同士が睦み合う写真。幾つもの奇妙な物品が、壁際から部屋の中央を見下ろしていた。

 そこにあるのは手術台。女がひとり寝かされ、傍らにもうひとり女が立っている。

「うるせぇな。いいだろいつ何回運ばれて来ようと、カネも出してんだし」

 手術台に寝た女が、傍らの女に向け、ハスキーな声で返事をした。一糸纏わぬ裸。メートル法に換算して、二メートルを超えようかという長身。その腰まで届く長い髪。性的視線を集めるためにあるかのような、劣情をそそる肢体。彼女の豊満な左乳房の下からへその上にかけて、漢字の『百』をモチーフにしたと思しきタトゥーが彫られている。それは、聖女を痛めつけて犯すかの如き淫靡な冒涜性を孕んでいた。

 嗚呼、しかし彼女の体をじっくり眺めようとすれば、どうしても目に入るものがあろう。

 そう、彼女の両腕の骨が、その肌より更に露わに、その姿を晒しているのである。腸を除かれる魚のように切り開かれ、骨を露出させた腕。見れば、その骨は最早骨とも呼べぬ代物であるのが分かるだろう。それは多数の関節を持つ刃であった。丁度生者が蛇腹剣と呼ぶ武器に酷似している。

 傍らの女は、指先から直接伸びた手術器具、そして明らかに機械用であろう器具を用い、その関節部を慎重にメンテナンスしていた。右手の人差し指が彼女の骨に触れる度、火花が散る。

 バシバシ。バシバシバシ。

「でもネ、モモ。アンタ自分で先生のトコ来るならいいけど、お友達に連れてきてもらってるでショ」

 自分を『先生』と呼んだ彼女は、褐色肌の女。後ろで縛られ、パーマがかった色素のなく長い髪。白衣のボタンはひとつしか留めておらず、しかもその下からは黒く派手な下着が覗いている。膝上まである黒いソックスとその下着以外、白衣の下には何も身に着けていないようであった。

「ネ。お友達、大切にしなキャ」

「キキは友達じゃねぇよ。体の相性がいいだけ」

「セックスフレンドもフレンドはフレンドでショ。お礼くらい言いなさいネ」

「手間賃は払ってら。向こうが請求してくるからな」

「んもゥ……はい、これで終わリ」

 先生は、手術以外には使いづらそうなその手で、モモの腕に器用に包帯を巻いた。

 モモは起き上がると、手術台脇の台に置かれた自分の服を掴み取った。先程まで腕を切り開かれていたとは思えぬ手際の良さで、モモはそれを着る。体のラインがやたらと出る、胸元の露出が激しい改造修道服。それは、ある種裸で歩く以上の卑猥さを感じさせる。

「ママのご飯食べといデ。そしたら傷も塞がるヨ」

 ガチャガチャと音を立てブーツを履くモモを見ながら、先生はギギッと音のしそうな不自然な笑みを浮かべた。その歯は全て何らかの金属に置き換えられていた。

「さ、ママに会う前に先生に治療費おくレ」

「ほいよ」

 モモが懐から取りだしたのは、鮮やかな色のカジノチップ通貨。そのうち数枚をモモが放り投げると、先生は鮮やかにそれをキャッチした。

「体に気を付けてネ。あんまりここに来るんじゃないヨ」

 モモは返事もせず、部屋を飛び出す。悲鳴にも似た声を上げ、重い鉄の扉が開き、閉まった。

 荒れ果てた廊下を、モモは慣れた足取りで進む。この空間を流れる冷たい空気が、彼女は好きだった。何度か角を曲がると、段々と聞こえ始める。心地良くも猥雑な喧騒が。それらが漏れ出しているひときわ大きな扉を、モモは勢いよく……開けた!

 そこでモモの帰りを待っていたのは、ブラックライトの光と旧世界メタルミュージックに包まれた、広く、そして整えられた空間。

 黒い天井、白い壁。床はモノクロチェックのタイル張り。黒いテーブルと椅子がそこかしこに並べられ、その席の多くはいかがわしい格好の女達で埋まっていた。

 テーブルを囲んだ女達は酒を飲み、食事をし、音楽に負けぬ声で談笑している。カジノチップ通貨を積み上げ、博打をしていると思しきテーブルもあった。

 布面積のやたら少ない改造メイド服の女達が、各テーブルへ飲食物を運んでゆく。酒の力で気を良くした女がメイドの胸を揉み、その谷間に空けられたスリットへカジノチップ通貨を入れた。

 その隣を通り、モモはカウンター席へと向かう。そこに立っていたのは、遠くからでも分かるほど異常に膨らんだ乳房を持つ女であった。

「ただいま、ママ」

「お帰りなさい、モモちゃん」

 ママと呼ばれた女はカウンターから身を乗り出し、モモを迎えた。人の頭よりも遥かに大きいその胸を、どさりとカウンターに乗せて。

 流れるようなブロンドの長髪。肩の露出が激しい紫色のドレス。大きな赤い宝石の首飾り。そして、旧世界宗教の聖母が如き微笑み。そう、紛れもなく彼女こそが、この亡者の楽園を支配する者、『ママ』。

