愛を買う日:①春を買う娘
荒れ果てた野、痩せた木の下。そこに、ひとりの小柄な娘が立っていた。
ベリーショートの髪、耳にはピアス。胸部分に大きく髑髏が印刷され、多数の安全ピンを付けられた、黒いタンクトップ。その丈は無理矢理破かれたように短く、胸の下辺りまで肌が露出されている。下半身に身に着けているのも、やはり同じように露出の多いホットパンツ。尻の割れ目が見えており、そしてそこから……一本の、長い尻尾が生えていた。
彼女の身長ほどもあるそれは、丁度背骨を延長したような外見をしていた。先端は通常の尾てい骨より大きく、そして鋭い。旧世界生物であるサソリを彷彿とさせる見た目のそれが、彼女に与えられた『武器』であった。
先程から彼女は、太い木の枝を睨んでいる。正確に言えば、そこに留まっている、一体の白くつるつるとした皮膚を持つ生物を。
メートル法に換算して、五、六十センチほどだろうか。胴体は球の形、そこから生えた六本の小さな腕は、赤子のそれに酷似している。更には、巨大な蝙蝠めいた翼。胴体の不自然な位置にあるひとつの目が、じろりと娘に視線を送っていた。
この睨み合いが永遠に続くかと思われた、その時!
「堕ッ!」
動いたのは娘だった! 脚の筋肉が盛り上がったように見えた刹那、彼女は既に木に向けて駆け出していた! そのまま一歩、二歩、三歩! 木の表面を走り! 地面に対し平行な姿勢のまま跳躍! その尻尾を木の枝に巻きつけ、そのままブランコめいて獲物に接近する!
「いぃっ」
化け物とて、じっと狩られるのを待ってはいない! 笛めいた声を上げつつ、その翼を忙しく羽ばたかせ、飛翔! 安定しない軌道で別の枝へと移りつつ! 体に突然虚無めいた穴を開くと! そこから白い液体を吐き散らした!
「うぇっ!?」
意外な形での反撃を、娘は避けきれなかった! 白くねばついた液体を、顔や上半身を中心に浴びる! しかも浴びた部分は即座に化学熱傷を負った! じゅうと音を立て、溶け出す皮膚!
「うっ!」
しかし娘は即座に思い出す! 自分が最早、多少の傷を気にするような存在ではないことを! 嗚呼、何故なら、娘は! 既に死んでいるからである! その体に、痛みも何もない!
「惰アァッ!」
娘は再び空中に体を放り投げる! ジグザグ飛行で避けようとする化物! しかし娘は、その体を空中で捻り、回転!
「駄あぁァ!」
その骨尻尾の先端は、化物に激突! 刺すとまではいかなかったが、勢いよくぶつかった重い骨の塊が、怪物の内臓器官を砕く! 怪物は大きく変形! 地面へと落ちて行く!
「やったッ!」
だが同時に娘は気付いた! 自分もまた、地面へと落ちて行くことに!
「ぎゃっ!」
結果、地で痙攣する異形の隣に、娘は顔から着地した。鼻が折れていた。前歯も欠けている。
「あぁ、血が……モモお姉様、治りますかねコレ?」
娘は、少し遠くで腕組みして立っているもうひとりの女に訊ねた。
「……歯が高いぞ」
メートル法に換算して二メートルを超える長身。その腰まで届き、顔を左半分覆い隠す前髪。いやに露出の激しいタイトな修道服。モモと呼ばれたその女は、一切の手出しをせず、『妹』に視線だけを送っていた。
「歯は再生しねぇ。『先生』に言え、レベル1一匹じゃ治療費払えねえけどな」
「えぇっ」
「アタシが出す。それよりミレイ」
顔中血まみれになりながら目を丸くする娘……ミレイに、モモは言った。
「死んでねえぞ」
「……あっ」
地面に転がる異形生物は、なんとか翼を動かし、再び飛び立とうとしていた。ところが体力がそれほどなく、数センチ飛んでは墜落。それを繰り返している。ミレイは尻尾をもたげると、よたよたと地を這う化け物に狙いを定めた。
「ごめんね」
ミレイの尻尾が、化物の頭部……と呼称して良いのだろうか、とにかく球状胴体の頂点に突き刺さった。熟れた果実が裂けるように、赤い血液が溢れ出す。ずるりと温かい肉体に尻尾を挿れるのは気持ちがいい。尻尾の先端は、今、脳の柔らかな感触を味わっていた。ミレイは先端をくしゅくしゅと動かした。脳は砕け、化物はそれきり動かなくなった。
