おめでとう、俺は美少女に進化した。【番外編】

和久井 透夏

第13.5話 ラッキースケベ()

 元々女装コスプレを嗜んでいた俺は、ひょんなことからプライベートでも女装をするようになってしまった。


 簡単に言えば、女装コスプレして参加したイベントで義理の妹と弟と交流を持つようになってしまったため、正体を明かせずにいたのだ。


 更にその後、プライベートで女装した姿で友人と遭遇し、その女装を見た友人の頼みを断りきれなかった結果、俺は窮地に追い込まれている。


 十二月某日、俺はとあるマンションの一室で湯船に浸かりながら、一人うなだれていた。

 ある人物に図らずも女装がばれてしまったのである。

 しかも相手は同じ高校出身なのでメイクを落とした瞬間に身元が割れてしまった。


 あの時、すぐに偽乳だとばれなければ、少なくとも俺が男だと疑われる事は無く、彼女、一宮雨莉にトイレの個室でいきなり性別を確認され、化粧を落とされる事もなかったんじゃないだろうか。


 少なくとも、女装した時に俺が名乗っていた『朝倉すばる』と俺、『鈴村将晴』が繋がる事は無かっただろう。

 深いため息を吐いて風呂場の天井を見上げる。


 そうだ、もっとリアルな偽乳だったなら、こんな事態にはならなかったはずだ。

 俺はそう結論を出し、風呂から上がると、スキンケアもそこそこにパソコンを立ち上げた。


 何か、限りなく本物に近い、それでいてできるだけ安い偽乳をつくる方法はないだろうか。

 そうしてしばらくネットの海をさ迷った俺は、とある動画を見つけた。


 女装を嗜む四人の淑女が様々なアイテムを胸に詰め、よりリアルな偽乳を探求するという内容の動画だったのだが、そこで俺はしらたきを胸につめるという天才的な発想に遭遇したのだ。


 感触は実際にまだやってみていないのでわからないが、中々に柔らかそうであり、飛び跳ねたり動いたりすれば、弾んだり揺れたりする様は正におっぱいだった。


 翌日、さっそく俺は近所のスーパーへ、しらたきを買いに走った。

 小分けパックのしらたきを二つ、それと使い終わった後の事も考えて、ジャガイモやにんじん、牛肉等も買っておく。

 食べ物を粗末にしてはいけない。


 家に帰ると、早速俺はしらたきを使って偽乳を作ってみることにした。

 まずスーパーでもらえる薄いビニール袋を二重にして、袋から出して水を切ったしらたきを入れ、できるだけ空気を抜くようにして口を縛る。

 そしてそれをセロテープで軽く形を整える。


 ブラジャーを着けた後、結び目をブラジャーのふくらみの頂点に合わせてテープで形を整えたその袋を詰める。

 詰め物をした部分がひんやりするが、軽く身体を揺らしてみれば、偽乳は崩れる事も無く上下に揺れる。


 ……コレは、中々いけるかもしれない。


 そう思った俺は、体のラインが出るタートルネックのセーターに膝丈のスカートとタイツを合わせてみた。

 ついでに、『朝倉すばる』のヘアメイクもしてみる。


 実際にすばるの格好をしてみても、特に胸の形に対して違和感は感じなかった。

 そして姿見の前で軽く身体を揺らしてみれば、体のゆれに合わせて、偽乳もたゆんたゆんと重みのある揺れ方をする。


 触ってみれば、それなりの柔らかさと弾力を感じる気がした。

 本物を触ったことが無いので、イマイチこの感触がリアルなのかはわからなかったが、それでも、ただパッドや綿の入ったボールを詰めるよりは人間の肉体に近い気がする。


 これは、もう採用だろう。

 俺は鏡の前で静かに感動した。


 テンションの上がった俺は、ショートコートを羽織り、街へと繰り出した。

 今日は大学も休みで時間もあるし、せっかくなので、ちょっと足を伸ばして、中野まで行ってみよう。


 中野ブロードウェイの店をあちこち見て周り、すばる用の服や小物で良さそうな物を買ったりしていると、ふと見覚えのある人物を見つけた。


 実は同人活動を嗜んでいたらしい義理の弟、優司だ。

 優司とは、俺がコスプレ参加していたイベントでそのジャンルのおねショタ同人誌を販売しているのを見つけ、以来、なんだかんだ正体を隠しつつ交流する仲になってしまっている。