「もう治してもらったのね。ママ心配したのよ、また無茶したみたいだったから」

 ママのモモに対する口調は、幼い娘に語り掛ける母親のそれであった。

「大丈夫だってあのくらい。それよりママ、今日の獲物どうだった?」

「ああ、見たわよ。すごいじゃない、レベル2を一日で三体もやっつけてくるなんて。偉い子ねぇ」

 ママがモモを撫でると、モモはその姿に見合わぬ力の抜けた笑みを浮かべた。

「えへへ。で、ママ、ご褒美は?」

「そうね。はいこれ」

 ママは胸の谷間からカジノチップ通貨を取り出した。

「ママぁ、カネは嬉しいんだけどさぁ。ここんとこアタシ頑張ってるだろぉ……?」

 モモは甘えた声を出しながら、カウンターに乗ったママの胸をチラチラと見た。

「だから、そろそろ……さぁ」

「あら、甘えんぼさん」

「だってぇ。だから頑張ってるんだぜぇ」

「うーん、どうしよっかなぁ」

 ママは垂れ気味の目を細め、頬に手を当てた。

「お願いだよぉ、もうママのこと考えただけでアタシ……」

「そうねぇ、そんなに言うなら……」

 ママはその体をずいと前のめりにし、モモに耳打ちした。

「……ママのお願い聞いてくれたら、モモちゃんの欲しいの、あ・げ・る」

 ママの囁きが、モモの体をゾクゾクと駆け巡る。

「……いいよ。ママ。なんでもする」

 モモの目の色が変わり、呼吸が荒くなった。

「何でも?」

「うん。何でもするよ」

「ちょっと危ないお願いかもしれないけど」

「する。するよ」

「そっかぁ、そんなに欲しいんだぁ。じゃあ――」


(……出た、『勅命』だわ)

 カウンター席の端で食事をしつつ、ふたりのやりとりに目を光らせる女がひとり。

 彼女が苛ついた様子で口に運ぶのは、レベル2の肉に黒いソースをかけたカルパッチョ。

(なんでアイツばっかり。私じゃなくて)

 少し乱暴にフォークを置き、赤ワインを呷る。

 ボブカットに黒縁眼鏡、ギザギザの鋭い歯。青黒いゴシックファッションに身を包んだスレンダーなシルエット。彼女の顔には、漢字の『四〇』を記号化した花のようなタトゥーが刻まれている。

(アイツばっかり! アイツばっかり! アイツばっかり! 私だって、ママの寵愛を……!)

 モモはママに酒と料理を注文した。ママがキッチンに引っ込むと、代わりに現れたのは、谷間にスリットの開いた露出メイド。

 カウンター後ろの棚にずらりと並んだ瓶から、彼女はウォッカと赤いリキュールを取り出し、流れるような動作でシェイクした。

 カクテルグラスに注がれ、静かに差し出されたそれを、モモはひと口で全部飲み干す。そして、露出メイドの胸スリットにお代のカジノチップ通貨を挿入した。露出メイドは少し上気したような様子を見せ、軽くお辞儀をする。

 その間にママが戻り、モモの目の前に皿を差し出した。表面を軽く炙っただけの、ほぼ生の肉。それも恐らくはレベル3のもの。

(れ、レベル3!? 味にうるさい私ですら普段はレベル2なのに!? お高く留まって! そんなに自分の強さを誇示したいの!? 許せない! 許せない!)

 尖った爪で頭を掻きながら、ゴシック服女は眉間に皺を寄せた。

 モモは左手にナイフ、右手にフォークを持ち、ほぼ生のステーキを喰らう。瞬く間に平らげると、ママの前にカジノチップ通貨を置いて彼女は立ち上がった。

「よっしゃ、明日も早いし一発ヤって寝――」

「ちょっと貴女!」

 ゴシック女は同時に立ち上がり、自分でも驚くほどの大声でモモを呼び止めていた。周りが水を打ったように静まり返り、ふたりに視線が集まる。

 モモは己を呼び止めた相手を視認すると、首を捻った。

「……誰だっけお前」

「し、シオン! シオンよ!」

「あーそう。で、何?」

 ゴシック女……シオンは、言葉を詰まらせた。声を上げたはいいが、何を言うかまでは決めていなかったのだ。

「……あ、貴女、どう? 今夜、一発。探してるんでしょ、相手」

 自分でも意味が分からなかったが、咄嗟に思いついた言葉を、シオンは気付けば口に出していた。

 モモは赤い瞳でシオンの全身を一瞥し、一瞬目を閉じ、首を逆方向に捻った。

「……悪い、アタシもうちょい肉付いてる女の方が好みなんだ。てかお前爪長いし。マンコん中怪我しそうじゃん」

 彼女は既にシオンの方を向いていなかった。

「ママ、メイド誰か借りていい?」

「いいわよ。7号ちゃん、行っておいで」

 先程モモにカクテルを供したメイドが、モモの前へ進み出、一礼。

「お代は7号ちゃんに直接ね」

「分かってるって。行こうぜ」

 7号は頷き、モモの腕を抱いた。モモが7号を連れてこの大広間を出るまで、その空間にはただ旧世紀メタルだけが流れ続けていた。

 その大きな扉が閉まった瞬間、

「ブフッ」

 誰かの噴き出す声と共に、事態を見守っていた女達は大爆笑を始めた。そして数秒後には誰もがシオンから興味を失い、それぞれの雑談や博打に戻った。

「~~ッ!」

 亡者の楽園に喧騒が戻っても、真っ赤な顔で硬直したままなのは、シオン本人。

「えーっと……シオンちゃん、何か飲――?」

「あの娘が飲んでたのよりうんと強いヤツ! あと私にもメイドひとり!」

 気を遣って声をかけたママが言い終わる前に、シオンは即答した。

「……ハイハイ」

 ママは苦笑いで棚に手を伸ばした。

(私に恥をかかせるなんてッ! アイツ! 許せない!)