「あふ……うぅ」
殺す度に快感が走る、この背徳的感覚。最初ほど嫌悪感は無い。とはいえ完全に慣れたとも言えなかった。ふっ、ふっ。ミレイは小さく息を吐き、死骸を拾い上げ、モモの元へ歩み寄った。ミレイを教え導く存在、『お姉様』の元へ。
「終わったか」
「はい」
「いや、まあ、見りゃ分かんだけどさ」
モモは首を傾げ、先端が赤くなったミレイの尾に視線を遣った。続いて、死んだ獲物に。そして、鼻の位置がやや歪になったミレイの顔に。
「……話したっけ。アタシがさ、『飛行種』殺すの下手なの」
「ああ、いえ」
モモは唐突に全く関係ない話を始めることがある。ミレイはその意図を汲むのにしばしば悩んだ。
「特にレベル1が苦手なんだよ。この前たまにはヤってみるかと思って追っかけたらさ、二匹殺すだけでほとんど体力使い果たした。的小さいしさ、飛ぶじゃん。こっちが出血多量で死にかけた……キキに助けられたけど」
話をしながら、モモは己の獲物を拾い上げた。モモの身長より巨大な、レベル3の化け物。数分前に彼女が殺した。
「気を付けろよ、アイツ『
何か嫌な思い出が蘇ったのか、モモはギリと歯ぎしりする。
「……でもキキさん、お姉様の恋人なんですよね?」
「は? 誰が言ったんだよそれ」
「え、トグロさんとニクミさんが」
「殺すぞアイツら。体の相性がいいだけだっての」
モモは吐き捨てるように言った。
「でも休み合わせてデートしてるって」
「デートじゃねえよ、一日中ヤってるだけだ。しょっちゅうセックスしてるだけで恋人ならアタシはとっくにトワと新婚旅行してなきゃおかしいだろうが」
トワとは、ミレイの『初めての相手』である。もっとも、その場にはモモもいたのだが。『前』の初めてを捧げた相手はモモであるため、『ミレイが己の尻尾を初めて挿入した相手』と呼称するのが正しいかもしれない。ちなみに、ミレイの尻尾は性感帯である。
「えぇ、何とも思わないんですか? その、シた、相手のことって」
「お前、食ってる飯にいちいち何か感情持つのか?」
ミレイは言葉に窮した。
「……そうか、お前は持つかもな」
モモは急に冷静になると、くるりと後ろを向き、歩き出した。
「何の話したかったのか忘れた。帰るぞ、早くその不細工な面治してもらえ」
「えぇ……」
まだ生の温度を残す死骸を持って、ミレイもそれに続いた。モモが口ずさむ、物悲しい旋律の歌を聞きながら。
「ひゅるりらるりら 落ちて行く
幸せ運ぶ 青い鳥
しかし鳥とは なんじゃろな
誰も知らない ひゅるりるら」
ぐに、ぐに、ぐに。
ミレイの口の中で、レベル1の肉が幾度も噛まれる。ひと噛みするごとに、その肉や脂が、じんわりと口中へ広がっていった。ハーブオイル漬けにされ軽く表面を焼かれたその肉に、レベル1肉特有の臭みは少ない。その少し硬過ぎる歯ごたえも、むしろ個性として引き出されていた。
白と黒で統一された、大きなバーめいた空間。ブラックライトと旧世紀メタルに包まれたここは、亡者達の憩いの場、『大広間』である。狩り等に勤しんだ死せる女達は、日が落ちるとここへ集まり、『ママ』の提供する酒と料理で一日の疲れを癒すのだ。
ミレイは二人掛けのテーブルに着いていた。つい先程まで対面にはモモが座っていたのだが、彼女は今しがたキキに連れられて行き、今はサイコロ賭博のテーブルに座っている。
(やっぱり仲良いんじゃないかな、ふたり)
ミレイは首を傾げながら、フォークに刺した肉をむぐむぐと食んだ。
(っていうかモモお姉様、なんでまたギャンブルしてるんだろ。あんな目に遭ったばっかりなのに)
ほんの昨日まで、ふたりは恐るべきギャンブラー女……ハレにこさえた借金のせいで、あちこち走り回らねばならなかった。これに関する一連の物語は今語られるべきではないが、ともかくミレイは二度と博打に関わらないと心に誓っていた。
(あのお金があったら、私の顔何回治せたんだろ)
この『家』唯一にして最大のマッドサイエンティスト、通称『先生』。彼女が素早く治療してくれた鼻をさすりながら、ミレイは思った。