 普段は無愛想で何を考えているのかわからない優司だが、女装した姿だと、随分と初々しい反応を返してくるので、ついつい構いたくなってしまう。

 連れ子同士とはいえ、せっかく家族になったのだから、女装していない姿でももう少し仲良くなれたら良いのだが……。


「優司君?」

「ふぁっ、すばるさん!?」


 目の前を歩いていた優司に駆け寄って話しかけてみれば、優司はこちらに全く気付いていなかったようで、素っ頓狂な声を上げた後、気恥ずかしそうにこちらに向き直った。


「こんな所で会うなんて偶然ね、優司君もお買い物?」

「ええ、まあ……」


 俺が尋ねれば、優司が決まり悪そうに頷く。

 同時に、手に持っていた本屋の紙袋をそっと体の後ろに隠す。


 その反応を見て、俺はピンと来た。


 エロ本か。


 優司は背も高いし、それなりに大人びてはいるので、恐らくそういう本も、別段呼び止められることも無く普通に購入できてしまうのだろう。


 そしてこの街は、実家からは電車に乗って来る位には離れている。

 つまり、ここ位の場所なら地元より購入現場を知人に目撃される危険がかなり少ないのだ。


 へぇ~と、俺は自分のテンションがさっきまでとは別ベクトルに上がるのを感じた。


 簡単に言ってしまうと、今までの女装した俺への反応からして、恐らく女慣れしていないであろう優司が、エロ本を買った帰りに知り合いのお姉さんにうっかり出くわして、どぎまぎする姿を観察するというのも楽しそうだと思ったのだ。


「ねえ優司君、この後暇? せっかくだし、もし良かったらお茶でもしない?」

「えっ」

 できるだけ可愛らしく微笑みながら言えば、優司は予想外の申し出だったらしく、頬を染めて言葉を詰まらせた。


 いける。

 直感的にそう思った俺は、優司のすぐ側まで寄って行き、上目遣いで小首を傾げながら言った。

「……ダメ?」

「ダメじゃないです!」

 優司はあっさりと釣れた。


「ふふっ、よかったぁ~」

 両手を顔の前で合わせてにっこりと笑いながら言えば、優司の顔は更に赤くなりつつも、嬉しそうな顔をしている。


 あまりのちょろさに、将来、美人局つつもたせとかに引っかからなきゃいいけど……と、弟の未来に一抹の不安を覚えた。


 適当に目に付いた喫茶店に入店し、上着を脱いだ所でふと優司の視線に気付いた。

 すぐに視線をそらしたが、明らかにその目は俺の胸元へ向けられていた。

 今日は体のラインの出る服ではあるし、しっかりと偽乳を作っているので、まあ、つい目が行ってしまうのだろう。


 以前、『男のチラ見は女のガン見』という言葉を聞いたことがあるが、実際見られる側になってみると、確かに本人は隠しているつもりなのだろうが、結構わかってしまうのだな、と妙に納得してしまった。