「はい、お待たせ」

 ママが出したカクテルグラスには、青く輝く液体が並々と注がれている。シオンはそれを一気に飲み干すと、

「あ゛ッ」

 むせ返った。

「無理するから……ハイ、お代頂戴」

 ゲホゲホと咳をしつつ、シオンはママにカジノチップ通貨を渡した。シオンの隣に別の露出メイドが座り、背中をさする。

「やめなさい貴女! 情けなんて要りません!」

「違うわシオンちゃん、今夜のアナタのお相手。13号ちゃんよ」

「分かっています!」

 シオンは13号の手を引っ掴むと、引きずるようにして部屋から出た。そのまま地下二階にある個人冷蔵霊安室まで向かうと、乱暴に服を脱ぎ散らかし、怒りを性欲に変換して13号を犯した。

(殺す! アイツ! 殺してやるわ! モモ! 絶対許さない!)

 13号は喋れぬ割によく鳴く女であった。




 モモが目覚めると、隣にはあられもない姿で眠っている7号がいた。

 何だっけこれ。一秒後、モモは思い出した。7号は昨晩、二十四度絶頂した後に気絶したのだったと。

「あ、まだ寝てたんだ……イジメ過ぎて死んだかな7号……でもアタシ悪くねえよ、コイツすぐイくから……イかせまくるの面白かったんだもん……」

 誰にともなく言い訳。同時に脱ぎ散らかした衣服の中からチップを取り出し、7号の胸のスリットに挿入する。

「ひんッ」

 反応があった。

「よし、死んでねえな……死んでるけど。7号、朝だぞ。仕事に戻れ」

 7号は目を開け、恥じらいつつ服を着た。

「喋れないくせに喋る奴より付き合いやすいよお前。いや、喋らないからか」

 7号が一礼してモモの霊安室を出るのを見届けた、僅か二秒後。

「あっ!」

 モモは、昨晩ママに頼まれたお使い……この『家』に住まう亡者達が『勅命』と呼ぶものの存在を思い出した。

「寝てる場合じゃねえ!」

 服を着る。靴を履く。髪を整える。ヒビの入った姿見で確認。

「よっし! 完璧!」

 最後に手袋をギュッと装着し、モモは霊安室を出、鍵を閉めた。廊下で眠る女を数人跨ぎ、階段を上り、地上階へ。

 建物を出ると、嫌になるほど眩しい朝日が、この廃墟ビル群を照らしていた。

「今日も一日、ヤりまくるぞッ!」

 大きく伸びをすると、体の中で金属製の骨がボキボキ鳴るのが感じられた。

 ソーラーパネルや風車の並ぶ『電気畑』を隣に、モモは歩く。機嫌良さそうに歌いながら。


「3Pがしたい 3Pがしたい

 賛否は知らない 3Pがしたい

 ひとつの死体をふたりで犯して

 3Pがし・た・い~」


 機嫌の良い日はこの自作曲と共に出掛けるのが、彼女の『自分ルール』であった。

(そんなに3Pしたきゃすればいいでしょ! 声かけるなりカネで買うなりして!)

 この欲望に素直過ぎる歌を、物陰から聴いている女があった。青黒いゴシック服。ボブカット。眼鏡。シオンである。

(まあいいわ、アイツの目的さえ分かれば、アイツが3Pしようが4Pしようが知ったこっちゃない)

 そう、シオンの目的は、モモの『勅命』に先回りし、それを果たすことであった。

 モモが何を頼まれたかは知らないが、要するにママの望みを叶えられさえすれば、『勅命』を果たすのが誰であろうと構わないはずである。

(モモ、きっと悔しがるわ。私が先に仕事を片付けたら)

 ビルの陰を慎重に移動しながら、シオンは皮算用を始めた。

(さあ、どんな化け物の討伐を頼まれたわけ? 何でも来なさいな、レベル3だって余裕で殺せる。アンタにできることくらい私にもできるって見せてやるわ。そして私こそがママの寵愛を……ママの……嗚呼……想像しただけで……)

 ……ところが予想に反し、モモはいつまでも歩き続けるだけであった。ビル群を抜け、荒野の真ん中に出ても、モモはただ歌っているだけ。


「3Pがしたい 3Pがしたい

 讃辞はいらない 3Pがしたい

 卑猥な肢体をふたつも並べて

 3Pがし・た・い~」


(どんだけ3Pしたいのよアンタ!?)

 心の中でツッコみつつ、シオンは岩陰からモモを観察する。

 遠くで異形の怪物が這い回っていようと、モモは目もくれない。レベル2、あるいはレベル3と思しき相手であっても、である。

(普通ヤるわ。レベル3一体殺して持って帰れば何日連続でメイドと3Pできると思ってんの)

 シオンの頭に、ひとつの可能性が浮かんだ。

(……力を温存してる?)