(お姉様、なんであんなにお金遣いが荒いんだろ……私が同じだけ持ってたら、絶対貯金するのに)
その思考を遮るように、ミレイの隣に立つ女があった。盆の上にタンブラーグラスを載せた、ほとんど下着のようなメイド服を着た女。その胸は豊満である。
「あっ、ありがとうございます……えーっと」
メイド女は色っぽく微笑み、己の左胸を指差した。漢数字の『四』をモチーフにしたタトゥーが刻まれている。ミレイの鳩尾に『三○一』のタトゥーが刻まれているのと同じように。
「ああ、4号さん」
周りを見れば、同じような格好のメイド女が何人もいる。3号から13号まで、全部で十一人いると聞いているが、ミレイの見る限り、ここにはその半分程度しかいないようであった。
4号は微笑んだまま、その指をゆっくり胸の谷間へと持って行った。そこには、縦に開いたスリットがある。服のスリットではない。皮膚に直接穴が開いているのである。丁度、カジノチップが一枚入るほどの。
「あ、ちょっと待ってくださいね」
ミレイはホットパンツのポケットを漁り、中から青いカジノチップ通貨を取り出した。レベル1の死骸を売った対価として、ママから支給された『お小遣い』である。ミレイはそれを4号に差し出した。しかし4号は受け取らず、熱い視線でじっと娘を見るばかり。
「あれ? ひょっとして足りないですか?」
4号はずいと前屈みになった。その豊満な胸がこれでもかと強調される。ミレイは思わず目のやり場に困り、そして直後、4号の要求を理解した。
「あー、ダメなんですか? あの、自分で入れてもらうとかじゃ……」
4号はねだるような視線で、娘を見た。早く挿入しろと言わんばかりに。
「は、はい、やります、はい……」
娘は観念し、机の上に置いた青カジノチップを再び手に取った。そしてそれを恐る恐る4号の胸スリットに近付け……。
「い、入れますよー……」
そっと挿入した。
「ふぅぅあッ」
4号は一度艶めかしい声を上げると、ほんのり赤くなった顔でミレイを見た。その上目遣いに、経験の少ない娘は思わずどきりとする。
「あー、あの。大丈夫ですか? 足りますよね?」
ミレイの言葉を聞いてか聞かずか。4号はそっと娘の手を取ると、己の柔らかく冷たい胸にそれを押しつけ、むにむにと何度も動かした。
「はぇ、あ? な、何してるんですかぁ!」
ミレイが思わず手を引っ込めると、4号は満足したような顔で一礼し、そのまま盆を持って歩き去った。ミレイは心臓をドキドキさせながら、今しがた胸を触ったばかりの右手を見た。
「……うぅ、やっぱ死んでる人って何考えてるか分かんないよぉ。なんであんなにいやらしいカッコの人ばっかり……どこ見れば……」
ミレイは頭を抱えた。すぐ側のテーブルで、先程からそのやり取りを見ていたふたりの女がクスクス笑う。不健康に痩せて目つきの鋭い蛇めいた女。反対に肉付きが良く、目のとろんとした女。
「あっ、トグロさん、ニクミさん、見てたんですか?」
ミレイがこの『家』の一員となってから、何かと声をかけてくるふたり組である。
「もう、笑わないでくださいよ」
「笑うだろ普通、なぁニクミ」
「アッハ、そうよねトグロ、おっぱい触るだけであんな照れちゃって」
クスクス。ふたりは視線を合わせ、再び笑った。
「えっ、えぇ、だってぇ。私が触りたいって言ったわけでもないのに」
「触ったこと無いわけでもあるまいし」
「もうしたんでしょ? お姉ちゃんと」
「うぅ……し、しましたけど」
クスクス。ふたりは三たび笑った。
「何ですかぁ、もう!」
「お前がよりによってモモの妹ってのが面白いんだよ、なぁ」
「そうそう、純情ぶっちゃってェ。もう何回したの?」
「ひっ……ひえぇ」
ミレイが涙目で顔を赤くしているのを見、ふたりは噴き出した。
「何がおかしいんですかぁー」
「アッハ、ごめんってばァ」
「ふひひ、からかいすぎたって。ホラ、何か奢るから許せよ……4号ォ」