 しかし、俺は優しいので全くそれには気付いていないフリをして優司に笑いかけておく。

 だってその方が、観察する側としては面白い。


「そ、そういえば、こうやってすばるさんと二人で話すのも久しぶりですね」

「そうだねぇ、最近は優奈ちゃんも入れて三人で会うことが多かったものね」

「……」

「……」


 俺達の間に沈黙が流れる。

 優司を見れば、冷静を装っているのだろうが、明らかに緊張した様子だ。

 まあ、いきなり女の人と二人で話す事になって、何を話したらいいのかわからないのだろう。


 だが、それならそれで好都合だ。

 適当に飲み物を注文しながら、俺は心の中でほくそ笑んだ。

 だったら、俺から話をふって会話の主導権を握ってしまおう。


「優司君は今日、何の本を買ったの?」

「えっ」

 ニコニコと笑顔を浮かべながら俺は優司に尋ねる。

 同時に優司が固まった。


 せっかくなので、話題を優司が買ってきたエロ本に向けてその反応を楽しもうという訳である。

 まるで秘密がばれた子供のような顔をする優司に、俺は密かにワクワクした。


「だってその紙袋って、ブロードウェイの本屋さんのでしょ?」

「あ、これは、その……」

 どぎまぎして口ごもる優司に更に追いうちをかけてみる。



「優司君って、普段どんな本読んでるんだろうな~と思って」

 まあ優司も同人誌であんな内容の物を書いているのだし、いかがわしい本を読むというのも、芸の肥やしになることだろう。

 そうは思いつつも、俺はニヤニヤしながら優司にいかにも純粋に興味があります! という体で話しかける。


「……こんなのです」

 が、あろうことか優司は本屋の紙袋をそのままこっちに渡してきた。

 もしかして、エロ本だというのは俺の勘違いだったのだろうか。


 そう思いながら紙袋から冊子を取り出した俺は、首を傾げた。

 結果から言えば、それはエロ本ではなかった。

 最近恐ろしい程の人気を誇っているゲームの設定資料が載った図録だった。


「最近人気なので、今度そのジャンルで本を出そうかと考えてまして……」

 そう言いながらも、優司はどこか浮かない顔だった。


「その割には、なんだかつまらなそうな顔してるね?」

 俺が尋ねれば、優司はそう見えますか、と困ったように笑った。


「なにか悩みがあるなら聞くよ?」

 当初は優司をからかって遊ぶ予定だったが、妙に思いつめた様子の優司を見て、すぐに俺の予定は変わった。

 そこまで身近な知り合いではないからこそ、気楽に相談できる事もあるかもしれない。


 優司は少し何か言いかけてためらった後、意を決したように口を開いた。

「実は僕、同人の方はピクシブでもそこそこアクセス数や評価もあって、本を出してもそれなりに売れるんですが、オリジナルの作品はさっぱりで……」


 うなだれながら優司は言葉を続ける。

「しかも、前にあまり人気ではないジャンルの方で本を出した時は同人の方もさっぱりで、僕の人気は所詮ジャンルにあやかっているだけなんです……だけどやっぱり沢山の人に自分の作品を読んでもらって、評価されたくて……それで今日、本当は全く興味のない作品を同人誌を出すためだけに本や資料集を買ったりして、でも、それも後ろめたくて」


 なんだか随分と悩んでいるようだが、正直、実際に何か描いたりする事のない俺からすると、いまいちピンと来なかった。


 優司は人から自分の作品が人から評価されたいが、オリジナルでは無理なので人気ジャンルの同人をやろうとしているけれど、本当は自分の好きな作品を描いて評価されたい。ということなのだろうか。


「そんなに嫌ならやめたら良いんじゃないかな。それで同人でもオリジナルでも、好きな物を描いたら良いんじゃないかな。だって、優司君は、好きで漫画を描いてるんでしょ?」

「それは、そうなんですけど……」


「優司君、確かに人から褒められると嬉しいけど、それに流され過ぎると大変な事になっちゃうんだよ」

 口ごもる優司に、俺は諭すように言った。


 俺は、ネットでコスプレ写真を公開していた所、彼女を大絶賛しつつ、徐々に過激な衣装やアングルを要求してくる人間に囲まれ、次第に彼等の意見を取り入れ、過激な衣装やポーズを進んでするようになってしまった結構可愛い女の子を知っている。


 ちなみに、彼女は現在過激な女性コスプレイヤーとして界隈かいわいではそれなりに有名になっている。

 ファンもそれなりに多く、彼女自身がそれでいいというのなら特に外野がとやかく言うことではないが。


 +プレアデス+をその仲間に引きずり込もうとするのはやめて欲しいとは思う。

 まあ、俺個人としては男として写真を撮る側に混ざりたいとは思ってしまうところが悩ましい所ではある。


 俺が何を言いたいのかと言えば、褒められたり評価されるのはもちろん嬉しい。

 けれど、賞賛が欲しくてそれを目的に活動し、それに依存しきってしまうと、気が付いた時にはそれに支配されて身動きが取れなくなってしまうかもしれないということだ。


「もちろん、何よりも人気が欲しいっていうのなら、人気ジャンルの同人で本を出したら良いと思う。でも、そんなに恥ずかしそうに嫌々やる位なら、やらなくても良いと私は思う」


 俺がそう言っている間、優司は終始真剣な顔で黙って俺の話を聞いていたが、それだとなんだか俺が偉そうに講釈をたれているかのような気分になってきて、非常に気まずかった。


「まあでも、このゲーム私もやってみたけど面白かったし、やってみたら普通に好きになるかもよ? それで優司君が本当に描きたいなあ、と思ったら描いてみたら良いんじゃない?」

