終わりゆくこの世界で、それでも僕は生きていく

糾縄カフク

My last word At last of world

「CV◯◯! 個性的なキャラたちと、未だかつてない冒険を!」


 ――こんな没個性的なコピーも今日なかなか無い。

 いや、こんなコピーしか考えられない運営の下に生まれたからこその、自明たる窮状とも言えるのだが。




 そうだ。自己紹介がまだだった。

 僕はこのゲームの主人公、ララト。取り立てたイケメンという訳じゃあ無いが、万人にアバターとして親しんで貰える様、それなりの外貌を与えられた存在だ。


 ……で、まぁ。何が窮状かと言うと。

 

 僕が主人公を務めるセブンスグロリアは、あと十日でサービスが終了してしまう。要するに、とどのつまり、僕はそろそろ死ぬ。


 周りを見渡せば、今さら排出を渋っても仕方がないから、課金ガチャも高レアが出放題。さあ絞れるだけ絞りとってラスト・イベントをおっ始めようかってえハイテンションなお通夜ムードだ。




 一応当初は硬派を売りにリリースされたゲームではあるけれど、流石にそれじゃあ世間に通用しなかった。なにせバブみ・・・が足りない。


 ところが途中でお色気路線に舵を切った所為で、今度は古参のユーザーからもそっぽを向かれる始末。いやはや、さじ加減ってのは難しいね。


 だったらまぁ古参のユーザーがお金を落とせよって話ではあるんだが、それが出来れば路線の転換なんてする必要も無かった、って話さ。


 今はもう運営が仕込んだAIと、廃課金の引くに引けない連中だけが残る過疎集落。在りし日は百万人を超えたユーザーも、せいぜいがアクティブは百人って所じゃないだろうか。




 ……そんなこんなで、僕は今ひっそりと自殺を考えている。

 いやいや昔からゲームの主人公になる事は夢だったし、選ばれた時はもの凄く嬉しかった。


 だけれど実際には辛い事ばかりでね。

 今年の二月も、バレンタインチョコの代わりに届いたのは、ユーザーからのクレームくらい。

 

 そりゃそうさ。

 予算が無いんだから運営もスタッフも人数ギリギリだし、新しいイベントなんて実装出来る訳があるかって。


 ろくに金も払わない癖にサービス向上だけを求めるやからは、悪いけどさっさと他所のゲームに移ってくれって話なんだ。


 え、ちょっと本当に行かないでくれよ。

 ――ああ。皆が移ったからこその御覧の有様だ。分かってる。




 っと。ここで今日も僕を呼ぶログイン通知がピリリと鳴った。予定通りと言うべきか。


 まぁおっぱいで釣って残ったユーザーばかりだからかな。今じゃ僕のアバターを使ってくれているのはさ……笑っちゃうね、この世界に一人しか居ないんだ。




 夕方の十七時。いつも通りログインする彼、或いは彼女に呼ばれ、僕はフィールドに姿を現す。


 僕が今日を自殺日に選んだ理由は単純にして明快。

 このユーザーが所属するギルドの、解散式が今日だったからだ。


 団行動が前提のソーシャルゲームは、ギルドの崩壊と共に雪崩を打って引退者が続く。日本人特有の責任感がアクティブを強要する一方、その連帯が切れてしまった後の廃れ具合は実に早いのだ。




 で、僕はと言えば。たった一人の僕のアバターがこの世から消える前に、自分から進んで死にたいというのが本音だった。


 僕を操るユーザーは恐らく微課金。チャットの内容からして学生だろうか、若い人物である事は推し量れた。


 リリース当初からちょくちょく遊んでくれているのは分かるけど、流石に廃課金の連中みたいに最後までログインし続けるって事は無いだろう。


 多分今日のギルドバトルで、この子はきっと引退する。……いやそうとでも予防線を張っておかないと、あとあとがツラい。



 