 その可能性は実際低くない。この荒野をこんな所まで、それも単身で進もうとする者は、普通いない。チームで『遠征』しようというならまだしもである。怪物の数も増え、大きさも増し……。

(そして、誰も助けが来ない)

 既に死んだ身とはいえ、失血すれば脳以外動かなくなる。そして脳を破壊されれば、真の死を迎える。そして悪いことに、あの怪物共は屍肉漁りが大好きときている。意識だけぼんやり保ったまま肉体を貪られ、脳が餌とされるその瞬間をハッキリと認識し……。

(絶対嫌)

 シオンは震えた。

(こんな所まで来なきゃ果たせない用事って何なわけ? レベル何の化け物をヤればいいの?)

 シオンの肌を、冷たい汗が伝った。『家』のある廃墟ビル群が見えなくなって、もうかなり経つ。太陽の位置が高い。どれだけ経った? このまま夜になるのでは? シオンの小さな胸を、様々な心配が去来する。

(ママに会いたい……帰ろうかな……)

 その脳裏に弱音が浮かんだその瞬間。

 モモの歌声が、止まった。

(えっ、何? まさか気付かれた?)

 シオンは岩陰で身構えた。しかしモモは、シオンの方には一瞥もくれず、足元の何かを見ている。

(何、そこに何があるの?)

 シオンは懸命に確認しようとした。

 しかしシオンは、モモに気を取られるあまり、忘れていたのだ。自分がどのような地に足を踏み入れているのかということを。モモの立つ大地が危険に満ち溢れているというならば、自分の立つこの場所とて例外ではないということを……!


「ぃぃぃぃぃいいいいい」


 すぐ後ろから聞こえたその声に、シオンは振り向いた。

 いた。

 白く皺だらけで鞭状の生物。それが地面から伸び、今まさに自分に食らいつこうと鳴き声を上げて――。

(レベル2! いつの間に!)

 シオンが思考するのと、彼女の露出された背中から鮮血が噴き出すのは、ほぼ同時だった……!

 ……だがよく見てほしい!

 確かにその血はシオンの背中が裂けたものである! しかしそれは、怪物が食らいついたからではない! 彼女の背中から、大量の触手が飛び出したからである! ……否!? 触手というのも正確ではない! それは……手首ほどの太さのある……電気ケーブルだというのか!?

 電気ケーブル触手の鋭い先端が、鞭状生物の体に突き刺さる!

「ぃぃいいい!」

「アァーイッ!」

 シオンの奇怪なシャウトが荒野に轟く! 瞬間!

 バシュシュシュシュ!

 流れる高圧電流! 悲鳴を上げる鞭状生物!

「いいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 数秒後、シオンはケーブル触手を鞭状生物からずるりと引き抜いた。残された死骸は、黒く焼け焦げ、既にぴくりとも動かない。

「ふぅ……よかった、この程度で」

 刺す。

 電撃。

 殺す。

 単純な話だ。レベル3くらいまでの化け物ならば、この戦法一本で充分だ。なるべく『家』から遠出はせず、すぐ帰れる範囲で殺し、稼ぐ。実際この方法は効率的だった。モモのように野蛮なやり方でなくても、自らを必要以上に死の危険に晒さなくても、ママから遠く離れなくても……しかしママからより寵愛を受けているのは……。