トグロが少し大きな声で呼ぶと、再び4号がやって来た。涙目のミレイを見ると、その胸を彼女の頭に乗せ、数度撫でる。
「ひゃあ!」
「ククぅーっ! やめろ、これ以上笑わすなって! ……アレ、フッ、あの、アレ。軟骨の串焼き。三人前くれ。レベル1の。塩味な。あとビールふたつ」
トグロが笑いながら注文すると、4号は笑顔をもってその返事とした。
「こっち来て座れよ、ミレイ」
「やですっ」
「ごめんなさいってばぁ、ほら、一緒に飲みましょうよぉ」
立ち上がったニクミに何度もふにふにと頬を触られたミレイは、仕方なしに酒を持ち、隣のテーブルへ移動した。
「キューバ・リブレか」
「あ、はい」
ミレイの持ったグラスを見、トグロは訊ねた。ミレイは肯定の返事をしたが、これは旧世界人の知るキューバ・リブレではない。ラム酒もコーラも製法が失われて久しいからだ。他所の『家』で作られたラム風の酒、そしてコーラ風の飲料を混ぜたカクテルに過ぎぬ。キューバ・リブレに限らず、全ての酒がそうである。もっとも、亡者達にとってそんなことは些細な問題であるが。
「甘いお酒が好きなのぉ?」
「うーん、分かんないです。お姉様が色々飲んで好きなの見つけろって言うから……あっ、ていうか嘘言ったでしょふたりとも、お姉様に怒られたんですけど」
「あ? 何が?」
急に思い出して怒りだしたミレイに対し、トグロとニクミはぽかんとした顔。
「何がじゃないですよ、お姉様とキキさんが恋人だって」
「え、嘘じゃないしそれ」
「えぇ?」
「絶対デキてるわよぉ、ねぇ?」
「もうバレバレなんだから隠すことねぇのにな、私達みたいに」
「ねぇ~」
気付けばトグロとニクミは既に手を繋ぎ、熱く視線を交わしていた。ミレイはこの上ない居づらさを覚える。
「あの」
「モモのキャラ的にNGないんじゃない? ほら、いつも言ってるでしょ、他人なんか邪魔だーって」
「言ってるよな、体より深い関係になりたくないって。気取っちゃってなぁ、狩りもいっつも独りで」
「体の関係は誰よりいっぱい持ってるのにねぇ」
「ハハ、殺すぞ」
乾いた声。三人は咄嗟に振り向いた。無表情でモモが立っていた。
「お姉様」
「ふはっ、やべぇ」
「あらぁ、聞こえてたぁ?」
「妹に余計なこと吹き込むなよ、こっちに返せ」
「えー? 今から一緒に飲もうって言ったのにぃ」
「じゃあ好きにしろ」
モモは元の座席にひとりで座った。
「お、お姉様、大丈夫ですか? また借金とか」
「トントンだよ、お前の治療費入れたらな。運が良いうちに勝ち逃げした」
「ずるーい」
「目玉にダイス詰めてやろうか」
「こわーい」
茶々を入れたニクミに、モモがとげとげしく言った。当のニクミといえば、怯えもせず、ケラケラと笑っているだけである。
「キキさんは?」
「アイツは今日のカモだよ。取り戻すまでやめねぇって。あの流れじゃ絶対無理だけどな、いい気味だ」
「えぇ……」
金遣いが荒いのは、なにもモモに限ったことではないらしかった。ミレイがキキの運命を案じていると、そこに四号が戻って来た。軟骨の串焼きとビールを持って。
「おっ、来たぞ。ほらミレイ」
トグロは色とりどりのカジノチップ通貨をミレイに投げ渡した。ミレイが慌ててキャッチすると、配膳を終えた4号が前屈みになり、彼女の前に立っていた。一度のウインクを添えて。
「ひゃ」
「ほら、挿れてやれよ、私のおごりだぞ」
ミレイは真っ赤になりながら、チップと4号を交互に見た。意を決し、目を少し逸らしながら、続けざまにチップを挿入する。
「んぅぅぅうンッ」
4号は少し長めに艶めかしい声を上げ、そして大袈裟に上半身を揺すってみせた。ミレイの目の前で、果実が揺れる。
「あう」
「何照れてんだよ乳ごときで」
肘をつき、呆れた顔でモモが見ていた。
「揉んどけ、揉んでいいって4号が言ってんだから」
「でもぉ」
「早くしろ」
どうやらそれはモモからの『命令』らしかった。妹であるミレイにとって、姉の命令は絶対である。
「じゃあ……失礼します」