 やがて始まる、参加者もまばらなギルドバトル。

 団員は十五人が上限だけれど、アクティブは僅か三人。チャット内容も「参戦」「参加」の一言ばかりで、相手方も似たような状況だ。


 三十分の、最もうち五分すら張り付いていないだろう寂しい戦場で、団長のユーザーが「今までありがとうございました」とやっと言葉を発する。


 僕を操作する子も「ありがとうございました。グロリア、終わっちゃうの寂しいですね」そう返す。


 ……残る一人は既に落ちたのか、もう反応は無い。


「それじゃ、グレースメリア騎士団は解散です。また、どこかで」


 団長のユーザーは、そう言い残すや、すっとギルドから消えていった。




 一人きりになったギルドのチャットで、当然ながら喋る人影は無い。僕を操る彼あるいは彼女も、既にログアウトしているらしい。


 少し寂しいけれど、なに、死ぬには良い日さ。


 僕はそこで決意を固めると、主人公なりに形成された幾許の自我を、スイッチを切る様に消し去った。つまりは自殺だ。


 リリースから三年。僕が生まれてから三年。

 楽しかった様な、辛かった様な。


 黒く落ちていく意識の中で、僕はそれでも楽しかった思い出に目を向けていた。


 ――最後のクリスマスは何だったかな。

 僕はもみの木の格好で雪の中放置されてたっけ。片やヒロインの子は露出の高いサンタコス。


「ララトはまだあったかいからいいじゃない。私なんてヘックション……!! 風邪引いちゃうわよ、こんなの!」と、楽屋裏で愚痴られたのを覚えている。


 ああ、あんな日々でも楽しかったさ。

 苦しいなりに、楽しかったさ。


 最後まで、本当は皆と一緒に居たかったな。

 でもごめんな、さようなら。




*          *



 ……

 …………

 ………………


 死ぬ、というのはこういう事だろうか。


 肌を突き刺す痛みが走り、僕は震えた。


 ――肌?


 そんなものは無い筈だ。


 ゲームの中のキャラクターでしか無い筈の僕には。


 いやそもそも声すら与えて貰えなかったのだ。身体なんてある訳が無い。




 だが四肢に渡る感覚を確かに、僕はうっすらと瞼を開ける。


 雪……


 雪だ。


 概念でしか知らない、白くて美しいもの。


 中世をモチーフに描かれたゲームの世界では無い、鉄の棒が林立する不可思議な街の、大きな絵画の前。


 


 僕はその巨大な絵に見覚えがあった。

 僕のゲームを運営する会社が、もう一つ手掛ける人気ゲーム。


 リリースされた時期は同じだったけど、スタッフも予算も桁違いで、今じゃ十倍以上の人口差が開いている。つまり向こうは一千万人を超す大所帯。


 おまけにアニメにコンシューマーと、規模を拡大しメディアミックスを続け、押しも押されぬソシャゲ界のキラーコンテンツ。もうどう足掻いたって僕のゲームじゃ太刀打ち出来ない。