「モモ……!」

「呼んだか」

「あっ!?」

 隣に、モモがいた。

「シオンだっけ、変なトコで会うな」

「な、何? いたら悪い?」

 シオンは狼狽した。

「私くらいになると……その、その辺のレベル1とか2のザコじゃ物足りないのよ」

「ふーん」

 モモは信じたとも信じないとも分からない目をしていた。

「な、何よ。貴女も私のコト馬鹿にするわけ? 臆病とか効率厨とか言って!」

「………」

 モモは返事をしない。

「どうせ近場でしか狩りしない私がこんなトコまで来やがって何考えてんだとか考えてるんでしょ!?」

「……いや、アタシそんなにお前のこと知らんし……」

 シオンの顔から火が出た。

「ちょ、私なんか眼中にないって言いたいわけ?」

「いや、眼中とかじゃなくて普通に知らんし……それよりさ」

「何よ!」

 シオンが大声で返すと、モモは一度首を捻り、モモの背後を指差した。

「スゴそうだな、その背中のヤツ」

「えっ?」

 モモは、電気ケーブル触手のことを指しているらしかった。

「な、何なの急に」

 凄い。

 その言葉にシオンは弱かった。

「そ、そりゃ凄いわよ。貴女も見たでしょ」

「見た。あの電気ビリビリのヤツ」

 その返事を聞くと、シオンは触手を無駄にくねらせ、小さな胸を張ってみせた。

「す、凄くて当たり前じゃない、他ならぬ私が、先生に貰った武器なのよ。貴女も羨ましい?」

「ああ、いいかもな。それマンコに挿れてさ、電気流しながらピストンしたらすげぇ興奮しそう」

「ハァ!?」

 シオンの一瞬のぬか喜びは、モモの性的探究心によってすぐに崩れた。

「もう試した? 電気触手セックス。というかお前それがあればオナニーしたい時困らなさそうだな」

「ば、馬鹿にしないでよ! 私がひとりでなんかするわけないでしょ! する時は相手を買います! それくらいのお金はあるの! 見くびらないで!」

「あー、アタシも。ムラムラきてもオナニーはしねぇって決めてる。貧乏くせぇし」

「あ、ああそう……貴女とそんな共通点があるとはね……」

 シオンが振り上げた拳の振り下ろし方に困っている間に、モモは首をぐりぐりと数度捻った。

「……まあいいや。お前さ、マメな作業って得意?」

「え?」

 シオンは我に返った。

 そうだ。モモはここへ『勅命』を果たしに来たはず。

「……内容によるわ、ママから何か頼まれ事?」

「ああ、まあな」

 やはり。『勅命』の秘密を自らバラそうというのか。

(浅はかなこと! 横取りされるなんて考えてもないのね!)

 シオンは心の内でニヤリと笑った。

「ママからのお願いなら当然手伝うわ。何?」

「そこに杭が立ってんだけどさ、その周りに――」

 その時である!

 地鳴りと共に、すぐそばの地面が盛り上がった! そして、そこから何かが現れたのだ!

 はじめそれは、群れを成した鞭状生物群に見えた……しかし違う! 鞭状生物など最初からいなかった! レベル2個体を一匹感電死させた!? そうではない! それは、更に大きな化け物の頭に髪の毛めいて生えた触手を、たった一本ダメにしたに過ぎなかったのだ!

 潰れた白い団子のような肉塊に、人間のそれに近い六本の腕! 明らかに飛行に適さぬ、小さすぎる羽! 球根の髭めいて申し訳程度に生えた、赤子の脚のような器官!

 土の中から完全に姿を現したそれは、縦に割けた九つの瞼を一斉に開き、緑色の目でふたりを睨みつけた!

「ぃぃぃぃぃいいいいいいい」

 触手の先に開いた穴から、笛の音のような鳴き声が響き渡る!

「レベル3……いや、4……?」

 その鳴き声に頭を掻き回されながら、シオンはこの巨大でグロテスクな生物の大きさを目測した。高さはビルの三階程度。横幅もたっぷりある。それが、大きく腕を振り上げ、自分達を叩き潰そうと……!

「アァーイッ!」

 シオンは咄嗟に電気ケーブル触手先端から放電! 電気を浴びた腕は、一瞬ひるんだように見えた!

「やっ――」

 しかし、化け物はその手で数度払うような動作をすると、続いてグーとパーを交互に繰り返した。嗚呼、まともに動いている!

「き、効いてない!?」

「撃ち出せるのか、そのビリビリ。疲れた日はマッサージとかにもいいかもな」

 突然の、そしてあまりに呑気すぎるその発言は、シオンのすぐ隣から。

「あ、貴女、そんな場合じゃ、こ、殺され――」

「その触手見てたらさ、すげぇムラムラしてきた」

「は?」

 シオンが訊き返した次の瞬間、ぼとりと音。

「………!」

 シオンは息を飲んだ。モモの右腕が、肘部分でもげている!

(……これが!)

 地面で右手が卑猥なハンドサインを形作る!

「ひとつの死体をふたりで犯して

 3Pがし・た・い~」

 その腕の断面からは、チェーンめいて金属が伸びている。

 そう、生者の言う、蛇腹剣が!


「堕ッ!」


 ジャリジャリジャリジャリ!

 大きく伸びた腕は、化け物の目玉に向けて飛んで行った!

「惰ァッ!」

 その手の甲から、剣先が飛び出す!

「いいいぃぃぃ!」

 化け物の悲鳴! 目玉が潰れ、どろりとした液体が溢れ出した!

「あぁ……あ゛っ……あァー……挿入っ……たァ……」

 モモの赤い瞳が、ぎらりと輝く! 口元には歪んだ笑み!

(これが……噂に聞く、モモの)

 シオンも実際に見たのは初めてであった。シオンが呆気に取られている間にも、怪物は怒り狂い、手を振りかざしてくる!

「ぃぃいいい!」

「惰アァァッ!」

 ジャリジャリジャリジャリ!

 モモの蛇腹剣骨が、今度はその腕に伸びていた! 切り裂かれる手首! 噴き出す血液! モモは、そしてシオンは、その返り血をしこたま浴びた!

「あぁーッ……はァ、クる、濡れて、きたァ」

 モモの瞳孔が開いていく!

「駄……ァァァーッ!」

 モモは更に右腕を伸ばす! その手は頭に生えた触手を掴んだ! モモが大きく跳躍すると、蛇腹剣骨がフックショットめいて縮み、モモを異形の頭上へと導く!

 ジャリジャリジャリジャリ!

「ウオッウアアアアアアアァァァァァァァ!」

 獣にも似た雄叫びを上げ、モモがその脳天に左腕を、その手の甲からせり出した剣を突き立てようとした……刹那。

 虚無の大穴が、突如広がった。化け物の頭に。モモの着陸予想地点に。

 震えるその空洞は、口……!