 とりあえず俺は優司の買ったゲームの図録を優司に返しながら言った。


 言葉に嘘はないし、本心ではあるが、さっきからずっと真顔で俺を見つめてくる優司がちょっと恐かったので注意を他に向けたいというのもあった。

 優司は黙って俺から図録を受け取る。


「……それもそうですね。人気欲しさに嫌々同人誌を作るなんて、原作にもそのファンの人達にも失礼ですよね」

 しゅんとした様子で優司が言った。


「好きでやっている事なんだから、優司君もそんなに難しく考えないで、楽しんだら良いんじゃないかな」

「そうですね、それに、作業工程の手間を考えると、やっぱり僕は好きでもないものにはあんまり手間をかけられる気がしません」

 できるだけ明るくおどけたように優司に言えば、優司は力が抜けたように笑った。

 やる気に満ち溢れたような笑顔ではなかったが、先程の思いつめたような様子は無くなっていた。




「じゃあそろそろ出ようか」

「はい。今日はすばるさんに会えて良かったです」

 しばらく雑談をしつつ、そろそろ日が傾いてきた頃、俺達は喫茶店を出ることにした。

 なんだかんだで帰ろうとしていた優司を引き止めてしまったので、せめてものお詫びという事で俺は伝票を持ってレジに向かった。


「あっ、僕自分で払いますっ」

 慌てて優司が俺の後を追いかけようとする気配がしたので、ここは俺が払うと振り返って言おうとした瞬間、優司の顔が俺の胸に飛び込んできた。


 突然の事で驚いたが、なんとかふんばり優司を受け止める。

 多分、俺を追いかける途中で足をもつれさせてしまったのだろう。


「大丈夫? 優司君」

 優司を立ち上がらせながら尋ねれば、優司は耳まで顔を真っ赤にしていた。

「す、すいません、すばるさん、僕、あの、その……」


 突然のラッキースケベ展開に、優司は喜ぶどころかちょっと涙目になっている。


 普通に考えたら、公共の場で彼女でもない女の人の胸にいきなり顔を埋めるなんて、アニメ等ではありがちな展開ではあるが、下手をすれば最悪訴えられかねないような事件ではある。


 さっきまで談笑してて普通に仲良くなりかけてた女の人に俺がそれをやったら、きっと俺も優司のようにテンパってしまうことだろう。


 対して、なんで俺がさっきからこうも冷静でいられるのかと言えば、単純に俺は男で、たとえリアルな感触であろうとも俺の胸の膨らみは、所詮偽乳だからだ。


 おかげで全く自分の胸という実感がなく、この突然の出来事も、なぜ優司がこんなに慌ててオロオロしているのか、一瞬理解できなかった位だ。


 だが、状況を理解した今、俺の中にあるのは単純にこの今にも泣きそうになっている弟をいかにフォローするかという事と、恐らく現在優司が本物の胸だと思った柔らかい物体が、しらたきであるという悲しい事実に対する申し訳なさだった。


 なんかもう、逆にゴメンな、と謝りたい気分である。


 俺は少し背伸びして、慌てる優司の頭をポンポンと撫でる。

 癖のある髪がふわふわしてて、ちょっと気持ち良かった。


「大丈夫? 怪我してない?」

 全く俺は気にしてはいないとアピールするため、できるだけ優しく優司に問いかける。

 言葉に詰まった優司が小刻みに首を縦に何度か振った。

「そう、良かった。じゃあ行きましょうか」


 下手すると側にずっと直立して固まっていそうな優司の手を引いて俺はレジに向かい、無事に会計を済ませると、また棒立ちになっていた優司の手を引いて店を出た。

 さっきの事がよほどショックだったのか、手を引いて駅に向かう途中優司はずっと無言だった。


 切符売り場の前まで来た所で、流石に心配になり、

「大丈夫? 良かったら家まで送って行こうか?」

 と俺が尋ねた所で、優司はものすごい勢いで首を横に振った後、やっと口を開いた。


「大丈夫です! あの、さっきはすいませんでした! それに喫茶店のお金……」

 申し訳なさそうに優司が頭を下げて謝る。


 むしろそんなに謝られると、逆にこっちが色々と申し訳なってくるので、俺は再び下げられた優司の頭を撫でる。

 このふわふわの髪の毛は、一度感触を知ってしまうと、つい触りたくなってしまう。


「あれはただの事故なんだから気にしないで。それに、今日は私が引き止めてしまったんだし、優司君と話せて楽しかったから、今回は私に奢らせてちょうだい?」


 できるだけ優しく優司に語りかければ、優司は顔を上げて、照れ臭そうに

「ありがとうございます……」

 と、礼を言った。


 その日はそのまま優司と駅で別れて俺もすばるの家に帰った。

 夜には昨日の事を報告するため、友人を招き、糸こんにゃくの代わりにしらたきが多めに入った肉じゃがを二人で食べた。


 偽乳の素材としては申し分ないが、使用後食べる事を考えると、色々としらたきを使ったレシピを調べた方が良いかもしれないと、それからしばらく俺はしらたきを使った料理のレシピをネットで探しまくった。


 その後、年末に実家へ帰った俺は、優司から朝倉すばるという人が好きなのだというカミングアウトを受けた。


 その頃、優司は『どろヌマ』という、マチルダという魔女に飼われるスライムが、あの手この手でセクハラをしようとするも、純粋すぎるマチルダにはそれが理解できず、誤解が生まれまくるというコメディ漫画を公開し、人気を博していた。


 しかしそれが、聖人のように清らかで優しい『朝倉すばる』に飼われたいという願望から着想を得たものだと、いい笑顔で優司が語りだした時は、流石に引いた。


 それから三ヵ月後、偉そうに優司にあんまり人に流され過ぎると大変な事になる、なんて言った俺がどうなっていたかと言えば………………真に遺憾である。

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