ミレイはそっと4号の胸に触れ、何度か力を入れた。液体と固体の中間に位置するような冷たい感触。数秒それを味わった後、ミレイは急いで手を引っこめた。4号は微笑みながらそれを見ている。
「ああ、4号。アタシもビールくれ」
4号は一礼すると、カウンターへと戻っていった。後に残ったのは、顔を真っ赤にして俯くミレイ。
「……お前ほどメイドの乳触るの恥ずかしがってる奴初めて見たぞアタシ」
「よっぽどおっぱいが好きなのねぇ、だから意識しちゃうんでしょ?」
「忘れたのかよニクミ、ミレイは『愛とパイズリの日々』の女だぞ」
「そ、その話はやめて下さい!」
大慌てするミレイを肴にして、トグロとニクミはゲラゲラと笑いながらビールを飲んだ。ちなみに『愛とパイズリの日々』とは、彼女が初めてのお使いとしてママに持ち帰った、旧世界性行為記録映像――即ちAVのタイトルである。この冒険に関しては、また別の機会に語られるだろう。
「ありがとう代わりだろ、あのくらい」
「だったらありがとうって直接言えばいいじゃないですか……」
「確かに」
妙に感心するトグロを横目に、モモは表情も変えずに言った。
「気があんのか? 4号に」
「はぇ!?」
予想だにせぬ展開に、ミレイは目を大きく見開いた。
「惚れてんのかって訊いたんだよ。お前馬鹿だしそれくらいあるかなみたいな」
「しょ、しょんなことは!?」
ミレイは全力で首を横に振り、続いて腕を横に振り、同時に尻尾を横に振った。
「やめろよ、逆にリアルだろうがそんな否定されたら」
隣では酒のいよいよ回って来たトグロとニクミがニヤニヤ笑っている。
「えぇー、4号ちゃんが気になるんだぁ?」
「でも案外気があんのかもしれねえなぁ、4号も。あんなに触らせて」
「あぁ、そうかもねぇ、4号ちゃん、メイドちゃんの中でも一番情熱的だし?」
「ホントは乳触るだけじゃなくてもっとディープなこと求めてんじゃねぇ?」
「へっ、えぇ?」
ふたりを交互に見、ミレイは目を回している。モモは肘をついたままカウンターに視線を向け、それから己の懐を探り始めた。
「抱かせてやろうか」
「えっ」
ミレイは、モモの言ったことをすぐには理解できなかった。
「いや、金あるしさ。買ってやるよ4号」
「か、買うってその」
「今晩ヤる権利をだよ」
「ぴぃ」
奇妙な音を発したミレイの顔は、これ以上ないくらい赤くなった。
「何照れてんだ、散々ヤっただろうがアタシと、処女ぶんな」
「ないです処女ぶってないです! じゃなくてアレはお姉様が!」
「ムラっときた女は即ファックに誘え、アタシの妹だろ仮にも」
「そんなぁ」
「はいはーい、私も出資するぅ」
「よっしゃ、三人で割り勘しようぜ」
血の涙が出るほど笑っていた亡者のカップルまでもが、モモの提案に乗ってきた。
そこに現れたのが、モモにビールを持ってきた4号である。モモは素早くビールを奪い取り、ガバガバと一気に飲み干した。そのジョッキをテーブルに叩き付けると、モモは4号を引き寄せ、胸スリットに大量のカジノチップ通貨を入れた。
「はぁうぅッ」
4号は身をよじらせる。ミレイはただ唖然とする。続けて立ち上がったトグロが、ほぼ同時にニクミが、4号の胸スリットにチップを注ぎ込んだ。
「オラオラ」
「えーい」
「うぅあぁ……んッ」
「ママー、4号買うけどいいよなー?」
たまらず声を漏らす4号を捕まえたまま、モモはカウンターに向け大声で訊ねる。
「いいわよー」
モモの呼んだこの『家』の主……『ママ』は、忙しそうに顔だけをキッチンから覗かせ、そう返事をした。
「4号ちゃんご指名? なら指名料も払ってねー」
「分かってるー、もう入れたー」
「じゃあどうぞー」
そう言うと、ママはスッとキッチンへ退散した。あまりにもあっさりと、4号の体は買えた。
「そーいうわけで4号、ミレイがお前のこと買ったから。今晩よろしく」
「あ、あ」
4号は笑顔で頷くと、ミレイに後ろからそっと抱き付き、耳に三度キスをした。ミレイは奇妙な声を上げ、その尻尾を硬直させた。
「ミレイ、初めての買春おめでとー」
「どうよ、気になる女を好きにしていい気分ってのは」