「……あッ」

 モモとシオンは、同時に声を上げた。そしてシオンは見た。大穴から、無数の白い腕が生え、モモを闇の中へ引きずり込んでいくのを。

「うおぉおおおおぉ!?」

 穴は、閉じた。モモの叫び声は、聞こえなくなった。

「……モモ?」

 潰されていない八つの目が、シオンをぎょろりと睨んだ。敵意を持って。

 シオンはじわじわと状況を理解し始めた。

 食われた? モモが?

 全身からどっと汗が噴き出す。

 次は、自分?

「……嫌」

 レベル3より大きい異形など相手にしたことがない。相手にしたくないから、電撃で倒せる化け物しかいない近場で狩りをしていたのだ。

 そう、効率などはじめから考慮の外。必要以上に強い敵と戦うのも、ママから遠く離れるのも、怖い。だから近場で小さく狩りをしてきた。マザーコンプレックス、分離不安、臆病さ。それを無理矢理大きな態度で隠していたに過ぎぬ……!

 二回もダメージを与えて、たったひとりでレベル4に勝つようにすら見えたモモ。彼女でさえアレなら、さっきの電撃もほとんど効かなかった自分に、打つ手は?

「ぃぃぃぃぃいいいいい」

 極めて不愉快そうな声を上げながら、おぞましい化け物は再び腕を振り上げる。この矮小なる亡者を叩き潰すために。

「こ、来ないで! 来ないでぇ!」

 腕に向け、シオンはがむしゃらに放電した。しかし相手はうるさそうに手を払うだけで、大した足止めにもなりはしない。その電気残量すら、充分ではない。

 巨大な腕が、頭上に迫る。

「ママ」

 シオンのアドレナリンが過剰分泌され、その脳細胞が爆発的に回転する。

 嫌だ。

 死にたくない。

 ママに会いたい。

 シオンの目から血の涙が流れる。目の前が真っ白になる。


「アァーイッ!」


 ……気付いた時、シオンは怪物の手の甲に乗っていた。

 自分は何をした? 足元を見る。電気ケーブル触手の先端が、怪物の手の甲に深く刺さっていた。徐々に記憶が戻る。自分は、こいつにこの触手を刺した。そして触手自体の力で己を持ち上げ、指の間をすり抜け、ここに着地したのだ!

 (嘘……こんなコトできるの? 私の体)

 シオンはただの一度も、触手をこのように用いたことはなかった。背中から生えたこれは、電気を流し込むか、放電するか、そのどちらかのための器官だとばかり。

(自分の体重まで支えられるなんて……私は、私の能力をどこまで知ってる?)

 試す必要がある! シオンは咄嗟にそう考えた!

「いいいぃぃ」

 化け物が、訝しげに己の手の甲を見ている! それは手を振り回し、シオンを振り落とそうとした! シオンは瞬間的判断で電流を流し込む! 化け物は一瞬動きを止めた! その隙に、シオンは触手を……伸ばす!

「アァーイッ!」

 自分でも驚くほどの素早さで、鋭く尖った触手の先端は飛んで行く! 異形の……目玉に向けて!

「ぃぃぃいいい!?」

(こんなに伸びるの!?)

 眼球から液体がどろりと溢れ、この冒涜的な生物はまたひとつ目を失った!

(や……やるじゃん私!? 凄いぞ私!?)

 シオンの顔には、自然と残忍な狩人の笑みが宿っていた!

「アァーイッ!」

 シオンは大きく跳躍! 同時に別の電気ケーブル触手を化け物へ飛ばす! その先端はその胴へ深く突き刺さった! そして!

「アァーイッ!」

 シオンの体は、その胴体へと引き寄せられていく! フックショットめいて!

 嗚呼、シオンは気付いていただろうか!? その戦い方が、モモのそれに酷似していることに! 死の恐怖から生まれた電撃的思考が、先程見たモモの戦闘スタイルを思い出させ、その肉体のポテンシャルを一気に引き出させるに至ったことに!

「アァーイッ!」

 別の目玉に触手を突き刺す!

「いいぃぃ!?」

「アァーイッ!」

 突き刺す!

「いいぃぃ!?」

「アァーイッ!」

 突き刺す!

「アァーイッ! アァーイッ! アァァァーイッ!」

 突き刺す突き刺す突き刺す! シオンの触手は、空中で彼女の体を支えたまま、怪物を一方的に嬲り、痛めつけてゆく!

 今やそのゴシック服は元が何色か分からぬ! 嗚呼、シオンは気付いていただろうか!? 己の心拍数の上昇に! 分泌される圧倒的な脳内麻薬に! 濡れている股間に! モモと同じ、戦闘狂の色情魔と化しつつあった自分に!

「ヒャァハハハハハハハハアアアアアァァーイッ!」

「いいいいいぃいぃぃいいいぃ!」

 怪物はたまらず、もう一度その口を開けた! シオンはしかし、既にその口の存在を知っている! 腕が伸びてくるその前に、胴体の別の場所にケーブル触手を突き刺し、これを回避!

(なんだ、単純だ! 殺せる! 私、レベル4を殺せる! 殺! せ! るゥッ!)


 そう思った矢先であった。

 いくつもの腕が、後ろからシオンの手足を掴んだのは。


(……嘘?)