 ――いや、こっちに回されたスタッフが左遷させんされたと零していたから、要するに人材の墓場だったのだろう。セブンスグロリアは。


 ……とは言え死んだ筈の僕が目にするこの光景は意味が不明で、周囲をきょろきょろとしながら辺りを見回す。




 もしかすると僕は自殺に失敗して、これはコラボされた新しいフィールドなのかも知れない。


 だけれど行き交う人たちは皆僕の知らない服を着ていて、ふと見ると僕自身も、白いシャツに黒いズボンを履いた、鎧でも何でもない身なりで突っ立っている。


 右も左も分からないままふらついた僕は、そこで誰かとぶつかって尻もちをついた。




「痛てて……」

 石畳とは感触の違う、ざらざらした固い地面の上で僕は呻く。


「……大丈夫?」

 そこで見上げた僕の前には、白いシャツの上にもこもこした何かを羽織、そのくせ下半身はひらひらする布1枚でしかない珍妙な格好の少女が立っていた。


 ――いや、珍妙な格好と言えば、お色気路線に走った後の僕のゲームのほうが遥かに可笑しいものだったが。


 それでも言葉だけは分かった僕は「うん、大丈夫」と右手を伸ばし少女に告げた。


「そう、良かった。……ごめんね、スマホ見てて」

 ほっとした様に微笑んだ彼女はそう言って、たった今見ていた画面を僕にかざした。


「セブンス……グロリア?」

 その瞬間、僕は見慣れた世界にうっかりと呟き、彼女もまた驚いた表情で僕を見つめる。


「え、知ってるの? このゲーム」


「う、うん……知ってる……」


「ほんと? 周りじゃ誰もやってる人居なくてさ。っても、もう終わっちゃうんだけど」


 頷く僕を横目に、彼女は隣の大きい絵に視線を移す。


「みんなアレばっかり。私は好きだったんだけどな、グロリア」


 少女は寂しそうに笑うと、今度は自身のプロフィールを僕に見せた。


「なんか途中から周りおっさんばっかりになっちゃってさ。セクハラされんので、男キャラ演じてたんだよね」


 そういう彼女の画面には、ついさっき命を断ったばかりの僕の姿が映っている。


「ララト……」

 僕が僕の名を自分で呼んだ時、嬉しそうに彼女は返した。


「そうララト……この地味〜な感じが私は好きでさ。変に狙ってない所が」



 

*          *




 ……

 …………

 ………………


 そこから先の話を、僕はもう覚えていない。

 

 世界でたった一人、僕を使ってくれていた誰か。


 その誰かが、喜々として僕と、僕の居たゲームの事を話している。


 


 ああ、生まれてきて良かったなと、その時僕は初めて思った。


 いや、忘れていただけだったかも知れない。


 昔はきっと嬉しかったのだ。


 ほんのささやかなユーザーからの感謝が、たまらなく、たまらなく。


 


 そうだよ。


 もし僕が勝手に死んでしまったら、こうして僕を愛してくれた人はどうするんだ。


 僕の死に気づくだろうか。

 いやいや、気づく訳なんてない。


 どうかな。

 分からないじゃないか、そんな事。


 たった一人でも、僕を必要としてくれた人が、今でもまだ僕を必要としてくれているのなら、僕は最後までその思いに応えるべきじゃ、ないのか。


 ……だって僕は、このゲームの主人公なんだから。




 *          *




 また暗転していく景色の中で、僕がもう一度そう思い直した時、聞き慣れた声が遠くから聞こえた。


「ねえララト。いっつまで寝てんのよ!」


 それはモーニングコールを告げる、ヒロインのエメリア。


「あれ……エメリア」


 僕は寝ぼけ眼をこすりながらベッドから起き上がる。


「なーに眠たそうにしてんのよ! 今日から最後のレイド戦でしょ。思いっきり暴れて、私たちの最期ってヤツを、運営の連中に見せてやろうじゃない」


 日付を見ればサービスの終了まであと一週間……どうやら最後のレイドボス討伐が始まるらしい。


「ははは」

 

 いきなり笑い出す僕に、エメリアはぴくりと身体を震わせる。


「なによララト、ついにおかしくなっちゃったの」と。




「いいや、おかしくなんかなっちゃいないさ」

 

 僕は頷いてエメリアに答える。


「最後のイベント、頑張ろうぜ」


 そう言ってハイタッチをして見せる僕に、エメリアも破顔した。


「そうね、やるわよ。なんたって、私たちが主人公なんだから」


 


 斯くて世界でたった一つの、ログイン通知が今日も鳴る。


 そうだ。


 僕はこの世界が終わるまで、この世界の主人公を続けよう。


 僕を待ってくれる、画面の向こうの一人の為に。


 軽やかに剣を取った僕の姿が、戦場へ向け消えていった。




 ――セブンスグロリア。

 

 あと一週間で、この世界は終わりを迎える。

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