卑猥なるカップルが、ニヤついた顔でミレイに問いかける。
「一応言っとくけど、ゲフ……返品は無理だかんな。アタシ達のカネ使った以上きっちりヤれよ」
堂々とゲップをしながら、モモもまた後方からミレイを追い詰めた。
「う……」
ミレイは小刻みに震えながらグラスを手に取り、それを一気に呷った。
「はっ、ゲホッ……う、どうしたら」
「どうって、好きなトコでヤってこいよ。ここでヤるのだけはママに禁止されてっけど、それ以外ならどこでもいい」
ミレイは気持ちの整理がつかぬまま、4号に視線を送った。4号はいつの間にかミレイの腕に抱き付き、その赤い瞳でミレイを熱っぽく見上げている。
しばし見つめ合った後……ミレイはおもむろに立ち上がった。ミレイの腕を抱いたままの4号も、それに続く。尻尾の先までガチガチに緊張したミレイがメイドを連れて大広間を出るまで、三人は黙ってそれを見守り……扉が閉じた瞬間、腹を抱えて爆笑した。そしてそのまま三人でしばらく飲むと、モモはふたりを連れて自分の冷蔵霊安室へと戻り、3Pをした。
地下十三階。これより下に降りることは、ママによって禁じられている。わざわざ禁止する必要もないくらいであるが。居住者のひとりもおらず、手入れも行き届いていないこの区域にわざわざ立ち入る者など、そう多くはない。用がある者がいるとするならば、そう。個人冷蔵霊安室を持たず、しかし人に見られない場所で、何か秘密の行為をしたい者達くらいであろう。
闇の中に、ふたつの人影。生者ならば見えないかもしれないが、暗視の力を持つ亡者達であれば、それが誰なのか視認できよう。尻尾の生えた娘と、露出の激しいメイド服女。ミレイ、そして4号である。
引くに引けなくなったミレイは、4号を連れ、なんとかふたりきりになれる場所を探した。その結果がここであったし、この判断は実際正解だったと言えよう。しかしながら、ここから先どうすればいいか。ミレイはそこが分からず、ただただ4号と向かい合って座っていた。モモ達との性経験はあるが、ほとんどが彼女らにされるがまま。自分から性欲をぶつけろと言われても、困惑するばかりだった。
「う、あの、どう……えぇっと」
ミレイが話しかけようとしても、4号は微笑んでいるばかり。4号には、というよりも、メイド達には、会話をする機能が無い。発することができるのは、喘ぎ声だけなのだ。
(やっぱりやめとけばよかった)
今からでも4号と酒場に戻ろうか。4号には上手く頼み込んで、やることはやったという設定にして。ミレイの頭に、そのような考えが浮かぶ。
その時であった、4号が、前に向かって投げ出された尻尾に、そっと触れたのは。
「ふぁ、あ……!?」
ぞくぞくぞく。その静かな手つきがもたらした快感は、ミレイの尻尾を電気の速度で駆け上がった。尾は既にモモから性感を開発された部位であり、ここを刺激され続けるだけで達することができるまでになっている。なぜ4号がそれを? 考える間もなく、4号はその尾を両手で持つと、うっとりとした表情で、その側面に舌を這わせ始めた。
「あ、あ、あ……!?」
なめらかで湿り気のある舌の感触が、ミレイの全身をしびれさせる。その様子を見た4号は、舐めるのを継続しつつ、更にその両手で尾をしごき始めた。
「う、うぅ!?」
同じことは、モモに何度もされていた。しかしモモのそれはひたすら激しく、緩急も何もない。それはそれで気持ちいいのだが、4号のその繊細なテクニックは、ミレイにとって完全に未知の領域であった。
「はっ、あっ、あぁ」
その手に魔法がかかっていて、触れたところから直接快感を流し込まれているかのようだった。ミレイの呼吸が早まる、心音が高鳴る。
「あっ、あ、よ、4号、さん」
息も絶え絶え、ミレイは言った。4号は責めの手を緩めず、そして目だけをミレイに向ける。ミレイの理性は、既に崩れ始めていた。
「うあ、あぁ……4号さん、胸、胸でぇ」