 シオンは振り向いた。そして見た。胴体の別の場所に、先程視認したそれとは別の、虚無の大穴が開いていることを。

(口、が、ふたつ!?)

 腕に電流を流す。しかし別の腕が新たに彼女を掴む。

(払うのが、間に合わない!)

 虚無の大穴が迫る!

(そんな、ずるい、だって、ふたつなんて、聞いてない!)

 嗚呼、どうして自分の期待はいつも裏切られるのか!? シオンの心を、深い絶望が支配した! やっと自分の本当の力に気付けたというのに! 怯えずに済む力に目覚めたと思ったのに!

 化け物の生臭い口臭。飲まれれば行き先は、怪物の胃袋。

(誰か助けて! ママ! 先生! 母なる大地!)

 シオンの頭に、次々と現れる名前。そして最後に叫んだのは、

「モモぉッ!」


「堕あァァッ!」


 その時であった! 轟くシャウトと共に、怪物の頭から何かが飛び出したのは!

 それは、血みどろの腕! そして……蛇腹剣骨!

 見覚えのあるその手の中には、ピンクと肌色の中間をした肉塊! 嗚呼、彼女がその手で掬い取った脳である! 化け物の頭に大きく空いた穴から、噴水のように飛び散る脳漿、そして血液!

「いぃぃぃいぃぃい!?」

 シオンを掴んでいた手は、彼女を取り落とした!

 ジャリジャリジャリジャリ!

 音を立て、引く力で脳を再び傷付けながら、腕は再び怪物の中へと引っ込んでいく! そして次の瞬間!

「惰ァアアアッ!」

 その頭を突き破り、体中赤黒く染まった全裸女の上半身が現れた!

「外かァ!?」

「モモ!?」

 ブチブチブチブチ!

 脳を破壊しながら、全裸のモモが化け物の体内から飛び出す!

「オラァッ! 折角人様が気持ちよく化け物ブッ殺してる時によォ!」

 モモは発狂する異形生物の頭に着地すると、左手の甲から剣をせり出させる!

「不意打ちかけやがって! 服どうしてくれんだお前! 死ねェ! 死ねェアァ! 駄アアアアッ!」

 剣で、脳を掻き回す! 掻き回す! 掻き回す!

 怪物は狂ったようにのたうち回り、そしてある時点で、糸が切れたようにぷつりと動かなくなった。ズシンという大きな音が、荒野に響き渡った。

「殺しッたアアァアアアァアァアアアーッハハハハハハハハッハァーッ!」

 モモは叫び声を上げると、その場に倒れた。

「モモ!」

 シオンはモモの元へ駆け寄った。

「あぁー、シオン。生きてた?」

「死んでるわよ、生きてるけど」

 モモはうつ伏せのまま顔を上げ、化け物の無残な死骸を見た。続いて、血と肉片で服をめいっぱい汚したシオンを。ふたりの姿はまるで、無邪気に、そして全力で泥遊びをした子供のようであった。

「……結構派手にヤったな」

「当たり前でしょ、私を誰だと思ってるの」

「やるじゃん」

 モモはごく自然に、称賛の言葉を投げかけた。シオンはどきりとした。それを知ってか知らずか、モモはニヤリと笑うと、大きく息を吐いた。

「やっぱレベル4ともなると……ヤったぁーって感じするな……」

 モモはごろりと寝返りを打ち、仰向けで大の字になる。

「イったもん。脳ぶち犯してる時。アタシあの瞬間が一番好き」

「……今度は、私にもヤらせなさいよ」

 ふたりは小さく笑った。

「……あっ。そうよモモ。それでアンタがママに頼まれたことって何?」

 ひとしきりそうした後で、シオンは急に本来の目的を思い出し、モモに訊ねた。

「あぁ。そうだったな……手伝ってくれっか? 上手く帰れたらさ、ママからのご褒美は『山分け』しようぜ」

「……3Pね」

「クククッ、そうそう、3P」

 手柄を横取りし独り占めすることを、シオンは既に考えていなかった。何故と言われても上手くは説明できない。ただごく自然に、当然の発想として、自分がモモを手伝う。それに何の疑問もありはしなかったのだ。

「で、あのさ。その前にちょっといいか」

「どうしたの?」

 シオンが聞き返すと、モモは大きく口を開けた。

「肉持ってない? 喰わないとマジで死ぬかも。アタシも持って来てたんだけどさ、胃の中で落としちゃって」

「あッ!?」

 全身が血だらけのため気が付かなかったが、胃酸で溶かされたモモの全身の皮膚は、既に溶け始めていた。




「……モモ、自分の体大事にしろって言ったよネ」

 薄暗いタイル張りの手術室。部屋の中央、ふたつ並んだ手術台。裸で寝かせられているのは、右がモモ、左がシオン。ふたりを心底呆れたという様子で覗き込んでいるのは、先生。そしてその隣で微笑んでいるのが……ママ。

「アンタの骨、金属ヨ? 酸とかマジでヤバいからネ」

「でも治ったんだろ」

 寝かされたまま、モモは反論する。

「これは治療費高くつくヨ」

「いいよ、レベル4の肉で稼いだカネもあるし」

「まったく恐れ入るヨ。あの大怪我でママのお使い済ませた上にカネ儲けまでしたってんだからサ……治療費とか考えたらあんまり効率のいいやり方じゃないけどネ」

 そう言って先生は苦笑いした。

「ヤバかったんだぜ実際。あの杭の周りで『草』摘んでたらさ、レベル4の肉を漁りにバケモン共が群がって来て」

「何度も聞いたヨ」

 両親に今日あったことを自慢するように手柄を語るモモ。

(こんなトコもあるんだ、モモって)