気付けばミレイは、4号に次なるいやらしい行為を要求していた。皆まで言われずとも、4号にはミレイの言わんとすることが理解できた。了解の代わりに悪戯っぽく笑みを浮かべると、4号は服に手をかけ、そのほとんど零れかけていた両乳房を露わにした。ミレイの目が期待に輝く。4号がその胸でミレイの尾を挟み込み、そこへ唾液をぱたぱたと垂らす。そして4号はその両手で横から胸を押さえ、上下に動かし始めたのだ。
「はぁぁんッ! あぁ、ああぁ」
この行為の気持ち良さは、トワが仕込んだものである。やはり最初に見たAVの影響であろうか、ミレイはトワがねっとりと行うこの行為に病みつきだったのだ。トワのそれも大変良いが、4号の胸はトワのそれよりいくらか大きい。その事実はミレイを余計に興奮させた。
「はっ、はっ、はっ、あっ、あぅ」
ミレイはいつの間にか、自分から尻尾を前後に動かしていた。4号もそれに合わせ乳房をリズムよく上下させる。速度は段々と早くなる。4号はそのスピードに手の上下を合わせながら……目の前をふらふらしている尾の先端を、口に含んだ。
「あ!? あぁ!? 駄目、それ、駄目!? あぁあぁあ!? はぁあん!?」
ミレイは堪え切れず、そのまま果てた。呼吸を大いに乱し、腰をガクガクと痙攣させながら。4号は実に楽しげにそれを見下ろした。
ミレイの頭は、既に快楽を貪ることにしか向けられていなかった。
自分は、目の前の女を好きにしていいのだ。
もっと気持ちいいこともしてもらえる。
ミレイはほとんど這うように4号に迫り、抱き寄せ、そのままキスをした。たどたどしく動く舌を、4号は受け入れた。そのままミレイは4号に体重をかけ、冷たい床に押し倒した。
目の前の表情に、ミレイは見覚えがある。発情した女の顔。死者となってから何度も見た。
犯したい。犯したい。犯したい。止められない。
ミレイはキスをしたまま、欲望のままに尻尾をしならせ、自分の下にいる雌と化した女の下半身にそれを伸ばした。じっとりと濡れている。なんだ、相手も求めているじゃないか。ミレイはその先端で4号の秘所をこじ開け、ずるりと侵入した。
「んんんーんんーんんーんんんん!」
4号の長い絶叫。それはミレイの理性を粉々にするに充分な威力だった。
狂ったように尻尾を動かす。動かす。ぬらぬらとした快感が襲い掛かる。付けたままだった口を離す。唾液が糸を引く。
「ごめんなさい、止めらんない、とめらんないぃ」
尻尾が前後する度、4号が声を漏らす。それが余計にミレイを興奮させる。快感の中、熱く視線を交わす。4号のとろけるような顔。苦しいどころか、喜んでいるような顔。ミレイの頭がスパークする。再びキスをする。尾を動かす。動かす。動かす動かす動かす動かす動かす。
「ん゛んっ、ん゛ぅ」
果てる。イく。止めない。4号も大きく身を反らす。止めない。快感を貪る。貪る。脳が壊れて、とろけて行く。それが気持ちいい。
何度絶頂したか、ミレイはいちいち数えていなかった。分かるのは、いつの間にかふたりが完全に服を脱いでいたこと。そして、とても気持ち良かったこと。気持ち良すぎて、いつの間にか気を失ってしまっていたこと。
……数時間後に目を覚ますと、4号はそのままの状態で隣にいた。ミレイが見つめていると、4号は一度頷いた。再びの接吻。ミレイはもう一度、二度、三度、数えられないほど、4号をその尾で滅茶苦茶に犯した。モモ達に仕込まれた、あらゆる体位を駆使して。
「……何だそのツラ、気持ち悪ぃ」
旧世界時刻にして、午前七時半。一晩中博打を続けたキキが、記録的な負けを更新し、燃え尽きた頃。モモの個人冷蔵霊安室で朝から盛ろうとしたトグロとニクミを叩き出し、モモが朝食を摂りに大広間へ向かうと、カウンター席につやつやとした顔のミレイがいた。それを視界に入れた瞬間、モモが発した台詞が先程の台詞である。
「おはようございます、モモお姉様」
「お前がハキハキ喋るの不気味だな、マジで」
モモは怠そうにミレイの隣へ座った。ママは休んでいるのか、今はいない。カウンターにはメイドが……ただし広い額と眼鏡がトレードマークの3号が立っていた。他のメイド達と違い、彼女はヴィクトリア様式メイド服を着用し、媚びの感じられぬキリッとした顔で立っている。彼女は十一人のメイドの中で最も立場の高いメイド長であり、同時にママ以外で唯一キッチンでの調理が許された女でもあった。