 隣のシオンは、そんなモモの意外な一面に驚いていた。酒場で見るモモはもっと、どんなに褒められても「それが当然」みたいな顔をして、何を考えているか分からず、ガバガバ飲み食いして、面白いんだかどうだか分からない顔で博打に興じて、女連れて出て行って。なんだか鼻持ちならない奴だとばかり思っていたのに。

「あのね、モモ」

 ごくりと一度唾を飲み、シオンは言った。三人の視線が、シオンに向く。

「何だ?」

「その。ど、どう? 探してない? 一緒に狩りする相手。よければ私がチー――」

「チームはやだ」

「まだ最後まで言ってないじゃない!」

 ママと先生はフフッと笑った。

「なんでよ、結構私アンタのこと認めてやってもいいかなって!」

「邪魔だもん、他人って」

「な、何よ! 私がいないと帰れもしないであそこで死んでたクセに! アンタの為に言ってやってんのよ! この圧倒的実力を誇る私がチームになってやろうって!」

「だからアタシ細い女は好みじゃないって。チームは体の相性も良くないとさ」

「ヤってみなきゃ分かんないでしょ!」

「爪切れよ」

「ハイハイ、ふたりとも」

 ママがパンパンと手を打ち、ふたりの争いを制止した。

「それより、お待ちかねのご褒美の時間ですよぉ」

 その言葉が聞こえた瞬間、赤い目を幼子めいてぱっと輝かせ、ふたりは身を起こした。争いのことはもう忘れていた。

「ふたりでよく頑張りました。ママのおっぱいも丁度ふたつあるし、特別にふたりにご褒美をあげちゃいまぁす」

 ママはそう言うと、紫のドレスをはらりとはだけさせた。レベル4異形生物を想起させるほど巨大な双つの峰が、露わになる。その乳輪は大きかった。

 金色の髪を両手でふわりと後ろに流し、ママは聖母の微笑みを浮かべた。

「さぁ、お好きなだけ召し上がれ」

 ふたりはその胸へと飛び込むと、一心不乱にそれを吸い始めた。彼女らの口内に溢れてきたのは……ママの、母乳である。

 とめどない安心感、幸福感が、ふたりの口を、体を、頭を、心を満たしていく。頑張った子にだけ貰えるご褒美。どんな酒より価値がある。これの為に命を投げ出さない者がいるだろうか? この幸福を知って、一度で充分と、二度と味わいたくないと言う者など、果たしてこの世にいるだろうか?

「ママっ」

「ママぁ」

「うふふ、可愛い子達」

 熱いママの愛を味わいながら、モモは既に二度、シオンに至っては既に五度絶頂に達していた。

「いい子ね」

 ママは顔をほんのり染めながら、己の胸にむしゃぶりつくふたりの頭を撫でる。

「これからもママの為に頑張ってくれたら、もっといっぱい飲ませてあげるからね」

「うんっ」

「がんばるぅ」

 先生は苦笑いのまま、この光景から目を背けていた。

「この瞬間だけは、みんなおっきな赤ちゃんだよネ……見てらんないヨ……こっ恥ずかしくてサ……」




「今頃モモのヤツ、ママの母乳飲んでんだろうなぁ」

 自分の冷蔵霊安室で、ぼそりと呟く銀髪で裸の女がひとり。その臍を囲むようにし、三つの漢数字『七』のタトゥーが彫られている。髪は肩まで届く銀髪。そして、硬質化した手に、大量の棘、無数に埋め込まれた小さく鋭い刃。

「面白くねぇ」

 誰にともなくそう言いながら、酔わせて連れ込んだ女の下半身に、彼女は己の拳を挿入していく。

「あ゛ぁ、があぉおおッ、無理、あ゛、キキっ、これ、壊れ、あ゛あ゛ぁ」

 キキと呼ばれた女は面白くもなさそうに、その女の悶絶する表情を眺めていた。

「……面白くねぇぜ。草むしりだけでママの母乳? なんで私に声掛けねぇんだよ、そんな美味い話」

 キキも母乳が飲みたかった? 美味い話に乗り損ねた? それもある。当然だ。

 しかし、一緒に『勅命』を果たして帰って来たというあの女。アレが気に食わない。『家』の周りに現れる弱い化け物をセコセコ電撃で倒して、それを売って暮らしてる、ビビりで、そのくせプライドはいっちょまえの自意識過剰女。

「なんでモモはあんなつまんねぇ女と……クソッ、面白くねぇ、面白くねぇ!」

 その胸のざわめきが何を意味するものなのか、キキは深く考えようとしなかった。そのどうにも収まらぬ気持ちを性欲に変換し、彼女は哀れな泥酔亡者女の下半身を、その棘だらけの腕で犯し続けた。

「面白く……ねぇぞッ!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 その日はとても暑かった。昨日が暑かったのと同じように。

 明日もきっと暑いだろう。

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