ミレイの前には、合成ミルク。そしてレベル1の赤子めいた手を塩茹でした料理。モモの朝食を真似して、ミレイは毎朝これを食べている。
「……3号、同じのな」
「カしこまりました、少々オ待ちください」
3号は愛想も無く淡々と述べた。壊れたテープめいてところどころ、その声が異様に低くなる。他のメイドに指示を出す役目があるからか、彼女は意思の疎通程度の会話ならばできた。しかしあまり無駄口は好まないらしい。そもそもメイドとのお喋りを望まないモモにとってはどうでもいいことだったが。
「お姉様」
「……どうした」
モモは3号がキッチンへ去る様子を眺めながら答えた。
「その、もう一回――」
「――『もう一回4号とヤるにはいくら要るか』?」
ミレイの質問に被せるように、モモは予想される続きを言った。
「です」
「……そんなに良かったか、4号」
「……はいっ」
ミレイはどこか遠くを見ているようだった。昨晩を思い出しているか、あるいは次に4号とセックスする時のことを考えているのかもしれない。モモは思いきり苦い顔をした。
「……お前の稼ぎじゃ無理だぞ」
「えっ」
「安い飯食って酒飲んだら終わりだろ、お前の稼ぐ金なんか」
モモはフッと小さく息を吐き、脚を組み直した。
「いいか、昨日のはな。まず指名料がかかってる。それだけで既にお前の稼ぎ数日分だ。しかも時間が区切られてるコースならまだ安いけどさ。朝までフリータイムだったろ。アレが結構する。あの金あればレベル4の肉食ってお釣りが来るもんな」
「え、えぇ、そんなに」
「当たり前だろ、セックスのプロだぞアイツらは。アタシらみてぇに暇潰しでセックスしてんじゃねぇんだ。上手いし金も取る」
モモの前に料理が運ばれてきた。モモがカジノチップ通貨を渡すと、3号はするりとそれを懐にしまった。そこに例のスリットがあるのかどうかは、外からでは確認できぬ。
「っていうか、そんなの奢ってくださったんですか」
「お前と違ってアタシは稼ぎあるからな、アイツらはどうか知らねえけど。個人霊安室も借りれねぇくれぇだし」
「……お姉様なら毎日買えますか?」
「毎日は奢らねえぞ、図々しいなお前」
「いやそうじゃなくて、分かってます……その、お姉様くらい稼げば、4号さんと毎日朝までエッチができるんですか?」
ミレイの顔には、妙な気迫と真剣さが満ちていた。モモは眉間にしわを寄せ、首をぐりぐりと数度捻る。左手のフォークでレベル1肉をひとつ刺し、バキバキと音を立てて食し、ミルクをひと口飲み、ため息をつくと……モモはようやく口を開いた。
「レベル3だ」
「……レベル、3」
メートル法に換算して二メートルを超える、モモより更に巨大な異形達。その凶悪さはレベル1や2の比ではない。モモのような戦闘狂でもない限り、チームで狩って報酬を分け合うのが狩りのセオリーとされている。
「一日平均一体。独りでそれだけ殺せたら、飯とか酒代考えても毎日朝まで抱ける。か? 抱けるかな、多分。ちゃんとは計算してねぇけど。できっか? お前に」
モモはそれを告げ、ミレイの反応をじっと観察した……目に亡者らしからぬ炎が宿っている。
「お姉様、やりたいです私!」
「……あー……」
モモは大きく間を置いて、
「ヤってみっか? 次会ったら、レベル3」
そう訊ねた。
ミレイは決断的殺意を湛えた瞳で頷く。同時に、尻尾を鋭く二度振った。レベル3を絶対に狩る。その意志を表明するかのように。これまで見たことのないほどほとばしるそのやる気に……モモは、大きく首を捻った。
「ま、いいけどな。何事も挑戦っていうか」
ミルクめいた液体を、モモはがばりと喉に流し込んだ。
「……それでヤる気が出んなら、まぁ、それもいいだろ……」
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